”せろせろ”吹く風ってどんな風だろう?

オノマトペの話し方、聞き方、つくり方

  • FEATURE
  • 2022.1.5 WED

犬はわんわん。車はぶーぶー。風はピューピュー? 子どもとのコミュニケーションは、たくさんのオノマトペで彩られています。それがなんであるか、ということを理解していなくても抽象的かつ直感的にものごとをとらえて、表現するオノマトペとはどんなことばでどうやってつくることができるのか、明治大学教授で『日本語オノマトペ辞典』の編者でもある小野正弘さんに伺いました。オノマトペは幼稚なことばと思われていますが、実はとても重要なことばなのでした。

オノマトペ イラストレーション:千原徹也(れもんらいふ)

幼稚な言葉だって言われるんだけども、そうではない

小野正弘明治大学文学部教授

オノマトペは高い抽象能力の現れ

小野 オノマトペという言葉は古代ギリシア語の語源に古くまでさかのぼると「言葉をつくる」という意味で、つまり「造語する」なんです。子どもが世界と触れ合ったとき、走っている車が何であるかを教えるには「ぶーぶー」というオノマトペが介在していますよね。子どもとオノマトペは切っても切り離せません。自動車で「ぶーぶー」と覚えた子どもが、それを乗りもの一般に転用してしまうことがあります。電車を見ても「ぶーぶー」と言っちゃうことも報告されています。要するに子どもは”子どものくせに“高い抽象能力を持ってるという証拠ですよね。

―― なるほど、たしかに。

小野 「ぶーぶー」を乗り物一般という概念に転移できているのは、劣っているから転移しちゃうんじゃなくて、優れているから転移するんです。

―― なるほど。車の「ぶーぶー」は、実態として車が「ぶーぶー」言っているわけではない。でも「ぶーぶー」が妥当だと思うのは、親が最初に教えることだからですか?

小野 全くそうなんですよ。どのような音で再現するかは実は教育で獲得しています。なにもないところから獲得してるわけではないんです。むしろ、オノマトペを教えてることで子どもの音声能力を助けているところがあるんじゃないかな。

―― 喋るのを助けている?

小野 例えば、「ぶーぶー」と発音しようとすると、唇を一回閉じて、唇の後ろ側に気をためて、そこから瞬間的に発声させなきゃいけませんよね。そうやらないと「v」の摩擦音になってしまう。子どもが、よく「それで」が言えず「そでで」となりますけど、それは「れ」の音がとても複雑だからなんです。つまり「れ」の時、くっついてた舌をパッと離さなくちゃいけなくて、それが遅れると口内で空気が破裂して、dの音になってしまう。それが「そでで」なんです。だから、「れ」の音を発音するときはかなり高度な筋肉運動をしているわけです。そうやって大人/親が、「わんわん」あるいは「ぶーぶー」と教えながら、音声の発達をうながしているわけです。「にゃあにゃあ」とかも、拗音(イ行の仮名に小書きのや行ャ・ュ・ョが付く音)という複雑な音です。それを真似させることで発音する手助けにもなってる。そんなふうに、発音の手助けとなったり、意味の転移を助けたりといった、いろんな働きや機能がオノマトペにはあって、子どもにとってとても大事なだと言っていいと思います。ところで、オノマトペってよく子どもっぽい言葉と言われますよね。

―― 幼稚、みたいに言われますよね。

小野 幼稚な言葉だって言われるんだけども、そうではない。まったくそうではないどころかとても重要な言葉であると。

きょうのお日さま、『じらじら』してる

「じらじら」ってどんな太陽?

―― 子どもが新しいオノマトペを生みだす瞬間があった時、それまで覚えてきた限られた言葉のなかで、目の前の現象を直感的に言ってみたということですか?

小野 例えば、石を相手に「きゅうきゅう」とか「みゅうみゅう」とか言ったら、親はなぜと思うかもしれませんけど、一つには、自分が発音ができると確かめているのもあると思うんです。つまり、それを発音することが可能になっていると。

―― テスト的に言ってみている。

小野 子どもが自分なりのオノマトペをつくって発信するのは、まさに自分はそのことができるようになったという証しな気がしますね。

―― オノマトペに正しい、間違っているはあるのですか?

