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「好きを仕事に」。
いち早くワークライフバランスを目指した、生き方のチャレンジ

現役のプロトレイルランナーであり、アウトドアイベントの主催・プロデュースを行う「トレイルランナーズ」代表として精力的に活動を行う松永紘明。日本では当たり前だった、型にはめられた生き方に限界を感じ、いち早くワークライフバランスに注目したアスリートである。新潟に移住して家族、競技、仕事を両立させている彼の、人生を通じたチャレンジを考える。

「現在、トレイルランニングの普及に尽力されていらっしゃる松永さんが、プロトレイルランナーになったきっかけは何だったのでしょう?

僕は“サッカー王国”といわれる静岡出身。子どものときはプロのサッカー選手を目指していました。成長するにつれてサッカーのプロにはなれないことを自覚したものの、アスリートとしてプロスポーツの世界で生きていきたいという夢は捨てがたく、次にプロスキーヤーを目指したのです。そこで、新潟県の長岡市にある大学に進学しました。ラッキーなことにその大学は毎年12月から4月まで、およそ4ヶ月も冬休みがありました。大学院まで進学したのですが、卒論も修士論文も雪山のなかで仕上げました。

日本とカナダでインストラクターの資格を取得しましたが、スキーの腕前はセミプロのレベル。目指したプロには及びませんでした。そこで、次にトレイルランニングに目を向けたのです。サッカー選手を目指していた頃から週に6日は裏山を走っていたこともあり、走る下地はありましたし、大学4年生の時に“日本一過酷”といわれていた「日本山岳耐久レース」に興味本位で出場してみたところ、翌年には10位入賞することができたからです。

大学院卒業後、一度は名古屋で一般の企業に就職したものの、プロアスリートという夢を追求したい思いが勝り、プロトレイルランナーとして活動するために新潟に拠点を移しました。プロとしてさまざまな大会に出場しつつ、アウトドアスポーツ・イベントの主催・プロデュースを行う「トレイルランナーズ」をスタートしました。

トレイルランニングを普及させるための「トレイルランナーズ」ではどのようなことを重視して活動していますか?

より広い層に普及させることを念頭に置いて活動を行っています。例えば、僕たちが主催する「トレイルランナーズカップ」という大会は3歳児から参加できます。というのも、このイベントは“家族でフィールドを楽しむ”ことをコンセプトに作っているんです。両親、もしくはそのどちらかだけが大会に参加するとなると、せっかくの週末を、家族が離れて過ごすことになってしまう。家族を分断するレースではなく、レースをきっかけに家族みんなが楽しめる、家族旅行の感覚で参加できる大会を作りたいと思いました。

トレイルラニングのフィールドとしての新潟はどんな点が魅力でしょう?また、どんな風に過ごしていますか?プロトレイルランナーの一日を教えて下さい。

「天気もいいし、ちょっと走りに行こうか」、そう思い立ったらすぐにフィールドに出られる。そんな素晴らしい環境で暮らしています。新潟のトレイルの情報は限られていますから、必然的にトレイルに入る人数が少ない。平日はフィールド丸ごと貸し切り、なんてこともザラです。それが魅力ですね。また、豪雪地帯ゆえの風景や自然の生態もここならでは。厳しく長い冬に鍛えられた自然の生命力に圧倒されます。

そんな環境で、トレーニング、家族との時間、仕事の調和を探る毎日です。子どもたちを送り出してからの午前中にトレーニングを行い、トレーニング後、16時に末の子を保育園に迎えに行くまで仕事です。夕方以降は子どもたちが帰宅するので、メールも電話もSNSもシャットアウト。仕事相手には申し訳ないですが、「サッカーをしにいこう」、「外で遊ぼう」という、3人の子どもたちの誘いを優先する暮らしを行っています。

家族を優先する暮らしのために

日本でもようやく、ワークライフバランスが注目されるようになってきています。松永さんが現在のようにワークライフバランスを重視するようになった経緯はどのようなものだったでしょう?

大学時代、ヨーロッパ20カ国を自転車で旅したことがあります。この旅で出会った人々はみな、僕が理想とするワークライフバランスを体現していて、そこに衝撃を受けました。毎年、家族と1ヶ月間のバカンスに出かけるのは当たり前、ニュージーランドの看護師には、「3ヶ月間、世界を旅していても帰国したら元の職場に戻れる」とも言われました。日本で普通に就職して、有給休暇を取得することもままならないないような、そんな人生を送ることに猛烈な不安を覚えてしまったのです。

とはいえ、そのときは「好きを仕事に」を貫きつつ、自分なりのワークライフバランスを貫いて生きていく方法がわからなかった。そこで「海外で暮せばいいんだ」と考え、海外駐在を見据えて名古屋で就職したのです。結局、4ヶ月で退職しましたが、その時の「自由になった」という解放感は得難いものでした。

海外で暮らすという選択肢が早々に消えてしまいましたから、自分の好きなことで事業を起こし、日本で暮らすしかない。それで新潟に移住し「トレイルランナーズ」を立ち上げたのです。もちろん起業となればリスクはありますし、責任も大きい。それでも自分で起こした事業ですから、それに見合うだけの価値がある。なによりも自分の人生を生きているという充実感があります。加えて、自分の力量次第で家族を優先する暮らしができる。それこそ、僕が大学時代に海外で見聞きし憧れた生き方そのものなんです。

2019年の夏には、自分が学生時代に目の当たりにした、家族みんなで過ごすバカンスをリアルに体験しました。家族5人で1ヶ月間、シャモニーで過ごしたのです。仕事を調整するのも旅費を調達するのも大変ですが、この1ヶ月の経験は自分にとっても子どもにとっても得難いものになりました。子どもはすぐに大きくなり、自分たちの手を離れます。だから、家族みんなで過ごせるときに一生の思い出を作る。それはプライベートでも仕事でも大切にしている思いです。

インプットを削ぎ落とす

自分なりの働き方や家族との過ごす時間を守るための秘訣はなんでしょうか? どんなことを意識していますか?

