PLANET vol.3 ALASKA/HIROYUKI YAMADA

ALASKAVol.3 / HIROYUKI YAMADA

© Hiroyuki Yamada
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地球温暖化の影響を雄弁に語る存在として、世界各地の溶けゆく氷河の様子がインターネットやテレビで配信されています。

巨大な氷の塊が海へと向かって崩壊する写真や映像を見たことがある人も多いでしょう。

太陽の光を浴びて青く神秘的に輝く巨大な氷のかたまり。自然がつくりあげた造形美に魅了されて、七年前から氷河の写真を撮り続けてきました。

氷河とは何なのか? 

過去に降り積もった雪が氷となり、自らの重さで山の斜面を削りながら流れ、動いているものが、氷河と呼ばれるものの正体です。

氷河は、大きく二つに別けられます。南極大陸やグリーンランドのような広大な平野を覆う大陸氷河と、アルプス、ヒマラヤなどの高い山にできる山岳氷河。

僕が撮影を続けているのはアラスカに点在する山岳氷河です。

北米大陸北西部に位置するアメリカ合衆国49番目の州。
北緯50度を超える高緯度にあることから気温は年間を通じて低く、氷河の浸食作用によって形成されたフィヨルドと呼ばれる複雑なかたちの入り江や、永久凍土が地下に広がるツンドラ大地など、極北特有の地形が広がっている。さまざまな野生動物の生息地としても知られ、夏には多くの観光客が訪れる。
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ラストフロンティア

アラスカは北米大陸の最北部に位置するアメリカ合衆国の州。その面積の大半は森林や山地で占められ、人の手が全く入っていない原生地域が今なお多く残る、まさにラストフロンティアというニックネームに相応しい自然の景色が、アラスカには広がっています。

アラスカはカナダや北極圏と州境を接し、高緯度に位置しているため年間を通じて気温が低く、厳冬期には気温が氷点下数十度にまで下がる地域もあります。

僕がアラスカへ初めて足を踏み入れたのは今から二〇年ほど前。

きっかけは、スノーボードでした。

標高数千メートルを超える雪山の斜面を滑り降りるエクストリーム・スノーボードと呼ばれるスタイルが当時、世界的に注目を集めていました。写真家への道を歩みはじめていた僕は、命がけで斜面を滑降するスノーボーダーたちの勇姿やその背後に広がる雄大な自然の風景をフィルムに収めてみたいと思い、アラスカを目指すことにしたのです。

九七年、初めて降り立ったアラスカは、何もかもが規格外の魅力に満ちた世界でした。眼前に広がる雄大な自然の美しさと、そこに暮らす人々の独特なライフスタイルに惹かれ、それから毎年のように僕はアラスカへ、カメラと共に通うようになったのでした。

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氷河のしくみ

ところで皆さんは、氷河がどのようにしてできるか、ご存知でしょうか。

その形成過程を、手をつかって説明してみましょう。

まずは手の甲を上に向け、指先を少し下の方へ傾けて、その指を広げてみてください。手の甲は山の高いところに広がる氷原で、指は山の尾根と仮定します。この山は寒いところにあるので冬になると大量の雪が降り積もります。山に積もった雪は重さによる圧力を受けながら融解と凍結を繰り返し、より純度の高い氷の粒へと姿を変えていくのですが、このとき氷は自らの重みで山の側部や底部を削りながら、指と指の隙間にあたる、標高の低い方へと流れていきます。

このような動きを繰り返すことで、もともとは緩やかだった山も数百年以上もの時を経て急峻なかたちへと姿を変えていきます。アラスカの雪山の急斜面も、このようにして氷河によって削られてできたものなのです。

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記録するということ

九〇年代後半から二〇〇〇年代半ばにかけて、ほぼ毎年のようにアラスカに通って撮影を続けるうちに「あの山の頂上付近で青く輝いている氷河の向こう側には、どんな景色が広がっているのか?」という疑問を抱くようになりました。

これまで何げなく目にしていた氷河だけれど、雪や氷の状態にまでは想像が及んでいませんでした。しかし、アラスカの地元の人たちにとって氷河は馴染みの深い原風景の一部。彼らとの交流が深まるにつれて、彼らが大事に思っている氷河の本質にも触れてみたいと考えるようになったのです。

