DESIGN STORY STOWAWAY JACKET
ただのリプロダクトではない、未来を向いた復刻
ザ・ノース・フェイスは半世紀以上の歴史の中で、その時代ごとにアイコニックなギアやウェアを世に送り出してきました。
この春再びフォーカスしたのは80年代を象徴するロングセラーモデル、ストアウェイジャケット。
40年以上前に生まれたレトロなシェルジャケットが、現代にもたらす光明とは?
企画を手掛けた柴田弘達に、今回の復刻に至った理由を訊きました。
「気候も変化し、マーケットニーズも変わってきた」
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今回はストアウェイジャケットについてのお話ですが、その前に柴田さんのザ・ノース・フェイスでの役割について、教えていただけますか。
柴田弘達(以下、柴田):ゴールドウインで働き始めて30年以上、ずっとデザイナーを務めていましたが、現在はデザインディレクターという役割を通して、イノベーション、未来に向けたものづくりが主な仕事です。
― 担当されるデザイン領域はアパレルでしょうか?
柴田:アパレルを中心に、全体のデザインをまとめるのが主な役割です。いまは社内に多数のデザイナーがいて、それぞれのデザインに横串でブランドとしての一貫性をもたせる指示をしています。また、ザ・ノース・フェイスのグローバルミーティングで議論した方向性を日本のマーケットに合ったデザインに落とし込むのも私の役割です。
―これまでにどんなアイテムを手掛けられたんですか?
柴田:クライムライトジャケットやドットショットジャケット、コンパクトジャケットなど色々ありますが、代表作はアコンカグアジャケットですかね。マウンテンジャケットやヌプシジャケットをはじめ、ザ・ノース・フェイスのアパレルは、本国のアイコン的なアイテムのデザインをベースにしながら日本のマーケットに合わせるやり方が基本。多くはブランドの歴史に敬意を表し、アップデートしたものになります。その中でアコンカグアは完全に日本のオリジナルで、本国(USA)のアスリートからの反応も良かったため同様のモデルが後にアメリカでも販売されました。
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ザ・ノース・フェイスの中では、少し軽めのダウンジャケットですよね?
柴田:はい。昔は薄いダウンなんてあり得なかったのですが、暖冬が進む中でハイロフトのダウンだけでは限界を感じていて、そこで考案したのがアコンカグアでした。10デニールという産業資材やストッキングにしか使われていなかった糸をアパレルに落とし込んだのですが、当初社内の営業担当からは「こんな薄いダウンなんて売れない」と。そんな中、当時のMDが製品化を押し切ってくれて。それが浸透して、最終的に量産化された好例です。
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そうだったんですね。定番モデルというイメージが強いので、米国規格なのかと思っていました。
柴田:当時は本国チームもなかなか日本のデザインを受け入れようとはしませんでしたが、彼らがつくったことのないような薄いダウンでしたし、触れたこともないような素材を目の当たりにして、少しずつ気になっていったのかなと。それが本国でも展開されるようになったときは、とても嬉しかったですね。いまもですが、当時から開発するのが大好きだったんです。
― 柴田さんもやはり元々アウトドアがお好きだったのですか?
柴田:そうですね。山も登りますしクライミングもしますが、一番好きなのは学生時代に始めたスノースポーツです。だからバックカントリー用のモデルはずっとやりたいと思っていて。そういうものをつくるには当然アスリートの意見も必要になってきて、当時、ブランドのスノーアスリートと試行錯誤を繰り返して初めてできたのがRTGジャケットでした。
― ご自身でのフィールドテストはいまも続行中ですか?
柴田:はい。基本的にはまずそれがないとモノがつくれないので。だから僕は普段、あんまり会議室にはいないですね(笑)。
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そんな中で、今回ストアウェイジャケットを復刻されたのはなぜだったんでしょうか。元は
80年代のレインウェアですよね?
