都市の野生 – 植物が街を変える100年後を想像してみる

 街なかにはたくさんの植物が生えています。庭に植えた果樹や玄関先に置いたプランターや植木鉢もあれば、道の植え込みには定期的に刈り込まれる様々な植物も生えています。そんな管理されたものとは別に、というよりも管理の隙きを縫って生えてくるのが“雑草”と一緒くたに呼ばれる様々な植物たちです。人間からすれば邪魔や余計な存在と思う人もいるかもしれない“雑草”たちは、たくましい生命力でどんな環境でも、自らの命を育む環境を自分たちで作り出していました。
 もし街から人が消え、そこここの植物たちが自由に育つことができたら、街はどんな風に姿を変えるのか。100mを1時間かけて歩き、植物を観察する植物観察家鈴木純さんと一緒にある街のワンブロックを歩きながら考えてみました。

鈴木さんは、普段フリーの植物ガイドとして、普段なら徒歩10分で歩く道を、100分かけて植物を観察しながら歩く「まちの植物はともだち」観察会をしています。

一緒に話をしながら歩いていると眼の前の風景が、植物を中心にくっきりはっきり微細に見えてくるんです。きっと10分を200分にしたって歩けるのでしょう。

さて、今回は上野駅にほど近い、元小学校だった建物がある区画を歩いてみます。

植物自体が土地を改変していく

植物自体が土地を改変していく

―― 今日は、街を歩きながら植物を観察して、そこここに生えている植物たちは、どうやって生まれ、もしそのまま育ち続けたらその環境、植生は一体どうなっていくんだ? ということを妄想しながらできらたと思っています。よろしくおねがいします!

鈴木 よろしくおねがいします。まずですが、基本的に森ができていく過程には順番があるんですね。例えば火山が噴火したあとの溶岩流上であれば、苔や地衣類がまずでてきて、次に一年で枯れて生え変わる一年草が生えてきます。するとその下に影ができます。一年草なので、一年で枯れてそれが土壌になります。少し豊かになった土壌に多年草が生えはじめます。そうやって植物自体が土地を改変していくんですね。

―― なるほど、そうやって空き地みたいな特に何もなかった場所にどんどん植物が生えていくんですね。

鈴木 そうそう。その次にやっと木が生えてきます。明るいところに生える陽樹にはじまり、それが伸びていった後の陰に陰樹という暗いところでも育つ木が生えてくる。陰樹は、椎や樫の仲間で、東京なら最終的にはそういうのが主になっていきます。こうした時間とともに環境が変化していくことを「植生の遷移」と言い、陰樹で構成が決まって安定した状態が「極相」で、以後基本的には大きな変化はありません。この辺りはまだまだ草地なので、これから何百年、何千年スパンで見ていく感じですね。

―― 相が変わっていくスパンは、土地ごとに違うわけですね。

鈴木 そうです。たとえば噴火後の土地なら、裸地から陰樹林になるまで1,000年以上はかかるのではないかと言われています。でも結局その1000年を誰も見たことがないので、実際のところどうなるかはわからないですよね。

―― たしかに写真で記録できるのもここ百数十年ですし、絵でも記録に残っているものは少なそう。

鈴木 しかもいままさに気候変動が問題になっていますが、1,000年スパンだと気候条件も変わってしまうから、いま想像する1000年後の極相と、実際に1,000年経った後に出来あがる森は違うものになると思うんです。人為的な気候変動だけではなく、およそ1万年前に最終氷期が終わったわけで、それも考えると時代ごとに異なる自然があったのだと思ったほうがいいわけです。

蔦の葉が枯れて落ちて、溜まり、分解され、
土になってそこに他の植物が根付いた

植物自身が土壌になっていく

―― この建物は、1990年に小学校の統廃合があり、そこからは学校としては使われていないそうです。

鈴木 花壇のような場所に生えている木は、ヤブツバキです。かつて人が植えたものだと思います。その下にある同じような葉は、自然に実が落ちて、運ばれた結果生えたものですね。

