第二次世界大戦後に普及し始めた工業プラスチックは瞬く間に広がり、私たちの生活に深く浸透しました。
石油を原料として作られるこの素材は軽量かつ耐久性があり、好きな形に形成できるという性質を備えている上に安価に生産が可能なため、衣類だけでなく、器や身の回りの様々な工業製品を代替しました。
こうしてプラスチックは大量生産・大量消費という経済システムと共に、「文化的な民主化」のシンボルとして世界全体を覆ったのです。
こうした素材の革命から半世紀弱が過ぎた現在、その利便性の代償が地球規模の問題として私たちの前に立ち現れました。
「海洋プラスチック汚染問題」は近年様々なメディアに取り上げられるようになったものの、その具体的な内容はまだ一般的には広く知られていません。
持続可能な社会を実現するための新しい地図を描く「THE NEW ATLAS」の第4弾では、「海洋プラスチック」が海へ流れ込む仕組みや海の生態系から私たちの生活に及ぼされる影響、そして、この問題を解決するために私たちができることを特集します。

監修 / 中嶋 亮太

国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC) 研究員・博士(工学)
2009年創価大学大学院を修了後、同大学助教、JAMSTECポストドクトラル研究員、米国スクリップス海洋研究所研究員を歴任。2018年よりJAMSTECに新設された海洋プラスチック動態研究グループに在籍し、海洋プラスチック汚染について調査研究を進めている。プラスチックをなるべく使わない生活を提案する「プラなし生活」https://lessplasticlife.com/の運営も務める。
近著に『海洋プラスチック汚染 「プラなし」博士、ごみを語る』(岩波書店)。

1 What Is Ocean Plastic?

海を漂うゴミたち

現在、海に存在するプラスチックの総量はおよそ1億5000万トンにのぼり、2050年には海に生息する魚の数を超えるとも言われています。(*1)
しかし、「海洋プラスチック」は、海岸や海面、さらには海底に存在するゴミを合わせた「海洋ゴミ」の1種に過ぎません。もちろん、プラスチック以外にも「海洋ゴミ」には、木やガラス、セラミック、紙、繊維、ゴムなど、私たちの生活を支える全ての素材が含まれます。
では、なぜプラスチックだけがこんなにも深刻な問題として捉えられているのでしょうか?

大半の自然由来の素材は時間の経過とともに分解されます。しかし、海に流れ込んだプラスチックは非常に丈夫なため、数百年間消えないゴミとして地球上に存在し続けるのです。(*2)さらに、その軽さから、風や海流に乗ってどこまでも漂い続けるため、様々なカタチで海洋環境や生物・生態系へと悪影響を及ぼしています。さらに、近年の研究では、微細な海洋プラスチックが大気中に放出され、世界のあらゆる場所へと広がっている事実が発覚しました。(*3)
現在、プラスチックが原因で引き起こされる人間への直接的な害は確認されていませんが、何かしらの影響を及ぼす「可能性」があることは明確です。

(*1)The New Plastics Economy Rethinking the future of plastics (2016)
http://www3.weforum.org/docs/WEF_The_New_Plastics_Economy.pdf

(*2)Persistence of Plastic Litter in the Oceans (2015)

(*3)Examination of the ocean as a source for atmospheric microplastics (2020)
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0232746

海洋プラスチックの種類 

一括りに「海洋プラスチック」と言っても、その大きさに応じて3種類の異なる呼び方が存在します。

1つ目は、数メートルの漁具や普段私たちが使うプラスチックボトルやレジ袋、発泡スチロールのように数十センチほどのサイズである「マクロプラスチック」です。しかし、定義自体はとても曖昧で、次に紹介する「マイクロプラスチック」よりも大きいものを全て含みます。

次に小さいものが、「マイクロプラスチック」です。サイズが5mm以下、1マイクロ以上のプラスチックを指すもので、これらの多くはプラスチック製品が様々な過程で細かくなって出来上がります。「マイクロプラスチック」はプランクトンを含め、多様な生物が摂取することで食物連鎖の中に侵食するため、特に問題視されています。

さらに、それよりも小さい「ナノプラスチック」という種類も存在します。サイズは1マイクロメートル以下で「マイクロプラスチック」がさらに細分化したものと考えられています。しかし、あまりにも小さいため、現在の技術ではどれくらい海に存在するのかを調べる方法が確立されていません。
一方で、ナノプラスチックは消化器官を抜け出して、臓器や血液などの循環器に入り込む可能性があるため、近年多くの研究者が研究を進めています。

2 Where Does Plastic Come From?

プラスチッックはどこから来るのか?

