動詞で風を捉えていく – 人と地球をめぐるもの

海洋冒険家・白石康次郎が遊んできた風

  • FEATURE
  • 2021.12.16 THU

海洋冒険家の白石康次郎さんは、風のみを動力源に動くヨットに単独で乗り込み、地球何周分もの航海をしてきました。風はただ現象としてあるのではなく、風と向き合い、自分が主体となって風と関係していくことによってヨットのエネルギーへと変換し続けてきた白石さん。約40年ともに過ごしてきた風とはどんな存在か聞いてみました。

「電車もバスも飛行機も使わずにニューヨークへ行ったことがあるんだ」

「読む」「感じる」「捕まえる」「乗る」「耐える」

― 水産高校時代からヨットを始め、もうすぐ40年になるとのことですが、始めた時からいままででヨットの楽しさは変化してきましたか。

あと2年で40周年。長いよ。いつまでやってんだって話し。楽しさは変わらないね。世界一周は飛行機ならお金を払えば安全にできるけど、ヨットは風と自分の力で世界一周ができる。僕は「電車もバスも飛行機も使わずにニューヨークへ行ったことがあるんだ」と子どもたちによく言うんですよ。イメージできるでしょ。それには二つの意味があって、海は全世界につながってるという意味と、風が運んでくれるという意味。自然の恵みで、地球上のどこでも行けるんだよ。

レースは、競い合うから戦略になっていく。レースでは「風は読むもの」になる。普段は「風は感じるもの」。レースになると、風を読みながら「遠くの風を捕まえ」なきゃいけない。

―読む、感じるから捕まえるまであるんですね。

そう。そして「風に乗る」んだよね。南極近くの南氷洋では「風を耐え」なきゃいけない。

― 動詞でとらえるものが多い。

赤道無風帯では「風を待つ」んだよね。日本語はおもしろいね。レースでは、風を読んで走り、風を捕まえなきゃいけない。さらに「風を流し」ていく。

― 受けて流す。

強い風が来たら「堪え忍ぶ」。風が弱くなるのを待たなきゃいけないし、無風なら吹くのをずっと待たなきゃいけない。

― ヨットにとっての風とは別に、海上にいる人間として白石さんが感じる風にはどんなものがあるのでしょう。

オーストラリア沖を走ってた時、すっごい焦げくさい臭いを感じて、「うわっ、船燃えた!?」と思ったの。船の火災は命取りだから、本当にヤバいと思って配線を調べたりしたんだけどどこも何ともない。おかしいと思って臭いのもとを探して嗅いでたら、はるか彼方、オーストラリアで起きていた山火事の臭いだったんだよ。

― えー! 陸は見てえていないくらい遠いわけですよね。

まったく見えない。何百キロも離れたところまで風が燃えた木々の臭いを運んできてたんだよね。世界一周レースの「ヴァンデ・グローブ」の時は、赤道上の大西洋のど真ん中で、チョウとトンボの大群に出くわしたこともあった。もう船の中がトンボだらけ。

― 海上のチョウとトンボは奇妙で怖さもありつつ、不思議な美しさも想像させますね。

ああやって蝶やトンボが種を運んでいくんだろうなとも思った。そういう種を拡散していく風の役割もその時に感じたな。

ヨットマンは当たり外れで右往左往するんじゃなくて、「これは難しい局面である」と理解する

わからないということを引き受ける

― 風を読むとおっしゃいましたが、風(の流れ)が見えるという感覚はあるものですか。

基本的に風は見えない。でも「水面」を見るんだよ。あとは変化の予測ができる「山の地形」。山と谷があると、谷へ吹き下ろしがある。あとは雲。雲の下は風が違う。ビジュアルで地形を見て、水面を見て。雲を見ると、予測ができるんだよ。

―どのぐらい確率で当たりますか。

当たるよ、見れば分かるから。

― 昔から当たりました?

経験は必要かもしれない。農業は、1年に1回しか収穫できない。つまり10年やってもたった10回しか経験できない。環境の変化など自然界で起きていることから天候や気温を知るということを伝授して受け継ぎながらやってきたわけ。僕がいた土地でいえば、西伊豆に雪が降ると春が来ると言われてきた。真冬じゃなく2月に降る。

― おじいちゃんおばあちゃんの知恵みたいなものを聞きながら育ってきたわけですね。

そう。季節やその変化をビジュアルで理解できる。ヨットの場合は雲や水面、地形になる。

― テクノロジーの発達によって機械で正確な情報も得られるようになりましたよね。目と機械の役割分担はあるものですか。

あります。いまの気象情報は本当に当たります。3日先までは8割以上正解です。ただ3日から先の予定はまだブレる。まだスーパーコンピューターも到底追いつかなくて、さらに1週間先になるとまず違ってる。レース中は毎6時間ごとフレッシュな情報が入ってくるから、常に3日先の天気予測が更新されている。あと高層雲とか大きなものは常に見ておく。

