Cityscape Chronicles

Architect
Kumiko Inui
なにげない人の暮らしの痕跡や、場所への愛着は
都市のテクスチャーに多様な味わいを生み出す。
直感で「心地いい」と感じる風景には、
どんな性格があるのだろう。
都市で発見した小さな風景を大量に記録して分析を続け、
公共施設から商業施設まで、幅広いジャンルの設計へつなげてきた
建築家・乾久美子に都市探求の視点を学ぶ。
なにげない人の暮らしの痕跡や、場所への愛着は
都市のテクスチャーに多様な味わいを生み出す。
直感で「心地いい」と感じる風景には、どんな性格があるのだろう。
都市で発見した小さな風景を大量に記録して分析を続け、
公共施設から商業施設まで、幅広いジャンルの設計へつなげてきた
建築家・乾久美子に都市探求の視点を学ぶ。

無愛想に思えたアスファルトに水たまりができて、朝の秋空を映し出す。昨夜の雨の余韻は、自然現象と人工物が気まぐれに生み出した豊かな表情のひとつだ。もちろん、生活のシーンにささやかな機微を作り出すのは、水や光などの自然現象だけではない。街に暮らすひとりひとりが時間をかけながら行う、ちょっとした創意工夫によっても街のムードは育まれていく。

建築家の乾久美子さんは、東京藝術大学乾久美子研究室に集まった学生とともに、日本全国で出会った”なんだが気になる風景のポートレート”を撮影して『小さな風景からの学び』(TOTO出版)にまとめた。人の営みが生み出すささやかな風景を記録した膨大な写真を 「等間隔」、「島のような」、「片側からの光」、「偶然生まれた使われ方」など、風景の構造を端的に示す合計150のユニットに振り分けた。

Kumiko Inui

建築家が計画していた範囲のなかに収まらない「生きられた場所」やアノニマスな「読み人知らずの場所」に魅力を感じてきました。なぜそんな風景をいいと感じるのか、記録と分類によって言語化したいと思ったのが『小さな風景からの学び』です。

住まい手が家のまわりに並べた植木鉢が街角にリズムを生み出していたり、誰かが置いた向かい合うふたつのベンチの風景から、たとえ人がいなくても親密な会話が聞こえてくるような気がしたり。こうした、何気ないけれど人の暮らしが息づいていて、しばらくそこにとどまって時間を過ごしたくなる半公共的な風景が、都市設計や建築の課題を解くヒントになるのではないかと考えてきました。

約18,000枚にも及んだ小さな風景を分類する過程では、わざわざ時間を過ごしたくなるような憩いの場所に、どんな物理的な特徴があるのか。人が集まってくるような空間のにぎわいはどのように時間を経て生み出されるのか、といった未来の建築の設計につながるデザイン・パターンを予感できたという。

Kumiko Inui

ものの配置だけではなく、光をはじめ自然のふるまい、人間の行為など、現象的なものも風景を構成する要素のひとつです。つまり、小さな風景とは、空間と人々の活動がセットになっていきいきしている状況なんですね。それは私たち建築家が建物を完成させたときに全てが揃うわけではなく、その後、利用者がどのように使うかということの痕跡が重なった風景です。

つまり、私たちがリサーチでハッと目に留めた小さな風景は建築家だけではデザインできない。そこに出入りする人が、その場所にどう手を加えていくのか。そのような使用のプロセスをも視野のなかに入れた時間軸で建築家は設計を考えていくべきではないかと思うようになりました。建築業界で今まで無視されていたささやかな現象が、自然界の生態系のように連鎖して空間を構築していると考えています。

乾さんは、駅や学校といった公共建築、福祉施設、個人宅や集合住宅、商業施設など、幅広い規模やジャンルの設計を行ってきた。世界遺産の宮島の玄関口である旅客ターミナル、延岡駅周辺整備プロジェクトなど、人々の生活に密接に関わり、移動のハブとなる大規模な空間も手掛けている。街づくりに長期的に関わるダイナミックな計画を考えるにあたっても、あるいは、人の興味を惹きつけてものをより多く売るための商業的な空間を建てるときにも、『小さな風景からの学び』にある徹底的なリサーチ、ささやかな細部への配慮を設計のベースにしてきた。

