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「THE NORTH FACE CUP」いよいよ再始動!
3年の休止を経て、平山ユージが思うこと

ビギナーからプロレベルまでのクライマーが参加する国内最大規模のボルダリング大会、「THE NORTH FACE CUP(以下、TNFC)」。新型コロナ感染症対策を受け、2020年2月に行われた予選最終ラウンドを最後に休止していた大会が、3年ぶりに開催される。全国各地の予選会を終え、3月18日・19日に予定されている本戦を前に、大会を主催するTHE NORTH FACEアスリート平山ユージが「TNFC」への思いを語る。

2020年の本戦がコロナ禍によって中止となり、21年からはディビジョン(※)の昇格・降格のための「THE NORTH FACE CUP ReStart」のみが行われてきました。「TNFC」自体の開催は3年ぶりとなりますが、全国10会場で行われた予選ラウンドをご覧になって、「TNFC」に寄せられるクライマーの期待になにをお感じになりましたか?

(※)ディビジョン制:クライミングの大会運営を主としたWEBサイト「ONE bouldering」が定めた、登録選手をレベル分けするカテゴリーの名称のこと。選手のディビジョンは「ONE bouldering」に加盟するクライミング大会の結果をもとに管理されており、一度ディビジョンが決まるとそれ以外のカテゴリーにはエントリーできなくなる。さらにレベルの高いディビジョンに参加するためには、ディビジョンの昇格が適用される大会で上位入賞を果たさなくてはならない。
なお、現在は以下の13のディビジョンで管理されており、初回参加者はそれぞれのレベルを参考にディビジョンを自由選択できる。
小学生以下:U-8 (小学2年以下)/U-10 (小学3・4年)/U-12 (小学5・6年)
女性カテゴリ:Women’s Division 1 (初段以上)/Women’s Division 2 (2級以上)/Women’s Division 3 (3級以上)/Women’s Division 4 (6~5級以上)
男性カテゴリ:Division 1 (4段以上)/Division 2 (3段以上)/Division 3 (初段以上)/Division 4 (2級以上)/Division 5(4級以上)

停滞していた世の中の空気が変わりつつあるいま、参加するクライマーたちの「盛り上がりたい、弾けたい」、そんなエネルギーの高まりを感じました。同じレベルのクライマーが一堂に会し、本戦への出場を賭けてパフォーマンスを行う……そこには、普段の練習や仲間と楽しむセッションとは異なる集中力やエネルギーの爆発が必要になります。ここ3年、そういったエネルギーを爆発させる機会はほとんどありませんでした。当たり前のように行われていた大会がなくなり、真剣勝負の場が奪われたことでモチベーションの維持に困難を感じていたクライマーは少なくありません。予選ラウンドに集まったクライマーたちも、エネルギーがぶつかりあう空気感を久々に味わって一気にテンションが高まったようで、感情のうねりを感じました。

3年の間、僕たち「Base Camp」や「ONEbouldering」のスタッフもただ手をこまねいていたわけではありません。けれど人が集まる機会を設けることにネガティブな視線が向けられるなかで、23年(中止となったコロナ禍の3年間を含む)という歴史のある大会を実施することに対しては慎重にならざるを得ませんでした。「TNFC」では予選から本戦の準決勝までがセッション方式(一つの課題に対し複数人で登り方を話し合い、順番にトライしていく)で行われます。このスタイルは他のクライマーとのコミュニケーションを促すことにもなり、また順番待ちをしながら他選手のクライミングを見て学ぶことができます。セッション方式こそクライミングの本質であると思っているので変えたくないのですが、こうしたスタイルは密を防ぐことが困難です。だから安易に再開することができなかったのです。

コロナ禍にクライミングから離れてしまったクライマー

「TNFC」が開催されなかった3年の間にクライミング界にはどのような変化があったのでしょう?

20年という時間をかけ、「TNFC」は日本を代表するボルダリング大会に成長しました。近年は2,000人を超えるクライマーがエントリーし、世界的に有名なクライマーも参加してくれていました。さらに、年齢や登れるグレードによって13のレベルに分かれて参加するディビジョン制を導入したことで、キッズやビギナーといった草の根レベルにボルダリング大会を根付かせることができたと思っています。2016年にはオリンピックの実施種目にスポーツクライミングが初採用されたこともあり、クライミングへの注目が一気に高まりました。クライミングが「他のスポーツと肩を並べた」といったら言い過ぎかもしれませんが、日本のトップクライマーたちの活躍もあって世間的な認知度があがったという手応えを感じていました。

