風とともに生きている生き物たちがいる(鳥以外にも)

モモンガ、カラス、コウモリ、フクロウ、クモ、ゴミムシ、スカンク…

  • FEATURE
  • 2021.12.8 WED

 人間がそうであるように、動物が生きる上で水が絶対に必要なことは誰しも知っています。植物そのものはもちろん、植物を育み、動物や昆虫の住処にもなる土が必要なことも知っています。「じゃあ、風は?」と考えてみると、どうでしょう。空を飛ぶ動物は何となく想像できますが、他にはどんな役割や意味があるのでしょうか。
 公立鳥取環境大学で動物行動学を教え、『先生、大型野獣がキャンパスに侵入しました!』などユニークなタイトルの「鳥取環境大学の森の人間動物行動学」シリーズでも知られる小林朋道教授に、風と動物の関係を教えてもらいました。

鳥はなんの力も要しない。嵐という盲目の巨人がいっさいの必要な仕事をしてくれる。

『ソロモンの指環』コンラート・ローレンツ/日高敏隆訳(早川書房)

動物と風

 「動物と風」と聞いて、まず、私の頭に浮かび上がるのは、「動物行動学」という分野の樹立という功績によってノーベル賞を受賞したコンラート・ローレンツが、大衆向けの本として書いた本のなかの次の一節である。なんと感動的で、それでいて全く科学的な「動物と風」の描写だろうか。嵐の中のコクマルガラスの姿を語ったものである。

 煙突では春の嵐がうたい、私の書斎の前にそびえる古いモミの木立は、わきたつように枝を波うたせてざわめいている。突然、はるか上空から、一ダースほどの黒い流線型の弾丸が、窓枠ごしにみえる曇り空の一角めがけて飛びこんでくる。弾丸はまるで石のようにモミの木のてっぺんすれすれまで落ちてきて、とたんに大きな黒い翼を広げて鳥となり、軽い羽毛のかたまりとなって、嵐に捕えられ、みるまに視界から消えさってしまう。
(中略)
 ちょっとみると、ネコがネズミにむかうように、風が鳥たちをもてあそんでいるようにみえる。ところが役がらは反対で、鳥たちが嵐をもてあそんでいるのだ。(中略)鳥はなんの力も要しない。嵐という盲目の巨人がいっさいの必要な仕事をしてくれる。鳥の体は時速百キロ以上もの速さで空中を貫いて運ばれるが、鳥自身はわずかに二、三回、ほとんど気づかれぬほどその黒い翼の姿勢を変えればすむのである。荒々しい力のなんとみごとな統御! 生命なきものの原始的な力にたいする、生命ある生きもののなんとすばらしい勝利だろう!
「ソロモンの指環」(早川書房 日高敏隆訳)

 ちょっと話題を変えよう(新鮮な?風を入れよう)。

「種ごとに異なる野生動物の特異的な特性(体のつくり、内臓器官の働き、行動など)がなぜそうなっているのか」を考えるとき、動物行動学者は以下の3つの視点を特に重視する。
 どんなものを餌にしているのか(エネルギーの獲得)。どんな戦略で捕食者や危険物から身を守っているのか(捕食者などの危険物からの護身)。どんなやり方で配偶個体を獲得しているか(配偶者の獲得)。
 特性の理解にこれらの視点が重要なのは、それぞれの動物種が、それぞれの生息環境のなかで、①~③の課題を解決していなければ、現在生き残っていないからである。逆の言い方をすれば、現在、地球上に存在しているということは、必ずこれらの課題を解決して、生き残り、子孫を残しているということなのだ。
 私が研究している野生動物の一つ二ホンモモンガが現在、日本の本州の針葉樹林でみられるのは、「彼らがスギなどの針葉樹の葉を主食として生き、天敵であるフクロウやテンから隠れて捕食を免れ、春と夏に雄が雌に独特の鳴き声を発しながら後を追って交尾し子どもを残しているから」である。そして、そのためには「容易に樹上で移動できる体のつくり」や「針葉樹の葉を効率的に消化できる消化器官」、「フクロウやテンを識別して忌避する感覚・行動系」、「雌を認知し独特の声を出す感覚・行動系」を有している可能性が高い。そういった視点は、二ホンモモンガの特性の理解を大いに助けてくれるのである。

