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精神の力
#AKIYO
NOGUCHI_
CLIMBER

世界の頂点に立つことで
クライミングの魅力を
日本に広めた開拓者。

PROFILE
野口啓代 / AKIYO NOGUCHI
スポーツクライマー
1989年、茨城県生まれ。小学5年でフリークライミングに出会う。クライミングを初めて1年で全日本ユースを制覇。2008年ボルダリング ワールドカップで初優勝、2009年年間総合優勝、その快挙をその後4度獲得し、ワールドカップ優勝も通算21勝を数える。2018年にはコンバインドジャパンカップ、アジア競技大会で金メダル。2019年世界選手権で2位。

心と体を分けては考えられない。
気持ちを入れて登ってきたから、
勝負強い私になった。

世界選手権2位おめでとうございます!今はどんな心境ですか。

最初は夢みたいで信じられなかったのですが、人と会って声をかけていただいたり、お祝いのメッセージを受け取っているうちに、徐々に実感が出てきました。

相当なプレッシャーがあったのではないかと思うのですが、そのプレッシャーとはどう向き合ってこられたのでしょうか。

プレッシャーは、もちろんありました。今やっとそのプレッシャーから一旦解放された気持ちです。8月11日から始まった世界選手権でしたが、トレーニングの追い込みの7月中旬の頃は特に緊張していました。でも、大会に入る直前の8月に入ってからはむしろ気持ちは静まっていたんです。追い込むようなトレーニングもしないですし、記者会見でも落ち着いて話をすることができて、大会が始まることを受け入れられていました。

「受け入れる」というのはどういうことですか。

プレッシャーとは戦ってもいけなくて、受け入れる。それが私のやり方ですね。どうしても感じてしまうもので見て見ぬ振りをしていてもどうしようもないので、最初はきつかったり時間がかかったりするけれど、しっかりそれを受け入れて自分のなかで消化する。向き合えたら、怖くなくなります。不安がなくなるまで、考えたり感じたり、受け入れつくすんです。

そのように考え始めるようになったのは、最近になってからですか?

幼い頃から、そういうところがあったように思います。負けず嫌いな性格で、ずっとコンペティションが好きなんです。能力的には特別秀でていたわけではないと思うのですが、大会では良い登りができたり、勝負強さが強みだと思ってきました。

「勝負強さ」というのは、天性のものなのでしょうか。それとも鍛えられるものですか。

気持ちが入ったトレーニングが、日頃からできているかで鍛えられるものだと思っています。心も体も分けて考えるものじゃない。気持ちを入れずにたくさん登っても意味が全くないとは言わないけれど、やっぱり気持ちが入ることによって質が上がる。私は練習でも大会並みに集中して登るようにしています。大会だけ頑張るのは無理です。

クライミングは、フィジカルの強さはもちろん、メンタルの強さや思考のスピードが重要な競技だという印象を受けます。

私はその日の調子を判断する際に、しっかり脳が動いているかがとても重要なポイントだと思っているんです。普段どんなに体を鍛えていても、その場で発揮できなかったら意味がない。集中力やその場でのひらめきは、体よりも頭がものを言い、それを実現するためには肉体が追いついていないといけない。両方欠かせないんですよね。

クライミングしているときの「ひらめき」とはどういったことなのでしょうか。

登っていて「ここで落ちたらやばいな」とか「ここで決められたら優勝できるんじゃないかな」というのが即座に頭に浮かぶんです。あとはオブザベーション(※登る前に選手全員で課題を下見すること)していたムーブと「違うな」と思った瞬間に、次のムーブが2つ、3つ思い浮かばないといけない。登りながら、色々考えたり感じたり選び取ったり、即座に反応することが求められます。

ただ、一番好きなことを続けてきた。
今はクライミングに対して
自分が何をできるか考えてる。

クライミングをしていて、一番エキサイティングなのはどんな瞬間ですか。

大会の決勝が一番好きです。決勝戦で、次のトライで優勝が決まるかもしれないというときには、「このためにやってきたんだな」と思う。ギリギリの瞬間がすごく好きです。先日の世界選手権は、自分の競技生活の中でも特に大きな大会でした。コンバインドの決勝のことは、一生忘れないと思います。

来年、選手生活から引退されることを宣言していますが、未練はないのでしょうか。

今からすごくさみしいですよ。でも、自分で決めたことです。今の時点であと1年あるので、1年間登り倒してやり切ろうと思っています。そうすれば、その姿を見てくれている人たちが何か感じてくれるはずだし、その姿を見てクライマーを目指したいと思う子供もいると思うから。引退後は選手としてではなくまた違ったかたちで、クライミングには関わっていきたいですね。

クライミングに出会った頃と今とでは、「楽しさ」は変わっているのでしょうか。

登る行為が楽しい、という根本的なことは何も変わっていないですね。ただシーンとして、クライミング自体が大きく成長しているのを感じています。こんなにも多くの方にクライミングの魅力を感じてもらえるようになるとは思っていなかった。競技そのものも進化していて、動きの派手さ、対する繊細さ、求められることも多くなってきているし、クライミングのコンペティションそのものが成長していると思います。

競技の先駆者、開拓者という意識はあったのでしょうか。

初めの頃は全く意識していませんでした。ただただ、好きで登っていた。世界大会に出はじめた16歳のときも日本一やプロを目指していたわけではなかったんです。日本の中で選んでいただいて機会を得て、大会に出て初めてそこでパフォーマンスをする楽しさを知った。そこから、優勝したいと思うようになり、プロになることができたり、クライミングの仕事がもらえるようになった。ただ「良い登り」を目指して自分が一番好きなことを続けてきただけでしたが、今はクライミングに対して自分が何ができるか、考えるようになりました。

野口さんにとっての「良い登り」とはどういったことですか。

集中して、これまでにやってきたことが全て出し切れるようなトライ。得意なホールドとか苦手なホールドとか、カチ(指先だけがかかるような小さなホールド)だからとかスラブ(90度以下の壁)だからといったことにとらわれずに、目の前の課題に集中している状態ですね。自分の体の動きや観客の声援をしっかり感じられて、自分らしい登りができていることが私にとっての「良い登り」です。

女性アスリートとして、意識していることはありますか。

肉体的に、男子選手に勝てることはまずない。それでもトライする姿勢から、見てくれている人に勇気や良い影響を与えられることに違いはありません。あとはアスリートだからって、メイクやファッションを楽しむことを制限する必要はないと思っています。クライミングも好きだけれど、メイクやネイル、ファッションも好きです。勝負ネイルとして赤いネイルをしているのも、それを見たらテンションが上がるから。自分がハッピーな状態で登りたいんです。

クライミングを、嫌いになりそうになったことはありますか。

もちろん!何回嫌いになって、やめようとしたかわかりません。それでも続けてきたのは、やっぱり好きだから。クライミングは、私の人生になくてはないものなんです。


  • Photo / Chikashi Suzuki
  • Movie / Yu Nakajima
  • Illustration / Keisei Sasaki
  • Interview / Rio Hirai