Guide

いつか行く山

日光 戦場ヶ原

奥日光山塊・東京から約3時間

歩行時間約2時間40分

日光 戦場ヶ原

Essay

水辺の音楽

以前、音楽家の友人と一緒に東京近郊の低山に行ったとき、小さな沢がさらさらさらと水音を立てているところに出て、先を歩いていた彼が水際でかがんで腕を伸ばして、そのせせらぎを録音していたことがあった。ふだん山で水音を聞いても、心地よいなあと思って聞いているだけだったけれども、彼がそうして音を録っているのを見て、音楽をつくる人の耳には水音も音楽に聞こえているのかもしれないと思った。

それから芋づる式に、もう何年も前に奥秩父のみずがきさんに登った折、山頂まで登って下りてきて、ここまで下ればもう安心だからと、沢のそばで少し長めに休んだときに、山登りは初めてだった同行者が、今日はこうして水の音が聞けてよかったです、ふだんの生活では水音なんか聞こえないので、と笑顔をみせたのを思い出した。山頂まで登ったことよりも、沢のそばで休んだことのほうが印象に残ったようなのだ。本当は街のなかでも雨だれの音や鳥の声や木の葉のそよぎも聞こえているのだけれども、どうしても騒音のほうが大きいし、日々のせわしい生活のなかではかすかな音に気持ちをなかなか向けられない。けれども山に来ると、そうした自然の奏でる小さな音がごく自然に耳に入ってくる。

日光の山々もそういう場所だ。もとは火山帯のため、溶岩に堰き止められてつくられた大小の湖沼が山あいに点在し、また山中に蓄えられる水量も豊富で、やがては滝となって落ち、川となって流れ、あるいは伏流水となって一帯を潤し、そこここでさまざまな水音を立てている。

ことに戦場ヶ原から湯滝を経て湯ノ湖までの道は、水の流れの変化に沿って遡る道である。赤沼でバスを降り、コトコトと木道を鳴らして歩いていくと、ひろびろとした戦場ヶ原に出て、草原の向こうに日光の山々が静かに並んでいるのに出会う。少しくもった日には草原に棲む鳥が草の茎にとまって鳴いている声が聞こえる。草木の間をすべるように流れる湯川沿いを、ひんやりと水気を含む森の空気に包まれながら歩き、途中、豪快に落ちる湯滝のしぶきを浴びて滝上に上がると、その先には満々と水をたたえた湯ノ湖の青白い神秘的な湖面が広がっている。湖岸の道を半周する間に聞こえてくるのは、ちょろちょろ、こぽこぽと水の湧く音。カモがちゃぷちゃぷと水面にえさを探す音。その静かな水音を聞きながら歩いているだけで、いつしか心が穏やかに整ってくる。

小さなせせらぎで水音を録音していた音楽家の彼も、そんなふうな音楽をつくりたいと思っていたのだろうか。

Tips

nature

nature

夏の戦場ヶ原の周辺には湿原の花々が花ざかり。日光で群落をつくることからニッコウキスゲと名づけられた、ユリに似た山吹色の花もそのひとつ。夏の終わりにはサワギキョウ、ホザキシモツケ、イブキトラノオ、ワレモコウなどが揺れている。

other place

other place

戦場ヶ原をめぐるコースはいくつかあり、たとえば光徳牧場から逆川沿いをたどる道は平坦で人の少ないコース。他にも竜頭ノ滝から小田代ヶ原、戦場ヶ原を周遊するコース、高山に登ってから戦場ヶ原に出るコースなど、さまざまな道が経験と体力に応じて選べる。

souvenir

souvenir

日光では古くから社寺への献上品に羊羹が作られており、現在では豊富な湧き水を使った水ようかんも名物のひとつ。小箱に入った細長い水ようかんは甘さ控えめ、つるりとした食感で上品な小豆の味わい。店ごとに味が違うので、好みの店を探してみては。

Style1

日光のように標高1500mを超えるエリアでは、夏でも朝夕は涼しく、急な天候の変化もあるので、ウェア選びは慎重に。雨具兼用のアウター、速乾性の高いシャツ、腕回りが楽で軽くて暖かいベストがあると安心。パンツはケガ防止&虫除け対策を考えてロング丈を。足もとは防水性が高く、靴底が厚く安定感のあるトレッキングシューズで。日帰りハイクの場合、ザックは20リットル以下の容量で充分。余分な荷物を持たずに歩こう。

Column
本日の山のおとも

山の道具はいわば信頼のおける友のような存在。

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