小野 正しい間違ってるという基準もありえますが、基本的には伝わるか伝わらないかの話です。私の大学の同級生で、独特なオノマトペ使いをする人がいました。

―― 独特。

小野 「夏の日に、きょうのお日さま、『じらじら』してる」と言うわけです。なるほどと。でも、それは友だちが適当につくってるということではなくて、自分が実感する太陽の照りつけ感を言い表したらそれだった。

―― 「じらじら」、ちょっとわかる気がします。

小野 「じりじり」ではなんか違うと思ったのは理解できますよね。そのときにもうひとりの同級生が「『じらじら』なんておかしいよ」と言うのを聞いて、その「おかしいよ」っていう根拠はどこにあるんだと私は思ったわけです。

―― その本人にとっては実感がなかったわけですよね。

小野 そうです。あと、自分は言わないというだけ。誰も使ってないイコール間違いみたいに考える人もいるということですね。

―― 「じりじり」と「ぎらぎら」が合わさった感じをイメージしました。

小野 なるほど、「い」の音と、「あ」の音を比べると、「あ」の音が若干明るい。なので「じらじら」は「じりじり」の鋭さよりももっと開いた感じがあります。

―― 刺すよりも、もっと面で来るような感じなんですね。

小野 「ぎりぎり照りつける」みたいな言い方はしませんが、絞る感じがありますよね。「ぎらぎら」だと、面として来てる感じもあるので、確かに「じりじり」と「ぎらぎら」の組み合わせなのかもしれませんね。

―― オノマトペのバリエーションが豊かで多いことが、文化として豊かなや成熟したということにもつながりますか?

小野 オノマトペは、細かなニュアンスを伝えることができる、とても実感性の高い言葉です。オノマトペの素になる言葉を基本要素と呼ぶのですが、「きら」という基本要素を使って考えると、「きらっ」は瞬間的に光った感じ。「きらり」は光り方にちょっと幅がある感じ。「きらん」は少し余韻がある。「きらきら」だと続く感じ。それから「きらら」は「きらきら」ほどではないけど多少の持続感がある。同じ「きら」を使ってもこれだけ細やかに表現できる。オノマトペが豊かであることは、世界をより細かく切り取っているということ。

―― オノマトペがあることで多様な感覚を言語化して、共有していると。

小野 オノマトペが豊かになるってことは、感覚も表現も豊かになっているということです。 ―― 現象を細分化して捕まえることができる。

「なんか、ちょっとがかがかしてない?」

「がかがか」しているとはどういう状況?

小野 「がっかり」というオノマトペがあります。これはとても不思議で、基本要素を展開して他のオノマトペになるはずなんですが、「がか」とか「がかん」、「がかがか」というのは聞いたことがないですよね。

―― たしかに、初耳です。

小野 一方「がっくり」は、「がくん」とか、「がく」とか、「がくがく」とかがある。「がっくり」は落胆するだけじゃなく、その時の体の動きを合わせて言えるけども、「がっかり」は膝ががっかりしたとは言えない。

―― どういうこと? って感じですね。

小野 「がっかり」はどうやら感情だけに特化した形で「がっくり」をもうちょっと狭めたものみたいなんです。「がっかり」が生まれた背景には、もっと感情的なものを表したいという欲求があったんじゃないか。一方、その基本要素である「がか」は、このままだともったいないですよね。

―― 何かに化ける可能性もありますよね。

小野 例えば「がかん」とか「がかがかしている」とか、そういうのを誰かにつくってもらいたいなと、実は思ってるんです。

―― ふさわしいシーンとオノマトペのマッチングを誰が見つけるか。

小野 そうなんです。壁に絵を掛けた時「なんか、ちょっとがかがかしてない?」とか。

―― なるほど。実はわれわれは既に経験している状況かもしれないってことですよね。

小野 はい。まだ名前がないだけで、名付けの可能性がある。

―― 現状一言で説明できないものを、何らかオノマトペで言い得る可能性があると。

小野 壁と絵の話で言えば、角度なのか、隣との位置関係なのか、ズレ方にフィットするかもしれない。 ―― 偶然にも子どもが言い当てる瞬間もあるかもしれませんね。

そもそも日本語の風のオノマトペは、「風が何かにぶつかって立てる音」

風のオノマトペは「風が何かにぶつかった」音

―― 風を含む自然現象は事細かに説明する以外に、オノマトペ的なことでしか言えないものが多い気がしています。「びゅー」と「ひゅー」で風の強さや速さを動きとともに言えますが、その風がどう発生して、空気がどう変化しているのか大人でもなかなか説明できません。分からないままに情報量を込められるのがオノマトペなのかなと思ったりもしています。

