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INTERVIEW ON CONCEPT

Philosophy and Design of
The Tree-like Architecture

樹木のような建築物に秘められた意匠と哲学

1983年、原宿の竹下口に「WEATHER STATION」という屋号で、第1号点がオープンしてから39年。2022年の7月1日に原宿エリアでは6店舗目となるTHE NORTH FACEの直営店が誕生する。現在までに、過酷な高所登山から自然を肌で感じることができるトレッキングやキャンプ、日々のライフスタイルなどのシーンを網羅するだけでなく、レディースやキッズなどのアイテムに特化した店舗に至るまで、この場所では多様な5店舗がそれぞれの個性を持って軒を連ねている。今回こうした包括的なストアラインナップに追加されるTHE NORTH FACE Sphereは、ランニングを軸としたアスレチックカテゴリーを専門とするフラグシップストアだ。

THE NORTH FACEは日本各地に様々なテーマを持った直営店を数多くオープンさせてきたが、それら全てに共通する最大の特徴は、出店する地域や展開するアイテムに応じてインテリアデザインを決定するサイトスペシフィックな手法である。そして、建築物をゼロから設計したこの店舗では、「もしその場所に建築物が樹木のように発生したのなら?」というコンセプトを足がかりにデザインプロセスが進められた。では、そうして作り上げられた建築にはどのような哲学と意匠が秘められているのだろうか?

この地球には資源もエネルギーも充分すぎるほど存在する。ただ使い方が悪いのだ。より少ないもので、より多くのことを成す技術を用いれば、欠乏などということは、まやかしに過ぎないとわかるだろう。考え方を変えるのだ。思考の限界を打ち破るのだ。

────リチャード・バックミンスター・フラー
『宇宙船「地球号」操縦マニュアル』

受け継がれるデザイン・サイエンス THE NORTH FACEのデザイン哲学を語る上で、欠くことができない重要な人物が1人いる——「20世紀のレオナルド・ダ・ヴィンチ」の異名をとる偉大な発明家、リチャード・バックミンスター・フラーだ。フラーは1963年に発表した自著「Operating Manual for Spaceship Earth」(邦題『宇宙船「地球号」操縦マニュアル』)の中で、地球を宇宙船に準え、自然を模倣するのではなく、自然に存在する複数の原理間の相互作用を調整しながら、これまでに存在しなかった新しい機能を引き出す「デザイン・サイエンス」という概念を人類が直面している様々な問題解決の方法として提示した。この思想は1975年に発売された世界初のジオデシック構造のドームテント「オーバル・インテンション」をはじめ、2019年にSpiber社と共同で開発した、微生物による発酵プロセスでつくられた構造タンパク質素材を用いた世界初のアウトドアジャケット「MOON PARKA®」に至るまで、ブランドの中でさまざまなプロダクトに色濃く反映されてきた。

そして今回、建築のデザインを手がけたSawada Hashimuraがコンセプトとして提示したのが、こうした文脈を発展させた「自然のように在る建築」という言葉である。

THE NORTH FACE 1978年のカタログより抜粋
「MOON PARKA®」

植物について問うことは、世界に在るとはどういうことか理解することにほかならない。
植物は、生命が世界と結びうる最も密接な関係、最も基本的な関係を体現している。

────エマヌエーレ・コッチャ
『植物の生の哲学──混合の形而上学』

DESIGN LIKE NATURE──自然のように在る建築 近年、人間中心的な思想を更新し、動物、菌類(発酵)、さらには植物の眼を通じて地球を捉え直すという新しいエコロジーがさまざまな領域で盛んになっている。それは地球をそこに住む全ての生命の共有資産として捉えたフラーの「宇宙船地球号」や、環境保護を人間の利益だけでなく、すべての生命のためとするアルネ・ネスが提唱した「ディープエコロジー」の思想が先見していた、地球にとってのウェルビーイングがいよいよ社会レベルに結実したと言えるだろう。

