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世界最強のウルトラトレイルランナーは、挑戦を止めない
パウ・カペル vol.1

2017年のUTMB®︎で6位入賞を果たしたパウ・カペル(向かって一番左)。世界トップレベルのトレイルランナーとして頭角を現した。Photo by Sho Fujimaki
2017年のUTMB®︎で6位入賞を果たしたパウ・カペル(向かって一番左)。世界トップレベルのトレイルランナーとして頭角を現した。Photo by Sho Fujimaki

パウ・カペルは、現在世界最強のウルトラトレイルランナーのひとりだ。

しかしランナーとしてのキャリアは、約束された形で始まったわけではない。幼少期のカペルの夢は、サッカー選手になることだった。彼が育ったスペイン、カタルーニャ地方のサン・ボイ・ダ・リュブラガートの隣町は、州都バルセロナ。言わずと知れたFCバルサのお膝元で、少年がサッカー選手を夢見るのは自然な成り行きだった。だが絶えずさらされる激しい競争の中で、カペルは膝靭帯のケガに見舞われてしまう。2012年のことだ。

手術を経て、回復期に医師の勧めで山を走り始めたことが、彼の才能を開花させた。フルマラソンやトライアスロンを経験し、エンデュランス能力を向上させたカペルは、次第に山岳地帯でのロングディスタンスランニングへと惹かれていく。競技者として結果が出始めていたのに加え、トレイルランニングのカルチャーが彼を魅了したのだった。

「トレイルランニングにおいて、対人か対自分かということより大切なのは『走ること』そのもの。時に人と競ることもあるし、時に自分自身に挑むことになる。全く新しい場所を知り、違う文化を持つ人たちと経験を分かち合うこと。こうした繋がりは、トレイルランニングによって僕たちが味わうことのできる、かけがいのないものなんだ」

2014年からロングディスタンスのトレイルランニングレースの本格参戦を開始すると、スペイン国内のレース、ウルトラ・シエラネヴァダとウルトラトレイル・マヨルカで優勝。スペインチャンピオンにも輝いた。100kmを超えるロングレースで戦えることを証明し、2016年にはその活躍は世界規模にまで拡大を遂げる。ウルトラトレイル・オーストラリア、TDS®での優勝を皮切りに、2017年はUTMB®︎で6位に入りウルトラトレイル・ワールドツアーの年間総合2位を獲得、世界トップレベルのウルトラトレイルランナーの仲間入りを果たした。

そして2018年4月、パウ・カペルが日本にやってきた。

2018年のUTMFでは、序盤からトップを快走。19時間先頭を走り続けたが、ラスト5kmでディラン・ボウマンに逆転され、2着でフィニッシュを果たした。Photo by Sho Fujimaki
2018年のUTMFでは、序盤からトップを快走。19時間先頭を走り続けたが、ラスト5kmでディラン・ボウマンに逆転され、2着でフィニッシュを果たした。Photo by Sho Fujimaki

UTMFで「ドラマ」の主役を演じた

ウルトラトレイル・ワールドツアーの1戦を構成するウルトラトレイル・マウントフジ(UTMF)。富士山麓を巡る100マイル(160km)のルートは、その規模・難易度ともに日本を代表するレースであり、これまで数々の世界トップランナーが勝利を収めてきた。

2018年はウルトラトレイル・ワールドツアーの年間総合優勝を宿願としていたカペルにとって、世界でも有数のウルトラトレイルレースであるUTMFを選んだのは自然な流れだった。

この大会で優勝候補に挙げられていたのは、悪天候により短縮コースで開催された2016年大会の覇者、ディラン・ボウマン(アメリカ)と、カペルだった。

春先のレースで勝利していたカペルは、その好調ぶりと実力を見せるようにスタート直後から先頭に立つと、独走体制で距離を刻み始める。168kmを一人で走り切るという強い意志のもと、積極的なレース運びでリードを奪っていく。

レースも折り返しを超えた113km地点で、カペルは2位で追いかけるボウマンに対し27分ものタイムを稼ぎ出した。圧巻の走りに、レースは決したかに見えた。だが、残り距離が少なくなるにつれ、少しずつボウマンがそのタイム差を詰め始めていく。カペルにとって、最もマークすべき相手が、牙を剥き始めたのだ。

「ディランのランナーとしての強さは疑いようがない。アメリカで最速のランナーの一人だし、彼とは何度も競ってきたんだ。とはいえ、UTMFで19時間もレースをリードし続けたのに、最後に先頭を譲ることになるなんて……泣けるよ」

168kmのレースのうち、163kmはカペルが先頭を走っていた。残り5kmを切って、しかも山の上りではなく下りで大逆転劇が起こったのだった。「ドラマ」が語義通り悲劇を表すのであれば、カペルにとってまさしくドラマチックなレースとなった。UTMFの歴史に残る、ボウマンの逆転優勝。最終的に3分30秒の遅れをとったカペルは、フィニッシュラインで勝者に迎え入れられた。彼の攻めるレーススタイルと、劇的な幕切れはしかし、カペルの名を強く日本のファンの心に刻み込んだ。

「UTMFは素晴らしいレースだよ。トレイルの質も良いし、とにかく楽しかった。このレースで経験したことは全てファンタスティックだったね。日本の文化に触れることができて、本当にいい時間を過ごしたんだ」

