02
山の力
#SACHI
WATANABE_
MOUNTAIN GUIDE

自然の怖さも美しさも、
そして自分と向き合う楽しさも、
山の中から伝え続ける。

PROFILE
渡辺佐智 / SACHI WATANABE
登山ガイド
登山ガイドからバックカントリーガイドまで四季を通じて活躍中。雑誌、テレビなど山のガイドとして出演多数。自然に関する知識も豊富。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド、JAN日本雪崩ネットワーク認定レベル2、日本赤十字社救急救命員、ウィルダネスファーストエイド90時間、尾瀬保護財団認定登山ガイド。

自分という人間が、自然の中で
生き物としてどれだけ通用するのか。
体と心と向き合いながら登っていく。

登山ガイドとして働き始めるきっかけは何だったのでしょうか。

登山ガイドを始めて15年です。母が登山好きだったので、子供頃から一緒に山に行っていました。その頃からすごく山が好きだったかというとそうでもなくて、「連れて行かれてた」という感じ。山の魅力に気がついたのは、社会人になってバックカントリーと出会ってからです。その当時よく行っていた上州武尊山でとある山岳ガイドと出会い、その人のアシスタントガイドとして山の仕事を手伝い始めたのが登山ガイドになったきっかけです。

はじめは、山のどんなところに魅力を感じたんですか?

「雪山ってなんて美しいんだろう」と思ったんです。その美しい景色、できるだけ新雪のエリアに辿り着くためにはどうしたらいいのか。新雪のエリアというのはだいたいどのあたりで、そのエリアに行くには雪崩用のビーコンを持たなければならない……と、少しずつ自分で勉強したり研修を受けるなどして知識を身につけていくようになりました。

それまでの山の体験と、何が違ったのでしょうか。

バックカントリースキーは、トレイルがなくなった新雪の中で、どこへ進むべきか自分自身で判断をして進んでいきます。その自由度がすごく好きですね。スキーをしたり山の仕事を手伝ったりしているうちに、もっと自然の近くで仕事がしたいと思うようになり、29歳でそれまで勤めていた会社を辞めました。夏と冬はアシスタントガイドをして、春と秋は東京で派遣社員として仕事をするというサイクルで何年か過ごしてから、登山ガイド1本に絞って生活ができるようになりました。

登山ガイドとして働くようになった今、渡辺さんにとって山はどんな存在ですか。

山は、自分の行動がすべて跳ね返ってくる鏡のような存在。日本の登山は信仰登山から始まっていて、古くから畏怖する対象でした。今でも登山をしていると、その感覚に近いものを感じるときがあります。仕事以外では、「行きたくない」と感じたときには、その気持ちに従ってなるだけ行かない。長く続けるために好きな気持ちを一定以上に保つ、私の山との付き合い方です。

女性の登山ガイドとして、強みはどんなところにあると思いますか。

山のガイドは、圧倒的に男性が多いんです。女性ガイドとして、何ができるか、何をしたいかということはずっと考えていることですね。些細に思えるかもしれませんが「話しかけやすい」というのは強みだと思っていますし、そうありたいと願っています。ちょっとした体調の変化や重要じゃないように思えることでも、山では積み重なったら大きなダメージに繋がるかもしれない。だから、話しかけやすいキャラクターであることは意識しています。

楽しさと同時に、
怖さを伝えることが
サポートだと思っている。

渡辺さんが考える「山の楽しみ方」とはどういったものでしょうか。

山には、「自分と向き合っていく楽しさ」があると思っています。ピークに行くだけが楽しみではないし、コースタイムの何割で歩いたか競うものでもない。自分にとっていかに充実した登山にできたか。自分らしい楽しみを、見つけてほしいですね。一般的に登山は、他のスポーツと異なり「限界を超える」ということを目指しません。自分の100%を出し切るのではなく、何かあったときのために20%くらいの余力は残しておきたい。自分の状況を把握しながら進むことも登山を楽しむ重要な要素です。

登山ガイドとして大切にしていることは何でしょうか。

山の中では小さなアクシデントが重なり大きな事故に繋がる。その予兆を見逃さない様に、神経を張り巡らせている感覚です。登山を始めた人には、長く続けてほしい。登山ガイドである私は、楽しさを伝える立場でもあるのと同時に怖さを伝える責任もあります。知らないでいる方が楽ですが、山の怖さを知ってもらうことはすごく大切です。楽しいときには、それにどういうリスクが伴っているかを伝えることがサポートだと思っています。

「山の怖さを知る」とは、どういったことを言うのでしょうか。

まず自然は、状況が刻々と変わっていくことを知ってほしい。状況が変わるなかで、自分の体の動かし方を知っているのと知らないのとでは大きく状況が変わると思います。リスクを考えてどこまで備えられているか。危険を感じた時にどう対処できるか。都会で暮らす生活サイクルの中では、自分という人間が生き物としてどれだけ通用するのか感じづらいけれど、山の中ではそれが試されます。生き物としての勘を磨いていくことで、感じられることも増えていくと思うんです。


  • Photo / Chikashi Suzuki
  • Movie / Yu Nakajima
  • Illustration / Death Valley, 180 x 150 cm oil color on paper, 2015 EOMYUJEONG
  • Interview / Rio Hirai
  • Cooperation / Moojin Lee