BISHOP ROCK TRIP AKIYO NOGUCHI 2015
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BISHOP ROCK TRIP  AKIYO NOGUCHI 2015
カリフォルニア州ビショップに位置し、世界中のクライマーを魅了してやまない“The Mandala”を、2015年4月10日、名実ともに日本を代表する女性クライマー・野口啓代選手が完登しました。その一部始終を収めた貴重なムービーと写真、さらに本人による手記をお楽しみください。
text: Akiyo Noguchi

The Mandalaとの出会い

アメリカのカリフォルニア州に、ボルダリングの聖地と称される岩場が存在する。ロサンゼルス空港でレンタカーを借りて砂漠地帯をひた走ること6時間、標高1200mを超えるシエラネバダ山脈の山間にある小さな街と無限の岩。3月23日、わたしは遂に夢にまで見たビショップに辿り着いた。

初めてビショップに行きたいと思ったのは、まだクライミングを始めたての中学生の時。人口壁からクライミングを始めた私にとって、岩場というのはとてもハードルが高く、別の種類のクライミングという印象だった。高いし怖いし難しそうだし、あまり興味が湧かなかった。そんな時、たまたまクライミングジムでビショップの写真を目にし、度肝を抜かれた。初めて岩を登りたいと思った。それが、TheMandalaという課題だった。V 12-----自分の登れる難易度の、3個も4個も上のグレードだ。

理由は単純であった。
見た目がかっこよかったから。そして私が大好きで最も得意とするカチホールドだけを使う課題だったから。いつかこんなかっこいい課題が登れるかっこいいクライマーになりたいと思い、生涯登りたい課題リストにメモした。

時が来た

あれから10年は経っただろうか。
ワールドカップと呼ばれる世界大会に夢中になり、昨年2014年には3度目の年間チャンピオンになる事が出来た。強くなっていく過程で自信がつき、怖くて苦手意識のあった岩場に行く機会が増えた。海外の岩場にも行けるようになった。そろそろTheMandalaを登れるようになっているかもしれない、それを確かめたい。しかし目の前には、大切な2015年のワールドカップのシーズンが迫っていた。

TheMandalaか、2015ワールドカップか。

昨年なら、迷わずワールドカップを優先していた。しかし今の私は、迷わずにアメリカ行きのチケットを購入した。来年まで待てなかった、そしてTheMandalaをトライし、完登することで自分のクライミングの全ての能力を成長させてくれる気がしていた。今年のワールドカップの為にも、ビショップに行こう。

私は、3週間のツアーを組んだ。
それはワールドカップのスケジュールと、TheMandalaの完登に必要な日数のバランスを計った上で、ギリギリの最短プランだった。そして遂に、あの課題を触る時が訪れた。TheMandalaは、写真でみるよりも大きくて、かっこよくて、そして遥かに難しかった。まだ自分には早かったのではないのかというのが正直な感想だった。こんなに難しい課題は登れたことがない。3週間は短すぎたかもしれない。

タイムリミット

さすがは世界中のクライマーを魅了するだけのことはある。日本中、いや、世界中の三ツ星課題のほとんどをビショップにかき集めたといえる程の量のおっきくてかっこいい岩が無限に落ちている。しかも階段を登るような簡単なグレードから世界最難級の岩まで揃っている、まさにここは楽園だ。ウォーミングアップだけで満足感を得られる。ツアーメンバー達が毎日のように目標課題を達成し、毎晩祝杯のビールが開いた。そんな中私は、TheMandalaをトライし続けるも、一向にビールが開けられる気配がなかった。

2週間が経った頃、仕事があるメンバーが一足先に帰国し始めた。この夢のような日々にも終わりがあるのだと痛感させられる。そして、TheMandalaと向き合える日も片手でも数える程になってきた。今ツアー、1杯もビールが飲めない可能性もでてきた。疲労も蓄積し始め、指皮の指紋はとうに消え、ピンク色の指先に血豆が出来てきた。指皮の保護の為、目の前の楽園を指をくわえながらアパートにある人口壁で1人、トレーニングを始めた。

TheMandalaの核心は、スタートのアンダーホールドから右手で1手目の5mmくらいの薄くて鋭利なカチホールドをとるところ。そしてそこから、すぐ上の1cmくらいのカチホールドを左手で取りに行くときの足ブラの振られを止めるところだ。このムーブで50回以上落ちている。最初は触れもしないくらい遠くに感じたこの1手が触われるようになり、徐々に0.5秒、1秒と耐えれるようになり、完登に近づいてきたところで、遂に指皮が裂けた。残すところ2日間、TheMandalaの挑戦も、あと1回が限界だ。

夢から現実へ

いつもの配置でクラッシュパットを敷き、穴の開いた指皮に接着剤を詰めてチョークを擦り込みヤスリをかける。一粒一粒の結晶を丁寧に磨き、今日の感触を確かめる。この大好きな時間も今日で最後。今日はTheMandalaにお別れの挨拶をしなくてはいけない。

登れないかもしれないけれど、最後に感謝の気持ちを込めて、思いっきりこの課題を感じよう。最終日の1便目、びっくりするくらいに感覚がいい。そして3便目、遂に振られ続けていた2手目が初めて止まった。やっと止めたこの1手、離してたまるもんかと必死にしがみついた。そして遂にわたしは、夢にまでみた課題の最後のマントルを返し、岩の上に立った。溢れだす涙と沢山の感情をゆっくり、じっくりと噛み締める。最後まで諦めなくてよかった。自分にも登れるんだ。この瞬間を味わう為に、わざわざここまで来たんだ。3週間、ギリギリセーフ!

最後の挨拶

TheMandalaと向き合い、トライし続けた日々でわたしは確実に心も身体も強くなっていた。不可能を可能にしていく感覚と限界に挑戦し続けたいと思う欲求は、一生尽きる事がないであろう。あの完登した瞬間の溢れ出す喜びに、完全にハマってしまった。まだまだ私の岩登りは始まったばかり。

大仕事を終えた翌日には、すでに新しい目標課題を探している自分がいた。もっともっと難しい課題を通して強くなりたい。また来年必ず強くなって戻って来るとビショップの岩と約束をし、笑ってバイバイをした。

ありがとう、TheMandala!
またね、BISHOP!

MOVIE

VOL1

VOL2

PROFILE 野口啓代(Noguchi Akiyo)
1989年5月30日生まれ。小学5年生の時に家族旅行で行ったグアムでフリークライミングに出会う。翌年行われた全日本ユース選手権で は、中高生を抑え優勝するなど瞬く間に頭角を現す。その後も国内外の大会で輝かしい成績を残し、2008年には日本人女性としてワールドカップ ボルダリング種目で初優勝、2009年からは2年連続で年間総合優勝を飾る。2013年にはスペインの「MindControl」8C+(5.14c)を 完登。日本人女性最高レッドポイントグレードを更新するなど外岩での活動も積極的に行う。現在、ジャパンカップ9連覇、2014年は4シーズンぶりに総合 優勝に返り咲き、日本が誇る世界屈指のクライマーとして活動中。