Kumiko Inui

建築の領域では、近年特に“リサーチ”が重要視されています。基本的なことですが、建築物は所有している土地に建てるものですよね。だから、その中に好きな形のものを建てる権利は基本的には保証されています。しかし、時代を経てさまざまな建物が乱立すると、景観が壊れてしまったり全体で見たときに雰囲気が悪くなっていく、ということが起きます。

昔は「街並み」と呼べるような統一性が残っていましたが、現代の日本のようにここまでバラバラになった今、あたらしく敷地に建てるものは周辺環境に対して考慮をしたものを建てるべきだ、という反省や倫理的な態度が建築業界全体に出てきます。その反省をふまえてリサーチが重要視されるようになった、という経緯があるんですね。私も設計をするときには、この街は、この敷地は、あるいはこのブランドの思想は、施主は、といったように、さまざまな尺度で歴史を探り、どのように成熟してきたのか、その文脈を把握しようと努めています。壁の素材や色をひとつ決めるのにも、リサーチなしでは根拠がないデザインをすることになってしまいます。

しかし、リサーチは、過去にある良い事例をモチーフとして利用したり、意匠のテイストに必然性をもたせるという次元だけにとどまってはいけない、と乾さんは強調する。調査や観察のプロセスは、新しい建築を「なぜつくるのか」という、ある意味で哲学的な問いの答えに向かう手掛かりにもしていかなければならないのだという。

Kumiko Inui

『小さな風景からの学び』は、東日本大震災の後にスタートしたプロジェクトです。2011年5月に被災地を訪れて津波と震災の被害で何もなくなってしまった町を見ました。津波が到達したところと波が来ていない場所はくっきりと分かれるんですね。ここから向こうは何もない、ここから先は残っている、というように。その境界線に立ったとき、ひとつひとつの建物がただそこにある、生活が残っていること自体につよく心が動かされてしまいました。

人の息づかいや営み、場所への愛着が感じられるもの、ちょっとした小屋であるとかベンチだとか、そういうものを無意識に撮るようになりました。
そんななにげない風景こそ、かけがえのないものだと思ったし、人間性や暮らしの時間が重なって生まれる濃密な関係性がいきいきとあると気づきました。そうした存在を無視せずに、思いを巡らせるような視点を建築に携わる人間として記録したいと思ったのも、このプロジェクトをはじめた大きなきっかけです。

『小さな風景からの学び』は2014年に出版されてまもなく10年ほどの時間が経つが、プロジェクトは終わっていない。撮影は続けられ、乾久美子建築設計事務所のホームページにはハッシュタグで「小さな風景」がまとめられている。「エキ」、「ねれる公共」、「みどりのデザイン」、「屋根研究」など、事務所が抱えるプロジェクトに関わるさまざまな街の表情をスタッフが記録している。

Kumiko Inui

細かな分類をしておきながら、あえて小さな風景に通底している共通点を見つけるとするなら、「自分で使う空間を自分で作ろうとする愛着」や「人間性がにじみ出ている空間」だということでしょうか。それに、勝手に出来あがってしまった、という感じの風景が多い。独占的であったりテリトリーを誇示するというよりは、おおらかでオープンな雰囲気がありますね。都会にはプライベートな空間を厳密に線引きしようとしたり管理組合によるルールなどが厳しくあるので、自発的な空間づくりが少しずつ難しくなっていますよね。私たちが撮影した写真の多くは地方都市で撮ったものだ、という事実は、都市の問題も映し出していると思います。

本来、生活には、自分で自分の居場所をつくって好きなことをしたい、という気持ちが基盤にあるのではないでしょうか。今の経済や産業の仕組みは、なかなかそれを自由にさせなかったり、制限するような方向性を持っている。実際に時間的な余裕がないとか、スペースがないとか。しかし、それでも、人の営みが息づく空間はまだある。小さな風景を今も撮り続けているのは、人間が自律的に空間をつくりだそうとする心を忘れないようにしたいから、というのもある。都会にも、自分の居場所をより良くしたいと思う探求の姿勢が、のびのびと実践できるような在り方を建築業界だけでなくみんなで考えていかないといけないなと思っています。