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BOOK #2

Dec, 2020

「歩行」からFITNESSを考える

●レベッカ・ソルニット『ウォークス 歩くことの精神史』東辻賢治郎訳、左右社、2017年
●古川不可知『「シェルパ」と道の人類学』亜紀書房、2020年
●イアン・ボーデン『スケートボーディング、空間、都市』齋藤雅子・矢部恒彦・中川美穂訳、新曜社、2006年

「FITNESS」にとっての「歩行」とは、健康を維持するために行なうウォーキングだけじゃない。もちろん歩くことは人間にとって最も基本的な運動のひとつであり、だからこそ意識的に日々歩くことが健康につながることは事実だけれど、それ以上にわたしたちの生活や人類の歴史においても深い意味をもっている。

 アメリカの作家、レベッカ・ソルニットによる『ウォークス 歩くことの精神史』は、まさに「歩くこと」が人類にどんなものをもたらしてきたのか明らかにした一冊だ。古代ギリシアの哲学者、アリストテレスが歩きながらさまざまな思索を巡らせたことは有名だけれど、哲学者ジャン=ジャック・ルソーは歩きながら『人間不平等起源論』を書き、作家ヴェルナー・ヘルツォークは病と闘う知人のためにミュンヘンからパリまで歩き、チャールズ・ディケンズは彼の小説と同様に大都市ロンドン中を歩きまわっていた。哲学や宗教、文学、あるいは都市やレジャー、人類のさまざまな営みのなかで、歩くことがどれだけ重要な意味をもっていたか本書を読めばわかるはずだ。歩くことなしに、わたしたちの社会はありえない。

 あるいは、歩行と切り離せない「道」について考えてみてもいいだろう。文化人類学者・古川不可知は、『「シェルパ」と道の人類学』を通じて、ヒマラヤ登山の案内人として知られるネパールの山岳民族「シェルパ」の人々がいかにして自然環境のなかに道を見出していったのか描き出している。山岳地帯は雪や土砂崩れによって日々地形が変わってしまうが、彼/彼女らは登山のために彼の地を訪れた人々を率いるべく新たな道をつくり出していく。「世界を歩むとき、自己は道であり、道は自己である」と著者は述べる。シェルパの人々は日々変わりゆく自然環境に適応しながら、環境のなかのさまざまな要素と関係をつくり出し、世界のなかに新たな道を見出していくのだ。歩くこととは、自然の中に身を投じ、その都度自分の身体を世界と適合させていくことなのかもしれない。それはまさに、世界へのFITNESSとしての歩行と言えないだろうか?

 わたしたちの身体と環境をつなぐものとしての歩行を考えるうえで、イギリスの建築史家、イアン・ボーデンの『スケートボーディング、空間、都市』もひとつの補助線を引いてくれるはずだ。この本はスケートボーダーがいかに新たな都市空間を生んでいるのかを明らかにしたものであって、べつに「歩くこと」について書かれているわけではない。しかし、スケートボーダーが街のなかのあちこちに“波”を見出してサーフしていくように、わたしたちもまた、都市のなかに自分たちの道を見出して歩きつづけているのかもしれない。もちろん街の中には予め歩道が整備されていて人々は決まった道を歩いているけれど、いつだってわたしたちはその道から逸脱できる。
 近年は「Walkable City」と称した歩きやすい都市をつくろうとする動きも増えており、歩行の価値が再び評価されはじめている。COVID-19の感染拡大によってその流れは今後も強まるかもしれない。「歩くこと」を中心においてこの世界を眺めてみることで、健康としてのFITNESSも、環境や自然への適合としてのFITNESSも、これまでとは違った姿を見せてくれるはずだ。