小野 そうですね。オノマトペは実感性が高くて、太陽光の本質はなんだ、風とはなんだという本質を知らないままでも名前を付けられるというが最大の武器で特徴です。

―― 現象を言葉にする時、オノマトペはとても役にたちますね。

小野 そもそも日本語の風のオノマトペは、「風が何かにぶつかって立てる音」そのものを言ってたんです。「そよそよ」は、風が何かに当たって揺らぐ音のことで、風が渡っていく状態を「そよそよ」と言ってたわけではなかったようなんです。

―― 動きではなく、風のたてる音のほう。

小野  風があることを知るのは物が動くからという理解だった。つまり、風を風そのものの動きとして認識できたら相当高度な認識力なわけです。

―― たしかに。

小野 「もみじの木の下で、葉が動いているんだけども、それは、そこに秋風が吹いてるからだ」ということを詠った和歌もあります。やっぱりあるものの動きを基にして、そこに風を認識していますよ。「そよそよ」は万葉集から使われていますが、現在の「そよそよ」は、風そのものの流れを表現しようとしてるところが昔より高度になっています。あと思い出すのは、やっぱり宮沢賢治の『風の又三郎』です。オノマトペの宝庫ですが、「どっどど どどうど どどうど どどう」という風がありますね。

―― 冒頭部分ですね。

どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんも吹きとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう

『風の又三郎』宮沢賢治(新潮社)

小野 風の荒々しい動きそのものを表現しようとしてる点で、とても近代的なんですよね。そして、あの風は台風が来る日として警戒されてきた、立春から数えて210日目である「二百十日の風」なんです。『風の又三郎』の原形に、実は『風野又三郎』というものがあって、それは、、210日の10日前に又三郎がひょっこり現れ、10日経って210日になるといなくなるというお話。「二百十日の大風」=台風を表現したオノマトペが「どっどど どどうど どどうど どどう」なんです。dの音を使っている必然性がある。

―― 宮沢賢治のように擬人化することで、オノマトペの可能性を広げている感じがします。

小野  音で言うと、例えばs系の「さあ」やg系の「ごお」、h系の「ひゅう」などは、江戸時代以降です。宮沢賢治の例で言ったように、風そのものの動きを表現する擬音語は近代や明治以降に増えてきた新しい試みで、高度な試みだったと思います。

―― 賢治の例はありましたが、他にも風の特徴的な表現でどんなものがありますか。

小野 『名探偵コナン』の97巻で、雪山にある教会跡の山荘で殺人事件が起こるのですが、シーンが変わるごと最初のコマに山荘が描かれます。そこで吹いている風は「ヒュウウウウ」から始まり、「ヒュオオオオ」「ビュオオオオ」「ビュゴオオオ」「ズゴオオ」「ズオオオオ」などに変化します。不穏な出来事や予兆とともに描かれるので、それに合わせてちょっとずつ変えているのは、とても丁寧でおもしろかったですね。

―― ちなみに外国語のオノマトペの成熟度合いは日本と比べてどうだったのでしょうか。

小野 例えば英語には、風を表すオノマトペはないんですよ。よく言われる言い方なんですけども、日本語はオノマトペ(擬態語)で泣いて、英語は動詞で泣くというんですよ。例えば、「cry」や「weep」のような、それに当たる動詞がある。風で言えば「吹く」という「blow」を日本語でどう表現しようかと翻訳家が「blow」を微分して考えてきた歴史がありますね。オノマトペの翻訳史など研究領域としてもまだまだ余地があると思います。