― 機械信頼しつつも自分の目でも見ていく。

これは判断に迷うなとい天気図だった時、ウェザーニュースと気象庁は回答が違う。気象庁は、公だから悪い方を含めて厳しめに天気を予報する。

― 文句を言われないように配慮がある。

一方で「ウェザーニュース」は敏感。独自の予報だから、彼らは本当に正確さを求めてる。国のような配慮はなくて可能な限り厳密で正確にいく。

― なるほど天気予報にズレがある時は、そのズレの意味を問うわけですね。

そう。ヨットマンは当たり外れで右往左往するんじゃなくて、これは難しい局面であると理解する。当たりもあり、外れもあることが分かると。何が当たるか分からないということが分かってる。

― あぁ、わからないということを引き受けるということですね。

そういう判断をする。3日先が読めるようになって大嵐に突っ込むとかはなくなったけど、まだまだ先は読めない。ヴァンデ・グローブでも、トップチームが常に優勝するかというと違う。ヨットは自然エネルギーを使い、フィールドは地球。これほど不確定要素が多いスポーツはない。さらに船の下からクジラが出てくるんだから。予測不可能を楽しめないと駄目。

変化を受け入れるということ

― 白石さんが名付けて呼んでいる風はあったりしますか。

名付けているのはないかもしれないけど、ひとつあるのは「風は流れ」であること。流れに乗ることが大切で、流すともいえる。水もちょっと近いかもしれないけど、滞らないように流さないと駄目なんだよ。

―風の問題ではなく、受け手側の問題があるわけですね。

そう、感覚的だけど。西洋と東洋の違いもあるかもしれない。

― 巡るものとして考える、東洋的なものだと。

おっしゃるとおり。それは四季があるからなんだよね。四季がほぼ均等にあるのは日本くらいのもの。つまり常に変化の中にあるから、変化にとても寛容。水といっても、「H2O」と捉えるんじゃなくて、儒教の孟子や道教の老子みたいな東洋の思想的な水のあり方として捉えている。台風が来ることも大切な点。日本は台風=低気圧の通り道なんだね。だから、強い風も弱い風もある。

― 日本は気候的な変化に富んでいて、日本人は受け入れて生きている。

貿易風(亜熱帯の高圧帯から赤道の低圧帯へ常に吹いている東寄りの風)が吹くような地域や国々は違う。彼らには年間を通して大きな変化がない。

僕は比較的みんなの言うこと聞かず、「俺のレースだ!」って独自のルートを選んで、結果非難轟々

コンピューター以上の勘と以下の勘がある

― いま天気予測はWINDYで地球上の風や波、雲、海水温の流れなど細かなことがわかりますが、それでもどのルートがベストと判断するかはその時々でみなさん違うわけですよね。

バラバラです。僕の船のコンピューターにヨットの性能をインプットしてから、ECMWF(ヨーロッパ中期予報センター)とGFS(アメリカ国立気象局)という気象予測機関のソフトをダウンロードすると、カーナビ的にこれがベストルートですよと出してくれる。それを見て、俺はそのルートを信じるか信じないかを決める。

WINDYによる風の流れを示した天気図

― 車でもカーナビのルートがベストかどうかはわからないですよね。

そう。ECMWFとGFSの二つのデータは大体3日先までは一緒。4日目から徐々にデータが分かれだす。データは6時間ごと常にリフレッシュされるけど、都度4日目以降を予想しながらその時の最適解を見つけていく。僕の場合、調子がいい時、つまり直感が優れている時はナビに従わず、僕の決めた「こっち」に行く。調子悪いなとか、よく分かんないなという時は、カーナビに従っとこうとなる。

― 勘は当たるんですか。

当たります。ただ勘というのは、当たるときと外れるときある。勘は、コンピュータ以上のこともできるし、コンピューター以下のことにもなる。コンピューターは安定した答えをくれる。

― コンピューターが真ん中で、勘がその上と下。

人間のなせる技を使い分けます。気象と関係なく、レースの作戦上、ここは付いてこうっていう時はあります。一方で、ばくちを打って集団から離れる人もいる。自分の船の性能が劣っていると、同じ風で走っていたら抜かしようがない。もしかしたら突風が吹くかもという賭けに出る。でも大体墓穴を掘ります。向こうも必死で走ってるから。

― そりゃそうですね。

稀にいいときもあるんですよ。僕は比較的みんなの言うこと聞かず、「俺のレースだ!」って独自のルートを選んで、結果非難轟々。

― 師匠である多田雄幸さんから風について教えられたことはありますか。

楽しそうにしてた。それは勘を鋭くする、ひとつの要因。リラックスしてる、つまり平常心でいること。平常心を保つのは思っている以上に難しいから。僕が居合をやるのも平常心を保つため。僕は、海も人生も、自分のコンパスがある。自分のコンパスを持っていない人は、風に影響されてしまう。こっちに風が吹くとフワッと流され、あっちに風が吹けばとなるわけ。コンパスがあれば、向かい風だとしても時間はかかるけど前には進む。

