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オープンリール式テープレコーダーを演奏するグループ「Open Reel Ensemble」(オープン・リール・アンサンブル)として活動する一方で、ソロとしても古い電化製品を新たな電子楽器として蘇生させ、合奏する祭典を目指すプロジェクト「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」を主宰しているアーティスト・和田永。その実験的な活動は、メディアアートや、ファッション界からの評価も高い。テクノロジーを用いながらも、あくまで「身体」にこだわる彼の表現の根源にある、探究心へと迫る。

音楽で、子どもの時に
見た夢を形作る

簡単に自己紹介をお願いします。

肩書きは「アーティスト」と「ミュージシャン」。Open Reel Ensembleに加えて、ソロでも美術作品や音楽を作っています。中高の時はロックバンドとかをやっていて、その延長でテープレコーダーと電化製品を使った音楽に走りました。2015年からは、古くなった電化製品を楽器として復活させ、イベントを開催するプロジェクト「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」を始めています。

創作活動のきっかけはなんでしょう?

10代の始めの頃に不思議な白昼夢を見たんです。子どもながらに、その世界観にすごく惹かれてしまって、「夢で見た物語のサウンドトラックを作ろう」と思い立ち、カセットテープで自分で作った曲の録音を始めました。再生しながらダビングしていくことで過去に録音した音が劣化していく「ピンポン録音」と呼ばれる方法。その音の質感が異世界を感じさせました。あれが初めての音楽作りでしたね。
「Open Reel Ensemble」を始めたのも、大学の時に、たまたまもらったオープンリールのテープレコーダーをスクラッチしたサウンドを聞いたら、今お話しした夢の中のイメージとぴったり結びついたのがきっかけです。

小学生の時に自分が夢で見た世界を表現しよう、
というのが創作のモチベーションということでしょうか?

そうですね。自分の中にあるビジョンが、テクノロジーを使うことで、現実の世界へと実体化されていく。その瞬間に、映画を撮っているような気分になるんです。これが創造のモチベーションになっていると思いますね。実験をしながら音を作っていくうちに、しっくりくる音と出会い、それが物語のサウンドトラックのようになっていく……僕の創作はその繰り返しかもしれません。それほど強烈な夢だったんです。

旅の魅力は、予期しない発見に
溢れていること

今は使わなくなった電化製品を楽器にすることに
こだわりがあるのですか?

自分の作りたい音が出るものを探究していくうちに、自然と電化製品が多くなっていった、という感じですね。例えば、アナログラジオの局と局の間に発する「ザーッ」という音やチューニングの音。この音は「ラジオを聞く」という本来の目的のためには不要ですが、音としては価値があると思いました。電気的な音には、どこか知らない場所に想いを馳せてしまうような、異国情緒があります。日常では捉えられない世界がそこに広がっているような……そんな感覚を呼び起こされるんです。電化製品にはそういう知覚への窓を開いてくれる側面があると思います。

一方で、デジタルの仕組みを持ちながら、手で叩いたり弾くなど、
身体を使わないと鳴らない楽器であることも特徴ですね。

僕は小さい頃に家族でインドやインドネシアを旅したからか、東南アジアの民族文化に少なくない影響を受けていて。全身を使って演奏している姿や、その音楽に合わせて人々が踊っている風景が強く脳裏に焼きついている。そこには身体と音が繋がる原始的な感覚が渦巻いていました。今後も人力で生演奏していくことには挑戦していきたいですね。

和田さんが自分を常にアップデートするために行っている
準備や習慣はありますか?

