知床に流れつく流氷が、遥々ロシアのシベリアからやってくるということを前項の石川氏が教えてくれた。海が凍るというのは非常に珍しい現象で、日本では知床をはじめとするオホーツク海沿岸だけしか見ることができない。
いったい流氷はどのように生まれ、知床にまでたどりつき、そして知床の海に何をもたらすのか、ここで詳しくみてみたい。
まず、流氷は例年11月上旬にオホーツク海北西部のシベリア沿岸で生まれる。それがシベリア大陸から吹く北西の季節風や南下する東樺太海流に乗ってじょじょに流され、崩れたり大きくなったりして、1月下旬には100キロ離れた北海道のオホーツク海沿岸まで運ばれてくる。日本では、知床半島西岸にもっとも早く接岸し、2月になるとオホーツクの海は真っ白な氷に覆われる。流氷面積が最大になる3月上旬以降は気温も上がり、解けたり、来たルートを逆にたどりながら沿岸から流氷が離れる「海明け」を迎える。そして、オホーツク海にある流氷は6月中旬にすべて消滅する。
地図を見てわかるように、周囲をシベリア大陸、カムチャッカ半島、千島列島、北海道に囲まれたオホーツク海は湖に似た地形を持っており、隣接する太平洋に比べても水深が浅く、冷えやすく凍りやすいという特徴がある。
さらに、通常、海は上下の海水が混ざり合いながら(対流)冷えていくが、オホーツク海にはアムール川から大量の淡水が流れ込むため、海面から50mに塩分濃度の薄い表層が生まれる。濃度の薄い層は凍りやすい上に、濃い層とは混ざり合わないため海全体の対流が起きない。そこにシベリア大陸からの猛烈な寒気が押しよせると表層の海水が一気に冷やされ、短時間で凍り流氷が生まれるのだ。
流氷の塩分濃度は海水に比べて薄いため、凍るときに大量の塩分を放出する。その塩分を多く含んだ海水(ブライン)が海中に沈んでいく過程で、海全体が掻き回されて海底の栄養分が押し上げられる。
また、流氷の下で繁殖する植物プランクトンの群れ(アイスアルジー)は氷が解けると爆発的に増殖し、それを餌にするオキアミなどの動物プランクトンや魚が集まり、そしてそれがまた大型の魚類、アザラシ、鳥類の餌になる。
流氷が接岸するとオホーツク海は閉ざされるが、その間も流氷は豊かな海を育み、知床の生態系にとって不可欠な食物連鎖の起点となっている。