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服の力
#MICHIKO KITAMURA_
CHIKASHI SUZUKI_
PROFILE
北村道子 / MICHIKO KITAMURA
スタイリスト
1949年、石川県生まれ。『それから』、『幻の光』、『殺し屋1』、『アカルイミライ』など数々の映画衣裳を手掛けるほか、広告や雑誌などでも活躍。2007年には『スキヤキ・ウェスタン・ジャンゴ』の衣裳第62回毎日映画コンクール技術賞を受賞。作品集『tribe』(朝日出版社)、著書に『衣裳術』『衣裳術2』(リトルモア)などがある。
PROFILE
鈴木親 / CHIKASHI SUZUKI
写真家
1972年生まれ。96年に渡仏し、雑誌『Purple』でキャリアをスタート。その後、国内外の雑誌やグローバルキャンペーンなどを手掛ける。主な作品集に『Shapes of Blooming』(treesaresospecial/2005)、『Driving with Rinko Kikuchi』(THE international/2008)、『CITE』(G/P gallery・treesaresospecial/2009)、『SAKURA!』(リトル・モア/2014)など。

2019年冬、「#SHEMOVESMOUNTAINS」キャンペーンの一環として東京・原宿で開催された「#SHEMOVESMOUNTAINS EXHIBITION」。本エキシビジョンに併せて、キャンペーンに登場した方々を含め、さまざまな分野で挑戦を続ける8組16名が登壇したトークショーが開催された。スタイリスト・北村道子と、THE NORTH FACEでプロダクト開発を担う鈴木親が語る「服の力」。ファシリテーターを務めるのは、本キャンペーンのステートメントを手がけたコピーライター・細川美和子。

THE NORTH FACE(以下TNF) 今回、SHE MOVES MOUNTAINSでは、それぞれのジャンルで道を切り開いてきた女性の方々を紹介させていただいています。鈴木さんと北村さんは普段から撮影現場をともにすることも多いと思うのですが、まずは鈴木さんから見たスタイリスト・北村道子さんとは?

鈴木親(以下鈴木) スタイリストという職業上、洋服を作るときもあれば、ブランドから借りて撮影を行うこともある。とすると、他のスタイリストさんと同じ洋服を使うことも多々ある訳です。もちろん、どちらも同じ洋服を着せるんだけど、何かが違う。すごく簡単に言ってしまうと、似合うようにしてしまう。物理学の量子力学という分野では、言葉や気持ちが物質に影響を与えると言われていて、北村さんはそういった目に見えない部分でもスタイリングしている感覚があるんだと思います。例えばファッションショーで見る服って、びっくりするようなものも多いじゃないですか? でもそれを着用者が違和感持って着ないように、着せないようにする力があると思います。

TNF それは言葉で導く?

鈴木 言葉も含めて、雰囲気を作るのが本当にうまい。なので、楽屋でパッと見た洋服と、北村さんが着せつけて、カメラの前に来たときのそれはまったく別物に見えます。先日、ある現場で、僕も北村さんも初対面の俳優さんを撮影したんです。撮影当日の朝会った印象は、正直なところファッションの撮影をするような雰囲気の方ではなくて、ちょっと心配になったんですが、北村さんがヘアメイクを指示して服を着たらガラッと雰囲気が変わって。それは、現場で北村さんが何かを見抜いて、瞬時に作り上げたものだと思うんです。映画監督も恐らくそういうことなんだと思いますが、その場の演出で本人を作っていく。なので、服を着せるというよりは、実は着る人の気持ちを変えることのほうがすごく大きい。当然、服が似合わない体型や雰囲気というものもあって、でも、そういうこととは関係なしに服が似合って見えるというのは、着る人自身が自信を持って着ているということだと思うんですよ。

北村道子(以下北村) 根本的に、私は打たれ強いんです。それと、その人から何かひとつだけ特別なものを取ろうとする。誰でもひとつはいいものを持ってるじゃないですか。70も過ぎると瞬間的に分かるんです。それが何なのか、言葉では表現できないけれど。だから、英語で言うなら、Something。きっと、彼と私が会った瞬間に見えちゃうものなんじゃないかな。親君がそれをうまく撮ってくれる。

TNF そのときの彼に、何を見たのでしょう?

