都市型「野食」を楽しむために

野食家・茸本朗が勧める野食の一歩目

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  • 2021.9.8 WED

野食のススメ

突然ですが「野食」という言葉をご存知でしょうか。野食とは「野外に生えている・生息している食材を採って食べる」活動のことです。

 これだけを聞くと「なんだ山菜採りのことか」や「要は釣りをするんでしょ?」と思われる方も多いと思いますが、筆者の中ではもう少し限定した定義を考えています。それは「都市生活者が、日常生活の中で採取活動を行い、それを日常の食卓に活かす」というもの。当サイトで公開されている「世界はもっと食べられる」では、私がツアーガイドとなり、実際に野食初心者の親子2組とともに、川崎~横浜という100万都市の街中で美味しい野草やキノコ、果物を採り、みんなで調理をして食べるまでの顛末をご紹介いただいています。

 今や人口の7割程度が都市居住者となっている我が国では、食糧生産というのは基本的に「自分以外の誰か」がやってくれるものです。しかしそれは、言ってしまえば、ライフラインを他人に握られているようなもの。もし大災害や非常事態が発生してインフラが寸断されてしまえば、栄養不足による健康悪化や餓死の危険性があります。これは決して絵空事ではなく、実際に東日本大震災の際、避難所において深刻な野菜不足(ビタミン不足と言い換えても良いかもしれない)が発生したと言われています。

 こういった事態に備え、普段からいつでも手に入る「身の周りの食材」とその取得方法について知っておくことが大事なのではないかと筆者は考えています。世界的に見ても都市の中の緑地や河川が多いことで知られる日本の市街地においては、食べられるものを野外で見つけるのは、実は非常に容易なことです。

 筆者はこれまで様々なメディアで「野食」を勧めてきており、ありがたいことに賛同いただける方も多くなっています。それはひとえに「野食はかんたんで楽しいもの」という事実が伝わったからではないかと考えています。
 しかし、「都市での野食」は、入門が容易である一方、注意していただかないといけない点もまたいくつか存在します。今回はまだ野食をやったことがないよという皆様に向けて、どんなものが採れるのかと、気をつけておいていただきたいことを、かんたんにご紹介していきたく存じます。

どんな場所でなにが採れるのか

我が国はよほどの極地帯を除けばどこでもある程度の降水があり、そのためどんな場所にも草木が生えています。一般的には「雑草」と一言で片付けられてしまいそうな草花たちの中にも、食べて美味しいものがたくさんあります。

 たとえばタンポポ。キングオブ雑草の一つであるタンポポのうち、最もよく見かける「セイヨウタンポポ」はもともと食用として日本に移入されたという説があります。若い葉はチコリやグリーンレタスのように楽しむことができます。

 それからエノコログサ。猫じゃらしと呼ばれているこの草、実は五穀の一つ「アワ(粟)」の野生種であると考えられています。熟した猫じゃらしを擦ると種が落ちますが、これを炒って煮出すと美味しい麦茶のような飲み物になります。

 街を散歩していると、お子さんが拾いたがるどんぐりの中には、実は美味しいものがあります。スダジイのどんぐりは栗のように甘く、マテバシイのどんぐりは粉にして小麦粉のように用いることもできます。

 もちろん、野食で楽しめるのは草だけではありません。近くに川や海があれば、釣りをして魚を獲るという選択肢があります。釣りはハードルが高いものだと考えられがちですが、とりあえず今晩のおかずを得る程度の道具なら全部で3000円も出せば揃い、基本の釣り方さえ覚えればいつでも欲しいときに食材を得ることができます。

 釣りよりもっとハードルが低い採集活動もあります。それは「潮干狩り」と「磯の小物拾い」。いずれもメインターゲットは貝類やカメノテ、フジツボのような小型甲殻類になりますが、潮の満ち引きさえ理解しておけば危険もなく、特別な道具も必要ありません。

