N A O T O S U N O H A R A
春原直人
軽やかな眼差しで
自然の導きを捉える
Introduction: 日本画の技法をベースに、作家自身が山行中に体験した身体の動きを抽象的な風景として表現するアーティスト、春原直人。昨年に引き続き2回目となる今回のコラボレーションでは、国内のクライミングの聖地の一つである瑞牆山を訪れ、5つのアートワークを制作。クリエイティビティの可能性を広げる作家の姿勢に迫る──
今回は瑞牆山のボルダリングエリア内にあるの「皇帝岩」、「岩小屋」、「百鬼夜行」、「夜岩」、「KUMITE」、5つの代表的な課題をモチーフに制作しています。自分の代表作と言われている作品は山を遠くから見た遠景の作品が多いのですが、実は大学院の修了制作時でも近景の岩を描いていました。きっかけは、初めて山をモチーフに選んだ時に登攀した奥穂高の感動を越えることができず行き詰まっていた時期に登った北岳でした。山頂にたどり着いた時はほとんど何も見えないほど視界が悪かったのですが、近くの岩場を見ているうちに、岩自体が小さな山に見えはじめ、ひょっとしたら小さい岩も山になり得るのではないかという考えに至りました。
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自身が登攀する中で蓄積された動作イメージを平面へと昇華する春原。しかし、今回のモチーフに選ばれた瑞牆のボルダーは、これまでとは異なる身体の使い方が求められる対象のようにも思われるが、制作プロセスはどのようなものであったのか。
普段は色使いをモノクロームに絞ることで、逆説的に山にある無数の色を表現してますが、今回は色を使うというアイデアが出たので、一見すると単色に見える岩の奥行きをさまざまな色で表現することに挑戦してみました。ところが、瑞牆に行く前から自分の中で岩の色のイメージは持っていたものの、実際にルートをなぞって岩を観察してみると、光の当たり方や周辺の植物の影響などで想像以上に色に溢れていたことに驚きました。また、改めて課題と呼ばれる岩をつぶさに観察する中で、自然の導きと人間の相互関係の中で一つの形が生まれているという感覚を覚えました。今回はこうした一つ一つの岩に宿る個性から受けた印象や直感的な感覚を大切にしながら作品を制作しています。
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予期せぬ出会いを軽やかに受け入れ昇華する春原。過去や現状に満足することなく、積極的に新しい可能性を取り入れる姿勢は意外な接続をもたらしていた。
また、少し話は逸れてしまいますが、山を描き始めてから初めて色を取り入れた今回のコラボレーション後、出身地の長野にある国内山岳画のパイオニアの一人である丸山晩霞*の記念館で行われた企画展に参加する機会がありました。丸山晩霞は当時の最新の手法であった水彩画を用いて、山の植生にフォーカスした作品を制作しており、そこからインスピレーションを得て、ここでも色を取り入れた作品を制作しました。THE NORTH FACEと丸山晩霞、この2つの出会いから最近では積極的に色を取り入れた作品を自分でも作るようになりました。
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丸山晩霞 (1867-1942)
長野県東御市生まれ。明治期に近代登山が海外から伝わると、丸山晩霞は色彩豊かな水彩 画でその魅力を伝え、日本山岳会にも入会して山岳文化の普及に貢献した。日本における山岳画 のパイオニアの一人。1898年には吉田博とともに40日間に渡って長野、岐阜県境を旅した「日本アルプス写生旅行」を敢行。 太平洋美術会、日本水彩画会、日本山岳画協会創立会員。
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過去と現在に学びながら自身を更新していく春原の目は新しい壁を見据えていた。
日本画は美術のジャンルの中でも日本の伝統的な様式に根ざしていることもあり、良くも悪くも敷居が高いメディアだと思っています。その中で、昨年コラボレーションした際に、自分の作品が洋服になり、アスリートをはじめとするクライマーや街中を歩く人たちが身につけていたり、日本最大級のボルダリングコンペであるTHE NORTH FACE CUPのポスターやゼッケンに使われるなど、これまでの作品の伝わり方とはまた違う広がり方を体験することができて新鮮でした。僕は日本画という壁や枠を超えなければならないと思いながら作品を制作しているのですが、これをきっかけに美術館の外に広がるような身軽な表現をすることができないかと最近では考えています。
また、日々のトレーニングとして、1000枚を目標にドローイングという作業に取り組んでいるのですが、毎日ひたすらに書き続ける中で、自分の癖や新しいカタチを模索することを通じて、改めて「自分の作品とは何か?」を問答しています。今、ある程度自分の作品スタイルやイメージのようなものが定着しつつあるかなと感じてはいますが、自分で積み上げてきたものが良くも悪くも自分を守る壁のような存在になってきているので、それを取り払って、新しい壁をもう一回作り直して広げていきたいなと考えています。
NS
1996年長野生まれ。2020年東北芸術工科大学大学院修士課程芸術文化専攻日本画領域修了。主に山を主題とした作品を制作しており、作家自身が実際に登攀することで蓄積される身体的な動きを筆致に昇華し、抽象的な風景として表現することで、炭や岩絵具といった伝統的な日本画のメディウムを用いながらも、外延性を持った平面作品の新たな可能性を模索している。これまでに、アートフロントギャラリー(東京)での個展『Fragments from Scaling Mountain』や上野の森美術館「VOCA展」(2021)、 銀座蔦屋書店(東京)「エマージング・アーティスト展』(2021)をはじめとする個展、企画展に精力的に参加し、現在最も注目を集める新進気鋭の画家として知られている。
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