無人島から北極、さらには深海にいたるまで、プラスチックが存在しない海はもはや地球上に存在しません。
しかし、この膨大な量のプラスチックは一体どこから来ているのでしょうか?

2016年に行われた調査では、海で見つかるゴミの60-90%(時には100%)がプラスチックだと発表されました。(*4)さらに、海洋プラスチックの80%は陸から発生していると考えられており、その主な発生要因は「1. 不適切な廃棄物の管理」、「2. ポイ捨て」、「3. 不本意な流出」の3つが挙げられます。

1. 不適切な廃棄物の管理

海洋プラスチックの大部分は人口が密集している地域や、ゴミの処分を十分に管理できていない場所から漏れ出ています。ゴミ処理は、収集、輸送、処理、廃棄という4つのプロセスに分かれています。しかし、どれか1つでも十分に機能していないと、自然環境へとゴミが流出してしまうのです。
こうしたプロセスが十分に発展していない国の多くは発展途上国ですが、東南アジアには先進国から出たゴミを処理するための場所も多く存在しているため、決して私たち自身も他人事だとは言えない状況になっています。
また、先進国でもマイクロプラスチックを含む化粧品の使用や、化学繊維でできた衣服の洗濯によって、マイクロプラスチックが下水から流れ出ています。

2. ポイ捨て 

街でポイ捨てされたレジ袋やペットボトル、タバコの吸い殻などは、風に飛ばされるか河川に流入して最終的に海へとたどり着きます。しかし、直接的な原因となっているのは、やはり、浜辺で捨てられるゴミの方です。
米国のNGOオーシャンコンサーバシーによる統計では、世界中のビーチで見つかるゴミのTOP10は、容器方法などのプラスチックで占められていました。(*5)

また、このリストには掲載されていないものの、結婚式やイベントで使われる風船も大きな問題の1つと言われており、過去25年の間にビーチでは120万個の風船が回収され、その数はビーチで確認された海洋ゴミの1%を占めています。
さらに、空で破裂してバラバラになった風船が海に落ちると、生き物が間違って食べてしまったり、風船の紐が生き物に絡んでしまうこともあり、空へのポイ捨てとして注意が必要です。

3. 不本意な流出

私たちの生活はプラスチックに支えられているため、どれだけ気をつけていても流出をゼロにすることはできないでしょう。
特に製造業や輸送業、農業、漁業などでは思わぬアクシデントや自然災害などによって、定期的にプラスチックが不本意なカタチでゴミとして漏れ出ています。
例えば、台風で吹き飛ばされてしまった農業のビニールハウス、切れてしまった漁船の魚網、あるいは海上輸送中のコンテナ紛失や摩擦で擦り切れたタイヤ、さらには一部の塗料や接着剤など、あらゆるところで使用されているプラスチック製品もまた、自然環境の中に流れ込んでいるのです。

3 How Does Plastic End up in the Ocean?

プラスチックが海で行き着く先とは?

陸で発生したプラスチックが海で行き着く先とは? それは、プラスチックの密度や海流の流れによって決まります。
プラスチックは材質によって密度が異なるため、海水よりも密度の低いものであれば海面に浮かび、密度が高いものは海中へと沈みます。
現在製造されているプラスチックの半分近くは海水よりも軽いため(*6)、海流と風に流されて世界中の海を漂流し、一部は海岸へと打ち上がります。

漂流するプラスチックの行き着く場所 

軽いプラスチックは海流や風にゆっくりと流され、ジャイア(Gyre)と呼ばれる世界に5つ存在する巨大な海流のループ地帯にたどり着きます。
ジャイアの中心部には世界中から流れ出たプラスチックが流れ着くため、それぞれが巨大な海洋プラスチックの集積所のようになっているのです。
もちろん、ここに漂うのは目に見える大きなプラスチックだけでなく、肉眼ではほとんどわからない5mm以下のマイクロプラスチックも多く含まれています。
特に、日本に最も近い北太平洋環流はアジア諸国から流れ出たプラスチックが黒潮に乗って流れ込み、世界でも最もマイクロプラスチックが多く存在する地帯の1つとして知られています。

(*4) Building a Clean Swell by Ocean Conservancy (2018)
https://oceanconservancy.org/wp-content/uploads/2018/07/Building-A-Clean-Swell.pdf

(*5)Tracking Trash 25 Years of Action for the Ocean (2017)
https://oceanconservancy.org/wp-content/uploads/2017/04/2011-Ocean-Conservancy-ICC-Report.pdf

沈むプラスチック

しかし、海面に浮かんでいるプラスチックゴミは「海洋プラスチック」全体のごく僅かに過ぎず(全体の1%以下)、そのほとんどは海底に沈んでいるのではないかと疑われています。(*7)
これら残りの99%は「行方不明プラスチック(the missing plastics)」と呼ばれ、その行き先は長年謎とされてきました。しかし、欧米や日本の研究によって海面に漂うマイクロプラスチックはおよそ3年から数年かけて海面から失われるというモデルが発表され(*8)、大部分のプラスチックは深海底に沈んだと推測されています。
では、海水よりも軽いプラスチックはどのようにして海の底へと沈んでいくのでしょうか?