TNFCで数度の優勝を飾った野口啓代選手。2019年大会の様子
TNFCで数度の優勝を飾った野口啓代選手。2019年大会の様子
THE NORTH FACE アスリートである<br /> ダニエル・ウッズもTNFCのために来日して会場を盛り上げた
THE NORTH FACE アスリートである
ダニエル・ウッズもTNFCのために来日して会場を盛り上げた

そんなさなか、パンデミックが起きました。オリンピックは延期になり、世界規模のものから地方のコンペまで、さまざまな大会が中止に追い込まれ、クライミングジムがクローズし……こうした3年間で、少なからぬクライマーがクライミングから遠ざかってしまいました。実際、「TNFC 2023」のエントリーに際しても、ディビジョン2〜4の中間層がぐっと少なくなりましたから。それだけでなく、クライミングをやってみたいという新規の層も減ってしまったと感じています。コロナ禍のさまざまな規制を受けて物理的にクライミングができなくなったという事情もありますが、社会的な不自由さから、クライミングをしよう!とか新しいことへ挑戦してみよう!というエネルギーが削がれてしまったように感じます。

トップへの道筋を見せるよりも、経験者の層を盛り上げていきたい

コロナ対策がようやく緩和されるなかで再始動する「TNFC」が、停滞するクライミング界に一石を投じるイベントになればいいですね。

そうですね。とはいえ、開催に向かって準備を進めているなかで、「TNFC」に求められる役割そのものが変化していると感じています。「TNFC」はボルダリングコンペの定義さえ定まっていない時代にスタートしましたが、当時はただただボルダリングの熱気を伝えたくて、理想の大会を求めて試行錯誤していました。2003年には子どもがクライミングに触れられるきっかけづくりをと、キッズ枠を設立。その後、クライマーが世界の頂点に向かう道筋を明確に示そうと、ディビジョン制を導入しました。市民クライマーにとって、自分のディビジョンをあげるという目標を持って取り組むことは大きなモチベーションとなったはずです。また、世界のトップ選手が素晴らしいパフォーマンスを繰り広げてくれ、頂点を垣間見せてくれたことは意義深かったと思います。

翻ってコロナ禍を経た現在、「TNFC」に求められているのはディビジョン2〜5の中間層を盛り上げること、そして子どもたちにとっての目標であり続けることだと感じています。オリンピックでスポーツクライミングが実施され、頂点への道筋はそちらで描かれましたから、僕たちはむしろ草の根に広めることに注力したい。もちろん“Never Stop Exploring”の精神で新しい層を開拓することも忘れていません。たとえば、40歳代、50歳代がエントリーできるOver40、50カテゴリーの新設とか。保険が高くなりそうで尻込みしていますが(笑)。

そもそもひと昔前と今とでは、ジムに求められているサービスや機能も違っているんですよね。コロナ前では、有名セッターを呼んで課題をセットしてもらう、なんてサービスも人気がありましたが、これからは課題の提供とは異なるサービスに重点が置かれていくように思います。いうなれば、ジムで作られるコミュニティの居心地のよさ、でしょうか。ジムの場合、親子以上に年齢の離れたクライミング仲間ができることもあります。仕事や学校では知り合えない仲間とのコミュニケーションが魅力なんですね。

トップ選手を輩出してきたTNFCは、次なるフェーズへ

“役割”は時代に応じて変化するということですが、これからの「TNFC」ではどのようなことを実現したいと思いますか?

「TNFC」は23年の歴史の中で、現在の日本のクライミングシーンを担っている選手をたくさん輩出してきました。たとえば、トップクライマーとして現在の日本のクライミングシーンをリードする伊藤ふたば選手はUnder10、12というカテゴリーで頭角を現したクライマーです。世界を舞台に戦っているトップアスリートを生み出した大会は次に続く子どもたちの目標になります。今回の予選ラウンドでも、「この子は将来、出てくるだろうな」と思わせる有望な子どもがたくさんいました。彼らのためにそういう土壌を作りあげ、そこに寄り添うのもこの大会の役割だと思っています。

伊藤ふたば選手 U-10での優勝時 この頃から抜きん出たパフォーマンスを発揮していた
伊藤ふたば選手 U-10での優勝時 この頃から抜きん出たパフォーマンスを発揮していた

とはいえ、行きすぎたコンペ至上主義は子どもたちにとって弊害になりかねません。コンペで行き詰まったことで燃え尽きてしまい、クライミングをやめてしまう子もいるはずです。クライミングの本来の魅力は、互いにプッシュし合うことでこれまでできなかった課題を落とせたとか、みんなと声を掛け合い、力を合わせることで1人では成し遂げられないことを実現したとか、コンペよりもっと大きなところにあります。僕自身の思いとしては、ユースAのカテゴリーくらいまでは競技としてのゴールを定めるよりも、同世代とセッションする楽しさを大切にしてほしい。このような経験をたくさん得られる大会であれ、と思っています。

それを見据えて「TNFC」で新たにチャレンジしようと思っていることはありますか?