―― 庇の上に植物が見えますが、土がないはずの庇の上は、いつの間にか植物が生える環境になったんですね。

鈴木 庇に元々土があったとは思えないので、この30年の間に土壌ができて草が生えてきたんでしょうね。上にある蔦の葉が枯れて落ちて、溜まり、分解され、土になってそこに他の植物が根付いたのだと考えることはできます。

―― 庇が土壌と種の受け皿になったわけですね。

鈴木 30年経つと葉っぱの堆積も土に変わる。都市の自然のサイクルですね。

―― 庇からさらにこぼれたものが、下の地面でまた根付いている。

鈴木 庇の上と地面で同じ青いツユクサが生えてますよね。キク科の植物は放浪種といって種が綿毛で飛ぶので上の方にも生えるんですが、ツユクサは放浪種じゃないのにどうして上に行けたんだろう。台風が来た時の強風であがったのかもしれませんね。

地面にはツタバウンランがありますね。地面は這うけど、壁には上がっていかない。たまたま地面に着地して生えます。種がだらんと垂れ下がって、実がポロポロ落ちて増えていく。

1000年スパンで見た時、ビルは岩になる

鈴木 ビルの間にもひょろっと木が生えてますね。楠の木かな。1000年スパンで考えると、人間の手を離れた都市では、最終的にビルは自然のなかの巨大な岩の代わりになって森をつくる景色のひとつになるかもしれません。岩場には乾燥に耐えられる樹木が優先する樹林ができます。気候条件としては最終的に森になるとしても、建物があることで森になるのが難しい場所もあります。それがあの建物の間に生えた木の成長を見てわかります。あのくらいの高さになれば、本来はもっと幹が太くなっているはずなんです。

―― 建物が土台になる場合もあるけれど、成長を阻害するものになる場合もあるわけでね。

鈴木 そうです。だからあれくらいしか育てない。となるとこの空間に関しては、森のようにはならないと考えるのが妥当ですかね。

―― これは花が咲いた後の何かですか?

鈴木 ナツヅタの花か蕾か、こういうのが分解されて溶けて積み重なり新たな土壌になります。そこに新しい植物が生え、新しい植生が始まっていくんですね。人が踏まない環境だったらどんどん増えていきますよ。

―― 地球という大きな岩の上に植物が繁茂してきたように、アスファルトやコンクリートという名の岩に積み重なっていくわけですね。

鈴木 そうです。これからの可能性を考えてみると、日本は度々大きな台風がありますけど、窓が割れたりもしますよね。そうすると中に葉が落ちて堆積し、土になることも起きていきます。陽が入らないと大きな成長は難しいかも知れませんが、暗い環境でも生きられる植物が育っていきます。

―― コンクリートではなく木造建築だったら未来の姿はまた違うものになっているかもしれない……?

鈴木 そう思います。朽ちますから、朽ちれば土壌になります。朽ちれば建物の敷地サイズの広場ができるということで、大きな建物は森になる可能性は高いです。

―― 枯れた蔓と元気なものが一緒に生えているように見えますね。

鈴木 根を切ったんじゃないかな。この蔓植物はナツヅタといいますが、この壁に這っているものの根本を探すと、どこかで地面にくっついている場所があります。だから大本の幹を根から切り離せばその上にのびていた蔓は枯れてしまいます。蔓は建物全体を覆ったりしていることもありますけど、元をたどると意外と株自体は少なかったりするんです。

外側だけ残って大きな鉢になる。
そうすると建物が巨人のための鉢みたいになるかもしれない。

人間は植物の何を受け入れ、何を排除する?