風は、それぞれの動物種の生息地で必ず登場する役者

時に風を受け、時に風を受け流す

 さて「風」だ。
 風は、それぞれの動物種の生息地で必ず登場する役者であり、動物たちは、この役者を、押しのけたり、たしなめたり、利用したりしながら① — ③を達成すべく懸命に生きているのである。
 いくつか例をあげよう。
 冒頭のコクマルガラスの体形や行動はその典型例の一つだが(コクマルガラスは、風を巧みに利用し、餌をとったり、危険な対象から離れたり、魅力的な異性に近づくことができる)、日本でよく見られるカラスたちも負けてはいない。最近の研究は、ハシブトガラスやハシボソガラス(彼らも短距離ではあるが渡りをする)は、北方へと渡りをするとき、風向きに応じて飛行ルートを内陸から海岸沿いへ、あるいはその逆に変更し、常にエネルギー消費の少ない飛翔を選ぶことを明らかにしている。カラスと同じくらいわれわれに馴染みの深いトンビが、上昇気流や追い風を利用して飛行する、優れた風の使い手であることもよく知られた事実だ。

 鳥たちの体形もそうである。水のなかを泳ぐ魚や哺乳類(イルカやアザラシ)が、水からの抵抗を最小限にする紡錘形の体をもつのと同様に、鳥たちの体も、風からの圧力に対抗した紡錘形を進化させている。風という役者をうまく押しのける体形を進化させているのである。
 二ホンモモンガは、最適な厚さとたるみを備えた飛膜とボートのオールのような形になった尾を使い、風を制して滑空中に九○度近く方向転換することができる。風を操るその技術には全く驚くばかりだ。飛膜は、生まれたての、まだ毛もなく、もちろん目も開いてない小さな桃色の新生児の体にすでにしっかりと出来上がっている。そんなにも大切なのだ。
 彼らは、春と夏の繁殖期の緩やかな風も利用する。風が運んでくれる、彼らの天敵「テン」の体臭物質を感じとる優れた嗅覚を発達させている。その物質を知覚すると、大急ぎで樹に空いた巣穴のなかに飛び込む。
 穏やかな風は、雄の鼻に雌のニオイも運んでくる。繁殖期である早春と早夏、雌の体から、また、雌が体を擦り付けた樹皮から拡散する穏やかな風のなかに雌特有のニオイ物質を感じ取った雄は、猛然と風がやってくるほうへと移動する。

風を切って“飛ぶ”という行為が生易しいものではないことを改めて感じた

ニホンモモンガと洞窟性コウモリ

 私が二ホンモモンガとともに研究対象にしている洞窟性コウモリ(モモジロコウモリやユビナガコウモリなど)は、翼を発達させ、鳥と同じく骨を軽くし、夜の風のなかをしたたかに移動する。超音波を発し、主食にしている昆虫類を捕らえて食べる。はじめて、まじまじとコウモリたちの背中を見て驚いたことを今でも覚えている。翼の骨格につながる上半身の筋肉が大きく盛り上がっていたのだ。前肢が大きな変化を遂げて出来上がった翼を巧みに操り、空中に自分の体を浮かせ、推進する力を生むのである。風を切って“飛ぶ”という行為が生易しいものではないことを改めて感じたのだ。
 筋肉の増大に伴って体重を増した上半身の、文字通りの“重荷”を取り戻すためなのか、後肢を短くし筋肉をぎりぎりまでそぎ落したようにみえる下半身は、立つにはもろすぎる。洞窟の天井にぶら下がるのももっとだと実に腑に落ちた。

  もう一つ二ホンモモンガと洞窟性コウモリの両方と関係の深い動物について、風に関する少し変わった適応の例をあげよう。
 その動物は「フクロウ」だ。フクロウは、二ホンモモンガと洞窟性コウモリの両方にとっての主要な捕食者の一つだ。“夜”と“空中”を活動の場にする小型哺乳類を夜行性猛禽類であるフクロウが狙うのも自然なことだろう。今、私が本文を書いている部屋に隣接する実験室で、鳥好きの学生が、深夜にもかかわらず、交通事故で死亡したフクロウで標本をつくっている。その標本の翼の羽の特性にその適応は見てとれる。羽の底側が他の鳥のようにきれいな輪郭を描くのではなく、小刻みに“ギザギザ”なのである。それは、フクロウが降下して獲物の上に舞い降りるとき、羽が空気を動かして風を起こさないための構造だと考えられている。空気を柔らかくスルーさせて風を発生させないのだ。
  かくして、獲物は風の圧力、風の音に気づかず、気づいた時にはフクロウの鋭い爪が体を取り巻いている……。フクロウは風をたしなめている、と言えばよいのか。さっき、標本づくり中の学生とそんな話をしてきた。

クモは「地球上で一番空高く飛ぶ」動物

鳥以外の動物にとって風とは?

