環境問題に対して精力的に取り組むトレイルランナー、ステファニー・ハウ。一方で彼女は、多分栄養学・運動科学の博士号を持つ栄養士としての顔も持つ。

そんなステファニーは、先日出産を経験。二足のわらじを履きつつ、体の状態も大きく変化した彼女は、どのように自分のキャリア、ひいては人生と向き合っているのか。インタビューでは、自分の好きなことを見つけ、変化があっても諦めずに挑戦を続けるためのヒントを探った。

あなたにとって、走ることこそが人生で最も好きな活動であり、より高い目標に挑戦することが大切なことだと気づいたのはいつ頃ですか?

私は幼い頃から走るのがとにかく得意でした。小学校の時には年に2回、体力、ランニング、柔軟性を測る体力測定のようなものがあったのですが、私はいつも走ることが一番得意でした。走ることが好きになったのはもう少し大きくなってからで、20代前半の頃だったと思います。当時は勉強ばかりしていたので、しばらく本から離れて頭の中を整理できるものが必要でした。それが走ることだったのです。

私は「何かを達成した瞬間」の感覚が好き。私は幼い頃から、読書や運動など、自分のベストを尽くそうとする子どもで、バレエ、体操、ソフトボール、ランニング、スキーなど、ありとあらゆるスポーツをやっていたし、すべてのスポーツでベストを尽くしたいと思っていました。

幼い頃から完璧主義な性格だったんですね。だから、何事にもベストを尽くさなければならなかった。

ええ、その通りです。それが私に多くの成功をもたらしたのですから。しかし同時に、「自分はもっとできるはず」と自分自身に対して大きな期待をすることでもあるので、難しいことでもあります。目標が達成できなかったときには、ちょっとした落胆や失望を感じてしまうためです。

怪我をしたり、論文がボツになったり、仕事で何かあったりと、自分の思い通りにならないことがあると苦しいですよね。自分にできる最高のクオリティのことが達成できない限り、私は自分自身に厳しくあり続ける。だから、とても難しいんです。

ステファニーさんは栄養士としてもご活動をされています。走ることは原始的で本能的な活動であり、栄養も人間の活動には欠かせないこと。トレイルランニングのアスリートであることと栄養について、共通点やつながりを感じることはありますか?

はい、両者にはとても深いつながりがあり、人間の基礎中の基礎だと思います。体を動かすことは日々の活動であり、運動をした体にどんな栄養を補給するか。これらは、健康で充実した生活を送るための基盤となります。職業としては異なりますが、お互いに相乗効果があるんですね。この2つを理解することは、自分自身の人生に役立つだけでなく、他の人々とのつながりを持ち、協力し合えることを他者に伝えることにも役立っていると思います。

博士号を取得し、教育に携わること、そしてトレイルランナーのアスリートとして活躍するモチベーションは何ですか?

博士号を取得するということは、教育の分野では最高の学位のひとつ。ですから、私にとっては挑戦でした。科学分野で活躍する女性はそれほど多くありませんが、研究に貢献したり、講演をしたり、科学分野で博士号を持つ女性として他の女性のために道を切り開いていけるのはとても素晴らしいことだと思います。その挑戦をすることが、特に教育に関わるキャリアに進む理由の1つでした。

私は、ひとつのことに慣れてくると次の新しいことが気になってくるんです。「次のレベルは何だろう?」ってね。トレイルランのときにも、山の反対側に何があるのかを考え、先に進み続けるというチャレンジが大好きです。

学業を通して自分を奮い立たせることと、ランニングで自分を奮い立たせること、これらはとても関連しています。そしてそれが私の生き方であり、気持ちの持ち方なのです。

研究やアスリートとしてのキャリアを通じて何を目指し、それが社会にどのような影響を与えることを目標としていますか?

私は自身のキャリアを通じて、女性や若い女の子たちに「自分の人生の道は自分で切り開ける」ことを伝えたいです。誰もが自分が情熱を持てることをすべきだと。

私の場合は、研究者とアスリート、どちらもやらないと自分が満たされないことに気づいたんです。それぞれが別の方向だったので少し怖かったですが、自分を信じて栄養学のビジネスを始め、生理学や栄養学のコンサルティングをしたり、それとは別にランニングを追求したりすることは素晴らしいことだと感じるようになりました。やればできる、道は開けてくる。私は女性たちにそんな可能性を示したいと思っています。

栄養学の専門家としては、私が知っていることを人々に教えたいと思っています。その情報を人々と共有し、生活の質や栄養の補給方法、気持ちの持ち方などを改善する手助けができれば本当にうれしいです。誰かとつながり、その人の日々の生活を助けることができるのは、本当に素晴らしいです。

自分の人生の決断は難しいです。一般的に「正しい道」とされている教授の仕事以外に 「自分にはもっとやりたいことがある」と気づき、実行できたのはなぜですか?

