ATHLETES TALK

Vol.04

ウルトラトレイルランナー

Stone Tsang

ストン・ツァン

香港は全土の約6割を山地が占める。有名な高層ビル群のすぐ裏手には山が迫っており、都心部とマウンテンフィールドの距離が近い。山でのスポーツは若者にも人気のアクティビティだ。
だからだろう、ストン・ツァン選手がひとたび山に入れば、「応援してるよ、頑張って」「一緒に写真を!」などとすぐに声がかかる。彼はそのすべてに飛びきりのスマイルで対応する。いま、急速にトレイルランニング熱が高まっている香港。その香港における実力No.1トレイルランナーだというのに奢ったそぶりは一切感じさせない。

何かに挑戦することが好き

走り始めたのは意外にも社会人になってから。今も続ける消防のレスキュー隊の仕事仲間に誘われて参加したロードレースだった。
「2003年に参加した初マラソンは悲惨なものでした。それまで短距離のロードレースではスピードに多少自信を持っていて、はじめは快調に飛ばして仲間に先んじていたのに、途中で完全に脚が終わってしました。お腹がすいて力が入らず、皆に抜き返されて。うなだれて地面ばかり見ていて、バナナが落ちてないか必死で探しましたよ。ゴールにたどり着いたころには5時間たっていました」
それが今やフィールドをトレイルに移し、中でもウルトラと呼ばれる100km以上の超長距離レースが主戦場だ。
「初マラソンの最中はもう二度と走るものかと思っていたのに、ゴールしたらすぐに次のレースを探していました。やはてロードレースで結果が出るようになって、トレイルランに出会ったんです。すぐにその魅力に憑りつかれました」

レースはきっかけのひとつ。山を走ること自体が喜び

先に述べたように、ストン選手はレスキュー隊員という仕事のかたわらウルトラトレイルの舞台で戦っている。いわゆるフルタイムのプロ・アスリートではない。にもかかわらず、世界のメジャーレースでアジアの第一人者と呼べる戦績をあげている。
「もちろんトレーニング環境は十分ではありません。日々の仕事に加え、妻や子どもたちとの時間も大切です。夜中になんとか走る時間が確保できたとしても、ケアやリカバリーにもう少し時間を割けたらばと思うこともしばしばです」
だが、チャレンジすることが性分に合っていると語る彼にとって、トレイルランのトレーニングはただ苦しいだけのものではない。
「だって、人生において"情熱を傾けられる何か"に打ち込むことはとても重要で、意味のあることしょう? そしてそれ以上に、山を走ることは単純に喜びなんです。トレイルでは都会の喧騒から離れて、風を感じ、木々のざわめきに耳を傾けることができます。自然の地形に身をまかせて夢中で駆け抜けていると、いろいろなことを考えます。仕事のこと、家族のこと、自分自身のこと。山の中で自然と向き合うと心が解放されるからでしょうか、日常生活での悩みに対する解決方法がふと降りてくることも一度や二度ではありません。
だから仕事で心身ともに疲れ果てていても、気が付けば足がトレイルへと向かっているのです。肉体的には確かに疲労するかもしれませんが、その疲労はむしろ心地よいもので、精神的にリフレッシュされるんです」
トレイルランニングはライフスタイルそのもの。レースに照準を合わせ、結果を出すことが"一番大切な何か"ではないのだ。山を走ること自体が目的であり、価値のあることだから。

子どもたちに自然と関わることの幸せを

このインタビューは2016年の12月に行われた。近年、彼の活動はレースを走ることに留まらず、自身の知名度を生かして多くのプロジェクトにかかわっている。
「都会と山の近さが香港というフィールドの魅力ですが、しばしばトレイルが必要以上にコンクリートで舗装されていると感じることがあります。人間にとってみれば確かに管理が楽になる面もあるかもしれませんが、それは自然にとって本当によいことでしょうか。2016年の春から、仲間とともにトレイルの自然保護に関するグループを立ち上げ、政府に対して意見を投げかけています」

>> Concern Group on Concretization of Hong Kong Natural Trails

「2017年のシーズンは1月のHK4TUC(香港4トレイル・チャレンジ)が最大の目標です。香港には歴史ある4つの美しいロングトレイルがあるのですが、その4つを一気に、セルフサポートスタイルで、補給食やウェアなどの必要なものをバックパックに背負って駆け抜けます。総延長距離は298km。レースではなく、タイムアタックのチャレンジになります。今まで誰も達成できていない60時間以内での完走を目指しています」
ウルトラトレイルの魅力はレースだけに留まらない。見るもの、応援するものの想いを集め、何か大きな力へと変えてしまう可能性を秘めている。それが人々を山へと、ウルトラトレイルへと惹きつける。 「このチャレンジに先駆けて募金活動を立ち上げました。金銭的に恵まれない環境にいる子どもたちがシューズやウェアを購入できるように、またアウトドア・スポーツ活動のイベントに参加できるように。自分自身、決して裕福ではない家庭に育ちましたが、走ることに出会って人生が大きく変わりました。この体験を多くの子どもたちにシェアしたいんです」

>> Stone's2017 Hong Kong Four Trails Ultra Challenge Charity Fundraising

そう力強く語ってくれた翌週、ストン選手は香港を代表するビッグレースのひとつであるザ・ノース・フェイス100香港(100km)において初優勝を飾った。季節外れの蒸し暑さで多くのランナーがペースを乱す中、中盤以降に粘り強く順位を上げて奪首したストロング・フィニッシュだった。

Profile

ストン・ツァン(Stone Tsang)

中国内陸部の田舎町で生まれ、10代のころ香港へと移住する。消防のレスキュー隊員として仕事を持つかたわら、香港内および世界のトレイルランニングレースで活躍。2016年TNF香港100優勝、2013年Vibram香港100準優勝、2015年ウルトラトレイル・デュ・モンブラン17位などトップ20圏内が3度、香港キング・オブ・ザ・ヒルズ シリーズチャンピオン4度獲得など、名実ともに香港トレイルランニングシーンの第一人者。1978年生まれ。ザ・ノース・フェイス アドベンチャーチーム所属。