たまたま目に映ったものを題材にして勝手にひとつの物語を作る、みたいな妄想はよくしています。「身近なものが、ありえない使われ方をしてる」っていうのを想像するのが好きなんです。例えばインドでは大昭琴(たいしょうごと)がエレキ化されて、全く新しい楽器としてインドの音楽に取り入れられている、という進化をしてるらしいんですね。そういうのを聞くと、すごく興味を惹かれます。世界には奇妙で興味深い文化が沢山あると思うので、もっと色んな国を旅してみたいですね。

自然とテクノロジー、
どちらにも畏怖の念がある

和田さんが考える、自然と都市の違いや共通点をお教えください。

大きな規模で考えれば、都市も人間もテクノロジーも全て自然の中に包括されていくような気がします。都市は人間が暮らしやすいようにつくった要塞のようなものですが、雨風雪地震にはめっぽう弱い。人間は実は電気で動いているし、テレビやラジオも携帯もコンピュータも、自然の法則のもとに成り立ったテクノロジーです。そう考えると、テクノロジーにも自然にも強い畏怖の念を感じるんです。

自然の多い環境に出向くこともあるのでしょうか?

実は僕が住んでいるところはけっこう自然が多いところで、たまにリフレッシュしたくなったら高尾山に登ったりもしますよ。木々がたくさん茂っているところを歩くのは好きですね。

常に持っている必需品などはありますか?

楽器はほぼ全て手作りですので、工具類やラップトップは必需品です。あとは、最近友達からもらった京都・嵐山の「電電宮」のお守り。ここはエジソンとヘルツが祀らている神社で、(家電を改造している時に)事故らないように財布に入れてます(笑)。

最後に、今後予定していることを教えてください。

11月に「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」のイベントを計画しています。展示やライブだったり、クラウドファンディングの結果次第では、東京タワーの真下にあるスタジオで『電磁盆踊り大会』を開催しようと思っています。電化製品を人の手で生演奏して、人間と電気とが交差する、一瞬の夢のような時間と空間をつくり出せればと思っています。

Ei Wada
和田 永

1987年東京生まれ。物心ついた頃に、ブラウン管テレビが埋め込まれた巨大な蟹の足の塔がそびえ立っている場所で、音楽の祭典が待っていると確信する。しかしある時、地球にはそんな場所はないと友人に教えられ、自分でつくるしかないと今に至る。大学在籍中よりアーティスト/ミュージシャンとして音楽と美術の間の領域で活動を開始。オープンリール式テープレコーダーを楽器として演奏するバンド「Open Reel Ensemble」を結成してライブ活動を展開する傍ら、ブラウン管テレビを楽器として演奏するパフォーマンス「Braun Tube Jazz Band」にて第13回メディア芸術祭アート部門優秀賞を受賞。各国でライブや展示活動を展開。ISSEY MIYAKEのパリコレクションでは、現在までに7回に渡り音楽を担当している。2015年よりあらゆる人々を巻き込みながら古い電化製品を電子楽器として蘇生させ合奏する祭典を目指すプロジェクト「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」を始動させて取り組む。そんな場所はないと教えてくれた友人に最近偶然再会。まだそんなことやってるのかと驚嘆される。

1987年東京生まれ。物心ついた頃に、ブラウン管テレビが埋め込まれた巨大な蟹の足の塔がそびえ立っている場所で、音楽の祭典が待っていると確信する。しかしある時、地球にはそんな場所はないと友人に教えられ、自分でつくるしかないと今に至る。大学在籍中よりアーティスト/ミュージシャンとして音楽と美術の間の領域で活動を開始。オープンリール式テープレコーダーを楽器として演奏するバンド「Open Reel Ensemble」を結成してライブ活動を展開する傍ら、ブラウン管テレビを楽器として演奏するパフォーマンス「Braun Tube Jazz Band」にて第13回メディア芸術祭アート部門優秀賞を受賞。各国でライブや展示活動を展開。ISSEY MIYAKEのパリコレクションでは、現在までに7回に渡り音楽を担当している。2015年よりあらゆる人々を巻き込みながら古い電化製品を電子楽器として蘇生させ合奏する祭典を目指すプロジェクト「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」を始動させて取り組む。そんな場所はないと教えてくれた友人に最近偶然再会。まだそんなことやってるのかと驚嘆される。