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スポーツ界のジェンダーギャップについて考えよう。
Vol. 1:佐藤亜耶 × 鏑木毅「オープンな対話から変化を起こそう」

2023年の国際女性デー特別企画の第一弾は、プロスノーボーダーであり、ジェンダー格差について積極的に発信を続けている佐藤亜耶と、プロトレイルランナーで日本最高峰の大会「ウルトラトレイルマウントフジ」の大会会長を務める鏑木毅が登場。賞金から大会の運営方法、メディアの露出などあらゆるところに潜む構造的な問題をなくすためには、何が必要なのか? 選手や大会運営者として感じてきたこと、そして、日本のスポーツ業界に根強く残るジェンダー格差を失くすためにできることについて考えました。

佐藤:今回の対談のテーマはスポーツ業界のジェンダー格差ですが、鏑木さんが大会会長を務めている「ウルトラトレイルマウントフジ」では男女の入賞者数を同数に変更されたのですよね。

鏑木:はい。ウルトラトレイルマウントフジは日本最高峰の大会で、もともとは男子が10位まで表彰台、女子は5位までと決まっていました。というのも、世界最高峰の大会であるフランスの「UTMB」というレースがかつて男子の表彰を10位まで、女子は5位までとしていたので、なんの違和感もなくそれに倣っていたんですよね。僕自身も昔の男性優位な価値観にどっぷりはまった世代だということもあり、そこに疑問を感じることはありませんでした。ただ、あるときとある女性ランナーの方から「なぜ表彰数を男女同数にしないんですか?」と聞かれて、それがおかしいことに気づいたんです。

佐藤:入賞者数を男女同数にするにあたって、実行委員会のなかでどんな議論がありましたか?

鏑木:喧喧諤諤(けんけんがくがく)の議論でした。「ウルトラトレイルマウントフジの参加者の男女比が9対1なのに、入賞者が同数では逆に男性を差別しているのではないか」という意見も多くありました。確かにそういう言い分もあると思います。ただ、僕は逆になぜ9対1なのだろうと思ったんですね。実際、トレイルランニング自体の競技人口に目を向けると、男女比は7対3くらいなんです。ウルトラトレイルマウントフジが100マイルを走る過酷なレースであることもこの差の一因だと思いますが、結婚や出産などが理由となって、女性のほうが競技を続けられないといったこともあるかもしれません。ならばむしろ同数にすることで、少なくとも気持ちとしては、もっと女性に競技として入ってもらえる流れをつくれるのではないかとの思いから、男女同数と決めさせて頂きました。新しいスポーツであるトレイルランニングが率先してそうしたメッセ―ジを出すことが大切だと感じています。そのあたり、スノーボードの大会はどうなっているのでしょうか?

「自分たちはサブカテゴリ―」

佐藤:例えば賞金面だと、海外では男女同額がスタンダードで、日本だと女子が少ないのがスタンダードです。日本と海外のギャップはありますね。また選手として出場している私の感覚としては、表彰式の雰囲気も違います。日本ではキッズ部門や女子部門のセレモニーがまるで“前座”のように進んでいき、「さぁ、ついにメインが来ました!」という空気で男子のセレモニーが執り行われている感覚があるんです。たとえ自分が女子の表彰台に上がったとしても「私たちはメインの横にあるサブカテゴリーの表彰台なんだな」と感じる大会もありました。

鏑木:マラソンなどの陸上競技にも見られますよね。そもそも司会進行の仕切りが違うんです。ぼくが関わっているレースでは、司会の進行やインタビューの人数などに気をつかうようにはしていますが、そういうところからも前座感は出てしまいますよね。

佐藤:選手たちのマインドも違うと感じます。特に欧米の大会では、女性の表彰のときには男性の選手も心からの敬意を態度で示しますし、女性たちも「私たちはリスペクトされるに値する存在なんだ」と自信を持っている選手が多いように思うんです。男子を盛り上げるというのは、おそらく無意識のうちになされていることで、鏑木さんのように意識する方がひとりでもいると緩和されるんじゃないかと感じます。

鏑木:そういった仕立てをしている人たちはぼくら世代で、それが当たり前という人生を生きてきた人たちですよね。いまは選手こそ若いですが、スポーツを運営している人たちの大多数が昭和世代の男性です。自分たちの感覚で、差別という意識もなくやってしまう。だからこそ、強く意識をしなければ絶対に変わらないということは感じています。

娘の誕生を機に変わった意識

佐藤:いまの世代が変わらなければ、それを見ている次の世代も同じ意識を受け継いでしまいますよね。日本は、そこをずっと変えられないでいるような気がします。私の世代ですら、「女子のほうが少ないんだから賞金が少なくてもいいんじゃない?」という人が、女性を含めたくさんいるんです。欧米では10年以上前から、大会の賞金を男女同額にする動きが始まっているし、それを見て育っている世代は、当然そうでなくてはおかしいという意識をもっています。ただ、たとえ海外に遅れをとっていても、私は日本がこれからもっとよくなると希望をもっています。

鏑木:ぼくも昔の男性優位な価値観を引きずっている側の人間だったんです。その意識が変わったきっかけは、娘の誕生でした。娘が大きくなるまでには、男女ともにストレスなく生きられる世界になっていてほしいと思ったんです。そのためには、いまを変えなくてはいけないと考えるようになりました。自分は幸い、トレイルランニングの世界でそういう変化を起こせる立場にいたので。結局、世界のスタンダードを知りながらも昔の価値観に固執してしまう人は、共感力、想像力をもっと働かせてほしい。自分が女性だったらどう感じるか、ということを考えてみてほしいですね。