鈴木 このプランター、見てください。こういうところにある植物も、根が成長したり、プランターの素材が劣化したりしていづれ割れて出てきてしまうわけです。プランターから土がこぼれて他の植物の新たな土壌になれば、次の世代が更新されていく可能性もある。50〜100年スパンで見るなら、注目ポイントではありますね。

―― 先程の建物も、上の防水が劣化したらそこから水が漏れてそこから種や有機物が入り込むことがあるかもしれないですね。

鈴木 建物を岩山に例えましたが、屋根や屋上が抜ける可能性もあるということですよね。

―― 抜けるかはわからないですが、防水が劣化してひび割れして、水漏れが起きていくので、そのまま水が侵食していけば亀裂とかは大きくなっていくかもしれません。

鈴木 もし屋上や屋根が抜けたら建物の外枠が残って中に水も入り、日も当たるわけですね。

―― 抜けたら大きな空洞になって大きなポットみたいになるかもしれませんね。

鈴木 外側だけ残って大きな鉢になる。そうすると建物が巨人のための鉢みたいになるかもしれない。そうなったらおもしろいですね。外枠だけなら、枝も伸びることができるし、本当にありえるかもしれませんね。

―― いま高層の建物も木造で作れるようになってきています。進めば進むだけ、朽ちた建築物が植物のための受け皿になるかもしれない。ここだけ見ても人間が作ったものは自然に負けるというのがよくわかりますね。

鈴木 管理しきれないわけですよね。人の手が入り続けないと自分の暮らす環境が維持できない。

―― 逆を言うと、生活しているうちは無意識に排除し続けてるということですよね。

鈴木 人間にとってのイレギュラーなものをどんどん外に出していっているということですね。

―― 自然を欲して作った庭に生える雑草と戦わなきゃいけないという。

鈴木 自然を求めているけれど、生活環境に入ってくる野生の自然は求めていないわけですね。

予測不可能で不安定な土地は、日本の在来植物にとっては不利な条件となることが多い

環境が変われば植物も変わる

鈴木 ちなみにいま歩きながら目にしている植物のおよそ9割は外来種です。物流が世界規模で盛んになるにつれて外国から侵入する植物は増えてきました。都市は、いつ土がはがされて攪乱されるのか予想がつかない土地です。土壌がはがされると、土のなかの養分が失われ、保水力も落ちます。こうした予測不可能で不安定な土地は、日本の在来植物にとっては不利な条件となることが多いです。じつはこれは外国の植物にとっても同様で、外国からやってきた植物の多くは日本に定着することなく、一時的に侵入してすぐに消えてしまいます。ですが、なかにはこうした都市環境に適応できる植物がいて、結果的にそればかりが都市に残るようになります。

―― 外来種は永遠に外来種扱いなんですか?

鈴木 これ難しいんですが、基本的には外国から来たものを外来種とよぶわけですけど、「帰化種」という場合には、よそからきて自力で世代交代をし、自力で分布を広げているものという意味合いが含まれてきます。

そして帰化植物は、侵入してきた時期によって様々に区分されています。まずは、「史前帰化植物」とよばれるもの。これは、2000年前までさかのぼります。稲作の伝来とともにやってくるなどして、日本で帰化状態になった植物を「史前帰化植物」とよびます。ただ、これらにはナズナやハコベなど、いまの日本人にもお馴染みの植物が含まれていて、一般的にはこれらは日本の在来種として扱われることが多いです。なので、帰化植物をどこで分けるかは、おそらく人によって考えることが変わる話だと思います。2000年以上前の話だとしても外国からきたなら帰化種でしょと言われたら、そりゃまぁそうですね‥。となりますし。

―― 線引きの厳密さがいろいろあるわけですね。

鈴木 でも、そんなことを言ってしまうと日本の植物はほぼ帰化植物になってしまいます。逆に、じゃあ何年経ったら帰化種から在来種にしてくれるんだとなると、それはそれでそういう問題じゃないような気もしてきます。

一応いまは、安土・桃山時代から江戸時代かけて日本にやってきたもの(近世渡来帰化植物)を帰化植物として扱うことが多いですが、たぶんそれはその頃からようやく文献が残るようになってきて、その植物がいつ侵入してきたかが推測できるからかもしれません。