少し慣れてきた方なら、図鑑を片手に「キノコ」を採る、という選択肢もあります。キノコは判別が難しく、危険な毒を持つものもありますが、アミガサタケ(モリーユ)やタマゴタケのような誰でも見分けのつく美味しい種もいくつもあります。ポルチーニというキノコをご存じの方は多いと思いますが、それの近縁種「ヤマドリタケモドキ」は街中の植え込みにも当たり前に顔を出す有益なキノコ。あまりに大きくいかにも「キノコ!」という形をしたこのキノコを探すときには、大人よりも地面に近く、好奇心の塊のようなお子さんの目は大変役に立ちます。これらのキノコは野食家にとっては非常に人気の高い食材です。

 そして上級者なら……カエルやカメ、ヘビといったものもターゲットとなってくるでしょう。「食用蛙」として市販もされるウシガエルや、関西では「まる」と呼ばれ超高級食材であるスッポンなども、都市河川には当たり前に生息しています。「野生の肉」のうち、哺乳類と鳥類を除いたもの、つまり爬虫類や両生類は採取に当たり狩猟免許が必要なく、誰でも捕獲して食用にすることができます。

 それから、野生のタンパク質で忘れてはいけないのは、虫。草むらでお子さんを遊ばせていると、バッタやカナブン、死にかけのセミを拾ってきて親たちを阿鼻叫喚の嵐に巻き込むことがありますが、実はこれらの虫は安全かつ美味な食材でもあります。

 これらのように、我々の家を一歩出たところから近所の河川、海に至るまで、その間だけでも、タンパク質からビタミン群まであらゆる栄養を確保できるだけの食材が存在しています。筆者の考える「野食」は、このようなものがメインターゲットになります。知識さえあれば、誰でも、今日からでも食卓に活用することができるのです。

毒は大丈夫? リスクはないの?

さてしかし、これらの食材を活用するためにはどうしても「知識」を持っていないといけません。これこそが最大のハードルであり、野食への「参入障壁」となってしまっているのは否めないところです。

 一番難しいのは、食毒の判別に「近道がない」ということ。食べられるもの、有毒のものそれぞれに共通する特徴というものは残念ながら存在せず、一つ一つ覚えていくしかありません。

 ただ、ここまで言及してきました「身近な野食材」というジャンルに関して言えば、たとえば「触るだけで中毒する」ような危険なものはほとんどありません。判別にあたり「手に取り、特徴をしっかりと確認すること」は非常に大切であり、それによって事故を防ぐことが可能になります。

 またしばしば「素人は単独で採取をしてはならない、必ず詳しい人と一緒に行くようにしなさい」といった注意の言葉が用いられますが、残念ながら「詳しい人」なんておいそれとは存在しないものです。

 筆者は図鑑(インターネットではなく紙のもの)を師に仰ぎ、ほとんどすべての知識を独学で身につけました。図鑑というのは実は写真ではなく「説明文」こそがいちばん重要なもので、ここに書かれている特徴をすべて満たしているものだけ採取していれば、危険な間違いを犯してしまうことは無いのです。山と渓谷社の「山渓カラー名鑑」や、小学館の「フィールド・ガイド」シリーズは説明はもちろん、間違いやすいポイントの解説も豊富なので初心者にもおすすめです。

 そしてなによりも大事なことは「疑わしきものは採らない」こと。絶対の自信を持って判別できたもの以外は食べないようにすれば、野食材による食中毒事故はまず防げます。繰り返しますが、図鑑に書かれた特徴すべてを満たしたものだけを採ること。これさえ守れば、どんな方でも今日から野食にトライできます。

 なお筆者は職業柄、あえてギリギリを攻めたり、毒の可能性があると言われるものにトライしたりもしていますが、だいたいひどい目にあっています。有名な毒キノコであるベニテングタケが「人によっては中毒しない」と聞いたので食べたことがありますが、きっちり嘔吐しましたし、街路樹のフェニックス近縁種が生らせた実から、甘くて美味しそうな香りがしたので口にしたところ、3日間お腹を下しました。「毒かもしれないけど食べてみよう」はまずひどい結果になると思っていただくのがよいでしょう。