私の場合は、「もし働かなくてもいいとしたら、やっぱりこれをやるのか?給料が発生しなくてもこれをする?」 という究極の質問にたどり着きました。そう自分に問うた時、私は大学で教壇に立つことに強いモチベーションを感じなかったんです。ゲストで講義をするのは楽しいですが、毎週朝10時に授業に出なければならないのは楽しくありませんでした。教えること、採点すること、課題を出すこと……。それらは私にとって「我慢できること」でしかなかったのです。「これは自分の人生でやるべきことなのか?経済的な理由以外で、これは自分の人生でやるべきことなのか?」を問い続けました。

私がしたいことは、栄養に関する自分の知識を伝えることであり、自ら体を動かして走ることです。山を走ったり、人をコーチしたり、企業と協力して栄養学的に優れた製品をつくったりしたいと思っています。

ステファニーさんは先日ご出産をされました、おめでとうございます。 アスリートであることと母親であることは直接関係ありませんが、子供を産んだ後のキャリアの歩み方については、男女の違いは確実にありますよね。

驚くほど違います。もし私が男性でパートナーが妊娠した場合、9ヶ月間は平常通りの生活を送ることができ、準備もでき、トレーニングやレースにも参加でき、慣れた日常生活を送ることができます。しかし、私は女性なので、妊娠した瞬間から生活が変わります。体が変化するので、同じ強度のトレーニングや仕事ができなくなるからです。だから、妊娠してから出産するまでの9カ月間は、人生を大きく変えることになるのです。男性にはそれがありません。

女性アスリートが妊娠すると、精神的にも肉体的にも感情的にも多くのことを経験することになります。赤ちゃんが生まれると、赤ちゃんはお母さんに食事を依存していますし、お母さんは赤ちゃんと密接につながっているので、ある程度の分担は可能ですが、少なくとも乳児期には女性が主に世話をすることになりますよね。その後、トレーニングやランニングを再開するまでには、長い時間がかかります。出産後は精神的にも肉体的にも多くの変化があり、しかもその変化は人にとって異なるためガイドブックのようなものはありません。ですから、アスリートであれば、体が回復して治るまでの時間が数カ月かもしれないし、1年かもしれない。本当にわからないのです。

そこで私がとった方法は、自分自身からこれまでのような「自分への期待」を取り除くことです。「この日には復帰できるだろう」とか「この人は2カ月後には復帰して走っていたから私もできる」のような期待は排除し、日々、息子と向き合うようにしています。私は一生ランナーであり続けることができますが、息子が小さな赤ちゃんでいられるのはほんのわずかな期間。だから、私は母親としての役割を担い、それをいまの私の人生の中で少しでも大きなものにしたいと思っています。

初めてのことなので難しいことですが、私はこの挑戦を楽しんでいます。急いでいるわけではありませんが、長期休暇を取ったようなものなので、走ることにも徐々にやる気が出てきました。時間は有限なので、外に出て走ったり、旅行したり、何でもできるわけではありません。だからこそ、いまの時間にもう少し感謝したいと思っています。

感動しました。自分のキャリアを管理し、妊娠し、出産するという課題に立ち向かう方法を知っているように感じます。そしてそれは、あなたが以前に学業やスポーツを両立しながら自身に問い続けた結果、「本当にやりたいこと」を見つけたからではないかと思いました。

ええ、その通りです。自分の体をよく知っていることが助けになっていると思います。学問の視点から専門的な教育を受けた経験があるので、ホルモンバランスなどの体の変化が自分にどのような影響を与えるかわからないのに、つい自分に期待をかけてしまうことにも気づくことができました。いまは深呼吸をして、一日一日を大切にしていかなければいけません。これまでの体とは違いますからね。

ただし、「出産後は第二のキャリア」のような捉え方はしていません。肉体の変化と人生は別。人生は連続的なものと捉えています。妊娠は私の人生の大きな部分を占めていて、登るべき大きな山でした。いま私は、その山から降りる手順を模索しています。私にとってはある意味次のフェーズですが、いまでも私は私であり、やり直しているわけではなく、ただこれまでとは違うアプローチを選択しているだけなのです。自分が本当にやりたいことはぶれずに続けていきながら、途中で起きる変化さえも楽しめるような人生を歩んでいきたいと思います。

Vol.2に続く

PROFILE:

ステファニー・ハウ (Stephanie Howe)
多分栄養学・運動科学の博士号を持つステファニー・ハウは、運動学、生理学、運動心理学、そして栄養面の知識を持ち合わせているためウルトラランニングの世界で大きなアドバンテージを持っている。彼女が博士号を取得する間、初挑戦ながら有名なウエスタン・ステイツ・100での優勝など世界的に有名なウルトラの大会で新記録や表彰台を獲得した。

彼女のトレイルランニングへの可能性を見出したのは、ボーズマンのモンタナ州立大学時代の全米ノルディックスキーでクロスカントリーランナーであったことが関係している。現在はオレゴン州ベンドを拠点に、コーチとスポーツ栄養士として情熱を注いでいる。

text by Daniel Takeda
edit by Ryutaro Ishihara