「すごいけど、わからないことだらけな微生物」

京都大学農学部准教授・神川龍馬さんが語る「変な生き物」たち

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  • 2021.9.1 WED

人間の体の中や肌の上をはじめ、地球上あらゆる場所に存在する微生物。そうした微生物の驚きと偶然に満ちた世界を教えてくれる『京大式 へんな生き物の授業』(朝日新聞出版)を書いた京都大学農学研究科准教授の神川龍馬さん。目に見えない微生物を採り、増やし、“飼う”、研究者の仕事。息抜きの遊びが時に発見にも繋がることもあれば、何をやってもうまくいかないこともある。地球上の0.1%程度しかわかっていない微生物の世界は、わからないからこそおもしろかった。

想像を超える微生物の世界

静岡の浜松生まれ。石をどかしてみてはダンゴムシがいないか探して集めたり、クワガタを見つけに親に連れて行ってもらったり、虫を捕まえて眺めているのはけっこう好きな子だったという。生物学の研究者らしいエピソードのようにも聞こえるけれど、それが今の微生物研究へとつながるような情熱に突き動かされた遊びだったかというとそんなこともないようだ。虫も採ればサッカーもするし剣道もする、体を動かすことが大好きな普通の少年だったそう。
微生物を専攻したのも、動物などの目に見える大きさの生き物の実験が苦手で、消去法的に選んだだけだった。「“微生物”を強く意識したのは大学で授業を受けてから」という神川さんだが、学び始めた微生物は想像を超えてすごかったという。

微生物すげぇ

―― 地球上にいろんな生き物がいて、わかっていないことはたくさんあると思うんです。研究対象が動物であれば「かわいい!」とか飼っていたことがあるとか、昆虫だったら、元々昆虫少年が研究者になるということがあると思います。神川さんは、「どうして微生物を熱心に調べているんだろう」と。

神川 「微生物と人間社会の未来が見えている」や「こういうことができるから微生物に興味がある」じゃないですね。「微生物すげえ!!」なんですよ(笑)。「人間ができない、こんなことができるんだ!」とか、「他の動物ができない、こんなことができるんだ!」とか。「単細胞の一細胞でこんなことするんだ!」という驚き。微生物しかできないこともある。人間もできない、動物もできない、植物もできない。でも微生物はこんな環境で生きている。人が住めないこんな環境で生きているという。

―― 微生物のおもしろさは例えばどういうところなんでしょう。

神川 微生物を普段の生活で意識しないと思うんですよね。でも口の中にいたり、肌にいたり、お腹の中にいたり。しかも私たちは微生物がいないと生きていけない体なわけです。子どもに説明するとしたら、「意外とみんな微生物のお世話になっているんだけど、なんでお世話になっているか知らないでしょう?」というところから話しますね。

―― 自分と関係ないと思っているけど、と。

神川 「みんなが思ってもいないような生き方をしているんだよ」「しかも教科書にもどこにも書いていないことだったり。まだ誰も知らないことがゴロゴロ転がっている世界なんだよ」と。

——「微生物の世界はわからないことだらけだ」ということですね。

神川 “動物”や“植物”という言葉で、学生はそれぞれ何かをイメージすると思いますけど、 “微生物”はたぶん具体的な映像さえ浮かばない。でも、「浮かばないことが実はすごくおもしろい」んですよ。だってみんな知らないんだから。

―― ビジュアル的には、マルに毛が生えているくらいのイメージですよね(笑)。

神川 まさにそんな感じです。でも、実際に見ていくと、すごく細かい模様がきれいで、見た目も退屈しない。

同居しているたくさんの存在を無視している

―― 微生物がとる形態に必然性はあるのですか。

神川 生きていられているという意味で役に立つ形になっている。でもそのような必然性に見えるものは結果論ですね。ある形態が有利だからそうになろうとしてなったのではなくて、たまたまそういう形態になったら結果的に生き残れたという。また、そもそも人間でいう「何を食べているのか」すらわかっていないものばかりで、「なんでその形しないといけないんだ?!」というものも多いんです。

——その“わからないことだらけの微生物の世界”で、今後様々なことがわかっていくと、何が変わってくるんでしょう。

神川 はっきりしたことは僕も言えません。でも例えば、地球は僕たちの“家”ですよね。家の中に自分の知らない人=微生物がたくさん住んでいて、何をしているかもよくわからないとしたらどう思いますか? 同居人のことは知ったほうがよくないですか? 「家を住みよくしよう」と思った時に、一緒に住んでいる人たちからの影響も、与える影響も絶対に考えなきゃいけないじゃないですか。でも、僕たちはいることだけがわかっている同居人をよく知らないわけです。

―― 家に知らない人が無数にいて、誰かもわからないってすごい状況です。

神川 僕たちは酸素が必要ですが、酸素は植物がいないと生まれません。でも、人間が大事な同居人と捉えている植物も、微生物というまた別の同居人に助けられて生きている。なんなら同居人の大部分は微生物だとも言える。「地球をより知るには、微生物を知らないと」なんです。

10の30乗=1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000

―― 微生物の数は、どのくらいだと推測されているんですか?