「生物的な輸送」

その原因の1つは、マリンスノーと呼ばれる自然現象による「生物的な輸送」だと考えられています。(*9)
本来マリンスノーとは動植物プランクトンの分泌物、死骸、あるいは動物プランクトンの脱皮殼などが微生物に覆われて雪のように表層から深海へと降っているものですが、マイクロプラスチックも微生物に包まれてマリンスノーとなり、海底へと沈んでしまうのです。

「物理的な輸送」

そしてその他の原因とされているのが海流によって深海へと運び込まれる「物理的な輸送」です。
水は温度が低く塩分が高い程重くなります。北極に近いグリーンランドや南極には急激に冷やされた大規模な海水が深層へと沈み込んでいく地帯が存在し、この沈み込みと一緒にマイクロプラスチックも海底へと運ばれてしまうのです。沈み込んだ海水が深海底をゆっくりと流れる現象は深層大循環と呼ばれ、流れに乗ったプラスチックは数千年という長い年月をかけて世界の海底を旅しながら再び海面に浮上するのです。

(*6) Production, use, and fate of all plastics ever made (2017)
https://advances.sciencemag.org/content/3/7/e1700782

(*7) Marine Litter Vital Graphics (2016)
https://www.grida.no/publications/60

(*8) All is not lost: Fragmentation of Plastic at Sea. (2017)
https://dspace.library.uu.nl/handle/1874/380109

(*9)Rapid aggregation of biofilm-covered microplastics with marine biogenic particles (2018)
https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.2018.1203

4 Influence on the Ecosystem

生態系への影響

プラスチックゴミに絡まってしまった海洋生物や、エサと間違えて誤飲(誤食)したために死んでしまった鳥たちなどの悲惨な写真を目にしたことがある人も多いかも知れません。何らかの形でプラスチックゴミの被害を受けた海洋生物は既に分かっている範囲でも700種類以上にも及びます。(*10)

例えば、捨てられた漁網が海底で様々な生物を絡め取っていくゴーストフィッシングと呼ばれる現象では、魚やカニといった比較的小さな生き物だけでなく、ウミガメやクジラといった大きな種類の命までも奪っています。それ以外にも、海を漂うゴミ袋が海底の生物に覆いかぶさることで、窒息などの原因になるだけでなく、サンゴ礁に生息するサンゴの光合成が阻止されたり、病気を引き起こすなど、周辺の生態系そのものが壊滅的なダメージを及ぼす場合も確認されています。
さらに深刻な問題は、生き物がプラスチックを誤飲することで発生する食物連鎖レベルでの影響です。

プラスチックを食べる生き物たち

プラスチックが食べられてしまう過程や、それによる生態系への影響は、プラスチック自体の大きさやそれを食べる生物によって異なります。
クジラやウミガメ、鳥などは大きなプラスチックを普段摂取しているエサと間違えて食べてしまうことがあり、それによって臓器が傷ついたり、消化されないプラスチックが原因で満腹だと錯覚し、栄養失調を起こして死亡することがあります。

こうした大型生物への影響は比較的わかりやすい問題として以前から問題視されていましたが、もう一方の「マイクロプラスチック」が影響を及ぼす生物の種類はそれよりも多く、かつ深刻です。
サイズが5mm以下で1マイクロ以上のマイクロプラスチックは、貝類やサンゴ、カニや魚類、プランクトンなどの小さな生き物までもがエサと間違えて摂取しており、こうした生き物たちを通じて食物連鎖に組み込まれることで、最終的には人間を含むすべての生物の体の中にプラスチックが入り込むと考えられています。

それよりもさらに小さいナノプラスチックは、消化器官を抜け出して臓器や血液などの循環器に入り込む可能性があるため、近年特に問題視されています。また、プラスチックを加工する際に使用される添加物には有害な化学物質が含まれている場合が多く、そういった物質が体内へと入り込んだ際の影響を明らかにするための様々な研究が現在行われています。

さらなる可能性

さらに「外来種の伝播」と「新しい生態系の発生」というさらなる問題も近年では危惧されています。

軽くて丈夫なプラスチックは海を漂い続けますが、そこに付着した生物がヒッチハイクするように海を渡り、本来は生息していない環境へと伝播することがあります。この現象では生物だけでなく、病原菌なども運んでいると指摘する科学者もいます。