爆弾低気圧の様子を表す新しいオノマトペ

気候変動時代のオノマトペはなにか

―― 世の中では気候変動が大きなテーマになっています。経験する気候が変わり、豪雨や暴風が増えることによって、オノマトペが増えることもありえそうでしょうか。

小野 最近のゲリラ豪雨のような爆弾低気圧の様子を表す新しいオノマトペができたらおもしろいですよね。

―― そうですね。突然叩きつけるような勢いで降るゲリラ豪雨にしっくりくるオノマトペは何があるでしょう。

小野 ただ単に「ざあっ」というだけじゃなく、もっとたたきつけるような、例えば「ぱちぱち」と「ざっ」が合わさった「ばざばざ」とか。気分的にはばちばち感とざざ感があるとよさそう。

―― そうですよね。それを言いたいですよね。

小野  激しい気候や風を表現したい時はやっぱり濁音なんですよね。今の「ばちばち」とか「ざあ」はそうした例で、ゲリラ豪雨の激しく打ち付ける音がpの音を使って「ぱちぱち」だったら弱いですよね。

―― 半濁音ではないですね。

小野  あとは、拗音(イ行の仮名に小書きのや行ャ・ュ・ョが付く音)をくっつけて「びゃちびゃち」のような粘った感じを出すのはあるかもしれないですね。

―― それこそ賢治の「どど」みたいなものも可能性がありそうです。

小野 「あ」や「え」に濁点を打つ「あ゛」や「え゛」のような、濁点や半濁点を付けられない平仮名に付けることがありますよね。あれは可能性がありそう。

―― 日本語では正しい読み方はないけど意味や語感が伝わるものですね。

小野  もしかしたら、文字も新しい書き方を工夫しないと、ゲリラ豪雨を表現するのは難しいのかもしれませんね。

―― 書き方そのものに関係してくるとなると日本語にとって大きな変化ですね。

「こおっ」と吹く風はどんな風だろう

風が「しろしろ」している? 「せろせろ」している?

―― 小野さんの『オノマトペ 擬音語・擬態語の世界』には、新しいオノマトペをつくってみようという章がありました。子どもにオノマトペのつくり方を分かりやすく順番を追って説明するとすると、どういうふうになりますか。

小野  まず「どんなことを表現したいか」を決めます。固いものか、柔らかいものか、滑るものか、ぬめり感はあるものかとか、そういった感覚をまず持ってもらい、合いそうな最初の音を決めましょう。

例えば、滑って気持ち悪そうだったら「にゅう」とかですね。さらにもっと先に進むと落っこちる感じがあったら「にゅぽ」とか。そういうふうにしてつくっていきます。子どもが1からつくるんだったらば、すでにあるものの似たものを最初に思い浮かべるといいんじゃないでしょうか。

―― 例えば、どんなものですか。

小野  例えば、風が吹いていて「風量は弱め」の時、「そよそよ」とか、「さやさや」とかが使えますよね。そうするとその感覚を表すのは「さしすせそ」のさ行(s系)になると推測できます。「さやさや」と「そよそよ」で「さ」と「そ」は使ってるから、「し」とか「せ」とか使ってみよう。「しらしら」と風が、とか口にしてみる。もっと情けない感じであれば、「せろせろ」と風が吹くとかどうだろうと。既存の近い言葉を思い浮かべながら、ちょっと変化をつけていく。

―― なるほど。ちょっとずらしていくみたいな感じですね。

小野  風じゃないようなものを風に転用するのも、結構ありますよね。

―― 風じゃないものを風に?

小野  気持ちがざわざわしてる時の「ざわざわ」。風がササの原を吹き抜けて、ざわざわしていく音に近い。

―― 確かに。同じ言葉だけど、全く違う意味があるってことですね。

小野  「ざわざわ」は激しく振動する感覚が共通項なんですよね。胸がざわざわするのも、胸の中に何か激しく振動するものがある感じがある。感覚的なことから他の使い方に転用することもできるかもしれません。「ごろごろ」や「ごそごそ」のような「k系」「g系」にはあまり風の表現はないけど、「ごお」は使いますよね。

―― 「g系」の「ごお」はあるけど、「k系」の「こお」はないですよね。普段風には使われていないオノマトペを、どんな風か逆方向で考えてみることもできますね。

小野 「こおっ」と吹く風はどんな風だろうと考えてみる。

―― 「こおっ」と吹く風を絵に描いてみたり、オノマトペのトレーニングになって、現象を捉える新しい力がついていくとおもしろくなりそうです。