−− それは島国だからこその問題意識なのか。

どうでしょうかね。もっと長いスパンで考えればかつて日本も大陸の一部だったわけで、そうするといつ何が日本にやってきたのか、もはやわからなくなってきますけどね。

植物のことって、いま生えているここだけで考えてもわからないことがたくさんある

ここに生えているということだけではわからないことも多い

鈴木 ここにエノキが生えてますけど、50〜100年スパンで見ると大木になる木なんですね。鳥が種を運んだんじゃないかと思います。根がプランターを破壊していくので、横にある電柱を木が生えていると判断して横に伸びていくでしょうね。電柱なので上に行くと枝葉がないことがわかって、最終的には榎の枝や幹が電柱を巻き込みながら大きくなっていくと思います。

―― コンクリートだから根に限界がありますよね。

鈴木 そうですね。でも、仮にいま人類が絶滅してそこから50〜100年経ったとしたら、アスファルトも割れて草も生えていくはずなので、大きくなっていく可能性はあります。ここにあるカエデとツツジはなぜ一緒に生えてるんだろう。カエデを住民が勝手に植えたのかもしれないですね。



―― ツツジは業者が植えた?

鈴木 そうですね。元々ツツジが植えられていて、カエデを誰かが植えたんじゃないかな。もしかしたら風でというのもありえます。

そして、これ里芋、ですかね。いや、クワズイモかなぁ。にしては茎があまり太くないし。ハスイモの可能性も…。すみません、立場上本当はわからないといけないんですけど、こういうのって唐突すぎて現場でパッと見で識別しようとすると混乱してしまうんですよね。なにせ、そもそもこれらは東京に自生するものではないので。花を見るか、根っこを掘ってみるかすればわかるかもしれないですけど。ただ、いずれにしてもサトイモ科ではあります。こうしたサトイモ科の仲間は東京よりももっとあったかくて湿度の高い場所が原産地であることが多いです。

葉に強い撥水性があるのは、雨がよく降るところだと、その雨が葉っぱの上にたまったりして植物自体が折れてしまったりするので、それを避けるために水をはじくようになってるのかも知れないですね。植物のことって、いま生えているここだけで考えてもわからないことがたくさんあるんです。

―― この環境で生まれてそうなったわけではなく、その機能をもってここに根付いちゃっただけの場合があるから。

鈴木 そうそう。原産地で考えるというのは大事です。あとは、仮にこういう場所に里芋が生えていたとしたら、誰かが畑として植えた可能性だって考えられますよね。あとは誰かがここに生ゴミを捨てて、それがという流れだってありえます。

―― あぁ、なるほど! ごみ集積所だったという可能性もありますね。ごみ集積所という目線で植物を見ていくのおもしろいかもしれないですね。

銭湯とお蕎麦屋さんに囲まれた空き地のシダ植物

鈴木 この空き地はシダがすごいですね! シダが優先しているのはなんでなんだろう。シダは別世界で、自分の守備範囲外なのでわからないな。シダはシダ屋さんがいるんですよ。

―― シダ屋??

鈴木 シダはシダ屋、苔は苔屋がやっていて、僕は草と木。僕は種子植物の専門なんですよね。シダは種を作らず胞子で子孫を残すので、生き方がちょっと違うんです。なので、僕にとっては専門外というわけです。たまになんでもわかるすごい人もいますけど、基本的にはそれぞれの人が、自分の専門を深めていることが多いですね。

―― なるほど。棲み分けが意外としっかりあるんですね。

鈴木 これは中国原産のキササゲですね。この周りにキササゲがないので、土地の持ち主が以前から植えていたのかも知れないですね。

―― ひょろひょろと伸びているのはなんですか?

これは実ですね。あの花が伸びて実になっていく。

―― へー、あんな風に伸びていくんですね!

