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土井 陵
Trail Runner
当然を、積み重ねる。
トレイルランナー、土井陵のトレイルランニングへの思想。

「速いから偉いわけではないんですよ」。

トレイルランナー、土井陵。昨年の「トランスジャパンアルプスレース(TJAR)」において圧巻の優勝を遂げた。身一つで日本アルプスの高峰を越え、日本海と太平洋を結ぶ415キロを8日以内に走破する大会で、土井の記録は4日17時間33分。大会記録を6時間余り短縮した。前人未到の結果ながら土井は言う。「想定よりも遅いゴールでした」。この発言は奢りではない。土井にとって意味を持つのは、緻密な下準備と運とがもたらす結果の答え合わせと、自身にとって満足ゆく走りだったか否かだ。勝敗へのこだわりはないという。競い合う他の選手は敵ではなく「自分の力を高めてくれる存在」とさえ形容し、さらに続ける。

「速いから、勝ったから、人の『上』に立つとかってことじゃ全然ない。一生懸命であれば、どんな人でもどんなスピードでも、誰かの心を打つと僕は思っています」

取材中にホームグラウンドである生駒山を走る土井

土井を訪ねて大阪へ向かう。合流したのは正午過ぎだった。この時点で、土井の活動時間はすでに21時間に達していた。勤め先である消防局の夜勤を終えたばかりだが、睡眠不足や疲れは見られない。「調子の波も、感情の波も作らんようにしています。大会前にコンディションを聞かれても、良くも悪くもなくいつも『普通』。必ずしも一定は維持できてないかもしれませんけど、意志としてはそうありたいですね」。移動の車中でも休眠はとらない。それどころか土井は軽妙なボケや的確なツッコミを交えたトークで、取材メンバーを和ませてくれた。

走る探求者

ホームグラウンドの生駒山は、奈良県と大阪府の県境に位置する。標高642メートルの山頂付近にある展望地「ぼくらの広場」を周遊する約20キロのコースはデイリートレーニングにちょうど良いという。「トレランって、頑張らないといけない、しんどいもんじゃないんですよ」と広葉樹が茂る細い林道を土井は軽快な足捌きで流す。霙混じりの冷雨を物ともせず、足元の悪いサーフェスや斜面を一息で駆け登り、リズミカルに下る。小さな目標を立て、達成するミニゲームを道中で見出す土井が「いろんな遊びがあるんです」と教えてくれた。ひらけた野原を抜け緩勾配を越えると、広大な大阪平野が眼下に広がった。

2023年9月 TOR DES GÉANTS (330km)にてイタリア フェネトレ峠を越えたあと(撮影 Kaz Nagayasu)

「僕はこだわりやさんやからね。練習の組み立て方法とか、どんな走り方がええんやとか、そんなん調べるのが好きなんですよ。答えがわからんもんばっかり。だから調べ続けています。ほんでずっと、トライアンドエラーです」

「よりよい走り」とは。哲学者さながら土井は常に問い続ける。解を求め、自らを被験体とした人体実験を繰り返す。「それが面白い」。身一つで至れる高みへの探求は、死ぬまで終わりそうにない。

「できる探求も努力も当たり前。明確にやったほうが良いなら絶対にやるべきなんです。決めたらあとはやるだけですよ」

土井にとってはごく当たり前のことで、綺麗事ではない。むしろなぜ皆実行しないのか。己が描く理想に近づくために、自分のできることを淡々と積み重ねているに過ぎないと土井は不思議がる。

2023年9月 TOR DES GÉANTS (330km)にてフォンテーヌ峠周辺の土井。珍しく硬い表情を浮かべるが、歩みは止めない。(撮影 Kaz Nagayasu)

驚異的な結果を残したTJAR2022の装備選択に、「理想の走り」を求める土井の凄みが窺える。装備の総重量は3.5キロで、このうち水以外の食料が1.8キロ。寝具は簡易的な緊急用シュラフカバーだけで、10グラム単位の軽量化を図り、筆記具はボールペンの芯のみである。休息のための快適性を捨て、他選手がよく携帯するという、モチベーション維持が目的の「ご褒美」も見当たらない。日本一過酷なエクストリームレースに挑むには、土井の装備は心許なさを覚える。「自己責任の法則」を謳い、極限まで山と己の対峙を選手に求めるこのレース中、選手は屋内での睡眠も、山小屋での食料購入も許されないのだ。

「荷物を減らせば、スピードが出ますから」

土井はことも無げに言う。無謀ではない。確信がある。数多の検証を経て、自分の中で考えうる最も合理的かつ効果的な選択をしたにすぎない。快適な睡眠も美味しい食事も、早く下山しさえすればありつける。「言うは易し行うは難し」と人は言うが、土井はやり遂げる。冒頭で述べた競技結果が全てを物語っている。

極限に至る道

土井にとって真の敗北とは、有事にすべき判断と実行ができないことに尽きる。どれだけ万全を期しても、ひとたび山に入ればなにが起こるかわからない。気象や標高などによって刻々と表情を変えるフィールドが舞台では、過去の成功体験が再現できるとも限らない。コンディションも状況も想定はできても、最後は運次第だ。「いかなる時も最悪な状況を事前想定し、最小のダメージかつ最大のパフォーマンスを出す」。人命を預かる消防から影響された職務思考は土井の通奏低音として流れる。

