Forest, a Rock, and an Ocean:
The Landscape of Shiretoko

AUTUMN WINTER

THE NORTH FACE

In Pursuit of the Source
by Naoki Ishikawa

Drift Ice: A Primer

The Drift Ice Overstays Its Welcome
by Mizuhiko Ito

Snow and
Ink by Daichiro Shinjo

The North Face / Helly Hansen
Shiretoko

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The Drift Ice Overstays
Its Welcome
by Mizuhiko Ito

帰らない流氷

伊藤瑞彦

「流氷が帰らない?」
「はい、そういう話を書こうと思って」
「来ない、ではなくて?」
 カウンターの向こうで食器を拭きながら、越川さんは少し首をかしげてから、そう言った。

 世界遺産知床のお膝元、斜里町。この街には、次回作の取材で訪れた。

 

 世界にある大きな出来事が起こった時に、人の生活にどのような変化が起こるのか。それを徹底的にシミュレートするのが自分の作風だ。
 とは言ってもまだ出した小説はたった一冊。次の話に何を書くべきか悩んだあげく、東京からネタを探してはるばるやってきたのがここ北海道だ。
 オホーツク海は毎年1月下旬から2月ごろに、海岸が流氷で埋め尽くされる。
 もしその流氷がいつまでも帰らずに、オホーツク海の沿岸を年中埋め尽くし続けたらどうなるか。そんなアイデアを思いついたのは、3月のはじめだった。
 具体的な問題をそこに住んでいる当事者に聞きたい。流氷シーズンとしては遅めの来訪になってしまうが、今ならまだ実際の流氷を見て取材できる。急いでチケットを予約して北海道・道東に飛んだ。

 

 早朝の便で羽田を発ち、女満別空港でバスに乗り換える。
 海上保安庁が運営している海氷情報センターというWebサイト上に、流氷の現在の位置が公開されている。その情報によると、今日はもう少し知床半島寄りの斜里町まで行くと流氷が接岸しているらしい。途中の網走ではバスを降りずに、そのまま斜里方面に向かった。

 

 バスは計1時間半ほど走り、午前11時ごろに斜里町に着いた。駅前のバスターミナルで降りてそこから歩いて港に行ってみると、蓮の葉状の流氷を見ることができた。
 正直、ちらほらという感じで、港がみっしりと埋め尽くされているわけではないが、間近で見られたので一応目的は果たせたと言えるだろう。
 暖かい格好をしてきたつもりだが、ダウンジャケットで守られていない顔や耳が寒いというか、痛い。フード付きのジャケットにしておけばよかったなあ、と少し後悔する。港にいる間にすっかり冷え切ってしまった。

 

 寒さから避難するように道の駅に入り、案内所で「地元の人がよく使う飲食店を教えてほしい」と聞いたところ、「しれとこびと」という店を紹介された。
 しれとこびとは、街なかのお店とは思えない、丸太造りの雰囲気の良いレストランだった。店の中央にある暖炉のおかげで、店内はとても暖かい。

「やっぱり冬は基本、オフシーズンですからねえ」
 カウンター席で食事を終えた後、昼の忙しい時間帯が過ぎて一息ついたように見える店主の女性、越川さんに、自分の素性を話した上で率直に聞いてみたところ、そんなことを言われた。
「うちはペンションもやっているけど、夏と冬ではお客様の入り方がまるで違うし。流氷が帰らないとなると、観光業の私達にとっては大変かも」
「漁業だってそうだよ」
 隣の席の人が話に入ってきた。どうやらこの店の常連さんらしい。「こちらは赤井さん。この街で代々漁師をやってるの」と越川さんが紹介してくれた。小柄ながらもガッチリした体格は、いかにも海の男の風貌だ。

