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INTERVIEW ON CONCEPT

The Innerspaces
of Running

今の時代の「ほんとうのランニング」とは? 前編 鏑木 毅(プロトレイルランナー)×藤代 きよ(編集者)

日本のトレイルランニング史を切り開いてきたプロトレイルランナーの鏑木毅と、マインドフル・ランニングの名著『ほんとうのランニング』(マイク・スピーノ(著)近藤隆文(訳))の発行人である走る編集者、藤代 きよ。初顔合わせとなった本対談では、書籍『ほんとうのランニング』の魅力を振り返りながら、現代を生きる僕らはなぜ”走るのか”という本質的な問いの答えを導き出す。 初版は1970年代後半。
45年以上前に書かれた『ほんとうのランニング』とは?
鏑木 藤代さんの出版社から2021年末に刊行された『ほんとうのランニング』は、ランニングコミュニティのなかでちょっとした話題になっていました。お恥ずかしながら今回初めて実際の中身を拝読したのですが、読み終えてその背景をお聞きするまで、まさか45年以上も前にかかれていた本だったとは思わなくって。1970年代後半40年前というと、本書が書かれたアメリカでまさにジョギングブームが巻き起こっていたころ。

藤代 1976年の初版の時に、ニューヨークタイムズでも話題になったそうです。これが2018年にアメリカで復刊されて、ランニング・コミュニティがふたたびこの本を読みはじめたのが、今回の初邦訳のきっかけでした。

鏑木 へぇ、そうなんですか!

藤代 著者のマイク・スピーノさんは、1970年代にシラキュース大学でトップ選手として活躍したあと、ジョージア工科大学や、ジョージア州立大学などで長らくコーチをされていた方で。

鏑木 なるほど。

藤代 でも鏑木さんがおっしゃるように、時代に左右されないような内容になっているのか、半世紀近くも前に書かれたとは気が付かないようなところがありますよね。トップランナーのランニングにはインスピレーションが宿っている。それは尊くて素晴らしいことである、と。その点を踏まえたうえで、それ以外の市民ランナーや子供たちのランニング、それから、むしろ走ったことがない人が走るということにも色々な価値を見出していて。

鏑木 ランニングではゆっくり長く走るウルトラの世界に精神世界を求める傾向があるなと感じていたのですが、本書の場合はトラックや、もっと短い距離の話もされていて。新しいなと感じました。

トップランナーのランニングにはインスピレーションが宿っている。

──── 藤代 きよ

藤代 スピーノさんはもともと短距離走者だったそうです。だからでしょうか、走り抜けるということはいかに心地よく、楽しいことであるかに言及していますよね。

鏑木 走ることとは何か、という本質的なことを真剣に考えています。そんなことせずに、タイムを向上させる、体重を落としたい、フィットネスのためにと走るランナーが珍しくないのに。
自分は今日この対談の前に、坂道ランで追い込んできました。
ランニングは、基本的には誰にでもできる簡単な動作なのですが、いろいろと創意工夫する面白さがあります。単調でシンプルだけど、発揮されるパフォーマンスに到るまでのプロセスは実は複雑。そういう風に考えてよかったのだなと半世紀近くも前の人が教えてくれました。

藤代 しかも、スピーノさんは今もすごく元気で、「何から引退するんだ?」って言ってるんですよ。今でも本書に書かれた心身の気づきから、考え方はほとんど変わっていないとおっしゃっています。

心の高まりをどう上げていくかという気分になることがあります。身体というより、心を鍛えている感覚。

──── 鏑木 毅
Photo Courtesy of mokusei publishers inc.

走ることで到達する神秘 鏑木 いわゆるトップアスリートの中でも、そういう精神性をここまで深く考えている人はさほどいないのかもしれません。でも、自分の場合は走りを深く追求していくにつれ、心の高まりをどう上げていくかという気分になることがあります。身体というより、心を鍛えている感覚。

藤代 トレーニングに関してもさまざまなバリエーションが挙げられていますよね。

鏑木 他にも呼吸の仕方など、目に見えること、見えないことを含めて、どういう風に創意工夫し続けていくのか。呼吸に関しては自分なりの感覚があるので、個人的には本書を含めて呼吸法に関しては全面的に共感してはいないのですが(笑)、それはさておき、こんなところまで考えているのだという。

藤代 ビート・カルチャー、カウンター・カルチャーの本場であるサンフランシスコで書かれているので、各論においては、時代背景的に現代と少々感覚が異なる点があってもおかしくはないですよね。
邦訳を手掛けていてハッとさせられたのは、ランニングへの探求を本当に広いレンジで実践しいる点でした。個人的な行為であるランニングをどう社会へと橋渡ししていくか。ウェルビーイングと言いますか、いいことに繋がっていく可能性がある、と。