― コンパスなしでは風の吹くままに流されてしまうと。

自分が何者で、どっちへ向かっているかという自分のコンパスさえしっかり持ってれば、うまいセーラーは、風の吹いてるほうに帆を上げるんだ。風は変化。だからどんな変化をしても恐れることはない。いい時もあるし、悪い時もある。

何も考えないことが、いちばん強いことだから

江ノ島の焼けたイカの匂い

― 海の上でずっと風でヨットに乗り、地上に戻って来た時、地上の風はどこか違うものなのでしょうか。

ひとついいことあって。それが匂い。オーストラリアの山火事の話しをしたけど、風に乗った匂いって海上ではなかなかない。海は基本無臭で、ひとつあるとしたらパッと生臭い時。クジラがいるかもしれないから警戒する。クジラの息の臭いなんだよ。
匂いのない所に戻ってくると、いろんな匂いがあるのをすごく感じます。いろいろな季節の花や植物の匂いに居酒屋の匂い。江ノ島でイカを焼いてる店が扇風機でこっちに匂いを寄越すわけ。そりゃ、あの匂いがしたら食いたくなるよね。

―帰ってきた瞬間はすごく敏感になってある程度すると慣れますよね。

慣れます。必要でないものは退化していくんだと思う。逆に言うと、本来持ってる能力だから海に行くとどんどん五感が鋭くなってくるわけ。さらに第六感の勘が鋭くなってくるんだよね。いまの人は感覚が鈍っている気がするんだ。なぜかと言ったら情報が多すぎるから。あまりにも情報が多すぎて、子どもたちが右往左往して流されてしまっている。

― 多すぎる情報からひとつひとつ判断していかなきゃいけなくて、疲れるし、難しいし、失敗したくもないと思っているかもしれません。

あれは疲れるよね。だから「海に来な」って言っているんだよね。何も考えないことが、いちばん強いことだから。何も考えないって難しいんだよ。

― それは本当に。

全身の感覚を取り戻してほしいし、風を感じてほしい。それを子どもたちに伝えたい。携帯電話とか置いて海に行って、風に当たるだけでいい。山の上だっていい。どこでもいいから、自然の中に行って風を感じなさい。あと匂い。

無風で2週間海の上で止まっていたこと

風の思い出ベスト3

― 「あの風は最高だったな」という風を教えて下さい。

パッと思い出すのは世界一周レースの「Around alone」でのずっとガスっていたゴール前。ゴール直前なのにまったく前が見えない。1時間くらいレーダーを見ながら進んで行ったゴール直前、風でブワーッと霧が晴れて、青空とともにゴールのニューポートの街が一気に姿を見せたんだよ。あれは最高だった。

― おぉ、推進力としての風ではなく、風景を見せてくれた風なんですね。

サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジも思い出深い。あそこはいっつも同じ方向に風が吹いてる。崖があって、真っ赤な橋があるから、ゴールデンゲートブリッジがゴールテープみたいで本当に見事なゴールなの。そこにフワッと吸い込まれる。

― ゴールへの道が見えている。

南氷洋でオーロラを見た時は、風が強くてすごく寒かったんだけど、雲かと思ったら、オーロラが緑に光り出して、そこに彗星がビヤーッと光って通った。すごく寒い中ずっと空を見てた。

― いい夜ですね。

しんどかった風の思い出

― 一方で「これはやばかった」という風は。

いままで1番強く吹いた風は、90ノット(1ノット=1.6km/h)。サイクロンの真ん中に入っちゃって、それが1番すごかった。あとは風が全くない無風で2週間海の上で止まっていたこともあって、いまだにそれが最長記録。

― 2週間!

いままでのワースト記録。1日どれぐらい走るかというDay run(デイラン)の記録は「450マイル(1マイル=1.6km)」ぐらいなんだけど、逆にワースト記録は「マイナス15マイル」だから。

― 戻ってますね。

サボらず頑張ったのよ。必死に頑張って走ってマイナス15マイルバック。潮で流された。

風を表現するエンターテイナーとして

SDGsという世の流れもあり、風のエネルギーをいよいよ我々も利用していこうじゃないかと。僕らのようなセーラーはエンターテイナーです。風で世界一周を表現できる。

― 世界一周するエネルギーを利用している。

そう。人間の知恵と風の変化を自然の恵みで世界一周できるんだというのを、形として表現するのが、僕らのセイリングスポーツ、ヴァンデ・グローブ。

― スポーツマンでもあり、表現者でもあるということですね。

もちろん。