Sawada Hashimuraは環境への敬意、先人による優れた蓄積の継承などを軸にした素材と技法への真摯なアプローチが高い評価を得ている気鋭の建築家ユニットだ。そんな彼らが、こうした同時代的な時流に呼応するように提唱したコンセプトが「自然のように在る建築」だ。原宿という都市を自然環境と捉え、「もしその場所に建築物が樹木のように発生したのなら?」という発想から、根を下ろす土地に適応しながら成長、進化を重ねる植物のようにデザインプロセスを進めた。

さまざまな試行錯誤の末に完成した建築のデザインは大きく3つの層からの構成されており、ビル全体の重量を支える頑丈な基盤である1FとB1Fは、大地に深く根を張る大樹のような力強さを思わせるような鉄筋コンクリート造を採用。また、これら2つのフロアは大きな吹抜けで繋がった一体の大空間となっており、エントランスや地下階に心地の良い開放性をもたらしている。

2F以上の階層は、細身の鉄骨とガラスによってミニマルに構成。樹木が空に向かって伸び、枝葉が陽の光を求めて空中に広がるさまを連想するように、1Fから2F、2Fから3Fへと階を上がる毎に、天井高が高くなるようなデザインが施されている。こうしたプロポーションの上昇感は、階層に応じて窓の高さが上昇するファサードのグリッドからも感じることができるが、室内では身体的にその開放感を顕著に体感できるだろう。(この意匠は樹木が効率的に光合成を行うのとまさしく同じように、建築の採光性向上にも貢献している。)

この上昇感は最上部のテラスでクライマックスを迎え、パーゴラと呼ばれる細い鉄骨フレームが多様な草木と共にテラスの空中をフレーミングすることで、安心感をもたらす設計になっている。

最小の構造による最大の効果 また、自然から学んだミニマリズムは建築物の施工前からも既に実装されている。今回の敷地内には、以前建てられていたビルの強度を補填するために使用されていた直径約1.5mのコンクリート杭が4本、地下13mまで打ち込まれており、一般的なビルの建て替え時には、新しい杭を打ち直すのが原則である。しかし、今回は既存杭の安全性を入念な試験によって確認した上で再利用することで、工期を圧縮し、資源やエネルギーの削減に繋げた。また、杭の再利用を実現させるためには建物を軽量化する必要があったが、窓枠をはじめとする柱や梁から成る四角のスペースに対して、斜めに補強材を入れることで建物の軽量化と耐久性を両立させるブレース構造や、軽量ALC(気泡コンクリート)パネルを床スラブと外壁に採用することで最小限の資材によって、環境1や地盤への荷重の軽減とより大きな空間の確保を実現している。

建築物の環境性能からは、開口部のガラスに Low-E 複層ガラスという高い断熱性能を持ったガラスの使用に加え、断熱性能に優れたALCパネルを採用など、省エネ性能にも配慮した仕様となっており、建築物の省エネ性能を評価・認定するBELS(建築物省エネルギー性能表示制度) による2星の評価を獲得。 また、6Fのテラスの自動潅水設備には、屋上に降った雨水を再利用するシステムを導入するなど、資源の有効活用にも配慮している。


自然素材を多用した各階のディテール 軽やかさとミニマリズムを追求し、「鉄」と「ガラス」から構成される無機質な外観との対比として、インテリアには温かみのある自然素材が随所にあしらわれている。ビル全体を自然物のメタファーとして捉え、低層部は大地に由来するコンクリート・漆喰・タイルを、樹木の幹に相当する中層部以上には木材を多用することで、自然と一体化したデザインが実装されているのもこの建築の大きな特徴である。

B1F床 | セラミックタイル
B1Fの床には、陶器で有名な岐阜県・多治見のタイルブランド「Tajimi Custom Tiles」が今回のプロジェクトのために特別に制作した白いタイルが一面に敷き詰められている。水を彷彿とさせる透明感と揺らぎをもった質感は、地下を巡る水脈を連想させるだけでなく、澄んだ空気感を肌でも感じることができるだろう。

