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女性たちは声を上げなければいけない──
科学者兼トレイルランナー・ケイトリンが考える「支え合い」の力

2020年『トランスグランカナリア』で優勝、ワシントン州・マウントレーニアで行われる『ワンダーランド・トレイル95マイル』でのFKT樹立など、トレイルランナーとして世界を舞台に活躍しているKaytlyn Gerbin(ケイトリン・ガービン)。一方で、ケイトリンはワシントン大学で生物工学の博士号を取得するなど、科学者としての一面も持っている。 次々と新たなことに挑戦し結果を残してきたケイトリンに、トレイルランニングをはじめたきっかけから、自身と同じように挑戦や冒険をしようとしている次世代の女性たちに対してのメッセージまで、多岐にわたって話を聞いた。今回はインタビューの前編としてご紹介する。

最初に、トレイルランニングを始めたきっかけを教えてください。

きっかけは、大学進学時にシアトルに引っ越したときです。私が生まれ育ったアメリカ中西部には、農地はたくさんありましたが山はなく、トレイルランニングには縁がありませんでした。しかし、シアトルには自然がたくさんあったし、生物工学の博士号を取得したワシントン大学の近くの水辺にはたくさんのランニングコースがあります。美しい景色を楽しみたい、そんな思いからトレイルランニングなどのアウトドアスポーツを楽しむことを始めました。

景色を楽しみたいという理由のほかにも、当時は研究や勉強時間で忙しく、日常的に冒険やスポーツをする時間が限られていたことがトレイルランニングを始めたことに影響しているのだと思います。

というのも、トレイルランニングは週末の限られた時間内だけでも「探検」を楽しめるんです。リフレッシュのため、バスを使う代わりに家と研究室の間を片道30分かけてランニングしていたこともありました。研究で忙しかった学生時代の私にとって、走っているその時間は心身ともに健康的な生活をおくるために大切なことであり、とても幸せな時間でした。

しかし、最初からひとりで「冒険」を楽しめていたわけではありません。最初のころはスポーツ好きの同級生と一緒にロッククライミングを始めたり、北西部にある火山であるマウントフッドに登ったり、一緒に新しいことにチャレンジしていました。

何か新しいことを始めるときに、第一歩を踏み出すのはいつでも怖いし大変ですが、友人や同僚が色々なことを教えてくれたり、「一緒に行こう」と誘ってくれたりと、お互い支え合うことで緊張感はだいぶ和らぎました。

スポーツ、特に人並み以上の体力や筋力が必要なトレイルランやロッククライミングを楽しむ人は男性が多い印象があります。

私は幼少期から、親友の女の子と一緒に男子リーグに参加してサッカーをしたり、男の子しかいないテレインパークでスノーボードをしているような子どもでした。大学では数学と工学を専攻していたのですが、そこでも女性はものすごく少数派で、大学院やスポーツの世界でも同じような状況でした。

それらの経験を振り返ってみると、常に一緒に行動してくれる女性の仲間がいたこと、そして応援してくれる女性のコミュニティがあったことが、私にとって本当に心の支えだったと思います。

スポーツや、専門である理系分野という、男性が多い環境下で活躍されてきたケイトリンさんが経験したこと、そしていま同じような環境で頑張っている女性たちに伝えたいことを教えてください。

ほとんど男性しかいないような環境で生きる女性たちに、ひとつ確実に共通していることは、お互いを支え合い協力することが大きなエンパワメントになるということです。

私の場合、大学で受けていた工学系の授業では、女性の友達を見つけて一緒に勉強したり、宿題を教えあったりしていましたが、それはスポーツでも同じでした。

いまの社会には、私たち女性の成功を阻もうとするものがまだまだ多い。だからこそ「みんなで力を合わせれば強くなる」という考えが必要なのです。一緒に行動すれば怖くない、お互いの成功を支え合うことではじめて、女性全体をエンパワーすることが可能になる。

「女性は生意気で嫉妬深くて、競争心が強くて冷酷だ」というイメージを持っている方もいるようですが、私の経験上、女性とのつながりはポジティブなものばかりでした。

まずは理系やスポーツ界という男性社会に身を置く女性たちから、お互いを支え合うことを始められるようになれば、同じような環境下で生きる次の世代にとっても楽になると思います。 いろいろなアドバイスをくれるメンター、トレイルランやスノーボードに誘ってくれる友達、プロジェクトに協力してくれる人……。そんな人がたった一人いるだけでも、孤独な環境にいる女性たちは救われるのです。

ポジティブな変化を起こすためにも、同じ境遇にある人たちが連携すれば大きな力になれる。団結して声を上げることは第一歩として本当に大切ですよね。ケイトリンさんが声を上げる理由、そして女性をエンパワーするモチベーションは何ですか?

もし母親になった場合、「母親が子供を育てなければならない」という世の中のプレッシャーを感じながらキャリアを維持することは、たくさんの女性にとって大きな障壁です。スポーツ界では、ひとりの女性であり母親、さらにアスリートとして試合に挑まなければいけないのでさらに大変。そういうときに役に立つのが女性をサポートするようなコミュニティの存在で、あらゆる女性に対して支援の輪を広げていくことができれば、そんなプレッシャーから開放され、将来的にもっと多くの女性が楽になると思います。

例えば、THE NORTH FACEの女性社員が女性アスリートである私をインタビューの対象に選んで、記事にしてくれることも支援の輪が広がるひとつのきっかけになるでしょう。

現在トレイルランニングのレースにおいて、女性の功績が男性に比べて認知されず、称賛されていないという現実があり、強く問題視されています。

例えば私がレースを走ったときに、そのレースでの女性優勝者であることが報道されないことで誰にも知られていないとしたら、私にその名誉は与えられない。それは私だけでなく、すべての女性の功績が正当に称えられないことでもあります。レースを見ている人たちが「わあ、この女性がやったことは本当にすごいことなんだ」と思えるような機会さえ得られないのです。