北村 何か直接的なものが見えるというよりは、気持ちの部分。彼の変わってみたいなっていう気持ち。色にすると、ちょっとブルーっぽい色、群青色のような。

鈴木 海外だと服を着る人間そのものにフォーカスして世界観を構築するやり方が多いけれど、日本ではその服をいかに綺麗に見せるか、つまりはビジネスとしての側面が強い。北村さんの着眼点は、前者ですよね。日本の役者さんでも、今ハリウッドに進出しているような方々の多くは北村さんが衣装を担当していたりします。でも、あるタイミングになると離れるんです。もう自分がやることがないという瞬間に、ちゃんと離れられる。その人に足りない部分を見抜いて、補ったり、良いところを一層際立たせるように作っていく。この場所ではこれが必要、こっちではこれが必要って。それがスタイリストですよね。足りているなら必要ないじゃないですか。持っているものや足りないものを見抜けるからこそ、削ぎ落としたり、引き出すということができるんだと思います。

TNF 見抜く力ですね。

鈴木 あとは、個人的に大事だと思うのが、運。例えば、北村さんが仕事を引き受けてくれるかどうかもそうですが、仕事をする上で、才能や努力と同じくらい大切なものだと思う。そこがあるかどうか。北村さんは、やらない仕事はちゃんと断ることができる方ですよね。断るっていうことをちゃんと相手への礼儀としても考えている。

TNF 断る判断はどのようにされているんですか?

北村 できるなら全部断りたいんだけどな。ちょこちょこ興味を引くものがある。そのときは、なんで自分はこれを引き受けるんだろうって自分の心理を模索しますね。

TNF その興味とは?

北村 今、ようやくそういう時代になってきたんだけども、もともと人間はお母さんのお腹の中にいたときは女性だったわけじゃない。それから何ヶ月かして、羊水の中で、海でいえば満ち引きのなかで男性に変化していく。要するに、お腹のなかで男になったり女になったりするわけです。私は、そういうことが生物の本質ではないかなと思う。だから、男の子がスカート穿いていても、嫌じゃない。女の人がメンズのルックをカッコよく着ていたら、もう、ナイスって感じなんですよ。それは彼らが彼らを見つけたっていうふうに思うから。何か異質なものでない限り、人は興味を示さないもの。他と同じということに目線を向けないんですよ。ちょっととんがってたり、へっこんでいたり、異質であるからこそ興味が生まれる。

鈴木 僕も異質というか、違和感というものにはすごく興味があって。北村さんは直接服を着せるから異質ということになるんだと思いますが、僕はもうすこし世界を拾うような撮り方をするので違和感っていう感じなんですけど。ひとつ、何か違和感があると人って見ちゃうんですよ。それは、ファッションで言うならモードという言葉に近いようなもの。ファッションとモードって同義語のようで、少し違う。北村さんがやられているのは、モードのほうですよね。以前、あるインタビューで「モードとは?」という質問を受けたことがあって。最初に思い浮かんだのが、数年前のTOGAのショーで、北村さんが男の子にワンピースを着せていたんです。ブランドの方々は驚いてましたけど、「これはきれいだからこうしたほうがいい」って。今は、どのブランドもジェンダーレスを謳っているけれど、北村さんはそれをチャレンジと思っているわけではなくて、すごくニュートラルに昔からやってきてますね。

TNF それが美しいから。

鈴木 そういうことなんですよね。ジェンダーレスであることが当たり前である感覚。

TNF 羊水の頃を覚えているっていうことなんですかね。

北村 お腹の中から出たくないというのが私の本質なんです。小学生の頃からメンズの格好をしていて。黒のジャケットに黒のショーツ、黒のホーズに黒のシューズ。鏡を見たとき、その方がナチュラルだったんですよ。それを今まで引き継いでいます。これは自分に関してで、別に写真を撮られる側じゃないから、自分自身はそのほうが心地がいいということですが。

TNF 服の持つ力に気づいたのは、いつころですか?

北村 黒い洋服を着た幼少期。異質を見つけるというのは、まず見ること。カラスが光ってるとき、クジャクの雄が雌にプロポーズするとき、異常にきれいじゃないですか。ああいうことを見つめること。どうしてカラスの羽根は、1枚ではそう見えないのに、束になると赤や緑色の発色が出るのか。そういうことをとにかく見ることからはじまる。

鈴木 いろんなところに行って、いろんなものを見て、延々と考えていますよね。僕もそこは北村さんと一緒にいてすごく学んだところです。例えば、一輪の花を調べるとすると、普通は花そのものを調べますよね。でも、そうじゃなくて、花を調べるってことは、土も調べて、水質も調べて、咲いている場所の環境までを考えるということになる。服を着せるっていうことに対してもそういう責任でやられているんだと思います。