 鳥や哺乳類以外の動物ではどうか?と問われる読者も方もおられるかもしれない。(私は多少困るが)いいところに気づかれた。
 昆虫のなかには飛翔するのはたくさんいるが、風の影響を強く受け、それを巧みに利用する動物となると……。
 時間をかけて探せばいろいろ見つかるだろう。でも、時間は突風のように過ぎていく。原稿の締切日が迫っているのだ。
 まず思いつくのは、蛾で使われている「性フェロモン」だ。夜の闇の中、雌は腹部末端にある腺からフェロモン(それぞれの種に特有な複数の化学物質)を放出し、風に乗せて周囲に拡散させる。それを雄が触覚でとらえ、濃度が高まる方向へと飛んでいく。するとそこに同種の雌がいるということになる。

 他には?……ちょっと頭が回ってきた。

 次は「クモの子」だ。
 同じ場所で卵から孵ったクモの子たちは、ずっとそこにいたのでは食っていけない。たくさんの子グモのお腹を満たす大量の餌はそうそうはないのだ。だから子グモたちは、互いに散らばって離れていく。どうやって?
 風だ。
 腹の先の「糸いぼ」から糸を出すと、糸が風に吹かれて飛んでいく。その糸にくっついたまま、糸ともども風にのって飛翔するのだ。風まかせの飛翔ではあるが、風のエネルギーを見事に利用した移動法だ。ちなみに、この“糸風船移動術”のおかげで、クモは「地球上で一番空高く飛ぶ」動物ということになっている(クマムシなども風に吹き上げられて結構、上空高く舞うだろうが)。もちろんエベレストの上空超えて渡りをするインドガンより高いところを飛ぶ。

ケルングレン諸島にいる昆虫は飛べない

 次の例も風との強い相互作用を感じさせてくれるかもしれない(ここからは、大急ぎでちょっとカンニングをして得た情報だ)。
 風が吹きすさぶケルングレン諸島(南インド洋)にいる昆虫はすべて飛ぶことができない。そのなかの一種であるハエ(Amalopteryx maritima)は、羽がこん棒のような形になっており、風のあおられる面積が極端に少なくなっている。昆虫たちが飛べない理由は、もし飛べたら、強い風に吹き飛ばされて島の外に放り出されてしまい、命を落とすからだろうと考えられている。風という、いつも舞台を走り回る、以前は仲良くしていた役者とスッパリと縁を切り、餌探しや配偶者の獲得に専念することにしたわけだ。
 爬虫類のなかにも、ときどき物凄いスピードで舞台を駆け巡る「ハリケーン」という危険な役者から身を守るべく適応した動物もいる。夏期を中心に、大きなハリケーンに見舞われるカリブ海の諸島に生息するイワイグアナだ。
 最近になってはじめて明らかにされ、注目を浴びた発見だ。研究者たちは、そんな島に生息する動物は、「危険物からの護身」のための形質を進化させているはずだと予想して実験も交えて調査し次のような事実を見出した。「これらの島に生きるイワイグアナは、体が比較的小さくなり、大きな足裏パッドと長くなった前肢、短くなった後ろ足をもっている。」
 大きな足裏パッドを備えた長い前肢で木の枝にしっかりしがみつき、また、体が風から受ける圧力を小さくし(後ろ足が短くなっているのは、前述の、コウモリの後肢が短くなっていること関連しているように思われる)、ハリケーンからの大きな圧力に吹き飛ばされないようにするという戦略だろう。

屁である。屁。

動物が自らつくりだす風

 さて、約束の字数に近づいてきた(約束の時間、つまり締め切り日にも近づいてきた)。
 最後の「動物と風」の話は、動物と風が一体になって障害に立ち向かう、といった麗しい内容がふさわしいだろう。
 動物と風が一体……。それはつまり、動物が自ら風をつくりだすのだ。何やらナチュラルで爽やかそうではないか。
 では具体的な内容に入ろう。「動物が自ら作り出す風」とは、……屁である。屁。天敵からの攻撃などから身を守るために使われる、とんでもなく臭い、あるいはとんでもなく熱い物質を含んだ、いわゆる屁と呼ばれる突風である。その代表的な動物としては、昆虫であれば「ミイデラゴミムシ」(ホソクビゴミムシ科に属する、俗称ではヘッピリムシと呼ばれる昆虫)、哺乳類であれば、シマスカンクである。
 ミイデラゴミムシは、腹部後端から、方向を自由に変えて、臭くて熱い(100℃以上)気体の突風を発射する。これを受けた側は大きなダメージを受けるだろう。動物と風の見事な一体化である。
 シマスカンクは、おそらく読者のなかにもテレビや本で見られたことがある方が多いのではないだろうか。黒地に白の太いラインが入ったコスチュームで、一度見たら忘れられない。そのシマスカンクが、肛門傍洞腺から、とても臭い分泌液が混ざった突風を、相手の顔めがけて発射するのだ。4〜5メートル離れていても命中させることができるというから、まさに、息のぴったり合った麗しい一体化である。

 さて、約束の字数になった。約束の時間にもなった。出来上がった原稿を編集者の方に送信して、研究室を、手元に打ちだした原稿「動物と風」と共に去りぬ、としよう。