知っておきたいルール、守るべき約束事

続いて、毒とはちょっと違った注意点について軽くご説明します。

 中毒さえしなければ野食を楽しめるのかというと残念ながらそうではなく、採取に当たり守っていただかないといけないルールがこの国には存在します。

 その代表的なものが「漁業権」です。ウニやイセエビ、ナマコ、海藻、河川のアユやウナギなどの魚には漁業権が存在し、その地域の漁業関係者しか漁獲してはいけないことになっています。無許可で採取すると犯罪になってしまいます。漁業権が設定されている場所には、だいたい立て看板があり「〇〇を採取しないでください」と警告されていますが、詳細な設定状況は各地の自治体HPで公開されているので、事前に確認しておくとよりよいでしょう。

 また、植物類にも採取してはならない場合があります。ただそれは種類ではなく場所。簡単に言えば「私有地での採取は地権者の許可がないとできない」ということです。人のうちの庭で勝手に採取してはならないということですね。

 これに関して「道端はいいの? ダメなの?」という質問をされることが多いのですが、非常に難しい質問です。

 たとえば道路脇の植え込みみたいな場所は、肥沃で日当たりも良いためか、しばしば美味しい野草が生えています。そういった野草は、その道路を管轄する部署に確認を取らない限り、厳密に言えば採取することはできないはずですが、しかしこれまで許可が降りなかったことはなく、確認さえも不要と言われることもしばしばありました。結局、植え込みの雑草を抜いたところで誰も困らないので好きにやってくれよ、ということなのでしょう。

 同様のものに「街路樹の果樹」があります。どんぐり類やイチョウ(銀杏)はしばしば熟した後落下し、道を汚して清掃業者に片付けられています。木に生っている段階では管理者のものですが、落ちたものは一体誰のものなのでしょう。現状は好事家が拾い、私的に利用している状態である、とだけ述べておきます。
 さらに言えば、畑から種や走出枝が飛び出し、畑の敷地外に生えてしまった野菜などはもとの所有者のものにはなりません。シソやトマト、ジャガイモなどはしばしばこのようなものが見られ、我々は「逃げ出し野菜」と呼んで利用しています。

 これらのような「共有空間にある野食材」については、個人的にはグレーゾーンのまま、なあなあであってほしいなと思う部分です。あるいは最初から「摘んでもいいよ」という形で植え込みや街路樹を整備するのも面白いかも……、ただちょっと花がきれいなだけの外国の植物を植えるより、在来の利用価値が高い食用果樹や野草を植えるほうが住民も喜ぶし、外来種問題に頭を悩ませなくて良くなる気がするのですが、いかがでしょう?

 ただ、そういうところでの採取は避けたいという方も多いと思うので、とっておきの採取場所をお教えします。それは「河川敷」。河川敷は古くから「共有地」とされてきた場所で、私有地になっておらず、木を切ったり竹を刈ったりしない限り、植物の採集が許されているのです。だいたいどこの河川敷も植生が豊富で、美味しい野草が多いので、近所に河川敷があるという方はそこで採取するのが無難でしょう。「世界はもっと食べられる」で訪れたのも河川敷でした。

さいごに

 「都市での野食」について、その概要と注意点をかんたんにご説明してきましたが、いかがだったでしょうか。本当はここに「季節ごとにオススメの採取物リスト」も付けたいのですが、それをすると字数がいくら有っても足りないので、今回は恐縮ですが割愛させていただきます(拙著『野食のススメ-東京自給自足生活-」に便利なリストが付いているのでよろしければそちらをご覧ください)。

 この記事を読んで興味が出た、明日から野食を始めたい! という方がいらっしゃればそれ以上に嬉しいことはありません。まず書店へ足を運んでいただき、「ポケット図鑑」を一冊買って、ポケットにねじ込んで野外へ向かってみてください。きっと「身の周りにはこんなにも食べられるものがあったんだ!」と驚かれることでしょう。