神川 推定値で…海の中だけだと10の29乗から30乗くらい。

―― そういう数がくるわけですね…。

神川 もちろん実際の数としては変わってくるかもしれないですが、大幅に減ることはないです。

―― 数字のイメージが湧きませんが、その中で研究者たちが実際研究している範囲は、どのくらいなのでしょうか。

神川 研究していくには「研究室に持って帰って育てられる」ことが大事になります。地球上にいる微生物で育てることができているのは「0.1%」程度と言われていますね。

―― 生きた環境の全体性の中では生きていけるけど、すくい取った部分では生きられないことがある。

神川 例えば「別の微生物がいないと育たない」というのがいたりします。人工的にやろうとすると、特殊な栄養を入れたりするわけですが、「どのくらい」「何を入れたらいいか」がわからないので、試すしかないわけです。

―― それは果てしない。一体何から始めるんですか。

神川 ありとあらゆるものを試すのですが、レシピ的にいろんな栄養源を、いろんな分量にして、いろんな場合分けをするやり方もあります。「これを入れてみた」「ダメだった」の繰り返しです。
もうひとつあるのは、水の中に微生物がたくさんいるとして、微生物が持っている設計図、DNAだけを先に調べてしまう方法です。その微生物が持っているであろう設計図を先に読み取って、そこから「こういう栄養を使うかもしれない」「こういうものが必要なのかもしれない」と推測して試していくんです。

——そのやり方が一番確率的に高いやり方なんですか?

神川 そのやり方をとる人が増えてきていますね。「環境DNA解析」と呼ばれるやり方で、培養をせず、海水などから直接DNAを抽出して調べることで、どんな種類の生物がどのくらい存在するのかを見積もる試みが行われています。世界の海洋全体における「全地球的な微生物カタログ」を作る「アース・マイクロバイオーム・プロジェクト(EMP)」が続けられています。「どこの海に」「どういう微生物が」「どのくらいいるのか」を推定していくことができるのが「微生物カタログ」の考え方です。

微生物のご機嫌を伺う

―― 調べる時にいろいろなことをやってみるとおっしゃっていましたが、どんな調べ方があるんですか?

神川 探す場所を変えるというのはありますね。例えば、温泉の源泉の熱い水であったり。

―― 「温泉」に何が…?

神川 温泉の源泉は、地下から湧き上がってくるわけですが、地下の熱いところにいる微生物が一緒に出てきます。温泉にはいろんなミネラルとかが溶け込んでいて、それを使って熱い中を生きている生き物もいる。一方で冷たい水でしか生きられないものもいます。

ーー 気候変動で氷河が解け出てくることで、「調べられるものが増えている」とも言えますか?

神川 そうですね。「そこの中になにがいるんだろう?」という疑問に答える研究はできるようになるかもしれない。

―― 動物には化石がありますが、微生物の進化は、どのようにその変遷を辿ることができるんですか。

神川 設計図、DNAを全部丸ごと読んでいかないとわかりません。そこから過去の状態を推測するという。動物や植物と違って、すごく小さいので研究に用いる材料としてもめちゃめちゃ少ないわけですよ。なので「研究に使えるくらいまでに育てる」という行程が私の興味ある微生物の研究には最初に必ず入るんです。先に話したように、育てる過程をすっ飛ばして環境から直接DNAを調べる方法もありますが、微生物の中で私の興味対象の生き物はこのやり方に不向きなんです。

―― 培養するということですね。

神川  “培養”というステップは必要です。「海から直接DNAを調べる」というやり方が仮にできたとしても、それだと設計図はわかるけど、「形」や「どういう風に動いているか」という情報は手に入らない。それも知りたいわけです。そうなると、「ご機嫌よく育つ条件をなんとか見つける」のが最初の大事なステップです。

推しは珪藻

―― それは「生き物を飼っている」状態ですよね? 「虫や動物を飼っている」のと似た気持ちなんでしょうか?