「なにかが起こった時に、『一筋縄ではいかんなあ』って思いますよ。その時はしんどいし苦しいですけど、案外ニヤリとしてます。辛さの中にも変化があって、自分のできることを冷静に分析して現状を打破する楽しさがトレランにはあるから」

2022年4月 UTMF(156km)にてフィニッシュ直前の土井

理想の走りを探求し続ける土井にとって、失敗は「失敗」ではない。次なる探求課題に過ぎない。さらに言えば、第三者から揶揄されようが、ことを成し遂げようとした先にある「失敗の瞬間」にこそ極限を見出している。

「極限って、もしかしたら死ぬその時のことなんじゃないかと思いますよ。乗り越えられれば、極限じゃないんです。今!と思っても、少し休んで体が動くならばそれは違う。生きているってことは、僕はまだ極限に達してないってこと。死にたくはない、って言うのも違うけど、もし自分のやりたいことをやっての『挑戦的な死』なら、しゃあないかな」

ただただ新しい自分を知りたい。自分がどこまでできるのかを知りたい。世界を知りたい。身を滅ぼしかねないほど強烈な好奇心こそ、土井が足を前に進める原動力なのだ。

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天野 和明
Mountain Guide / Alpine Climber
シンプルに、美しく。
アルパインクライマー、天野和明の登山への思想

「山登りは、自由なものなんですよ」。
アルパインクライマー、天野和明。ヒマラヤの8,000メートル峰を6座登頂し、登山界のアカデミー賞とも呼ばれる第17回ピオレドール賞を日本人で初受賞した経歴を持つ。
このような数多の難関を乗り越えたと聞くと、豪快な冒険家を想像するだろうか。しかし天野は鋭い眼光は持つものの、人当たりよく穏やかで、そのイメージとは大きく異なる。冒険家どころか「登山家」という肩書にすら違和感を抱いている。彼にとって「山に登ることはごく自然な行為」というのが一つの理由のようだ。導かれるように山に登り、そして下りてくる。それがまるで、日々の延長であるかのように。

取材中にクライミングのゲレンデである鷲巣岩を登る天野

天野の自宅がある山梨県を訪ねた。今回、取材メンバーが目指したのは、富士五湖の一つである西湖近くにある十二ヶ岳だ。「少しここから急になります」と天野が言う先は獣道だった。山岳ガイドも務める彼は、登山の素人も多いチームに対して淡々と指示をしながら登っていく。「このあたりは滑るので、ロープにつかまってください」。言われた通りに細いロープをつたいながら、木の根や岩場を越えて歩いた。ようやく登り切った先に、20mほどの岩壁がそびえていた。クライミングのゲレンデである鷲巣岩である。天野は静かに荷物を下ろし、流れるような動作でカラビナやロープを扱い、軽やかに岩壁を頂上まで登った。青空の奥に、西湖が広がる。

「日本って、山登りにとても適しているんです。北すぎず南すぎずの絶妙な緯度で、北海道は雪の質もいいし、沖縄は冬でも温かい。すごく地形に恵まれた国です。その価値に世界の人が気づいて観光で来るようになったのに、僕ら日本人がそこを楽しまないのはもったいない。すごくいい資源を持っているんです。山登りを今までしたことがない人にも、これは知ってほしいですよね」。

登山において十分に華々しいと言える経歴を持つ天野だが、自身のスタイルを押し付けたり、他のやり方を否定したりするような言動は一切ない。

「山って、極端に言えば自由に登っていいものなんです。競技にはルールがあるけれど、山はただの野外。登山道だって管理はしきれない。別にどこに誰が行っても、なにしてもいい場所なんです。既成概念にとらわれてほしくはない。でも、危険への対応や効率のよい方法、道具の使い方は教えられる。登山学校ではそういうことを伝えています。でもそれも、強いるつもりはないんです」

登山は大人の行為
2006年3月 チベット シシャパンマ(8027m)北壁を無酸素アルパインスタイルで登り切ったあと 中央峰へのトラバース(撮影 加藤 慶信)



天野は登山家・植村直巳を輩出したことでも知られる明治大学の山岳部で本格的に登山を始め、現在に至る。大学時代に教わったことが、現在もいきているという。たとえば、1年生は4年生より知識もなく弱い存在である。ある種のサークル活動では、先輩方に手厚くサポートされるだろう。しかし山岳部では、1年生だからといって守られず、代わりにとことん鍛えられる。山では、平等だからだ。余裕がなかろうと、装備がなかろうと、自然の脅威は同じ条件で平等に襲ってくる。「弱い人は強くならないと危ないという考え方があるんです。誰しもが平等。山で負けることは最悪、死につながるから」。