名実ともに世界の頂点へ UTMB®︎制覇

UTMF2位の活躍もあり、この2018年にカペルは念願のウルトラトレイル・ワールドツアーの年間総合優勝に輝いた。名実ともに世界一のウルトラトレイルランナーに上り詰めたのだ。その彼にとって、どうしても勝ちたいレースがあった。「ランニングを始めた時から、ここで勝つことが夢だった」と語る、ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(UTMB®︎)である。

フランス、スイス、イタリアの3国にまたがるアルプス山脈の主峰モンブランを駆ける171kmのレースは、2003年の創始時点から『最高峰を束ねたレース』と称され、その難易度とロケーション、レースとしての格から、トレイルランナーであれば人生のうちに一度は走りたいと夢見るものだ。

カペルがこのレースを夢見たのは当然と言える。だが、何よりも彼の心を掴んだのはそのゴールシーンだったという。

「ランニングを始めた頃に、自宅のPCでUTMB®︎をライブで観ていたんだ。それで、“すごい! この瞬間を味わってみたい” と思った。レースで勝たなくてもいい、ただこのUTMB®︎のフィニッシュを味わいたい、と」

そのフィニッシュをカペルは2017年に味わった。夢にまでみた大会で6位という好結果を収めたが、時を経た2019年、カペルは優勝候補のひとりに数えられるほどに成長を遂げていた。

満を持して8月末のシャモニーに乗り込んだカペルは、UTMFでも見せた序盤から独走で攻めるスタイルをここでも披露した。

早い段階で1人になったことについて、「それが良いのか悪いのか、わからなかった。このロングディスタンスのレースでは、少し危うい戦略だったかもしれない」とカペルは振り返る。

後ろから追いかけてくるのは、世界最高峰のランナーたちだ。特に2番手につけていた、グザビエ・テヴナールの存在がカペルを苦しめる。UTMB®︎で3勝を挙げているグザビエは、間違いなくUTMB®︎最強のランナーの1人だ。

「常にグザビエとどれくらいのタイム差があるかを気にしながら走ったよ。一方で、今自分は彼の前を走り、プレッシャーを与えていることに興奮もしていた。この距離のレースで世界のベストな選手と戦えていることにね。彼に対して攻める走りをするんだと、自分に言い聞かせた」

逃げる展開のレースは続き、カペルはコース最後の山頂、テット・オー・ヴァン(155km地点)でも先頭を守った。眼下にはシャモニーの街並みが見える。

「シャモニーはそこにあるのに、まだ着いていない。フィニッシュしたいのに、まだ走らなきゃいけない。もどかしい時間だったけど、“もう20時間も走ってきたんだ、あと1時間そこらじゃないか” と自分に言い聞かせたよ」

2019年のUTMB®︎でも、序盤から攻めて先頭を走り続けた、<br /> 前年のUTMFと違ったのは、そのまま逃げ切り栄冠を勝ち取ったこと。<br /> Photo by Sho Fujimaki
2019年のUTMB®︎でも、序盤から攻めて先頭を走り続けた、
前年のUTMFと違ったのは、そのまま逃げ切り栄冠を勝ち取ったこと。
Photo by Sho Fujimaki

逃げ切りを果たし、独走でシャモニーに戻ってきたカペルを、鈴なりの観衆が出迎えた。大きな歓声と熱狂、進路を埋め尽くす観衆をかき分けて、カペルはUTMB®︎のフィニッシュラインを切った。

「何度も何度も、それはもう何度もこの瞬間を想像していた。大観衆が自分の名前を叫ぶ中を、祝福の手がたくさん伸びてくる中を、UTMB®︎の勝者として走るこの瞬間を。フィニッシュできないんじゃないかとすら思ったよ。この瞬間をもっと味わいたくて、足を止めそうになってしまったから。ずっと夢見ていたレースで勝利した時の感情は言い表せない。僕のアスリートのキャリアにおける、最高の瞬間だ」

トレイルランニングの最高峰レースUTMB®︎の171.62kmを、カペルは20時間19分07秒で走り切った。近年の170kmを超えるコースで、最速記録となるタイムだった。それはつまり、カペルがUTMB®︎の歴史上最速のランナーとなったことを意味する。

選手としてさらなる飛躍が期待された2020年、新型コロナウイルスの流行がカペルの前に立ちはだかった。連覇を狙うUTMB®︎をはじめ多くのレースがキャンセルとなった。そんな中で、カペルが発表したプロジェクトに、世界中のトレイルランニングコミュニティが息を飲んだ。カペルが、再びシャモニーを走るという。それも、前年より速く。

Vol.2に続く

パウ・カペル
PAU CAPELL

1991年生まれ。バルセロナ近郊サン・ボイ・ダ・リュブラガート出身。サッカーで膝を負傷し、医師の勧めでトレイルランニングを始める。2016年にウルトラトレイル・オーストラリア、TDS®で優勝し国際レースで頭角を現すと、数々のレースで活躍。2018年、ウルトラトレイル・マウントフジ(UTMF)参戦を果たし、最終局面までデッドヒートを演じ、2位。2019年はウルトラトレイル・デュ・モンブラン(UTMB®︎)で独走優勝を果たした。2018年、2019年ウルトラトレイル・ワールドツアーで年間総合優勝に輝く。公式レースがキャンセルされた2020年は、個人プロジェクトとして、UTMB®︎のコースで20時間切りに挑む〈Breaking 20〉を敢行。先行き不透明な時代に、多くのトレイルランニングファンを勇気づけた。TNF ATHLETE PAGE

パウ・カペル / PAU CAPELL
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