神川 ああ〜、そうですね。増えてきた時はそうですね。「こんな珍しい虫を見つけた!」や「こんなの採れた!」とか似た嬉しさがありますね。

―― 「微生物を飼う」ことを僕たちはイメージしづらいのですがで、動物に愛着が湧くように微生物に対してもそういう感覚はあるんですか。

神川 愛着を持ってやっている研究者は多いと思います。やっぱり自分が採ってきた微生物は、自分しか持っていないものも多くて、そういう意味でも愛着がどんどん湧いていくんじゃないかなぁと思います。

―― ちなみに神川さんの推しの微生物はなんですか。

神川 僕の推しはいくつかあるんですけど、やっぱり珪藻(ケイソウ)ですね。これは珪藻を殻だけにしたものなんですけど、ガラスの殻なんですよ。ガラス質でできている。よく見るとこれ、いろんな模様がついているんですね。

―― きれいですね。

神川 ピントを変えると、光りかたが変わったり、また別の形のもいたり。珪藻をガラス質だけにするのは子どもでもできるんです。池や川に落ちている石を拾ってきて、歯ブラシで擦ると茶色い水が出てきます。それをパイプユニッシュできれいにするとガラス質だけが残ります。

―― へー、日用品で!

神川 そんなことをして遊んでいます(笑)。

―― この珪藻は学校にあるような顕微鏡でも見られるものですか。

神川 レンズの倍率にもよりますが、見れるものもあると思います。

―― これを顕微鏡で見た時、神川さんはここからどんなことが読み取れるんですか。

神川 たとえば、出てくる殻のタイプで、川がきれいかどうかわかります。きれいなところにしか住めない珪藻がいる一方で、「人間的な意味では汚い」生活排水が流れ込むようなところにしか住めない珪藻もいるんです。

珪藻は生態系のボトムを支えている

神川 珪藻は生きているとこんな感じの細胞で、液体としてはオレンジがかった茶色をしています。

―― 珪藻の中身。

神川 一個一個が細胞で、この茶色い部分が植物でいう葉緑体。珪藻の多くは光合成をします。植物だと緑色なので葉っぱが緑に見えるんですね。

―― 光合成における“色”にはどういう意味があるんですか。

神川 それはすごくいいポイントです。「ものが見える」ということは、「光が反射して目に届いている」ということですよね。だから「緑色に見えている」というのは、「緑色が反射してきて目に入ってきている」状態です。逆に言うと、それ以外の色の光エネルギーは吸収されているわけです。この珪藻は茶色くオレンジがかって見えるので、それ以外の色の光を吸収してエネルギーにしているんです。正確に言うと、葉緑体ではなく “色素体”といいます。

―― こうやっていっぱい入れると、麦みたいですね(笑)。

神川 あはは! 本当にそんな感じですね。僕たちが知っている形にあてはめてものを考えると、だんだん愛着が湧いてくる…(笑)。「僕らの知っているアレのミニチュア版に見えるぞ!」と。

―― 神川さんが「珪藻はおもしろい!」と思うところはどんなところですか?

神川 海の生態系を支えている大事なグループの一つであるのが大事な一点。“食物連鎖”という言葉があるように、僕たちは魚を食べますし、魚もより小さな生き物を食べています。その元を辿っていくと、海の中で光合成をしている小さな生き物が発端になるわけです。光合成というのは二酸化炭素と水を使って酸素と糖なんかを作っていく反応なのですが、地球全体の光合成で作られる糖などの約20%が、珪藻のおかげだというふうに言われています。

―― そんなに大きな割合なんですね!

神川 生き物として、地球の生態系、海の生態系を支える大事な存在なんです。これも珪藻なんですが、色がないですよね。進化の過程で色を失って光合成をやめちゃった。光合成できないので、液体の中にある栄養をこの細胞の表面からちゅうちゅう吸って生きている。
生き方をがらっと変えちゃったやつもいて、生き方が近い生き物同士でも全然違ったりする。そのへんが珪藻のおもしろさでもあります。

仕事の息抜きが発見につながるかもしれない

ーー さきほどお話されたパイプユニッシュで珪藻をきれいにするのは “遊んでいる”感覚だったりするんですか。

神川 そうですね。業務で手いっぱいであまり研究ができない時、合間を見つけて、石を拾ってきて歯ブラシで磨いてという、仕事の息抜きに観察することもあります(笑)。

―― なるほど(笑)。そういうところから時々発見があったりもするんですか。

神川 そうですね。

―― あらゆる環境に、あらゆる可能性がある。

神川 まだ「どこに何がいるか」を僕たちもはっきりわかっていないので。

―― 「全地球的な微生物カタログ」の話がありました。10の30乗もいる微生物のほとんどわかっていない中で、「人間がほぼ把握した」となったとしたら、その時はどういう未来があり得るのでしょうか?

神川 んー、そうですね〜。夢物語かもしれないし、ただの妄想かもしれないですけど、微生物が地球の上でやっていることって、生態系の本当に底の部分、一番根幹的なところなんですよね。「生態系全体を保全していく時、何をしたらいいだろうか」ということについて、ミクロな視点で見ることはできるんじゃないか。…ちょっと分かりづらいですね。自分で言っていても「分からないな」と思いました(笑)。ただ地球や地球の生き物のことをもっと根本の部分から理解できて、「まじか!?」と驚き楽しむことができるのは確かだと思います。