氷河という言葉から多くの人たちがイメージするのは先に述べたような、海岸線にそそり立った巨大な氷の壁が崩れ落ちる様子でしょう。しかしそれは数万年という長い歳月をかけて姿を変え続けている氷河の一生のうちの最期の一瞬の姿に過ぎません。僕が見てみたかったのは雪から氷へと変化を続けながら成長を続けている、生命力に満ちた氷河の様子でした。

アラスカで有名なブラッドフォード・ウォッシュバーンという写真家がいます。二〇世紀初頭から半ばにかけてアラスカの未踏峰を幾つも攻略した冒険家で、地図測量の分野でも活躍した人物ですが、その彼が大判カメラで撮影したアラスカの氷河の写真に触れたことも氷河撮影に取り組もうと考えた理由のひとつでした。モノクロームフィルムに記録された、そびえ立つ山のあいだを悠々と流れる氷河。それを見たとき、芸術的な美しさを感じると同時に、わずか一〇〇年のあいだにアラスカの大事なものが速いスピードで消えていっていることに気付かされたのです。

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氷の奥の世界へ

ウォッシュバーン氏の写真は主に山と氷河の関係をワイドレンジで捉えたものでしたが、僕はそれとは対照的に至近距離から現代の氷河の状態を記録したいと考えました。

氷河を間近から撮影した写真は実はそれほど多くは存在しません。山上の氷河地帯までは山道を何日もかけて歩いていかなければならないからです。

さらに、そこへ行くことができる季節は厳冬期に限られます。アラスカの気候は年間を通して冷涼ですが盛夏には気温も上昇し、氷河や雪が溶けて沢が生まれたり、トレイルが藪に阻まれたりしてルートが遮断されてしまうのです。

いっぽうで厳冬期は日照時間が短いため温度も上がらず、渓谷は降雪で埋まりそこに平らな雪原が出現するため、比較的自由に歩き回ることができます。氷上のワカサギ釣りが氷の張る冬にしかできないように、アラスカの氷河の近くの渓谷を旅するには厳冬期の方が、かえって都合が良かったりするというわけです。僕はスノーボードの撮影で雪上の移動に慣れていたこともあり、いつかは山の奥にある氷河を目指す旅をしてみたいと考えるようになりました。

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青の宮殿

七年前の冬のある日、それを実行に移す日がやってきました。気温マイナス数十度の凍てつく空気のなか、雪に覆われた平原をクレバスに注意しながら歩き続け、ついに辿り着いた氷河地帯。そこには、これまで見たこともないような世界が広がっていました。

山の稜線から流れ落ちた雪が氷の固まりとなって押されて出来たものが氷河であることは既にお話しましたが、その流れはひとつの方向に向かうだけではなく、周囲の地形の影響を受けて、ぶつかり合ったり交差したりと複雑に入り組んでいます。ぶつかり合った氷河は、ときに大きな亀裂や断層を生じ、氷の洞窟のような空間を生み出します。

そんな空間に身を置いてみると、なんとも不思議な気持ちに包まれます。四方を透明な氷に覆われた空間には風も届かず全くの無音なので、まるで地球の全ての時間が止まったかのような錯覚に陥ります。また、透明度の高い氷の壁は、その奥の、そのまたずっと奥の方まで透き通って見えるので、まるで氷の宮殿にでも迷い込んでしまったような気分です。

コバルトブルー色のゼリーに包まれたかのごとく神秘的な空間で、僕は無心でシャッターを切りました。

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地球温暖化のスピードを体験する

そんなアラスカ特有の美しい景観も、残念ながら近年の温暖化の影響により急激にその姿を変えつつあります。

この冊子の真ん中あたりに掲載した看板の写真は、そうした状況を裏付ける証拠のひとつといえるでしょう。

この看板はアラスカ南東部に位置するトンガス国立公園内のメンデンホール氷河リクリエーションエリア付近の山稜に立てられたものです。

アラスカには大小あわせて数百の氷河があると言われていますが、そのなかでもメンデンホールは最大級のスケールを誇る氷河のひとつ。その圧倒的な景観を目当てに年間五〇万人もの観光客が訪れる人気のスポットです。

看板の数字は、それが立てられた年で、その年代までは氷河の端が確かにこの場所にまで迫っていたことを意味しています。一九一〇年から始まって、奥へ進むにしたがって七五年、八〇年、八五年という具合に現代へと近づいていきます。

