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Tensegrity Sculpture

ブランドのデザイン哲学を象徴するコンセプトワーク

THE NORTH FACE Sphereのウィンドウディスプレイには、無数のポールが組み合わされた大型のスカルプチャーが浮遊している。このオブジェクトの正体はブランドのデザイン哲学を象徴するキーワードの1つであるテンセグリティ理論によって構成された球体である。

テンセグリティとは、バックミンスター・フラーが提唱した「Tension(張力)」と「Integrity(統合)」を掛け合わせた造語であり、「最小のパーツで最大の耐久性と居住性」を実現する史上最軽量の構造理論として、THE NORTH FACEの代名詞と言えるプロダクトの1つであるエクスペディション用テントにも1975年から採用されており、現在ではブリザードが吹き荒れる南極や火星で建てられる建築のモデルなどにも取り入れられている。

ある問題に取り組んでいる時、私は決して美について考えないが、終わった後、その解決方法が美しいものでなければ間違っていると分かる。

────リチャード・バックミンスター・フラー

この理論を提唱したバックミンスター・フラーは「世界の向上は人間が住む環境を変えることによってのみ実現する」という信念を前提に、世界の「持たざる人」を「持つ人」へと変えるのに有効な手段は産業であると考え、最新の素材、デザイン、大量生産技術などを応用して、より良い住宅を世界中の多くの人へ提供するための研究に取り組んだ。

T型フォードの時代に驚くべき走行性能を実現した流線型の三輪自動車、ダイマクション・カー。現在のユニットバスの原型であるダイマクション・バスルーム。全地球の陸地と海をほとんど歪みのない形状と正確な面積比率で平面化した世界地図、ダイマクション・マップ。張力統合体としてのテンセグリティ球。地球船宇宙号という概念。問題解決の道具としてのワールド・ゲーム——「最少のもので最大の効果を得る」ことを意味する「ダイマクション」というコンセプトに基づき、フラーが生涯を通じて生み出した数々の技術と発明は、現在の私たちの生活の中においても今だに影響を与え続けている。


そして、THE NORTH FACEとフラーの出会いは半世紀以上前に遡る。ブランド誕生から間もない頃、創業者のケネス・“ハップ”・クロップ、プロダクト・デザイナーのマーク・エリクソン、製造部門の責任者ブルース・ハミルトンの3人は、当時主流だったAフレーム型テントに代わる新たなテントの形状を模索していた。そんな折、偶然手に取ったのが革新的な理論で世界の変革を投げかけていたフラーの著作であった。

ハップはフラーのプロジェクトを支援していたと友人を通じて手紙を送り、面会が実現した。そして、テンセグリティ構造とジオデシック構造をテントに応用したテントのデザインを依頼するものの、フラーには「やりたいけれど、世界を変えるのに忙しいから時間が取れない」と返答されてしまう。それでも、チームを組織してくれたらデザインの助言をすると答えたフラーのためにすぐさまにデザインチームを作り、彼から指導を受けた結果誕生したのがが、新的で画期的なテント「オーバルインテンション」であった。

THE NORTH FACE 1975年のカタログより抜粋

THE NORTH FACE 1978年のカタログより抜粋

今回のスカルプチャーは、これまでテンセグリティ理論の発展に取り組んできた慶應義塾大学の鳴川肇教授によって制作されており、アルミバフ仕上げの圧縮材90本 / 直径1200mm / 重量7.7kgという鳴川研究所が取り組んできたテンセグリティの中でも最大級のサイズが完成した。また、通常のテンセグリティ球体には圧縮材をつなぎ合わせるターンバックルが必要とされるが、ミニマムなデザインを追求するなかで、圧縮材自体をターンバックルにする手法を用いて、その存在自体を目立たなくし、無数の棒が浮遊する佇まいが実現されている。



フラーがTHE NORTH FACEにもたらしたものは、決してテンセグリティ構造とジオデシック構造を応用したオーバルインテンションや、そこから派生した現在のテントだけではない。彼と共に過ごしたことによって継承された、自然に学び、これまでに存在しなかった新しい機能を引き出す「デザイン・サイエンス」や、ものごとを正しく見極めるために、部分ではなく全体を包括的に俯瞰する「シナジェティックス」という概念を通じて得られた自然と人間の関係性を探求し、サステナブルな未来を思索するための姿勢こそが、今もなおブランドの精神を支える重要な遺産なのである。

Text: Yusuke Nishimoto (SUB-AUDIO Inc.)
Photograph: Kenta Hasegawa