鏑木 トップアスリートって、ものすごい世界を経験しているはずなんです。でもそれを、何て言うのかな、平和な形で、広く世の中に伝えるのってとても難しい。でも、スピーノさんは伝えていますよね。

「学校対抗やクラブ、プロのチームはフィジカル一点張りのものがなくなり、哲学や人文科学と混ざり合うようになる」

●本書『ほんとうのランニング』
第4章「未来のアスリート」
CHAPTER4: The Athlete of the Fuature より

いずれ運動競技はコンペティションだけでなく、
祝祭を帯びたものに変わっていくだろう
藤代 第4章が「未来のアスリート」という短いチャプターで、未来の運動競技はコンペティションだけでなく、祝祭を帯びたものに変わっていくだろうといったニュアンスのことが書かれていて、強く印象に残りました。40年前に書かれた本書のこの祝祭という表現が、先日、やっと完走できた〈UTMF〉の雰囲気に通じるものがあるなと思ったんです

鏑木 そうだったんですね。フィニッシュされましたか。

藤代 どうにか、29時間ほどで。

鏑木 速いじゃないですか!

藤代 実は70km地点で鏑木さんに抜かれているんです。登りが続くセクションで、僕はパワーウォークだったのですが、鏑木さんは淡々とランのステップを刻んでいて。鏑木さんも決して楽そうな様子では無かったのですが、止まらずにもうそのまま。そこで僕は離れちゃいました(笑)。
積雪の影響で途中終了となった2019年から数えると、3年越しのフィニッシュゲートになりました。そこでまさに祝祭だと思いました。100マイルですし、人生のうちに何度も出られるレースじゃないというのも分かっているので、自分にとっての祝祭だなぁと。

鏑木 嬉しいです。コンペティションを超えた何かですよね。表現の仕方が難しいんですけど、マラソンでサブいくつ、目標は何時間何分という世界だけに終始していたら、この発想や楽しみは出てこないんじゃないかなと思うんです。
〈UTMF〉もゴールを真剣に追い求めはするんだけれど、リザルトはそこまで重要じゃない。人生の視点や生き方を変えてしまうような経験ができる。それってスポーツ大会の真の役割ではないかと考えることもあります。人文科学と哲学の融合のような。その真の意味を伝えることって大事で、スピーノさんはそういう今の時代を見越している凄さを感じます。

藤代 はい、ゴール直前の5kmは本当に祝祭でした。コロナ禍による延期があって、700日以上ずっとトレーニングしてました。それも楽しかったですが、大会当日、スタートに並んでいるときにはもう「あと2、30時間走るだけなんだ」と、感慨深かったです。既に頭の中がお花畑(笑)。

鏑木 3年越しの大会開催になりました。だからこそ、多くの人の心に残る大会にしなくてはと強く感じました。そのために大会会長として何ができるかを考えた時に、自分が走ることかなと思ったんです。参加してくれたランナー、支えてくれたスタッフ、ボランティア一人一人にお声掛けさせていただきながら。それも祭りとしての側面かもしれませんね。

PROFILE

鏑木 毅
Tsuyoshi Kaburaki

1968年群馬県生まれ。プロトレイルランナー。早稲田大学競走部に所属し、箱根駅伝を目指すも、故障で断念。群馬県庁に勤めていた28歳で野山を走るトレイルランニングと出会う。2005年国内三大レースを制覇。2007年世界最高峰の100マイルレース「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン」を日本人過去最高位の12位で走破、2012年まで連続出場(最高3位入賞)。2009年、The North Faceをスポンサーに得て独立。2012年5月、日本初の100マイルレース「ウルトラトレイル・マウントフジ」を実行委員長として開催。

藤代 きよ
Kiyo Fujishiro

京都市生まれ。出版社・木星社代表。「心躍る本」をテーマに文芸/アート作品を出版している。刊行物は『ほんとうのランニング』『チャンピオンへの道』『アメリカを巡る旅』『ニュー・ダイエット』など。メディアへの寄稿やポッドキャスト番組『Thursday』、インタビューシリーズ『Orbit』も展開している。同社設立以前は、コンデナストで『WIRED』日本版や『GQ』『VOGUE』に携わる。トレイルランナーとしては「ウルトラトレイル・マウントフジ(UTMF)」や「タラウェラウルトラ」などロングレースを走っている。

Edit: Ryo Muramatsu(SHIKAKU inc)
Text: Shinsuke Isomura
Photograph: Eriko Nemoto