柴田:ひとつの理由としては、地球温暖化で気候の変化を感じていて、人々が着るものも変わってきたというのがあります。厚いアウターを着る時期が短くなり、Tシャツの上にシェルだけ羽織るようなケースが昔より増えた中で、シェルも2層の需要が高まっているなと感じていて。3層よりも2層の方が肌あたりが良いですからね。
― いわゆる防水素材の構造の部分のお話ですね。
柴田:そうです。あとは、より無地に近いシェルが欲しいなと感じていたことも理由のひとつです。マウンテンジャケットのようなザ・ノース・フェイスを代表する切り替えデザインが主流ですが、いまはよりシンプルなもののニーズが高まっているように感じていて。それで2層のゴアテックス
ファブリクスで無地に近いものとなると、僕の中ではやっぱりストアウェイでした。スパンライク、コットンライクなものが多い中で、特に90年代らしいこういうカラーリングだったりブライト感が今の気分にマッチしていると思ったんです。
「時代に合わせた進化をしていくことが我々の役割」
― パリッとしたスリーレイヤーのゴアテックス
プロダクトの高揚感もありますが、2層だと薄くてやわらかい分、もっと気軽に羽織れますよね。
柴田:そうなんです。ストアウェイがデビューした82年のカタログを見ると“ウルトラライトシェル”って書いてあるんですよ。当時のレインウェアは分厚いものばかりで、2層になると柔らかくてコンパクトにできるというストーリーの下、この名前がついたようで。そのカタログの最後には“カジュアル”っていう言葉も登場して、当時のザ・ノース・フェイスチームがこの頃にはライフスタイルも意識し始めていたのがわかるんです。
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アウトドアウェアを日常使いする先駆けのようなエピソードですね。
柴田:ストアウェイ自体は82年の登場ですが、その後10年以上継続して展開されていたモデルで、今日持ってきたアーカイブも90年代に入ってからのものです。昔はシェルもスモーキーなカラーが主流だったんですけど、時代の変化に伴ってこういうヴィヴィッドな色が出てくるようになって。僕はこの時代のストアウェイが一番好きです。
―確かに配色はクラシックですが、オリジナルと比べると素材感も違うような気がします。
柴田:そうですね。これは3回くらい色出しをやり直してるんですけど、元のシャイニーな雰囲気は残しながら現代でも着やすいトーンで、かつこの時代に合った素材のセレクトを、ということで、リサイクルポリエステルを使うという判断に至りました。環境負荷をかけないものづくりというのも我々の使命のひとつなので、ゴアテックス
メンブレンについても従来のePTFEではなく、フッ素フリーのePEメンブレンを使ったのは大きな変化だと思います。
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環境面について、ゴールドウインでは具体的な目標も掲げていますよね。
柴田:“PLAY EARTH
2030”ですね。グリーンデザインや脱炭素社会、循環させることなど、いくつか要素がありますが、今回は特にグリーンデザインの観点からできるだけ環境負荷の少ない素材をセレクトしています。目標を達成するにはイノベーションももっと進化しないと意味がなくて、そのバランスはすごく難しいのですが、それを超えるのも僕らのミッションだと思っています。
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復刻と聞くとどうしても懐古的に聞こえますが、実際は過去よりも未来を向いた企画ですね。
柴田:例えばジーンズとかで、“昔のアメリカ製のあの感じじゃないと嫌だ!”みたいな気持ちもわかるんですけど、やはり時代に合わせて進化していくことが我々の役割だと思うので。僕が入って間もないころに、「僕らの望むスペックをアメリカでつくらせてくれ」って企画書を持って本国チームに相談したことがあるんです。その時に「そのままの昔にこだわるのも良いけど、アップデートするのが君たちの役目だろ」と言われたことがすごく刺さって。その話があってから、ただのリプロダクトは絶対にやめようと思いました。
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実際にすごく現代的なバランスになっているなと思いました。見た目も機能も、背景も。
柴田:ありがとうございます。最近は天候も変わってきていますし、エクスプロレーションブランドとしてはアウトドアに限定せずに、日々の暮らしをより良くしたいと思っている多くの方にフィールドで培った機能を提案していきたいので、このジャケットはそういった文脈でもアプローチしていければなと。
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そのためにも、やっぱり自らフィールドや街中で製品を試して実感を持つことが大切なんですね。
柴田:僕が入社するときに面接をしてくれたのがいまの社長の渡辺なんですが、渡辺社長には昔から「仕事と遊びの境界線をつくるな」とずっと言われていて、それを実践しているつもりです。遊んでばかりだと「そういう意味じゃねぇ」と言われそうだから、そこだけ気をつけてますけどね(笑)。
PROFILE
柴田弘達
ザ・ノース・フェイス事業一部
シニアエキスパート
1968年生まれ、東京都出身。学生時代は服飾デザインを学ぶ傍ら、キャンプやスキー、サーフィンなどのアウトドアアクティビティに触れ、91年にゴールドウインに入社、アパレルのデザインに携わるようになる。パフォーマンス・ライフスタイル両面で多くの名作を生み出し、近年ではスポーツの世界的祭典での選手用ユニフォームや「ブリュード・プロテイン™️」で知られる人工合成タンパク質素材の旗手、スパイバーとももに開発したムーンパーカのデザインなども手掛けている。