僕たちの命であるセイルが誰かの喜ぶ製品に生まれ変わる
Upcycle #1

僕たちの命であるセイルが誰かの喜ぶ製品に生まれ変わる

VINDKRAFT
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HELLY HANSENは、およそ140年にも渡り、水と共に生きる人たちに向けた製品をお届けしています。そして、これからも、水のある暮らしをよろこび続けるために。様々な取り組みを行う「H2O PROJECT」にも取り組んでいます。
その一つが「VINDKRAFT(ヴィンドクラフト)」というアップサイクル・プロジェクトです。全国のマリーナやヨットオーナーから、役目を終えたセイル(帆)を回収。加工して、新たな魅力を与える取り組みです。
ここでは、VINDKRAFTの鍵である、セイルを取り巻くストーリーをご紹介します。

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セイルの表面を流れる風の力を得て、操り、水面を進むヨット。古くから、人やものを運ぶ手段の一つとして、世界中の人々の生活に欠かせないものでした。

17世紀になると、イギリスで初めてのヨットレースが開催。現在では「セーリング」と呼ばれ、選手たちは気象条件を計算しながら進み、種目によっては時速50kmものスピードで競り合います。

その一人乗り種目である「レーザー級」で、気鋭の存在として注目されるのが鈴木義弘選手です。レーザー級は、艇長4m23cm、幅1.37mの1枚帆ヨットを操ります。セイル面積は、クラスによって異なりますが、身長183cmの鈴木選手がエントリーする「スタンダード」は、7.06 m2とレーザー級でも最大です。

2000年、海と山に囲まれた山口県の島で生まれた鈴木選手は、セーリングを愛する父と兄のもと、小学1年生から競技の道へ。子どもの頃から、国内外の海で過ごしてきました。「海は遮るものがないので、真夏は灼熱地獄です」と笑いながらも「1週間のオフでヨットに乗らない日が2日続くと、早く海へ行きたいと思う」という鈴木選手。厳しい夏も、手がかじかむ冬も、セーリングと向き合う一人として。そのフィールドである海や、競技について。そして、ヨットに欠かせないセイルへの想いなどを伺いました。

僕たちの命であるセイルが誰かの喜ぶ製品に生まれ変わる

自分の感覚でリズムに乗っていく

ヨットを走らせるには、風や波、潮の流れなど、様々な要素があります。しかし、最終的に進む先を決めるのは、セイルを操るセーラー(乗り手)。彼方にある風を捉えるのも、波を避けるのも、セーラーです。「海の上での選択は、全て自分の責任です。でも、それが、セーリングの自由で好きなところ」と鈴木選手はいいます。

鈴木選手は、風の在り処が感覚で分かるのだとか。たとえば、一見静かな湾内でも、わずかに動く海面がそのしるし。これを瞬時に見つけ、セイルの角度を操り、風を捉えてスピードに乗っていきます。また、一般的には難しいとされる「波がぐちゃぐちゃ」になる風が好き、とも。

「僕の地元の山口は、日本でも有数の風が難しいところです。だから、波もぐちゃぐちゃ。動きが予測しづらくて、いまだに100発100中は、セイルにあてられません。でも、この海と似ているオランダのメデンブリックという田舎町の海が、一番好きなんです。セーリングの盛んなところなのですが、波のリズムが僕のスタイルに合っているというか」

スポーツ選手それぞれに得意なプレイスタイルがあるように、感覚ですばやくジャッジしていくのが鈴木選手流。ただ、その技術は誰かに教わったものではないといいます。「父からも兄からも、なぜヨットが動くのかを教わったことはありません。ただ、乗らせてもらえるその日がくるまで、楽しそうに乗る二人を見て、どうすればセイルに風がよくあたるのか……みたいなことを考えていました」。

僕たちの命であるセイルが誰かの喜ぶ製品に生まれ変わる

セイルはヨットの命

小学1年生からセーリングを始めた鈴木選手にとって、セイルは命。人間で言うならば心臓のような存在です。「人間は、心臓がパンプしないと血液が循環しないのと一緒で、セイルがないとヨットはぴくりとも動きません。そこに、風というエネルギーが加わって、ヨットは進みます。セイルの操作はロープを細かく操るのですが、1mm、2mmの違いで風の捉え方が変わるんです」。

セイルは、防水性を備えた、薄い素材でできています。また、風力を的確にヨットへ伝えるため、適度な張りはありながらもしなやか。ゆえに、使ううちに生地がたわんでいくそうです。「たわむと感覚も変わってくるので、レースには新品をおろして挑みます。僕の場合は、2大会を目安に交換して、練習用にします。自分の思い描く競技をするためにも、とても大切なものだから、みんなセンシティブに扱っていると思いますね」。

