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好きだから、登りたい。
出会ったときから、
ずっとクライミングとともにある。

Vol. 01Vol. 01

プロフリークライマー
野口啓代Akiyo Noguchi

2008年に日本人として初めてボルダリングのワールドカップ(W杯)で優勝し、
世界の第一線で輝き続けるプロフリークライマーの野口啓代さん。
アジア選手権の複合種目優勝で2018年のシーズンを終えた野口さんが
光電子ウエアに身を包んで語る、自身とクライミングのストーリー。

2008年 W杯の優勝をきっかけにプロの道を選ぶ決意をした。2008年 W杯の優勝をきっかけにプロの道を選ぶ決意をした。

「11歳のとき、家族旅行で行ったグアムでたまたまクライミングの壁がありました。それが、私とクライミングの出会いでした。」酪農の家に生まれ、農場の木に登るのが大好きだった少女は、ふとしたきっかけから世界トップレベルのクライマーへの階段を登り始めた。「単純に登ることが好きというのもありますけど、目の前の課題をクリアしながら登れなかったルートを攻略していく面白さに魅了されました。中学生になると父が建築を独学で学びながら、古い牛舎をクライミングの壁に改装してくれて、自宅でも本格的にトレーニングできるようになりました。私の成長に合わせて増改築を繰り返して、今ではすごく大きな壁になりました(笑)」父の壁とともに成長した野口さんは、16歳でリードの世界選手権で3位に入賞、2007年にはボルダリングのW杯で表彰台の常連となり、遂に2008年日本人初となるワールドカップ優勝を果たす。以来、10年以上にわたり、世界トップレベルで活躍し続けている。「その優勝をきっかけにプロとしてやっていこうという決意ができました。前例がなく自分で道を切り拓かなくてならない不安は当然ありました。当時は、プロとしてクライミングでやっていける環境ではありませんでした。しかし、それまでサポートしてきてくれた父の後押しもあって、プロの道を選ぶことができました。」以来、野口さんは10年以上にわたり、世界トップレベルで活躍し続けている。

好きだから、365日、登りたいと思わずにいられない。好きだから、365日、登りたいと思わずにいられない。

強いだけではなく華やかさも兼ね備え、輝かしい活躍に世界中が注目する野口さん。その生活は、W杯が開催される4月から11月はもちろん、シーズンオフも含めたほぼ365日、クライミングとともにあるという。「シーズン中は日本とヨーロッパ、アメリカ、中国を行き来したり、大会じゃない日はトレーニングにあてたり、クライミングでいい結果を出すことに集中します。移動の疲労や時差ボケもあるので、競技以外の部分でも体力戦です。」世界を飛び回る生活は、目まぐるしい環境の変化との戦いでもある。寒暖の差も体への負担も大きく、特に飛行機内の乾燥はのどに影響を及ぼしやすい。「しかしトレーニングで基礎代謝を上げていたり、睡眠や栄養にもプロとしてケアしているせいか、ほとんど体調を崩すことがなくなりましたね。高校生くらいまでは冷え性でしたが、それもなくなりましたね。」ハードスケジュールの中で結果を出し続ける野口さん。しかし、たとえシーズンオフになってもクライミングに距離をおき、休もうとは微塵も思わないのだそうだ。「自然にあふれた岩場でのクライミングに出かけることが多いですね。最近は難しいですが、以前はスペインやアメリカのすごく大きな岩場に数週間かけて登りに行ったりもしていました。もともと好きで始めているので、シーズン中であろうとなかろうと、365日、登りたいと思わずにいられないんです(笑)」

岩場でのクライミングを楽しむために気づけば光電子を着ていた。岩場でのクライミングを楽しむために気づけば光電子を着ていた。

野口さんが岩場でクライミングを楽しむのは、W杯の終了後、主に冬が始まりかけた頃が多いそうだ。場所や気候によっては、じっとしているのが寒い状況で登ることもあるのだとか。「寒いときは、体を動かしてウォーミングアップをしたり、あたたかい飲み物を持って行ったりもしますが、やはりあたたかいダウンジャケットなどを着て体を冷やさないことを心がけます。冷えると体の感覚が落ちてしまい、岩を持つ指先も痛くなってしまいます。あとは、寒さに耐えている状態ではやる気も出なくなってしまうので、常にあたたかいウエアを着て、登るときだけパッと脱ぐようにしています。」野口さんは、光電子のダウンが入ったビレイヤーパーカに触れながら続けた。「そういえば、気がつくと寒い日に岩場にいるときは、このビレイヤーパーカを着ていますね。私はいつも、岩場でのクライミングを心から楽しみたいと思っているんです。難しいルートを攻略するために頑張ることもありますが、基本はとにかく楽しく登りたい。だから岩場に着いて登り始める瞬間、寒さに邪魔されず楽しむことだけに集中したいんです。実は、光電子が体を保温する仕組みに詳しくありませんでしたが、知らず知らずにこのビレイヤーパーカを選んでいるのには、そんな理由があったのかもしれませんね。」
(Vol.02へ続く)

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プロフリークライマー 野口啓代 Akiyo Noguchi

PROFILE

プロフリークライマー
野口啓代Akiyo Noguchi

1989年5月30日生まれ、茨城県龍ケ崎市出身。身長165cm。2008年に日本人初となるボルダリングW杯優勝を成し遂げ脚光をあび、翌2009年には年間総合優勝。以降2010年、2014年、2015年と通算4度達成している。ボルダリング・ジャパンカップは2005年第1回大会から9連覇、通算12勝。2年に一度行われる世界選手権、インスブルック大会2018(オーストリア)ではボルダリングで準優勝。得意とするリードも2018シーズンはW杯最終戦で銅メダルを獲得。アジア選手権倉吉2018で3種目複合(コンバインド)で優勝し、この種目でアジア選手権の初代王者になった。