佐藤:私と同世代の中にも、大会やイベントを運営する立場になった元選手が出てきはじめています。かつて同じチームで4年間一緒に遠征に行った男性の元選手から、自分が運営するイベントを手伝ってほしいと言われたことがあったんですが、そのイベントでは、最初の数年は女子のほうが賞金が少なかったんです。なので、賞金が男女同額になったら協力すると返事しました。男女同額には、金額以上の意味があります。「私たち女性も男性と同じように滑り、同じようにエントリー費や交通費を払って大会に出場しているよね?」という意味も込められているんです。そうした理由を聞いて初めて彼も納得して、そのイベントは男女同額になりました。もちろん、それは彼が私と同世代だから伝えられたことです。いまでも、「あんな強気なこと言っちゃって大丈夫?」と言われることが少なくありません。そういう人には、私たちの主張の本質を理解してもらえていないのかな、と感じます。 

フラットに話し合える場を

鏑木:佐藤さんと同じ年代の女性選手はみな同じような違和感をもっていらっしゃるのでしょうか?

佐藤:同じ違和感をもっている選手もいますが、その差に気づかず自分たちの今の扱われ方が妥当だと思っている選手もたくさんいます。正直、発信した後に一番落ち込んだことは、賛同してくれたり反応したりしてくれる女性が少なかったということなんです。反応がないということは、みんなから自分ごととして受け取ってもらえていないということなのかなと、ちょっと孤独を感じました。もちろん、スノーボード業界にもわたしを応援してくれる人はいるので、一概には言えるものではないのですが。

鏑木:賛同しないというのは、なぜなのでしょうか?

佐藤:イベントにしても、大会にしても、メディアにしても、やはり男性ありきのものが多いんですよね。なので「男女差について声を挙げたら、女性は出してもらえないんじゃないか」という恐怖があるんでしょうね。メディアへの露出にしても、男性選手は滑りやギアに関して取材してもらえるのに、女性はおすすめのスノーリゾートや食べ物の取材が多い。でも、女性ライダーにとってはそういうテーマで出られるだけでもありがたいことなんです。そこにすら出られなくなったら、私たちはどこで活躍すればよいのだろうという不安が、常につきまといます。

鏑木:ただでさえ違和感を口にすることに勇気がいるのに、例えば選手と大会運営者の間には立場上の差がありますし、ましてや上の世代に何かを言えば生意気だと思われる恐れもありますよね。本来、運営者はそうしたところに目を向け、もっと言いやすい環境をつくらなくてはならないのだと思います。僕もフォーラムなどで若い選手と話す機会がありますが、そこでは若い世代の切実な声が出てきます。そうした悩みや違和感に共感できないわけでは決してなく、ただわれわれ世代は考える機会がなかった。だからこそ、書類や会議など言いにくいかたちではなく、もっと柔軟にフラットに会話できる場を意識的につくっていく必要がありますよね。佐藤さんは、どういうサポートがあるといいと思われますか?

他競技やスポンサーも巻き込んで業界を動かす

佐藤:実はずっと考えているアイデアがあって、それはスポンサーに動いてもらうということなんです。雑誌でもイベントでも大会でも、やはりスポンサーは大切です。なのでスポンサーの企業やブランドに、「賞金が男女同額ならばこの企画に協賛します」という取り決めをしてもらいたいんです。選手活動と並行してこうした活動を進めるにはハードルもあるのですが、これを実現することが近年の目標です。きっとスノーボードだけでなく、ほかのスポーツにも波及すると思っています。

鏑木:とてもいいアプローチですね。企業やブランドの力はやはり大きいですから。もちろん小さなコミュニケーションもとても大切ですが、影響力をポジティブに使って大きく物事を動かす視点も重要だと感じます。それにしても一人の選手として闘いながら、そこまで考えなくてはならないストレスははかり知れません。もっと多くの人が団結して考える流れが必要ですよね。

佐藤:そうですね。私はまずは周りの女性に気づいてもらうことから始めたいと思っています。以前「Equal Pay, Equal Play(同じプレイには同じ報酬を)」というアメリカで生まれたスローガンについてコラムを書いたとき 、それを見たある企業がメールをくれたんです。そういう発信を続けていくことで、少しでも人を動かせればと思っています。

鏑木:競技も男女も世代も関係なく、多くの人が発信することで業界全体の意識を変える必要がありますよね。きっと方法はひとつではない。いろいろな人たちが集まって、少しでも進む努力をみんなで一斉にし続けることが大切なのだと感じます。

Editorial Direction: Maya Nago

Text: Asuka Kawanabe

Photos: Yurie Nagashima

佐藤亜耶
AYA SATO

プロスノーボーダー。新潟県津南町出身。3歳からスノーボードを始める。幼少期よりフリースタイルを中心に活動し、13歳でハーフパイプのプロ資格を取得。ハーフパイプやスロープスタイルのコンテストで注目を集める。近年はフリーライドに活動の軸足を移し、JAPAN FREERIDE OPENでは4連覇を果たした。TNF ATHLETE PAGE

佐藤亜耶 / AYA SATO

鏑木毅
TSUYOSHI KABURAKI

プロトレイルランナー。群馬県出身。2009年に世界最高峰のウルトラトレイルレース「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(現UTMB)」にて世界3位。同年、全米最高峰のトレイルレース「ウエスタンステイツ100マイルズ」で準優勝を果たす。現在も現役選手として活動する傍ら、日本最高峰の大会「ウルトラトレイルマウントフジ」の大会会長を務める。TNF ATHLETE PAGE

鏑木毅 / TSUYOSHI KABURAKI
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