鈴木 これが種ですね。こんな感じに豆みたいに並んでいます。

―― インゲンみたいですね。

鈴木 ビワがあるのは隣の霊場にあるビワが親で、種が飛んできたんでしょうね。

パイオニアであり涙ぐましい英雄

先駆者であり英雄としてのパイオニア植物

鈴木 パイオニア植物のアカメガシワがありますね。アカメガシワはすごく成長が早くて、乾燥にも強く直射日光に耐えられる。なぜパイオニア植物と呼ぶかというと、何もない場所に最初に生えて一気に伸び、下に影を作るから。そうすると熱や乾燥の厳しい環境が緩和されて次の植物が生えてくるようになるんです。つまり林を作る最初のきっかけになる。だからパイオニアと呼ばれています。おもしろいのは、新芽のアカメガシワは赤い葉をこすると緑色になるんです。毛を赤くして紫外線対策をしているのと、毛をびっしり這わせることで虫の食害を防いでいます。

―― パイオニアとして役目を果たすべく防御態勢まで整っている。

鈴木 大きい葉にアリがたくさんいますよね。この葉の根元が蜜を出しているところなんです。蜜で呼んで葉をアリの縄張りにしてもらい外敵を追い払ってもらっています。新芽のときも対策しているし、葉が大きくなってからも対策をしている。

―― アリとの共生関係があるんですね。

鈴木 アカメガシワは、土があまりない場所でも伸びていけるのもパイオニアとして優れた要因です。効率よく陽の光を集めるために、葉っぱ同士がかぶらないようになっています。葉の大きさと付け根の葉柄の長さで調整している。上から見ると面を作っているように見えますよね。

―― 細かな生存戦略があるんですね。アカメガシワが日陰をつくって、そこに次の植物が芽を出すというのはまさにこの状況ですね。

鈴木 自然界として大事な役割を果たしている。土が乾燥していると流されていくんですが、日陰は蒸発もしにくい。日陰は植生が進むためにとても大事で、誰が最初に日陰を作るのかがポイントです。

―― 日陰をつくるものが、未来をつくる。

鈴木 でもアカメガシワはかわいそうというか、はじめの2、30年は生きているわけですけど、その下で違う木が出てくると、その木に追い越されちゃって、アカメガシワは役割を終えるんです。

―― なるほど。先陣切って、場を作ったら役割を終えると。パイオニアであり涙ぐましい英雄ですね。

鈴木 街なかでは林にはなっていかず、この環境が続くので、アカメガシワもこのまま生えているんですよ。

―― この葉の葉脈のできかたもおもしろいですね。

鈴木 そうですね。植物のかたちの多様化は正解があるわけではなくて、いろんなパターンの創意工夫があります。でも全部たまたまなんです。そのたまたまがいまいる環境にたまたま合ったから生きている。この形がいまは無意味かもしれないけど、1000年後の世界では意味を持つかも知れない。模様のバリエーションがひとつしかないと、それが環境に適しない時に全滅してしまいますから。この大きい木もアカメガシワですよ。状況が許せばこんなに大きくなるんです。

よき隣人として付き合っていければ

意外と都市はすぐ環境を変えるかもしれない

―― あ、ここすごいですね! これは、なんだ……。土が延びてきてますね。

鈴木 レモンバームですね。これは育てていたものの鉢が壊れて溢れ出ちゃったんでしょうか。横に伸びた樹木みたいになってますね。植物の特徴のひとつですよね。自分自身で環境を改変していく。

―― かなり薄い土に生えてきていますね。

鈴木 金のなる木もビワもありますね。サボテンは環境が合わなくなってきたんでしょうね。湿潤な環境になってきたのかも知れませんね。

――こういう溢れ出るたくましさは植物の強さだし、おもしろさですね。今日見てきたいろいろなところで、偶然から始まって環境を自ら作り出して、居場所をつくっていました。コロナ禍で人の手が入ることが減ったこともあるのかもしれませんが、人間がいなかったら、思ったよりも早く街は植物で溢れかえるのかもしれないなという楽しさも、怖さもありました。

鈴木 街は、人の意思によって整えられてきた人工的な空間です。人にとっての目的が優先されるので、計画に必要のないものは排除されていく。でも、そんな場所にも植物は生えてきます。そして植物の世界をたくましく構築していく。街にとってのイレギュラーな存在である植物は、この世に生きているのは人だけではないんだよ。という当たり前のことを思い出させてくれる貴重な存在です。邪魔者にせず、よき隣人として付き合っていければいいのかなと思っています。