また、生物を運ぶだけでなく、漂流するプラスチックが1つの島のように新しい生態系を生み出してもいるといったケースも確認されています。これは「プラスチック生命圏」と呼ばれており、皮肉にも数多くの生命に新しい住処を与えているのです。

(*10)The impact of debris on marine life (2015)
https://indicit-europa.eu/cms/wp-content/uploads/2017/07/Gall-Thompson-2015-MarPollBull_Impact-of-debris-on-marine-life.pdf

5 Influence on the Human / Society

人間 / 社会への影響

食物連鎖を経て海から戻ってくるマイクロプラスチック以外にも、私たちは気がつかないうちに日常的にプラスチックを摂取しています。
例えば、空気中には化学繊維がチリとなって舞っており、普段口にする水や食べ物にも当たり前のようにマイクロプラスチックが混入しています。
しかし、プラスチックによる人体への影響を厳密に評価するためには、マイクロプラスチックに曝露されていない人と比較する必要がある一方で、そうした人はすでに存在しないため、これらの影響を厳密に調査することは大変困難な状況にあるのです。

プラスチックが体に良い物ではないことは確かですが、人間の場合、体内に入り込んだマイクロプラスチックは1日程度で排出されるという研究も発表されています。さらに、海産物を食べることで摂取する程度のプラスチックに含まれる化学物質では、すぐに人体へと影響を及ぼすことはないと専門家は見解を示しています。(*11)
しかし、現在も着実に海洋プラスチックの総量は増加の一途を辿っているため、有害物質が体内に蓄積され、いつの日か花粉症のようになんらかの症状が表れるといった可能性は否定できません。

さらに、プラスチックゴミは漁業や観光業、海運業など海洋を拠点にしている経済活動にも深刻な影響を及ぼしています。
国連環境計画(UNEP)によれば、海洋プラスチック汚染がもたらす経済損失は漁業と観光業、さらに海岸の清掃コストを合わせると、年間1.5兆円の損失(*12)にも達すると試算しています。

さらに、漁船や海運船のプロペラや冷却装置などにごみが絡まることで船の破損や事故を起こす原因にもなっており、海洋プラスチックの削減は緊急の問題であることは明らかです。

(*11) Marine microplastic debris: An emerging issue for food security, food safety and human health (2018)
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0025326X1830376X

(*12) UNEP YEAR BOOK 2014: EMERGING ISSUES IN OUR GLOBAL ENVIRONMENT (2014)

6 What We Can Do for Tomorrow

海洋プラスチックを減らすために
明日からできること

これまで見てきたように、海洋プラスチックは地球上の全ての生き物に脅威をもたらす深刻な問題です。
しかし、プラスチック自体が悪いわけではありません。プラスチックは私たちの生活を便利にしてくれますし、医療現場など人命を救う場面でも有効に使用されています。大切なことは「できるだけプラスチックを使わないようにすること」、そして「使ったプラスチックが環境中に流出しない新しい仕組みを作ること」です。
そのためにも、廃棄されたプラスチックへのアクションとして掲げられてきた「Reduce (減らす)」、「Re-use (再利用)」、「Recycle( リサイクル)」という3Rだけでなく、プラスチックの廃棄そのものを減らす「Refuse (断る)」、「Repair (修理して使う)」、「Redesign (デザインを変える)、「Re-think (考え直す)」の4つの新しいRをより重要視する必要があるでしょう。

Refuse(断る)

「不要な使い捨て」を減らすための大切な一歩です。例えばマイバックやマイボトルを持ち歩くことで、不要なレジ袋やペットボトルの飲み物の消費を減らすことができます。

Repair (修理して使う)

今使っているものを修理して長く使うだけでなく、新しく買うものもリペア可能かを確認して購入することが大切です。

Redesign (デザインを変える)

「Redesign」には企業が作る商品の素材、サービスはもちろん、個人のライフスタイルも含まれています。
自分たちが普段使う製品が環境に優しいものへと生まれ変わる事も大事ですが、1人1人が何をどのように使うのかという生活のあり方自体を変えることが最も大きな影響力を持っているのです。

Re-think (考え直す)

これら全てのRを支える考え方でもありますが、私たちは環境のことをより深く知る必要があります。
例えば、現在注目を集めているバイオプラスチックの問題でも、全てのバイオプラスチック製品が植物由来の原材料で作られているわけではなく、中には海では分解されないものも存在します。
正しい知識を身につけ、これからの生活を考え直すことが海洋プラスチック問題を解決するためにはとても重要なのです。

(*7) Marine Litter Vital Graphics (2016)
https://www.grida.no/publications/60