「漁師はそれこそ商売上がったりだな。海明けが無かったら鮭もマスも、なんにも獲れねえ。どうすりゃいいんだ?」
「えーと……ワカサギみたいに氷に穴を開けて釣ったり、とか?」
 そう言った途端、赤井さんが噴き出した。
「海にワカサギはいねえよ!」
 ものの例えとして言ったつもりだが、ツボに入ったらしい。豪快に笑い続ける赤井さんの横で、言った自分はつい赤面してしまう。

「ところで、どういう理由で流氷が帰らないってことにするの?」
 黙ってしまった自分をフォローするように、越川さんに質問された。
「まあ、そのへんはお話ならではのハッタリってことで……太陽活動が弱まった結果として気温が劇的に下がった、とか、まあなんとでも」
「あらまあ。大災害じゃないですか」
「ええまあ……でも、ただひどい目に遭うだけの話、にはしたくないんですよね。起きた自然災害は仕方ないけど、そんな状況の中でもめげずに生きる人の話、というか」
「めげずに生き……られるかしらねえ。流氷が帰らないほど寒いってことは、一年中真冬の気温のまま、ですか。いずれ春がやってくるからこそ、私たちは長い冬も耐えられるけど」
「ほら、例えばずっと流氷が帰らないってことは、いわば使える陸地が増えたようなものでしょうし、家でも建てるとかどうです?」
「でもここは今、人口が増えているわけじゃないので、土地は余ってますから」
 愛想のいい越川さんが、にべもなくそう言った。相当的はずれなことを言ってしまったようだ。
「氷の上じゃ畑にもならんしなあ。何の役にも立たない雪原が増えるだけか」
 赤井さんも同感らしい。
「その寒さじゃあ漁業だけじゃなくて、農業も壊滅だな」

「じゃあ、これならどうです? ロシアが氷原に線路を通して、シベリア鉄道を日本まで延伸してくるとか」
「なんだそりゃあ。変なこと考えるなあ」

 

 予想通り赤井さんに呆れられてしまったが、実はこれ、ロシア政府が実際に日露経済協力の話の中で提案してきている話だったりする。樺太から稚内を結ぶ宗谷トンネルを掘り、日本までシベリア鉄道を延伸するという案だ。ただ、日本側に経済的メリットがほとんどないのか、政府もJR北海道も全く乗り気ではない。
 だが、流氷が帰らないという設定を思いついた際に、ロシアまで繋がった広大な白い氷原を走る鉄道のビジュアルが思い浮かんだ。なんだかロマンを感じないだろうか。

 

 そういう話をしたところ、越川さんと赤井さんは思うところがある表情で目を合わせた。
「実際の流氷、見てみました?」
 越川さんに聞かれる。
「はい。先程、港で少し」
「さっきから家建てるとか汽車走らすとか言ってるけどよ。流氷はそこまでの厚みはないと思うぞ」
「網走で観光砕氷船が沖合にいるのは見ませんでした? 船で割れる程度の厚さってことは、家とか列車とかの重量には耐えられないんじゃないかしらね」
「そっか。そうですかね」
 港にあった流氷は割と薄かったけども、隙間なく氷が埋め尽くされた状態であればかなりの厚さになるのではと思っていたが、言われてみればそんな気もする。流氷の厚みはどれくらいなのだろう。後で調べてみることにしよう。

 

 絵的に面白そう、という理由だけで考えた「流氷が帰らない」というこの設定は、想像以上に影響が大きいようだ。
「こうやっていろいろと話を聞いていると、みなさん流氷に相当うんざりしているというか、何の役にも立たない邪魔者って扱いみたいですね」
「いえ、そんなことないですよ」
「いや、そうでもないんだわ。それが」
 赤井さんと越川さんほぼ同時に言った。
「え?」
「流氷の上を歩いたり、専用のドライスーツを来て流氷の海に浮かぶ体験型レジャーみたいな、この時期じゃないとできない観光がありますし。流氷がないとそれこそ、この時期は観光的に完全にオフシーズンになっちゃいますから」
「海明けまで漁ができなくなる、流氷なんて邪魔なだけ。俺も昔はそう思ってたんだけどな」
「違うんですか?」
「実際には流氷があるおかげで、なんかまあいろいろ役に立ってるらしいんだよ。前に偉い学者さんにいろいろ聞いたんだけど、えーと、なんて言ってたかな。エコロジーだかサスペンダーだか、なんとか」
 エコロジーはともかく、サスペンダー? 何のことだろう。

