水と光が風景を一変させる – 絵本『よあけ』

反射し、写し、一体となる水

  • FEATURE
  • 2022.6.16 THU
『よあけ』ユリー・シュルヴィッツ 著/瀬田貞二 翻訳(福音館書店)

山の中、湖の上、明けていく空

夏のまだ明るい時間の一瞬の夕立、底まで透き通った冷たい川、窓際で太陽の光が透過するコップの水など、水は大きな世界から日々の生活まで、さまざまな美しい瞬間をつくりだしています。

水は生物が生きる環境であることはもちろん、様々な特徴があります。透明性や透過性、反射性をはじめ、液体にも個体にも気体にもなる。雨も霧や靄からゲリラ豪雨まで、それぞれのやり方で風景をまったく違うものにしてしまいます。

1935年にポーランドに生まれ、60年代以降は移住したアメリカで活躍した画家、絵本作家のエリー・シュルヴィッツは、『よあけ』という絵本で光と音、そして時間までを取り込み、息を呑む美しい水の景色を描き出しました。絵本という形式だからできた風景と現象の表現で、タイムレスな名作です。

【エリー・シュルヴィッツ】
1935年ポーランド ワルシャワ生まれ。1959年アメリカに渡り、2年間ブルックリンの絵画学校で学ぶ。『空とぶ船と世界一のばか』(岩波書店)でコルデコット賞受賞。他に『あめのひ』(福音館書店)などの作品がある。東洋の文芸・美術にも造詣が深く、『よあけ』のモチーフは、唐の詩人宗元の詩「漁翁」による。

ひっそりと静まり返った湖のほとり、おじいさんと孫は毛布にくるまって寝ている。月の光、風、生き物の呼吸や活動の音がときおり静かに孤独に響く。目覚めたふたりは湖へとボートを押し出し、ゆっくりと進んでいったその時、朝日が山の背後から少しずつ顔を出し、水面は周りの風景を写している。次の瞬間、山と湖の風景はすべては緑色に変わり、ふたりはすべてが緑の世界に包まれる。

物語の冒頭、全体が暗闇の中では世界は収縮していくようだったけれど、朝の光はふたりが全体に広がりながら溶けていくような感覚があります。

読み返すたび何度でもその驚きと喜びを発見できる

湖は「きっと いまも せかいを うつして かがやいている」と物語が終わる絵本作家山﨑優子の『しずかなみずうみ』も、『よあけ』と同様、ボートに乗った二人が湖の上で迎える朝日と、光に包まれるやさしい世界が描かれます。『しずかなみずうみ』は同じテーマ、同じ過程を描きながら、より生き物の気配を強く感じさせます。『よあけ』が淡々と起きた現象を捉え続けたのに足して、より物語的と言っていいかもしれません。現象の時間的な推移と登場人物の出来事の推移が混ざっていきます。

『しずかなみずうみ』山﨑優子(至光社)

この2冊の本で描かれる、揺れる水の上、水面に反射する鮮やかな緑の光に包まれて環境全体に自分が広がっていくような経験は、おそらく言葉だけや写真だけ(インスタでも)では表現し切れない大きな広がりがあることに思えます。それは瞬間でありながら、そこにまで至る時間の経過であり、持続する時間に浸ることでもあるから。だからこそ同じモチーフだけれど違う表現の絵本があるのでしょうし、どちらも言葉を尽くすのではなく、ピークに至るまでのシークエンスを大事にしています。

この驚きの現象は人間がその美しさ、荘厳さに気づく圧倒的前からすでに存在していました。『よあけ』は、水面と光、そして山々が織りなす、見惚れる風景の発見プロセスを、ページを捲るたび繰り返し体験させてくれるのです。