B1F - 1F 壁面 | 漆喰
床に敷き詰められた白いタイルと調和するように、B1F - 1Fの壁面には、現在から2-3億年前ごろに堆積した生物礁に由来している言われている、国産の石灰石から作られた消石灰を主原料とする漆喰が採用されている。建材としての漆喰の歴史は平安時代初期の神社仏閣建築から始まったと言われており、城郭建築やその後は民家などでも使用された伝統的な技法でありながらも、優れた調湿機能から「呼吸する壁」とも呼ばれ、現在でも空調設備の使用量を軽減させる天然素材として注目を集めている。

1F ファサード | コンクリートブラスト仕上げ
建築の象徴とも言えるファサード部分には、コンクリートの表面を荒く削り骨材を露出させたブラスト仕上げが施されており、自然の力強さを触覚に訴える岩肌のような質感が演出されている。

1F - 3F 床 | ウッドタイル
地面との接地面であり吹き抜けになっている1F-2F、さまざまなイベントが開催される3Fのフロアには、輪切りにしたヒノキ材が敷き詰められており、木の繊維の垂直性がビル全体の垂直性と呼応するような意匠が施されている。

階段室壁面 / B1 - 3F 壁面 / 天井 / 什器造作 | ヘムロック(ベイツガ)
地下から最上階を貫く階段やB1-3Fの壁面、天井とブランドのプロダクトが陳列される什器には、アラスカから北カリフォルニアにかけて分布する針葉樹のヘムロックが配されている。

エントランスドア / ベンチ / 階段踏面 /手すり / 4 - 6F フローリング | ホワイトアッシュ
北米産のホワイトアッシュの明るい色味とダイナミックな木目が空間の細やかなアクセントとして各フロアの随所に使用されている。

コンセプトと連動した環境設計 さらに、自然からのインスピレーションは建築のデザインだけに留まらず、店舗を構成するさまざまな要素にまで浸透し、多角的にコンセプトが体現されている。 ブランドのデザイン哲学を象徴するコンセプトワーク そのうちの1つが、建築を見たときに真っ先に目前に飛び込んでくる宙に浮遊した大型のコンセプトワークである。これはブランドのデザイン哲学デザイン哲学を象徴するキーワードの1つであるテンセグリティ理論によって構成された球体である。テンセグリティとは、バックミンスター・フラーが提唱した「Tension(張力)」と「Integrity(統合)」を掛け合わせた造語であり、「最小のパーツで最大の耐久性と住居性」を実現する史上最軽量の構造理論として、THE NORTH FACEの代名詞と言えるプロダクトの1つであるエクスペディション用テントにも1975年から採用されており、現在ではブリザードが吹き荒れる南極や火星で建てられる建築のモデルなどでも取り入れられている。

今回のスカルプチャーは、これまでテンセグリティ理論の発展に取り組んできた慶應義塾大学の鳴川肇教授によって制作されており、アルミバフ仕上げの圧縮材90本 / 直径1200mm / 重量7.7kgという鳴川研究所が取り組んできたテンセグリティの中でも最大級のサイズが完成した。また、通常のテンセグリティ球体には圧縮材をつなぎ合わせるターンバックルが必要とされるが、ミニマムなデザインを追求するなかで、圧縮材自体をターンバックルにする手法を用いて、ターンバックル自体を目立たなくし、無数の棒が浮遊する佇まいが実現。デザイン・サイエンスの思想を通じて、サステナブルな未来を思索したバックミンスター・フラーの思想と原宿ビルの共鳴を表現している。

ARCHITECT

SAWADA HASHIMURA

澤田航と橋村雄一により2015 年に設立された建築設計事務所。

澤田 航:Central Saint Martins, AA School of Architectureにて建築を学んだ後、能作文徳建築設計事務所に勤務。東京藝術大学建築科教育研究助手を経て、現在、法政大学非常勤講師、桑沢デザイン研究所非常勤講師。

橋村 雄一:多摩美術大学 、University of East Londonにて建築を学んだ後、Tony Fretton Architects、Carmody Groarke、新素材研究所に勤務。一級建築士。

Edit: Yusuke Nishimoto(SUB-AUDIO)
Photograph: Kenta Hasegawa