 翌日朝、知床半島の先端寄りにある斜里町ウトロ地区にバスで向かった。海沿いの一本道を走る路線で、流氷の様子がよく見える。昨日斜里の港でちらほらと見た蓮葉状の氷の密度が、ウトロに近づくにつれて少しづつ上がってきた。
 ウトロでバスを降りると、防寒着に身を固めた男性に声を掛けられた。見た目のせいで一瞬わからなかったが、事前に取材を申し込んでおいた、網走にある農業大学の教授だった。
「ここでもまだ少し流氷の密度が薄いですね。さらにもう少し知床半島側に移動してみましょう」
 そう言われ、挨拶もそこそこに教授の四駆に乗せてもらい、ウトロの市街地を抜けて雪積もる森の中をさらに10分ほど走ると、知床自然センターに着いた。

 

 教授は流氷の時期のクジラなどの生態調査などの関係で、ここによく来るらしい。このセンターの裏にある散策路を進むと、崖から海を一望できるのだそうだ。防寒が少し不安だったので、施設の中にあったショップで、耳まで覆うウールの帽子を買った。
 教授と二人で、林の中の道を歩く。こんなに人気がない道だと、間違ってヒグマに出くわさないか心配だったが、今の時期は冬眠中。めったに会うことはないのだそうだ。
 林の中のいたるところには、エゾシカがいた。集団で木の皮を剥いで食べている。天敵がいないので安心しているようだ。

 

 少し歩くと、開けた雪原に出た。夏にはきれいな草花が咲き乱れる草原なのであろうが、今の時期に見える色は、白と茶色だけだ。遠くには灯台が見え、海が近いことがわかった。遮るものなく吹く寒風が頬にあたり、強烈に冷たい。  

 

 散策路の終点である崖の上には、東屋があった。
「あれが、フレペの滝です」
 先生に言われて崖を見下ろすと、青白く凍りついた滝があった。
 地下水なのだろうか、これまでの林道沿いには川など無かったのに、崖の途中からいきなり水が出て、それが下に向かって凍りついている。

 

 そして眼下に見えるオホーツク海は今までのそれとは違い、完全に隙間のない氷原だった。高いところから見下ろしていることもあり、地平線まで続くただの雪原のようにも見える。寒々しい景色なのだが、独特の荘厳さも感じられた。港で見る流氷とは、同じようで何かが違う。すべてのスケールが、大きい。

「流氷が帰らない、なんて、とんでもないことですね。こんな死の世界がずっと続くなんて」
 思ったままに、つぶやいた。
「とんでもない、オホーツク海は冬でも生命に満ち溢れていますよ」
「え?」
「まあ、どちらかというと海の下の話ですがね」
「海の下、ですか」
「流氷がどのようにしてできるのかは、知ってますか?」
 教授に、唐突に聞かれた。
「ええと、確かロシアのアムール川から流れてくる、とか書いてあったような」
「正確にはアムール川周辺、ですね。そこで育った海氷が、南下しながら徐々に育つんです」
「てっきり川で凍った淡水の氷が、そのまま流れてくるのかと思ってました。海水なんですね」