麓から氷河の端までは徒歩で約二時間。距離にすると八キロ程度ですが、八キロぶんの氷河が約一〇〇年のあいだに失われてしまったことになります。

押し出された氷が一メートルの距離を進むには数百年から数万年もの時間を要すると言われています。それが温暖化の影響で、わずか一〇〇年で消滅してしまった。その後退の速度を初めて身をもって感じたとき、僕は思わず言葉を失ってしまいました。

アラスカの氷河は、現代の世の中で最も早いスピードで姿を消しつつあるものの一つなのです。

© Hiroyuki Yamada

ノース・トゥ・ザ・フューチャー

地球温暖化がアラスカの自然環境に与えている好ましくない影響の例は他にも挙げることができます。

海にまでせり出していた氷河の末端が、わずか数年のあいだに陸に上がるかたちにまで退行してしまったり、山の尾根の合間を流れていた真っ白な氷河の中央に離島のような岩が姿を現しはじめたり。また、永久凍土の大地が溶けて倒木や家の崩壊などの被害が頻出しているというニュースが地元の新聞やラジオでも報じられるようになりました。

昨年のアラスカの夏は平均気温が三〇度以上にまで上昇したせいで空気や森林地帯が乾燥し、それによって起きた山火事の被害が人々の暮らしを脅かしました。アラスカの夏の風物詩としてよく見られたバルコニーでのバーベキューパーティも、火の粉が火災の原因となることを恐れて誰もが控えるようになってしまいました。これも温暖化が引き起こした変化といえるでしょう。

もっとも、氷河が後退しているからといって、そのすべてが近年の温暖化の影響と単純に結論づけることはできません。氷河の前進や後退は気温に加えて降雪量や氷河の流動速度など、さまざまな条件の総合的なバランスによって決まるからです。

地球温暖化の本当の原因については現在でも研究者たちのあいだで、さまざまな意見や憶測が交わされています。

地球温暖化は人類が排出している温室効果ガスが原因なのか? 自然要因によるものなのか?

その答えを明言することはできませんが、いずれにしても、この美しくも神秘的な氷の世界が二度と見れなくなってしまうとしたら、それは、とても悲しいことだと思います。

もちろん悲観してばかりはいられません。温暖化が人類全体の活動に起因しているとしたら、地球上の人たち全員の力をもってすれば必ず食い止めることもできるのではないかと僕は信じています。かつて誰も足を踏み入れたことのないアラスカの荒野を開拓してきた歴代の冒険家たちも、そうして自分たちの力を信じながら命がけで新しいフロンティアを切り開いてきたのです。

彼らの開拓者スピリットに倣って希望を捨てることなく、これからもアラスカの自然の変化を注意深く観察しながら、さまざまな氷河の表情をカメラで記録していきたいと思っています。

© Hiroyuki Yamada

山田 博行(やまだひろゆき)写真家。

1972年、新潟県生まれ。写真家。武蔵野美術大学造形学部映像学科卒業。自然の風景やスノーボードカルチャー、人間の視覚や感覚などをテーマにした写真作品の制作・展示を中心に、広告やC Fの撮影も手がける。映像作品に「End of The Line」(Fullmarks)、「Journeys 2」(Cybird)、写真集に『Tuesday』(Bueno books)、『apppppppleee』(同)など。2013年〈Japan Photo Award 2013〉受賞。

https://www.instagram.com/hiroyukiyamada/

Perhaps god save the queen, only man can save wilderness

神は女王を護るかもしれないが、
自然環境を護ることができるのは
私たち人間に他ならない

これはザ・ノース・フェイスが創業して間もない頃の製品カタログに記された言葉です。以来、半世紀に渡って私たちは自然保護の大切さを繰り返し訴え続けてきました。ところが残念なことに、自然環境をめぐる状況は依然多くの問題を抱えたままです。私たちは自然を護ることが本当にできるのだろうか。それには何から始めるべきか。
自らに問いかけた課題を解くためにザ・ノース・フェイスは、持続可能性や製造責任を追求し、リサイクル可能な新素材による製品づくりを始めました。プロダクトのパフォーマンスを最大限に高めながら、環境への負荷を最小限に抑える。この地球という美しい惑星を護るための私たちの新たな取り組みに、どうぞご期待ください。

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