優先順位を徹底させること。それから、情報のアウトプットはするけれどインプットについては削ぎ落とすこと。現代は情報が多すぎます。インプットが多すぎると、自分の軸がぶれてしまう。むしろ情報よりも自分の感覚を信じること。それが自分と自分のライフスタイルを守ることにつながっていると感じています。

「トレイルランナーズ」としての松永さんのチャレンジについてお伺いします。現在、どんなことを企画されていますか?

“本物”だけがもたらし得る臨場感を見せたいという思いがあり、スカイランニングの国際的なシリーズ戦「スカイランナーワールドシリーズ」にラインナップされるレースを新潟県で開催しています。世界各地からトップアスリートが集まり、しのぎを削る。その姿を間近にする体験がトレイルランニングの競技の裾野を広めることになるはずですから。こういう、自分がワクワクさせられるようなことをたくさん仕掛けていきたいと考えています。

構想しているのは、よりサスティナビリティや環境に配慮した形で開催するアウトドアスポーツの祭典です。

「トレイルランナーズ」でも環境負荷をなるべく減らす大会運営のあり方を考えています。すべてをペーパーレスで運営する、エイドのゴミのあり方を考える……。ゼッケンだって大量のゴミになりますが、振り返ってみれば「トレイルランナーズカップ」を始めた当初は、ゼッケンにラミネート加工を施して大会終了後に回収していたんですよ。100年後の子どもたちに美しい自然を残す、それを心に留めて大会づくりを行って行きたいと考えています。

「トレイルランナーズ」としてのチャレンジは、トレイルランニングを通して「人生を変えるきっかけづくり」を行うこと。自然の中で行うアクティビティは自分を解放することでもあります。また、選手同士の交流は、まるで知らない土地を旅しているかのような非日常感を醸します。そうした出会いの中に新しい気付きや発見があるかもしれません。そういう最中に自身の夢や目標に思いを馳せてもらうことは、その後の人生を見つめ直すきっかけになるかもしれません。誰かが、より自分らしい人生をスタートする第一歩になるように。自分たちの活動を通して、ちょっとだけ人生が良くなるような、そんなきっかけを作っていきたいと思います。

コロナ禍にあって大会運営はいまだ難しい局面にあります。そのなかで松永さんのモチベーションはなんでしょう?

去年のいまごろは、「もう一生、大会なんて開催できない。いままでやってきたことは全てが無になった」、そんな絶望感に苛まれていました。2020年の7月18日に「トレイルランナーズカップ新潟」の開催を控えていましたが、その1ヶ月前に開催の可否を決めなくてはならず、やるのかやらないのか葛藤も抱えていました。すべての大会が中止になっていた当時の状況を考えると、トレイルランニングの大会開催なんて正気の沙汰ではない気もしましたが、やって後悔するのとやらないで後悔するのなら、やって後悔するほうを選ぼう。そう決断し、開催へと舵を切ったんです。

開催すると決めたからには、徹底的な感染症対策を講じ、そのための準備に奔走しました。その段階でできるあらゆる対策を施したつもりでしたが、それでも大会に関わる人たちや参加者が危険にさらされることはないだろうかと、心が休まることはありませんでした。

けれど大会後に、「大会を走ることがこんなに貴重でありがたい体験だとはいままで想像もできなかった」、「貴重な体験をありがとう」、そんなありがたい言葉をたくさんの方にかけてもらえました。開催することが正義か悪かは自分ではわからなかったけれど、一部の人からこれだけ求められているなら、開催には意義がある、そう感じることができたのです。あのときのあの思いが自分のモチベーションになっています。

もちろん、大会運営に関してはいまだ手探りの日が続いています。けれど大切なのは、どんな形であれ、「やる」ことなのではないでしょうか。関係者や参加者、そして地元のみなさんの思いを汲み取りながら、実現できる方法を探す。そうやってみなさんに大会をお届けしていければと思っています。

最後にトレイルランナー松永紘明としてのチャレンジを教えて下さい。

プロアスリートとして表彰台への欲は常にありますが、それよりも一生、選手として楽しく走り続けることが目標です。「松永は本当にトレイルランニングが好きなんだな」、そう思ってもらえるような人生を送りたい。そんなに楽しいトレイルランニングって、一体どんな競技なんだろう。そう思ってもらえたらしめたもの。選手冥利に尽きますね。

「何年後にこうしたい」、「いつかあれをやってみたい」、そういうタイプではありません。「今日死んでもいいや」という気持ちで、一日一日を全力投球で、精一杯生きていく。それが自分のチャレンジだと思っています。

松永 紘明
HIROAKI MATSUNAGA

静岡県藤枝市出身のプロトレイルランナー、「トレイルランナーズ」代表。初心者、幼稚園児までが参加できる「トレイルランナーズカップ」を主催するなど、競技の普及を目指す活動を幅広く行っている。アスリートとしては2018年「Cordillera Mountain Ultra VK(フィリピン)」優勝、2019年「TTF(香港)」で3位と入賞など世界のレースで活躍している。TNF ATHLETE PAGE
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松永 紘明 / HIROAKI MATSUNAGA

TEXT:RYOKO KURAISHI
PHOTO:SHO FUJIMAKI

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