HOLOCENE

The DOLOMITES, Mountain Range in Italy

  • 地球の歴史が育んだ奇跡の地形

The DOLOMITES, Mountain Range in Italy ( How Mountains Are Made

イタリア北東部に連なる「ドロミテ山地」。

鋭く切り立った無数の崖を抱くこの山地の地質の成り立ちについて語るには、ひとまず時計の針を2億年前の中生代─恐竜たちが陸上を支配していた時代─にまで戻す必要がある。

ドロミテの崖の地層は、ユーラシア大陸とアフリカ大陸の間に存在していた海洋「テチス海」で生まれたものである。火山岩や岩塩も混じっているが、主に海底に積もったサンゴや貝殻など炭酸カルシウムの骨格を持つ生物の遺骸が固まってできた石灰岩でできている。

大海の海底の地質は、その大半がマリンスノーと呼ばれる海底に降り積もった生物の遺骸と、ごくまれに空から降り注ぐ火山灰が合わさり固まってできたものである。死屍累々の屍は、しんしんと降る雪のように海底に落下して積もり、途方もない年月をかけて数千メートルほどの高さにまでなるが、それらが圧縮され、ときには一部が溶脱し、ときには地熱に熱せられて、やがて石灰岩へと変化してゆく。

地球は「地殻」と呼ばれる厚さ約30〜80kmの薄い殻によってその表面が覆われているという事実は良く知られていることである。

地殻は自らの各々絶えず移動し続けており、ときに引き裂かれ、ときにぶつかり合うことによって新たな地形が生み出される。

「テチス海」は、かつてはアフリカ・インド大陸の北岸に位置していたが、地殻変動による大陸の北上に伴って次第に縮小させられて、最後はファスナーに閉じ込められるようにして消滅してしまった。

アフリカ・インド大陸は「テチス海」が干上がった後も北上を続け、北側に位置していたユーラシア大陸と衝突し、その強力な圧縮によって地面を隆起させ、アルプスやヒマラヤといった大山脈を生み出した。

この衝突に伴い、テチス海の海底に降り積もった石灰岩は行き場を失い、ときには折りたたまれ、ときには砕かれながら空へと向かって持ち上げられ、やがて美しい層状の山体になっていく。世界最高峰のエベレスト山頂の岩もドロミテの石灰岩と同じくテチス海に降り積もった生命の遺骸である。

このようにしてドロミテの石灰岩が海底から地上に移動して山へと姿を変えたのは、今から約1000万年前のことである。恐竜の時代である2億年前から現在までの時間の長さと比べると、ずいぶん短い、あたかもつい最近の一瞬の出来事のようにも感じられる。もちろんこれは人類が誕生するよりも、遥か昔の話である。

さらに時計の針が進み、250万年前以降になると地球に氷河期が繰り返し訪れ、陸上に氷河が形成されるようになる。氷の塊はその重みからゆっくり移動しながら山脈を深く削り込み、深いU字谷や切り立った崖を削り出す。そして2億年前に海底深くに眠った白い屍は、このとき初めて日の目を見ることになる。

約1.5万年前に最後の氷河期が終わると、いよいよ現在の我々が生きる「Holocene(ホロシーン/完新世)」と呼ばれる時代となる。地球の温度も上昇し、氷河は溶けはじめ、河川や地下水となって崖をさらに削り、深く切れ込んだドロミテのクーロワールが形成される。

クーロワールは、ドロミテのある南東アルプスの山岳でよく見られる特徴的な地形である。石灰岩の浸食地形と山岳地形の両方の特徴を併せ持つこの地形は「カルスト」と呼ばれる極めて特殊な地形である。

石灰岩は粒子同士の結びつきが強いため、土石流や土砂崩れによる浸食には強いが、水には溶解しやすい特性がある。そのため水の通り道が出来やすく、極端に急峻な谷や鋭いピナクル(小尖塔)を形成することがある。水の通り道には無数のくぼ地が形成され、地下水の通り道には巨大な鍾乳洞が形成される。日本では山口県の秋吉台が特に有名だが、石灰岩の分布する地域ではこうした地形をよく見ることがある。

実はアルプスの他の地域にもドロミテと同じ地質体が分布している。北西イタリアのミラノからスロベニアにかけてのクラス地方と呼ばれる地域がそれにあたるが、ドロミテの山々だけがアルプスの他の地域では見られない特異な形をしている。

なぜ、このような地形がつくられたのだろうか。
ドロミテの複雑な地形を生んだ理由として、断層の活動が寄与していることが近年になってから指摘されるようになった。

断層とは、地下の地層に力が加わって割れた面に沿ってずれが生じた状態のことである。断層が急激にずれ動くことによって生じる振動が地震であることは日本でも良く知られているが、アルプスには東西に走る大規模な逆断層(片側のブロックが、もう片方にのし上がろうとする断層)があり、ドロミテ近隣にはそれに加えて南北に走る横ズレ断層(ブロックがすれ違うような動き方をする断層)が分布している。
横ずれ断層は局所的な上昇・沈降を引き起こすため、これがドロミテの特異な地形の形成に一役買っているのである。

地形発達のプロセスは、ほかにも複雑ないくつもの要因に支配されている。気候や表層水による浸食・運搬・堆積のような表層プロセスや、地質や山地の上昇、断層の活動のような深層プロセス。これらに加えて、もともとの地形や標高、生命活動も地形発達の要因となり得る。いずれも完全に独立した動きではなく、山ができることで上昇気流が発生して雨が降るというようにそれぞれの要因が相互関係をもつため、その詳細を理解するのは容易なことではない。

地球が誕生したのは今から46億年前、ドロミテの石灰岩が海底でつくられたのが2億年前。それが隆起して山ができたのが1000万年前で、それらが氷河に削られ現在の姿になったのは100万年前のことである。このように地球の一生をひとつの流れと捉え直してみると、現在のドロミテの風景が、いかに一瞬の偶然が重なって出来た儚いものであるかがわかる。

人類が地球上に登場して現在の文明を築きあげるまでの約1万年の「Holocene(完新世)」と呼ばれる時代も、ほんの一瞬に過ぎない。

いくつもの要因が複雑に絡み合ってできあがったドロミテの地形。
それは地球が一生を費やしてつくりあげた、繊細で力強い芸術作品のようでもある。
私たちの短い一生とドロミテの景色が重なり合う瞬間、それはまさに奇跡と言っても差し支えないだろう。

  • Text : Toru Nakajima
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