天野が実践するような登山と死は密接である。天野の山仲間でも、山で命を落とした人も少なくない。2011年には天野自身も滑落して、両足骨折という大怪我を負った。若くして山で死ぬことが不幸か。高齢で病院で死ぬことが幸せか。彼も死について考えることはある。しかし今決めていることは「生きて下りてくること。親より長生きすること」だという。結婚し、子どもが生まれ、変わった部分でもあるそうだ。

「登山は、大人の行為です。危険や、究極的には死を引き受けるということでもある。でも、若いときにしかできない登山もある。20代のころの登山を今できるかといえば、できません。ここでいくか引くかと考えたとき、突っ込むことはもうできないと思う。別に悪いことではないけれど、寂しさは感じます。でも視野が広がって経験を積んだ今の自分にしかできない登山もある」。

シンプルな方が、美しい
2023年7月 ヨーロッパアルプス ワイスミース ノースリッジのガイドを終えて(写真提供: 天野和明)

天野は登山の際、酸素ボンベを使わない。それは彼が尊敬する登山家、ラインホルト・メスナーが言う「フェアなスタイル」という思想からも影響を受けているという。酸素ボンベを使えば、体感として約2000m分低い山を登る感覚でいられるそうだが、天野はアルパインスタイルという極力装備に頼らず、登る人自身の力を重視する方法を選んでいる。理由は、「シンプルな方が美しいと思うから」。酸素ボンベや固定ロープを使ったり、シェルパなどの力を借りたりすれば、より困難な山も登れるかもしれない。しかし、難関をクリアすることだけが彼の目標ではない。「シンプルに登れる人たちも、少ないけれどいる。どちらが偉いわけじゃないけれど、憧れるんですよ」と話す。これまで成し遂げた登頂も、全てが無酸素だった。

「苦労した登山は印象に残っています。実は山頂の景色は全然覚えていないのですが、山頂に立つか立たないかは、大きな差なんです。それは成功したか、失敗したか、ということだから。成功体験を積むと、次へと繋がります。もちろんいい失敗もたくさんありますが、登頂できたかどうかはその後の展開が違ってくる。僕も成功した登山の積み重ねで今があります」。

天野はまたネパール遠征に出かける。これまでに登った8,000m峰に比べれば決して高い山とは言えないが、標高6,960mの山に初めてリーダーとして若手とともに挑む。40代の彼が、これからどんな登山をするのか、どんな挑戦をするのか。周りがなにを思おうと、天野はただありのままに、登り続けるのだろう。

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Special Interview Takashi Doi

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理由など、あるのだろうか。

より遠くへ、より高みへ。
次の一歩を踏み出すときの、
強い意思を前へ進めるために。

人の挑戦は、止まらない。

About “SUMMIT SERIES”

About “SUMMIT SERIES”

サミットシリーズは、ザ・ノース・フェイスの最高峰ラインである。厳しい環境に身を置くアスリートとともに、何度もテストを重ねながら開発してきた。目まぐるしく変化する気候やコンディション、あらゆる状況に対応するために、最先端の技術が詰まっている。

実用性と機能性を追求した商品を開発すると同時に、革新的な発想の技術も生み出してきた。

過酷な環境に立ち向かい、挑戦するすべての人のために、サミットシリーズは前進し続ける。

Interview

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土井 陵
Trail Runner
当然を、積み重ねる。
トレイルランナー、土井陵のトレイルランニングへの思想。
天野 和明
Mountain Guide / Alpine Climber
シンプルに、美しく。
アルパインクライマー、天野和明の登山への思想

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History

歴史

サミットシリーズは最高峰ラインとして2000年に名付けられた。ザ・ノース・フェイスが様々な人に向けてウェアを開発するなかで、世界の名だたる高峰や人跡未踏の極地への遠征など、よりエクストリームな環境を目指す人に向けて生まれた。

Quality

プロアスリート品質

“ATHLETE TESTED. EXPEDITION PROVEN.™ ” というコンセプトの通り、サミットシリーズのアイテムは先端を行くアスリートとともに開発される。-40℃を下回る厳冬期や100日間以上の長期間使用した際の耐久性、風速15mを超える環境下など、目的に合わせた条件での試験が繰り返されている。

Unity

一つのサミットへ

これまでのスティープ(滑る)とフライト(走る)と サミット(登る)の3つが、新しいサミットシリーズに統合された。それぞれの分野を横断し、一人ひとりにとっての「頂上」を目指すことをサポートするシリーズへと進んでいく。

SUMMIT Identity

01

Philosophy

デザインの哲学

フィールドでの実用性と革新性を両立させる、先進的なデザイン。フォルムやカラーリングを含めて、削ぎ落とした美しさが際立つデザインを目指している。

02

Technology

革新的な技術

極限環境は保温性と透湿性、耐久性と軽量性など、相反する条件が求められる領域でもある。革新的な技術を追い求め、既成概念にとらわれない新素材やアイデアを、アスリートとともに開発している。

03

Exploration

共に冒険へ

ザ・ノース・フェイスは人類の冒険の歴史のなかで、さまざまなアスリートの挑戦をサポートしてきた。共に進むことによって、より多くの人に伝えられる技術も培ってきた。これからもすべてのアスリートとともに、頂点を目指していく。

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