THE NORTH FACE MOUNTAIN

LAYERING THEORIES #19
2023 October "AIR INSULATION"

“AIR INSULATION”

暖かな空気を溜め込むダウンや化繊中綿ではなく、「空気そのもの」を保温材にするという、まったく新たな発想のアクティブインサレーションが誕生しました。その開発意図からインプレッションまで、過去に例のないこのプロダクトを徹底的に解説します。

“AIR INSULATION” SCROLL TO DISCOVER MORE

暖かな空気を溜め込むダウンや化繊中綿ではなく、「空気そのもの」を保温材にするという、まったく新たな発想のアクティブインサレーションが誕生しました。その開発意図からインプレッションまで、過去に例のないこのプロダクトを徹底的に解説します。

PART.1 [ 開発ストーリー ]

空気を注入することで保温力をアップできたら

解説:小澤由紀子(THE NORTH FACE企画開発チーム)

冬の行動着としてアクティブインサレーションが定番になっています。オーバーヒートを防ぎ、行動中の適温をキープする保温着として適度な保温性と通気性の良さを実感でき、肌寒い季節の行動着としては快適な1着です。ただし、必ずしも保温力抜群のウェアではないので、行動を止めると寒くなったり、強風下の稜線では保温力がもの足りなく思えることもあります。そこで、対応温度域の広いアクティブインサレーションを作ることはできないか、というところから開発が始まっています。

実際、私自身の山での経験もヒントになりました。標高の高い山でのアルパインクライミング中、ビレイ中に寒さを感じたのです。普段ならハーネスに提げたウインドシェルをカラビナから外して着たり、バックパックからもう1枚取りだして重ね着する状況です。けれども、動き出すとまた暑くなるので、脱がなければいけない。そんなときに、止まっている少しの時間だけ、この行動着に暖かさをプラスできないかと。

そうして完成したのが、Hybrid AirDialogue Hoodie(ハイブリッドエアーダイアログフーディ)です。

基本的にはVentrixを使ったフーディで、単体でもアクティブインサレーションとして成立します。そこに、空気を溜めるエアーチャンバーを内蔵し、空気を注入することで保温性を追加できるシステムです。

通気性とストレッチ性のある化繊中綿Ventrixは、前身頃と肩から上腕に25g、背中、フード、サイド、前腕に15gと、厚みの違う2種類のVentrixを適材適所に配置しています。

空気を溜めるエアーチャンバーは、腹部から胸、肩から上腕といった寒さを感じる部分をカバーします。Ventrixの通気性を損なわないよう大小のポケットを開けていて、その部分のデッドエアも保温性を高める要素になっています。

また、エアーチャンバーの生地自体も透湿性のあるメンブレン生地です。そのため、空気を入れた状態から少しずつ空気が抜けていきます。設定では1時間で80%から60%の状態まで空気は抜けますが、そのぶん、なにかとぶつかっても破裂しにくいというメリットがあります。エアーでこのウエアの保温性を完結させるのではなく、一定時間、保温性を上げられればいいという発想です。

このHybrid AirDialoglogue Hoodieは、空気を注入しなくても、1着の薄手アクティブインサレーションフーディとして着用できます。これまでアクティブインサレーションで最も薄手だったFL Hybrid Ventrix Hoodieよりも、さらに薄手になります。

脱ぎ着することなく保温力を調整できるというメリット

エアーチャンバーに空気を入れる方法は2種類あります。まずは左胸のポンプウインドウ内にセットしてあるポンプで注入する方法です。行動中でも手軽にポンピングしながら空気を入れることができます。
もうひとつは、付属のスタッフバッグを使って入れるというエアマットなどでお馴染みの方法です。空気で膨らませたスタッフバッグを右胸の空気孔に接続し、ロールさせて押しつぶしながら空気を注入。わずか1回で空気を注入できます。

エアーチャンバーは最大まで空気を入れると、3.5cmの厚みになります。ただし、そこまで入れると空気圧でやや動きにくい状態になることもあります。したがって、空気を入れる量はそれぞれ調整してください。
空気を抜くときは右胸ポケット内の赤いボタンを押して空気口から抜きます。押せば抜けて、離すと止まるので、いったんマックス近くまで入れた空気を、好みに応じて少しずつ抜いて調整するときにも便利です。
エアーチャンバー部は背面ヨークから簡単に取り出すことができるので、抜いた後のフーディは家庭の洗濯機で簡単に洗えます。

気になるのは、エアーチャンバーが破れたり、穴が開いたときのことでしょうか。

エアーはあくまでもプラスアルファの補助的な保温で、ベースとなるVentrixがアクティブインサレーションとして十分に機能的な行動着です。したがって、万が一、空気を溜められないトラブルになっても着用し続けることができます。 身にまとうウエアに空気層が増えれば、体感として暖かく感じます。それは厚手のダウンジャケットやスリーピングバッグを思い浮かべればよく理解できると思います。 その点、この新しいアクティブインサレーションは、必要なときに、空気の層をプラスすることで、暖かさを追加することができます。そこはラボの試験で数値的にも実証されています。結果、今までのアクティブインサレーションよりも、より温度域が幅広い1着が完成しました。 重ね着や着替えをすることなく、必要なときに、着ているウェアの保温力を自分自身で変化させられる。それは実際の山行のさまざまなシーンで役立ってくれるはずです。