トップレベルでない子どもたちが元気にクライミングを楽しめる、そういう機会を増やしていきたい。つまりはディビジョンのさらなる活性化だと思います。ディビジョンがあることで同じレベルのクライマーたちと課題に向き合い、そこから年齢やバックボーンを超えたコミュニケーションが生まれます。それがクライミングコミュニティを醸成することになるんじゃないかな。そのコミュニティのなかで「あの大会に出てみよう」とか、「今度はみんなで外岩に行ってみよう」とか、そういう機運が生まれるといいなと思っています。

いずれは、クライミングにはコンペを突き詰める以外にもたくさんの道があることを見せてあげたい。たとえばセッターという職業があることとか、アウトドアでのクライミングの魅力とか、新ルート開拓の醍醐味とか。

インドアからアウトドアへ、クライミングの多彩な魅力を伝えていく

コロナ禍を経てアウトドアのシーンにも大きな変化があったのでしょうか?

実は、コロナ禍には外岩でのクライミングが盛んになったというポジティブな事象もあったんです。ジムがクローズして行き場所がなくなって、でも県外には出掛けられませんから、僕たちはしょっちゅう、埼玉の岩場に集まっていました。おかげでルートの開拓が進んで、それに協力してくれる地元の方も現れて。僕の頭には常に海外の岩場があったのですが、久々に地元の岩場に意識が向きました。そこで気づかされたこともたくさんあったのです。コロナ対策が少し緩和された昨年、久々に海外に出かけたのですが、海外と日本の岩場の違いを実感できたこともよかった。

先日、久しぶりにコミュニケーションをとった海外の取引先の担当者も「ここ2年間はEバイクで山を駆け回って、新しいルートをいっぱい作ったよ!」と話していました。ポジティブに考えると、コロナは僕らにそういう気づきをもたらしてくれたし、ジムのクライミングしか知らないクライマーにアウトドアの魅力を知ってもらう良い機会だったのかもしれない。やはりアウトドアを知るとクライミングの楽しみ方がぐっと広がり、視野も広げてくれますから。

そう考えると、「TNCF」の地方予選ラウンドでは、エントリーしてくれた子どもたちを岩場に連れていき、自由にセッションできるような機会を設けるのもいいかもしれませんね。

いよいよ本戦が始まります。参加するクライマー、観戦に行くオーディエンス、そしてクライミングに興味のあるすべての人にコメントをお願いします。

「TNFC」はお祭りです。子どもも大人も、クライミングに夢中になっている人たちが集まって、ステージでスポットライトを浴びて、音楽にのって渾身のパフォーマンスを披露する。目標を達成できたうれしさも、できなかった悔しさも含めて、順位以上に自分を熱くさせるものがあるんだということを多くの人に思い出してもらえたらうれしいです。

ひらやま・ゆーじ
平山ユージ

1969年生まれ、東京都出身。プロ・フリークライマー、クライミングジム「Climb Park Base Camp」代表。15歳からクライミングを始めると日本国内の難関ルートを果敢に攻め、トップクライマーとして頭角を現す。17歳でアメリカ合衆国へ渡り、半年間フリークライミングのトレーニングを積んだ後、19歳で単身渡欧。フリークライミングの本場で数々のクライミングコンペに出場し、「世界一美しいクライミング」と称されるスタイルで好成績を残す。1998年のW杯で日本人クライマーとして初の総合優勝を果たし、2000年には2度目の総合優勝にも輝いた。一方、岩場でもヨセミテ渓谷サラテルートでのワンデーフリー、同・エルニーニョやスペインのホワイトゾンビをオンサイトトライするなど輝かしい成果を残している。2000年以降は「THE NORTH FACE CUP」をプロデュースするなど、クライミングを草の根に広げる活動に熱心に取り組むほか、近年は国内外のクライミング選手の統一ランキングシステム「ワンボルダリング」を提唱している。TNF ATHLETE PAGE
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ひらやま・ゆーじ / 平山ユージ
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