Chapter.01

Beyond The Edge

Interview with Akira Sasaki

 スキー板の起源は約2500年前、雪の多い地域に暮らす人々が狩猟や移動の手段として使ったのがはじまりと言われている。
それから長い歳月を重ねるうちにスポーツ競技やレジャーの道具へとその役割を変えたスキー板は独自に進化を遂げ、より速く、より正確に操作ができる性能を求められるようになっていった。
しかし、それは果たして本当だろうか? スキーに求められるべきは、それだけなのか?
そんな疑問を胸に抱きながら、スキーの本質に迫るべく、自らが開発をおこうなう“エッジレス・スキー”と呼ぶ板を世に広めようとしている男がいる。
ザ・ノースフェイス・アスリート、佐々木明。
かつてはアルペンレーサーとして世界の注目を集め、現在はフリースタイルスキーヤーとして活躍を続けるプロスキーヤーだ。
スキーを知り尽くした男が提唱する“エッジレス・スキー”とは、いったいどんなものなのか?

エッジレス・スキーとは何か?

 “エッジレス・スキー”とは、その字のごとく“エッジ”の付いていないスキーのことですが、一般的に知られている呼び名ではありません。
これまで自分が使用していたスキーからエッジの部分を取り外して改造した自分専用のスキー板を、ぼくが勝手にそう呼んでいるだけなのですから。
 通常のスキーはエッジと呼ばれる金属部分で板の周囲が縁取られ、この部分を板を傾けて雪面に食い込ませる(スキー用語で“切る”とも言う)ことでスキーの操作性が上がりターンをしやすいつくりになっています。
 これを全て取り除いて雪山を滑ってみたらどうなるか?
 あるときふと、そう思い立ち実行に移してみたら、これまでに体験したことのないような滑りのフィーリングを味わうことができました。
「エッジ無しのスキーで、どうやって切るの?」
「エッジが無かったら止まることもできないんじゃないの?」

 プロのスキーヤー仲間の誰もが口を揃えてそう言うけど、そもそも“切る”必要も無いんです。
 普通のスキーでターンをするときは、お尻の周りの大殿筋や中殿筋、ハムストリングスや前腿の筋肉にギュッと力を入れて板をコントロールするわけだけど、エッジ・レスの場合はターンのときも踏ん張らずに板面を「ずらす」ような感じで加重すれば、メローにスムースに曲がることができる。
たとえるなら、サーフィンやスノーボードに乗っているときの感覚と似ているかも知れません。
力を込める必要も無く、むしろ力を抜いたほうが楽にターンができる。
おのずと疲れも感じなくなるし、余裕も生まれてくるから、それまで見えていなかった自然景色や風をより身近に感じることができる。
これは直線的に進むスキーでは、なかなか味わえない感覚です。

アルペンからフリーライドの世界へ

 ぼくは3歳のときからスキーをはじめて、選手を引退する33歳まで一途にアルペンスキーの道を歩んできました。
選手時代は試合で良い結果を出すことだけを目標に日々練習を重ね、おかげで2002年のソルトレークシティから2014年のソチまで4回の冬季オリンピックに出場し、ワールドカップ大会にも参戦し好成績を残すこともできました。
 そんな活動にピリオドを打ち、心機一転スキーのフリーライドの世界へ転身したのが6年前。
そこからスキーの本質を追求するための新たな活動を始めることにしました。
 活動の舞台が変わったからといって、レースの世界にアンチを唱えるつもりはありません。
レースで結果を残すために努力を重ねた日々は自分にとってはかけがえのないものだし、現在選手を目指して頑張っている若い人たちの指導活動も継続していきたいと思っています。
 自分で高い目標を立てて、それを達成することは人生に大きなやりがいを与えてくれる。
だから今後も『TWIN PEAKS』(配給:Rightup)でご覧いただいたような究極の滑りにも挑んでいくつもりですが、ずっと挑戦ばかりしていたら疲れちゃうし、結果ばかりが先に立ってしまったら楽しいはずのスキーが苦痛になって本末転倒となってしまう。
 そこでぼくが考えた、これからの自分の役割が「挑戦すること」と「楽しむこと」の両方の価値を多くの人に伝えることのできる「ハイブリッド」な存在になるということでした。

