親と子とアスリート vol.5 大場朱莉

スキー一家に生まれて、スキーで育ち、スキーを教えて見えてきたこと

  • 親と子とアスリート
  • 2022.2.3 THU

滑るのに飽きたら、遊びを変えて雪上で過ごした幼少期

親戚家族が世界レベルや国レベルで戦うスキープレーヤーだらけの環境で生まれ育った、大場朱莉さん。1位になって当然という厳しい環境で鍛えられながら、望む結果が得られないことも多かったという。そして怪我にも苦しんできた。競争への疑問が生まれた大場さんは、指導者だらけのような環境で育ったことを活かして、指導者の道へと進む。2016年には子どもが生まれ、指導とは違う自分の子の育児も始まった。成功も失敗もスキーを通して学び、得てきた視点と思い。

大場朱莉
スキー指導者/アルペンスキーヤー/基礎スキーヤー
1987年北海道に生まれ、宮城県のスキー一家で育つ。大学時代は学生チャンピオンで優勝するも、インカレ、全日本選手権は2位と思うようにタイトルが獲れず、指導者への道を目指すようになる。宮城県のスキー場を拠点に、「アカリレーシング」を主宰し、ジュニア・シニアへの指導育成へ積極的に取り組んでいる。一方で自身も現役選手としてアルペンレース、技術選に出場。2019年 全日本スキー技術選 女子総合4位、2021年 同大会で女子総合3位と好成績を収めている。2016年に出産。一児の母となる。

生まれてすぐの頃から雪上に連れて行かれて、母がレッスンをしている間は放し飼い状態でした

スキー場があそぶフィールド。

ーー スキーをはじめたのはいつ頃ですか?

初めてスキーを履いたのは2歳だったと思います。母が宮城県大崎市にあるオニコウベスキー場でスクールの校長をしていたので、生まれてすぐの頃から雪上に連れて行かれて、母がレッスンをしている間は放し飼い状態でした。初めてアルペンスキーの大会に出たのは4歳の時。それも「ハの字」で(笑)。もちろんビリだったけど、たしか景品をもらいました。

小学生の頃は父が宮城県代表でスキーの国体に出ていて、父の仕事と私の学校が終わると毎日1時間ほどかけてナイターの練習に行くのが日課でした。お腹が痛くて学校を早退しても、家には誰もいないから結局スキー場に連れて行かれるんですよ。

ーー まさにスキー一家ですね。

母は学生時代に全国大会で優勝したり、大人になってからもSIA(公益社団法人日本プロスキー教師協会)のスキー検定小回りで世界4位になったり、札幌国際スキー場で高円宮様のアテンドをしたりしていました。父は今でこそ自由にスキーをしていますが、父の弟は中国のナショナルチームのコーチをしています。全国大会優勝したら、「ようやく優勝したのね」という感覚の環境で育ったので、スキーをしない選択肢はなかったですね。

ーー 雪のない夏はどう過ごされていたのですか?

宮城県は昔から人工マットのサマースキーがあったので、夏の間も滑っていました。それから母の妹である叔母がオーストラリアでスキーのインストラクターをしていたので、夏休みは1ヵ月ぐらいそこに行ってスキーをする。1年中スキーをしているので、夏のイベントはあまり覚えていないんですよね。

習い事でいえば、母はスキーが上手くなるためにはどんな要素が必要かをわかっている人だったので、小学校に入るまでは海外に行くことを見越して英語を習ったり、カラダを強くするために体操教室にも入ったりもしていました。小学校に上がってからはサッカーも習っていましたね。

ーー サッカー、ですか。

女子の選手でスキーが上手な人は、高い割合でサッカーが上手なんです。足捌きが関係しているのかも。当時、私以外の選手は全員なでしこのユースに入るようなチームに所属していたのですが、足元が器用に使えるようになったことと、フィジカルが強化されたという意味でサッカーは効果的だったなと。ボールを転がす細かい足裏の感覚なんかは今も生きていて、自分でも結構器用に足を使えるタイプだと思っています。

「あれ、そもそも私、競争好きじゃないかも」

競うことが嫌いなサラブレッド。

ーー まわりがプロばかりだとプレッシャーも大きいと思いますが、その環境が苦しくなることはなかったですか?

小さい頃はなかったですね。スキー場が自分の遊ぶフィールドで、滑ることに飽きたら「今日は一人で旅に行ってみよう!」とスキーを履いて山の中を探検しに行ったり、ジャンプをして遊んだりしていたので、雪上にいること自体が嫌だと感じたことはなかったです。ただレッスンは嫌で、途中で脱走して館内放送をかけられたり、山のなかで遭難しかけたりしたこともありましたけど(笑)

ちょっとツラいなと感じたのは、成績が関係し始めてから。スキー一家でしたが、自分は“ハルウララ”くらいのサラブレッドで、成績が出ないほうでした。中学校3年生から大学1年まで立て続けに怪我をしてしまって、なかなかフルシーズン過ごせなかったんです。そのときだけは苦しかったな。

ーー 5年近くも。

長かったですね。ただ高校時代は日大山形高校のスキー部に所属していて、怪我をしながらも、冬は日本、春、夏、秋はヨーロッパと1年に9ヶ月は雪上にいました。その甲斐あってか3年生のときにナショナルチームに入ることができたので、心が完全に折れることなくスキーを続けてこられた感じです。

ーー 指導者という道に進んだのは、どういったきっかけからですか?