TNF ひとつの物事に対して、文脈や歴史まで含めた背景を知っている方こそ、異端を作ることができる。

鈴木 そうですね。常識が分かってなかったら何が非常識かも分からない。不自由さを知っているからこそ、人をどう自由にするかっていうことが分かるんだと思います。

TNF ひとつの物事に対して、文脈や歴史まで含めた背景を知っている方こそ、異端を作ることができる。

鈴木 そうですね。常識が分かってなかったら何が非常識かも分からない。不自由さを知っているからこそ、人をどう自由にするかっていうことが分かるんだと思います。

TNF 「異端」というお話にも通じると思うのですが、先日お話されているなかで、映画に関しての「嘘」のお話がありましたね。

鈴木 それは、映画監督のクリストファー・ノーランの話なんですけど。『バットマン』に関して言えば、あんなマンガみたいな世界なのに、現実味を持って見せることができるのがすごいですよね。そこにはファンタージー、嘘の要素が絡んでいる。ファンタジーの要素がなかったらファッションや映画、アートにはならないと思っていて、その嘘の割合が役者、衣装も含めて絶妙なバランスで成り立っている。映画っていうのはそういうことだと思うんです。忠実に衣装を作り過ぎたらリアリティがあり過ぎるし、嘘が過ぎるとただ空虚なものになってしまう。だって、あんなジョーカーみたいな人、いないじゃないですか。だけど、ああやって現実的な部分と嘘を織り交ぜて構成することで、興ざめすることなくその世界観にのめり込むことができる。北村さんのスタイリングも同じで、多分、嘘の要素をつくれなかったら変わった人が街中にいるっていう風に見えるんです。だけど、その嘘がちゃんと計算されているから、東京の街で撮ってもファッションとして見えるし、すごく写真映えする。そういう意味で、ノーランの話と北村さんのスタイリングには共通点があるなと思っていて。

TNF 嘘の要素を絶妙な配分で入れるためには、どうすればいいんですか。

北村 昔、黒澤明さんのチームいた美術の方と撮影を共にすることがあって。その現場で、夜の土手に桜が満開に咲いていたんです。私が「夜でもこんなに満開に桜が咲いてるんだ」ってばかみたいに言っていたら、「何を言ってんだ、これは半分うそだよ」って。嘘の花を本当の桜の木に接ぎ木していたんです。そのあと、モノクロの映像なのに、ツバキの花がキラキラしているシーンがあって、美術の方が葉っぱの裏に細かいガラスを貼っていたという話を聞いて。それで「本物なんつうのは、映らない」って言われたの。

鈴木 黒澤明の雨のシーンとかもそうですもんね。『七人の侍』も。

北村 だから、あのモノクロも、実は口紅なんかは赤を付けている。

鈴木 モノクロというのは、実際には黒よりも赤のほうがより黒く写るんですよ。だから、やっぱりそういったことをすべて知った上じゃないとできない、うそをつくというのは。

北村 そう。で、そうやって何かを得たと思ったときは、分かった瞬時に自分が変わらなきゃいけない。これは、私が生きてきたなかでの、なんていうか、戒めですね。変わらないんだったら、何ひとつ変わらない。だから、毎日脱皮しなきゃいけないんです。新しい細胞に生まれ変わらないと。私、正しいって好きじゃないんです。なぜかわからないけれど、ペテンが好き。10%のペテンはどうでもいいんだけど、90%のペテンって引っ掛かってもいいかって気分になるじゃないですか。そこまでいくと、なんならみんな気がつかない。私がやっている仕事は、90%ペテン師ですからね。美っていうのは最高のペテンなんですよ。

鈴木 そのペテンを信じられるものにするために、すごくたくさんのレイヤーがあるような感覚ですよね。僕らの仕事は、ファッションやアートを通して、人を巻き込むことで社会を動かしていくということ。政治家が正義だとしたら、僕らのやってるようなことは正義じゃないことだと思うんです。少数派のことをやるべきだから。だからやっぱり、北村さんが言う正義じゃないっていうのはそこですよね。この♯SHE MOVES MOUNTAINSは、すごく面白いなと思って。単純な言葉で哲学的でもある。北村さんの話を聞いていると、いつも自分が動くことで世界を変えてきている。世界中を旅したり、そのなかでいろいろな人や出来事に出会って。先入観なく、自分が動いているからそうやっていろんなものが見えてくるというか。僕は学生に教える機会があって、そこでよく思うんですが、誰かが自分の才能を発掘してくれるって待ってる人が多い。でもやっぱり自分で動かないと。山に登るのと一緒ですよね。登ったら景色は変わります。