エッジの無いスキーが見せてくれた未来

 はじめて“エッジの無いスキー”の存在を知ったのは、そんなことを考えていた3年ほど前のこと。
きっかけは群馬県水上郡の天神平スキー場を拠点に、約20年に渡って活動を続けているスノーボードメイカー〈T.J BRAND〉との出会いでした。
 T.J BRANDは、職人的な板の製造技術と先進的な考え方を持ったクラフツマンとスノーボーダーから成る集団で、日本初のバンクドスラロームの大会を主催したり、ハンドシェイプ(スノーボードやスキーを一枚の板から手で削り出す技術)のスノーボードを提唱するなどしてスノーボードカルチャーを牽引してきた人たちです。
 そんな彼らがハンドシェイプでつくっていたエッジレス・スキーに乗らせてもらって衝撃を受けました。
先に述べたような他にない乗り味もさることながら、自分たちの遊び道具をイチから自分の手でつくりあげる、そのインディペンデントなスピリットに惹かれたのでした。
さっそく影響されて自分が持っていたスキーからエッジを外して乗ってみたら、自分でも気付かなかったスキーの可能性が感じられて心が踊りました。

 90年代初頭、カービングスキーと呼ばれるターン性能に優れた新型のスキー板が登場し、やがてその形状はスキー板のスタンダードとなっていきました。
おかげで誰もが上手にターンができるようになったけれど、板の性能が良くなったせいで、みんなの滑り方も均質化してしまったのです。
 スキーというのは本来、それに乗る人の技術次第でそれぞれ異なるライディングが可能となるものだし、地形や雪質に合わせて浮かんだり沈んだり、もっと自由な滑りが楽しめる道具でした。
それが道具の性能のせいで多様性が失われてしまったのだとしたら、これほど残念なことはありません。
スキーの性能に頼り過ぎることなく、もっと自由に自分だけの滑りのスタイルを追求してもいいんじゃないか。
スキー板にコントロールされる代わりに、板の形状をコントロールしてもいいんじゃないか。
そんなことを思い起こさせてくれたのが、エッジの無いスキー板との出会いの体験だったのです。
 板からエッジを取り除くことで、スキー板はよりシンプルな道具になります。
うまく乗りこなせるかどうかは滑り手の技術次第。
最初は戸惑うかも知れないけど、だからこそコントロールできる要素が多く、それぞれに楽しめる可能性を秘めているともいえます。
操作性の正確さの面では既製品に敵わないところもあるけれど、そのぶん純粋に雪のコンディションや自身の肉体とダイレクト向き合える良さがある。
スキーの醍醐味って本来そういうものだったんじゃないかと思うんです。
 あらかじめ決められた常識やルールを言われた通り守るだけでなく、心の底から楽しめる遊び道具を工夫して自分の手でつくりあげる歓び。
そして、それを共有することで生まれる人とのつながり。
スキーを通じて実感できる、そんなカルチャーの素晴らしさを、このちょっと変わったスキー板を通じて多くの人に伝えていけたら最高ですね。

PROFILE

佐々木明(ささきあきら)

プロ・スキーヤー。THE NORTH FACEアスリート。1981年北海道大野町生まれ。2002年より冬季オリンピックに4大会連続で出場(ソルトレークシティ、トリノ、バンクーバー、ソチ)。ワールドカップでは日本人としては最多の3回表彰台に上がった経験を持つ。山岳スキーヤーへ転向してから5年間の足跡をたどったドキュメンタリームービー「Akira’s Project “TWIN PEAKS“」(配給:Rightup)が現在VIMEO on demandで有料配信中。

TEXT : TOSHIMITSU AONO