小さい頃はとにかく負けるのが嫌で、全部1番が良い! というような子どもだったんです。それはスキーだけじゃなくて、勉強や遊びも。他人から煽られるとその気になるタイプで、「もっと頑張れ」と言われたらもっと頑張るし、「絶対勝てよ」と言われたら、絶対に無理な状況でもその気になって勝ちにいきたくなる。それが中学、高校と大人になるにつれて気持ちが変化してきて、大学生の時に「あれ、そもそも私、競争好きじゃないかも」と気づいて。

アルペンスキーは一人で滑るスポーツなので問題はないけど、スキークロスのようにみんなでヨーイドンがすごく嫌いだった。必ず後ろに気持ちが引いてしまう自分がいたんです。中学時代からタイトルを獲れないことがずっと続いていて、そのときは毎回悔しい! 悔しい! と思っていたけど、今考えれば、最後のほんの少しの差は、自分が少し遠慮してしまっていた部分があるんでしょうね。

それまではオリンピックを狙って頑張っていたのですが、自分の気持ちを知ってからは、指導者のほうが合っているかもしれないと思うようになりました。物心ついたころからまわりにスキーの先生がたくさんいたので、指導者という選択肢自然に出てきたのだと思います。

前に出るのが嫌なら嫌でもいい。でも、意志だけは持ってほしい。

親になって、はじめて子どもを知る。

ーー 今指導者という立場になって、同じように前に出られない子に遭遇することもありますか?

ありますね。競争が嫌いという感じではないけど、今の子はおりこうさんが多くて謙遜してしまうから、人より一歩前に出ればいいのにと思うシーンが多々あります。自分も同じだったのに(笑)

ーー そんな時、コーチとしてどんな声がけをしますか?

自己主張だけはしなさい、と言います。前に出るのが嫌なら嫌でもいい。でも自分は後ろにいたいから後ろにいるんだとか、前に行きたいから前にいるんだというような意思は持ってほしい。みんなに流されて後ろに行くことはやめなさいという話はよくします。

ーー ご自身がその立場だったとき、両親やコーチから声はかけられましたか?

いや……それが、声がけというよりとにかく怒られていました(笑)。「なんで1番じゃないんだ!」「なんで1番最初に滑ってこないんだ!」と。私の場合は父と母がコーチだったので、どれだけ怒られてもマイペースを貫き通していましたけど。

「怒る」ことに関しては、私も親になるまで子どもの気持ちがまったくと言っていいほどわかっていなかったので、以前はレッスン中にもっと怒っていたと思います。色んな性格の子がいるとわかってからは、怒るよりもまず待って、子どもたちの話にも耳を傾けるようになりましたが。最近は怒るというよりも「喝を入れる」に近いかな。気持ちが下がってしまっている子の気持ちをキュッと上げて、説明をして、そこから気持ちも含めてフォローしていく。

ーー それは息子さんに対しても同じですか?

まったく違いますね。息子は教わることが好きじゃないみたいなので、基本的には面倒を見ません。滑っているところを見せるようにはしていますけど。ただ、一つだけ約束事として、山では私のことを「ママ」ではなく名前で呼ばせています。私も母に対してそうしてきたように。

ーー それはなぜでしょう?

やっぱり甘えが出ちゃうから。2人で滑るときはママでもいいけど、レッスン中はあくまで指導者でありたいので。息子も、ママがスキー場にいるときは「オオバ アカリ」であり、家にいるときは「シバタ アカリ」だよねと言っているので、彼の中で区別しているんだと思います。

観察力を身につけさせることは赤ちゃんの時から意識していました

ーー 現在5歳という息子さんは、どんなお子さんですか?

私もそうだったんですけど、普段大人の世界にずっといるので、自立しているように感じます。周りをみて、空気を読む力があるというか。その一方で、自己主張も強い。自分の気持ちを持っているので、たとえば「今日は寒いので温かいそうめんを作ってください」と、今自分がどうして欲しいかはっきり言いますね。

ーー 子育てをするうえで意識していることはありますか?

やりたいと言ったことは止めないようにしています。失敗してもいいと思っているので、本当に危ないとき以外はあまり手を貸さない。難しいですよ。今からジュースがこぼれそうなのをわかっていながらコップに注がせたりするので、「あー今日も洗濯かー」って(笑)

それから、観察力を身につけさせることは赤ちゃんの時から意識していました。テレビを見てダンスを真似る、上手な人のスキーの滑り方を見て真似るというように、なんでも真似してみようと。それをビデオで撮って、真似ができているかを一緒に確かめ合うことをしています。あとはスマートフォンのインカメラで自分のご飯を食べるところを見させて、大人のように食べられているかをチェックすることも。「スプーンの持ち方がちょっと違うね」とか「こうした方が上手くいくかも」というように話し合うと、真似する力が徐々についてきます。

ーー 真似することは、スキーにどのような影響があるのでしょう。

これまでたくさんの子どもを指導してきましたが、観察力を低い子はなかなかパフォーマンスが上がらない印象があります。真似してごらんといっても、どこから真似していいかわからないんです。スクールが始まる小学校からまでに真似する癖が付いていないと、大きくなるにつれてどんどん難しくなります。これはスポーツに限らず、仕事にもいえること。見てすぐに覚えることができる人と、1から10まで説明しないとできない人の差は、この真似する力=観察力にあると感じています。