「それにはオホーツク海ならではの特殊な事情があります。塩分濃度の高い海水は、本来凍りにくいものです。単に寒いだけで海水が凍っていたら、北海道より緯度の高い場所の海水は全部凍っていても不思議じゃないでしょう?」
「確かに。なんでここだけ、流氷があるんですか?」
「海氷がある海域はここだけではないですが、確かに緯度的には最南ですね。ロシア本土、樺太、カムチャッカ半島、千島列島、そして北海道などの陸や島に周囲を囲まれているオホーツク海は、水の対流が起きづらい。大げさに言えば、巨大な湖のような側面もあります」
「だから、湖と同じように凍る?」
「いえ、それだけでは海水は凍りません。動きの少ない海に、アムール川などからの淡水が流れ込むことで、オホーツク海の海水は塩分濃度の薄い上層と、濃い下層の二層構造になっています。そして冬の厳しい寒さで、水深50メートルまでの塩分濃度の薄い層が徐々に氷結する」
「なるほど、淡水ではないけども、塩分濃度は海水よりは低い、と」
 でもそれが生命活動となにか関係があるのだろうか。
「流氷が育つ過程では、周辺の植物プランクトンが氷の中に取り込まれ、そのままこの海域まで運ばれてきます。そして流氷が接岸して藻類の生育環境が安定すると、流氷の下部で植物プランクトンが藻類として繁殖していく。これがアイスアルジーと呼ばれるもので知床の自然の生態系に大きな役割を果たしています」
 アイスアルジー。あ、漁師の赤井さんが言っていたエコロジーだかなんだかって、これのことか。
「アイスアルジーは、春が近づいて氷が解けると動物プランクトンの餌となり、さらにそれが各種水生生物の餌となり、魚の餌となる。すべては食物連鎖として繋がっているわけです」
 教授は眼前に広がる流氷の海をどこか愛おしそうに見つめながら、話を続けた。
「流氷の恩恵は、それだけじゃありません。流氷ができる時、氷の中の塩分は徐々に濃縮されて『ブライン』と呼ばれる高塩分水として氷の中を通り抜けて行きます。冷たく重く、栄養に満ちたブラインはそのまま沈んでいき、オホーツク海を深層に至るまで撹拌していく。そんな大きな役割が、流氷にあるんです」
「流氷が解けずに居座り続けたら、知床の生態系は崩れてしまう、と」
「少なくとも、サスティナブルなものとしては成り立たないでしょうね」
「サスティナブル?」
「持続可能な、という意味です。私としては、流氷が帰らなくなるよりも来なくなることのほうがよほど心配ですよ。地球温暖化の影響で、年々徐々に流氷の接岸が遅くなったり、年々流氷の来る範囲が狭くなってきていますから」

 その日はウトロで一泊し、早朝、最後にまた海辺に行ってみた。気温は昨日よりかなり暖かく、流氷もかなり沿岸まで去っている。広大な流氷原が、たった一日でこんなに大きく動くことに驚かされた。今年の流氷シーズンも、そろそろ終わりなのだろう。
 海べりに少し残っていた流氷の下部は、茶色く変色していた。昨日の話を聞いていなかったら海岸の砂でも付いて汚れたのだと思っただろうが、これがアイスアルジー、なのだ。

 

 自分の考えの甘さをつくづく思い知らされた取材だったが、それは流氷のことを知らない読者にとっても同じかもしれない。流氷が帰らなくなった世界でも来なくなった世界でも、どちらも大変な問題が起こる。大きな意味で、書く意味のある物語を書けるかもしれない。少しだけ春の気配を感じる海を見ながら、そう思った。

伊藤瑞彦 (いとう・みずひこ) 1975年、東京都生まれ。幼少期を父の実家があった北海道小清水町で過ごす。高校卒業後は東京での工場勤務などを経て、現在は斜里町在住。斜里町を舞台に、超巨大太陽フレアによって大停電に見舞われた世界を描いた「赤いオーロラの街で」が、第5回ハヤカワSFコンテスト最終選考作品になり、2017年に早川書房から出版される。大きな出来事が起こった世界での人々の生活の変化をシミュレートして描くのが得意。執筆は、Webデザイナー、ITエンジニアの仕事の傍らに行っている。