ただし、レースとあまり状態が変わると練習の意味がなくなるため、練習用にするのも2ヶ月ほど。年間7〜8枚は、消耗するそうです。では、使わなくなったセイルは、どうしているのでしょう。「僕は、必要とされている地元の方やビギナーに譲っています。そもそも、セイルを捨てるのはもったいないと、ずっと思っていて。捨てないためにも譲ってきました。ただ、一度だけどうしても捨てなければならなくて処分しましたが、サイズの大きなものですし、困りましたね」。

物心ついた頃から、洋服などは兄のおさがり。セーリングのクラブハウスで『ごみを見つけたら拾いましょう』というルールも徹底されており、海などで見かけたポイ捨ては拾ってごみ箱へ。「捨てる」という概念が、もともとあまりないそうです。だからこそ、VINDKRAFTの取り組みを知った時は、とても嬉しかったと続けます。

「これからもセーリングを続けていく中で、2ヶ月サイクルでセイルを替えることは避けられません。だからこそ、継続的な取り組みになればと思いますし、僕たちの命であるセイルが誰かの喜ぶ製品に生まれ変わるのは、すごくいいこと。たとえば、練習やレースで着たウェットスーツを入れられる防水バッグがつくれたら、とても嬉しいですね。自分のセイルの命を最後まで、フル活用している感じがします」

僕たちの命であるセイルが誰かの喜ぶ製品に生まれ変わる

セーリングの魅力を伝えたい

風は、無色透明。肌などにあたれば感じられますが、普段は目には見えません。それが、セイルにはらむことで、海の上を走るヨットの姿として楽しめるのも、セーリングの魅力です。

「セーリングという競技は、風の取り合いがおもしろさ。いろいろな風がある中で、どの風を、どう取るかで勝負がつくとも言えます。だから海の上では、ほとんど海面の動きしか見ていません」。鈴木選手は、競技者としてはもちろん、自分が観戦するときも「あそこの風を取りにいった!」と観るのが楽しいのだとか。ただ、ルールを始め、こうした楽しみを理解するまでに、セーリングは時間のかかる競技です。

「日本ではできる環境が少ないこともあり、セーリングはまだまだマイナー。やってみるには、ハードルが高い競技かもしれません。でも、競技には、観る楽しみもあります。一人でも観てくださる方が増えるように、僕自身が楽しむ姿をもっと目にしていただけるよう頑張りたいですね。そのためにも、今の目標は、世界の大会で表彰台に立つこと。17歳で表彰台に立ったのですが、あの時の景色はやはり忘れられません」

次の世代にセーリングの魅力を伝えられる存在になれたら、とも語ってくださった鈴木選手。ヨットの命であるセイルに、風というエネルギーを受け止めて。これからも、鈴木選手は世界中の海を走り続けます。

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Words

VINDKRAFT

コンセプトは「風をカタチに変えていく。」。多くのセーラーを支え、役目を終えたセイルから、新たな繋がりを生み出します。その循環は、日本のセーリング発祥の地としても知られる葉山から始まります。葉山マリーナにあるHELLY HANSENショップに集められたセイルは、洗浄を経て、富山県にある最先端の技術が集結するゴールドウイン・テック・ラボで新たな形を得ます。

https://corp.goldwin.co.jp/hellyhansen/vindkraft/
レーザー級

レーザー(Laser)級は、船長4m23cmの1枚帆ヨットを使用する、一人乗りクラス。女子やユース、小柄な男性に適した「ラジアル」と、男子種目の「スタンダード」があり、帆の面積が異なります。
そのヨットを開発したのは、カナダのオリンピック・セーラーのイアン・ブルース、世界的なセイルメーカーのハンス・フォッグ、ヨッティング・ジャーナリストのブルース・カービーの3人です。あるヨットレースの後、彼らがヨット談義に花を咲かせているうちに、誰とはなしに「最近のヨットレースはお金がかかり過ぎる傾向にある。安くて性能がよく、レースにもレクリエーションにも適した船を作らなければ、世界中のヨットは高嶺の花になってしまうのでは」という心配をしはじめたそうです。その後、船体・マスト・セイルなど、全てを均一化したクラスを設けることに。
レーザー級では、船の性能ではなく、セーラー自身の腕前とほんの少しの幸運を競うレースをたのしめます。

Text by ニイミユカ / Photo by 嶌村 吉祥丸 @kisshomaru