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THE NORTH FACEATHLETE

ATHLETE

コンラッド・アンカー
マウンテニア
コンラッド・アンカー
Conrad Anker

ボーズマン、モンタナ州

マスター、レジェンド、先見の明、、、
コンラッド アンカーは過去30年の間、マウンテニアリングの限界に挑戦し続け、アメリカで最も優れたアルピニストの1人に進化を遂げてきた。モンタナ、ボーズマンをベースに活動する3人の子供の父でもある彼は、今日において最も精力的な冒険家、マウンテニアだと言えるだろう。
56歳の彼の挑戦は止まることがなく、2011年にはジミー チンと、レナン オズタークと共に長年の目標であったインド、メルーのシャークスフィンを初登頂、その様子を記録したドキュメンタリー映像作品「Meru」はサンダンス映画祭で賞を受賞。アメリカ人の初エベレスト登頂50周年を記念して行われたナショナルジオグラフィックとの2012年のトリップを含めて3回エベレスト登頂に成功している。彼の最も有名なエベレスト登頂は1999年、1924年にエベレストに挑戦し亡くなった2人のイギリス登山家の1人、ジョージ・マロリーの遺品を発見し、マウンテニアリングの歴史で一番謎めいた出来事にスポットライトを当てることとなった。
長年の間、彼の大きな目標の1つはネパールのクンブである。25年間以上に渡る遠征を重ね、コンラッドと妻のジェニファーは、シェルパと深い親交を築き、ポルツェの高山労働者に様々な安全訓練を提供するクンブクライミングセンターを設立した。

南極大陸、ヒマラヤ、モンタナ州南部のヒャリテキャニオンも同様、ヨセミテ国立公園のすぐ外に住んでいた彼の父親と、祖父から受け継いだ自然への感謝を表すことを欠かさない。
16歳になる頃にはすでにマウントレイニアーを登っていた。ソルトレイクシティのユタ大学に通いながらアウトドアショップでバイトをしていた彼は、彼の最初の指導者である故マグ・スタンプと出会った。彼のクライミングパートナーであり親友の故アレックス・ロウと、ヒマラヤと南極大陸で最速記録を残し、90年代のクライミング界のロックスターとなった。アルパインクライミングが彼の最大の長所でありながら、エルキャピタンのビッグウォールの初登頂、ザイオン国立公園でのフリークライミング初登頂も忘れてはいけない。1997年だけで、南極大陸、パキスタンのカラコラム、そしてヨセミテ エルキャピタンの初登頂に成功。
「彼にとって山に入るということは、呼吸と同じくらい自然で、欠かせない要素なんだ。彼の心臓が鼓動し、魂の居場所なんだ。」と親友のロウはコンラッドのクライミングに対する情熱を書き記した。
彼は常に辺鄙な地での新しく、また難しいルートの開拓を進めて来た。
2016年にネパールとチべットの国境に位置する6907メートルの未だ誰も登ったことのないルナ・リーを彼の半分の年のオーストリア人クライマー デイビット・ラマと登っている最中に心臓発作を経験。その翌年には、TNFチームのアレックスオノルド、アンナ・パフ、シダー・ライト、そしてサバンナ・クミンを引き連れて狼の顎と呼ばれる南極大陸のクイーンモードに位置する山塊に挑戦。そして彼の12回目となる南極大陸遠征、ウルヴェタンナでジミー・チンとともにこのエリアでの一番高いピークで新しいルートを確立した。
山以外でもProtect Our Winters, The American Himalayana財団、the Alex Lowe Charitable財団の一員として活躍している。

成績
初登頂 シャークズフィン メルー インド
初登頂 南極大陸 ヴィンソン山塊 東壁
初登頂 ラケクニヴァン スノーペトレルウォール クイーンマウド 南極大陸 VI5.10 A3
3度のエベレスト登頂 1、酸素補給無し、2、フリークライミング(フリークライミング史上最高)
初登頂 コンチネンタルドリフト エルキャプテン VI5.10 A4
初登頂 ストリークウォール ジオン国立公園 マグスタンプ同伴 VI 5. 11 A4
初登頂 ストンプスピア サムフォードフィヨルド、バフィン IV 5.11
ジオン国立公園 シュンズバットレス レッドマウンテン V 5. 11
パタゴニア バッドランド トーレ エガー VI 5,10 A3
カラコラム ヒマラヤ 東壁 ラトックII 7108m VII 5. 10 A3
ゴールデンピトン ライフタイム アチーブメント賞 受賞
デイビッド R ブロウナー賞 受賞