そもそも、このような些細なことについてもどんどん話すことが重要です。アメリカでは女性アスリートのためのエンパワーメント団体が増えてきていますが、スポーツに関わるブランドのジェンダー意識も変わる必要があると感じています。

例えば、マーケティングチームに「ウェブサイトに女性の記事が載っていませんよ」とか「なぜ男性の記事が3つもあるのに、レースで優勝した女性のインタビューがないの?」とか、疑問に思ったことを伝えるのは本当に大切なこと。

このような話題を持ち出すことは簡単ではありませんし、気分の良いことではありません。それでも私が声を上げるのは、実際に私の話を聞いてくれる人がいることを活かし、他の女性の苦悩を代弁するために自分の発言力を使いたいからです。私を含めた影響力のある人たちが声を大にして現状の問題について発言しなければ、女性たちの悩みや苦しみは無視され続けてしまいます。

一方で、そういう活動に対して居心地悪く感じる男性がいることはわかっているし、声をあげる私を応援してくれているのは男性よりも女性の方が多いと思います。でも私は、社会問題に注目を集めるためには少し気まずい立場に身を置くことも厭わない。身近な人たちからコミュニティを構築することで周りの女性をエンパワーすることができれば、ゆっくりと良い変化を起こし始めると思うし、それこそがより多くの世代に波紋を広げていくことになるからです。

昨年のBlack Lives Matterムーブメントやコロナウィルス、政治についてアスリートが言及するべきかしないべきかについて、たくさんの議論が巻き起こりました。日本でも「スポーツに政治を持ち込むな」という批判がなされたりしましたが、世界的に見て、影響力のあるアスリートこそ社会の問題について発言することがより一層求められているように感じました。このように「声を上げること」について、どのようにお考えでしょうか?

社会問題や政治について発言することは、保守的で小さな町で育った私にとって、実は簡単な行動ではないんです。自由だと思われているアメリカでも、一部の地域ではそのような行動は肯定的なものとして見られていません。

私は都会へ出て教育を受けて世界中を旅して、一生町から離れないような地元の人たちとは違う経験をしてきました。そのなかで、自分がアスリートとして大事だと思うことについてシェアしたり、行動することで人々をエンパワメントしうる影響力を持っていることに気付きました。

自分にとって重要だと思うことをシェアし、啓発することは人間がもつ権利だと思います。仮にスポーツ界の人たちが私のそういう姿勢に賛同しないならば、発言する意欲のない他のランナーを探せばいいと思う。でも、私たちはみんな「声」を持っている。私が何も言わなければ、そしてスポーツ界のトップにいる他の女性が何も言わなければ、どうやって次世代の声に耳を傾けることができるのでしょうか? いまこの現状を変え、次世代に引き継ぐためにも、私たちは新たな扉を開けなければなりません。

ケイトリンさんのように世界で活躍しているロールモデル的な女性の存在を知ることで、次の世代の女性たちがエンパワーされる。そんな良い循環をつくるためにも、しっかりと女性の声が聞かれるような環境がつくられることが大切だと感じます。これからより多くの女性がスポーツを楽しみ、活躍するためにケイトリンさんが感じている課題や具体的に起こしたい変化があれば教えてください。

あらゆる分野で、完全な男女平等を成し遂げるまでにはまだまだ長い道のりがあります。特に2020年のアメリカではジェンダー不平等の問題に加えて、人種の多様性についても多くの議論がなされていますし、それがどれほど重要な問題であるかが浮き彫りにされたと思います。キャリアアップの機会、メディアへの露出、インタビューの機会、適切な報酬など、これらすべてにおいてまだ課題がたくさん残っています。

私たち女性がいますぐにでも始められるのは、自分の身の回りのコミュニティにいる女性をサポートすること。たとえ、それがほんの小さなことでもいいのです。私はレースのスタートラインに立つとき、隣の女性とはアスリートとして競い合いますが、同時に私は彼女たちを尊敬し、応援し、いつでも彼女たちの成功を祈っています。競技中はライバルであっても、それ以外の場面では支え合う友人やパートナーにもなれると思っています。だから、一人ひとりが勇気を出して、自分のために、そして他の女性のためにも、声を上げて行動をしようとする気持ちが大切なのです。

メンターシップも本当に大切ですね。アメリカでは、女性たちがスポーツに触れる機会をつくることに焦点を当てた支援グループがだんだんつくられるようになってきました。

一方でこのような形式的なメンターシップ制度も大切ですが、私たちが常に持っている影響力も決して見落としてはいけません。日常生活でも、誰かに自分の知識やリソースをシェアすること、励ますことなど、自分自身が発する言葉の一つひとつが次世代の背中を押し、可能性を広げ得るのです。形式的な場以外の日常生活でも、個人にできることはたくさんあります。

ひとりでも多くの人が、おかしいと思うものごとに対して「これっておかしくない?」と声をあげることで、変化を求めることが簡単になっていくし、怖くなくなっていくのです。

ケイトリン・ガービン
KAYTLYN GERBIN

トレイルランナーとして数々のレースに出場。トレイルランの世界大会で10位ランクインをはじめ、国内外で数々の優勝経験を誇る。一方で、ケイトリンはバイオエンジニアリングの博士号を保有。シアトルにある「アレン細胞研究所」にて心臓細胞を研究するバイオエンジニアでもある。TNF ATHLETE PAGE

ケイトリン・ガービン / KAYTLYN GERBIN

text by Daniel Takeda, edit by Ryutaro Ishihara

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