ON THE ROAD

最初は驚いたけれど、それぞれ個人が勝手にやっている感じなので、いまはもう気にならない。同時に、このホテルには、人を駄目にしていく雰囲気が漂っているようで、このまま居続けたら自分も、蛍光ピンクの服を着て、木を削りながら、生野菜でコーヒーを飲むような人間になってしまうのかもしれないと思えてくる。

今朝は目を覚ましてから、すでに二時間くらい経っていたが、まだベッドの中にいた。たった一週間の滞在だが、自分もすでに、このホテルの雰囲気に飲み込まれているのかもしれない。なんだか、グズグズした人間になっている。

とにかく部屋を出て、下のカフェにコーヒーを飲みに行こうと思っているのだが、なかなかベッドを抜け出せない。毛布をはいで、「起きるぞ!」と気合を入れて身体を起こしてみたものの、また寝転がってしまった。窓から差し込む陽が強くなってきた。もうすぐ昼になる。

寝転がったまま、光に反射する、しわくちゃの白いベッドシーツを眺めていると、足元のところに、「SANTA MONICA HOTEL」という文字が青くプリントされているのに気づいた。経年劣化で擦れ、だいぶ薄くなっているが、確かに「SANTA MONICA HOTEL」とあるのだ。しかし、このホテルは「サンタモニカホテル」という名前ではない。一瞬、自分が何処にいるのかわからなくなった。

もしかすると、シーツは他のホテルの中古品なのかもしれない。それともこのホテルはもともと「サンタモニカホテル」という名前だったのだろうか? または出入りしているクリーニング業者が間違えて「サンタモニカホテル」のシーツを配達してしまったのか? 謎は深まっていく。

それにしても、全くどうでもいい謎だ。しかし、寝転がったまま。いろいろ考えていたら、「サンタモニカホテル」の「サンタモニカ」という言葉が、子供の頃に住んでいた「三多摩(地区)」に似ているような気がしてきた。「サンタマ」に「サンタモニカ」。

三多摩とは、東京都の西にある多摩地域のことで、西多摩郡、北多摩郡、南多摩郡からなっている。自分は、北多摩の出身だが、この三つの地区で育った子供たちは、地域社会を勉強するときに、必ず「三多摩」という名称が出てくる。

「サンタモニカ」と「サンタマ」、やはり似ている。サンタモニカには海があるが、サンタマには海はない。でも、サンタマには多摩川とういう一級河川がある。そして川の水は海に、太平洋に流れ込む。

多摩川を流れていた水が海に出て波となり、年月を経て、サンタモニカの浜辺に波となって到達してもおかしくはない。

さらに、サンタモニカの浜辺に打ち寄せる波が、再び太平洋を漂い、蒸気になって、雲になり、流れ流れて、三多摩に雨を降らすことだってあるはずだ。その雨は、ふたたび多摩川を流れていく。

サンタモニカの安ホテルのベッドの上で、このように、どうでもいいことに思いを巡らせながら、ぼくは、三多摩に住んでいた頃を思い出していた。

子供の頃は、多摩川で釣りをして、水遊びをしていた。学生時代は、多摩川の土手をよく走っていた。お金はないけれど、時間はあった。そして悩みもあった。気持ちがモヤモヤして、目的が定まらず、未来が茫洋としていた。よくある青年の悩みだ。

そんなときは、もろもろを解消するため多摩川の土手を走った。走っているときは、なにも考えないでいられた。でも、いま考えれば単に暇だったのかもしれない。

三多摩地区から多摩川沿いを下流に向かって走り、調布に行って戻ってきたり、二子玉川まで行って戻ってきたりした。川崎まで行って立ち食いそばを食べて戻ってきたこともある。さらに、羽田まで走って行ったこともあった。そして、ここまで来たならばと思って、トンネルを抜け、羽田空港まで走ってみた。それから到着ロビーで、汗まみれのTシャツに短パン姿で、自動販売機で買った水を飲んでいると、空港警察の人に怪しまれ、職務質問をされた。

その後は、また走って帰るもの大変なので、電車で戻ることにした。「電車で戻る?」「ここまできたら走って帰れ」と、自分の詰めの甘さに文句を言いたくもなったが、このように中途半端なところが多分にあるのが自分のダメなところでもある。

しかし電車に乗って帰ると決めたものの、寒い時期だったので、走っているときは良かったけれど、自分の姿は、Tシャツに短パンだった。だから他の人がコートやジャンパーを着ている中、Tシャツに短パンで、電車に乗るのは、さすがに恥ずかしかった。でも走って帰りたくはない。そこで色々考え、走っている最中に足を怪我して、仕方なく電車に乗っているという設定を自分に課した。

だから吊革につかまりながら、片手で太ももを押さえたり、揉んだりしながら、とんでもない苦痛を感じている顔をしていた。するとその演技が迫真にせまっていたのか、過剰だったのか? 僕の前に座っていた女性が「大丈夫ですか?」と声をかけてきて、席を譲ってくれそうになった。しかし、そんなことを言われると、急に恥ずかしさがこみ上げてきて、今までの苦痛の顔はどこへやら、ヘラヘラ笑いながら「大丈夫です」と答えると、その女性には不審な顔をされてしまった。

ここでも中途半端な自分が出てしまった。どうせなら苦痛を演じ続けるべきだった。

それにしても、本当にどうでもいい思い出ばかりが蘇ってくる。でも、どうしてこんなことを思い出しているのかといえば、自分がいま、アメリカのサンタモニカに居るからで、サンタモニカとサンタマが似ているからなのだった。

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