PART.2 [ 実際の使用感 ]

3人のアスリートは「使える」と感じた

Impression
松本省二(山岳/スノーボードガイド)

僕が使い始めたのは昨年、2022年秋からです。ガイドでもプライベートでもけっこう使ってきました。実際、初めての製品なので、テスト的な意味合いもあって、小まめに空気を入れたり出したりしています。

それでどの程度暖かくなるかというと、自分の感覚では「ベスト1枚分くらい」の暖かさです。

寒い季節になると、僕はベストを1枚バックパックに入れていきます。少しだけ寒いから、上からベストを1枚着ようかな、というときがけっこうある。その代わりになるくらいの保温性ですね。

先日、10月の頭に奥穂高岳の南稜というバリエーションルートをガイドしたのですが、そのときも、風が当たるところや、お客さんを待っているときなどに、エアーを入れました。実際に、空気を入れた直後くらいから、ほんのり暖かくなってきます。背中には空気が入らず、バックパックと干渉しないのでいいですね。

寒いときはそのまま登り続けることもありますが、行動し始めて暖かくなったら、空気を抜きます。右ポケット内のボタンを押しながら、前屈みになるよう胸と腕を閉じて圧を掛けると、シューッと一気に空気を抜くことができます。

正直に言えば、見たこともないシステムだったから、最初はけっこう懐疑的でしたね。いきなり本番投入は怖いなと思っていたのですが、最悪壊れても、薄手のFL Hybrid Ventrixくらいの暖かさはあるし、プラスされたといってもベスト1枚分なので、それほど問題はない。そもそも空気を入れなくても、軽くて着心地がよく、使い勝手のいいジャケットですからね。

僕が思うに、最初にBoa付きのブーツを見たときに印象に近いかもしれません。山のなかでワイヤーが切れたり、システムが故障したりしたら……と心配したものですが、そんなことはなく、今やハイエンドの冬用登山靴にも採用されていますよね。それと同じく、多くの人に普及して、そのぶん、いろいろなウエアに搭載されるといいと思いますね。

Impression
中川伸也(スノーボードガイド/プロスノーボーダー)

開発段階からテストに参加してきました。大雪山の標高2,000m付近で体感温度を確認したり、アウトドアでの操作性をチェックしたりしてきました。ラボでマイナス30℃のなかでの実験にも参加しました。

3月末からはパキスタンの氷河を遡りながら、クライム&ライドするスキー・スノーボードチームの遠征に参加したときにも、ずっと着用していました。テント内ではもっと保温力のあるダウンジャケットを着ましたが、寒い夜に空気を入れて、寝袋のなかで布団のようにかけて寝たこともあります。朝起きて、行動する前に空気を入れて、歩き出して暖かくなったら空気を抜く。そんな使い方をしてきました。

実際、いいですよ。冬のシーズン中は極寒の大雪山系でも毎日のように着ました。あくまでアクティブインサレーションなので、暖かいと言ったら語弊があるかもしれないですが、エアーの層が1枚加わることで、冷たい外気が肌に当たる感じが、完全に遮断されます。

意外にいいのが、寒い日のゲレンデのリフトです。寒い朝はリフトに乗りながら空気を入れたりしますね。滑り出して暑くなってきたなと思ったら、空気を抜きます。1着で、保温力のレベルを自分が意図した感じに変えられるじゃないですか。僕はこのウエアは「使えるな」って思いますね。

僕はスタッフバッグで一気に空気を入れて、そこから2、3回と少しずつ空気を抜いて、ほどよい感じに調整しています。空気をパンパンに入れると窮屈になって、動きが重くなるんですよね。これは体格による個人差もあるので、どのくらい入れるかは一概に言えないと思います。

洗濯も意外に簡単です。その都度、エアーチャンバーを抜いたり、入れたりするのがちょっと面倒ですが、慣れればわりと楽。ウェアとの接続も、色分けされたプラのタグボタンでわかりやすくなっていますしね。

Impression
佐藤裕介(アルパインクライマー/山岳ガイド)

僕は最初に展示会で見たときから、まあまあ好印象でしたよ。割といいんじゃないかなって。

前の冬は北海道に1カ月間くらい行って、ガイド仕事やプライベートでアイスやミックスクライミングをしていたのですが、そこでけっこう着ていました。毎回とは言わないけれど、5割以上は着ていたと思います。北海道以外でも、冬の八ヶ岳ではけっこう使いましたね。

基本は空気を入れない状態で着ていって、寒くなったり、ビレイのときに空気を入れる。やはり効果的でしたね。

たとえば、ビレイでパンパンに入れると、ベスト1枚か、それ以上くらいの暖かさはある。でも本当にパンパンだと動きにくいので、リードのときなどは少し空気を抜いて、動きやすくしてから登ったりしていました。

アイスクライミングでもアルパインクライミングでもそうだけど、動いて、止まっての繰り返しじゃないですか。なので温度調整も、それこそ着て脱いでの繰り返しになるんですが、これだと1着で一瞬です。特に抜く時はホントに一瞬で抜けるので、すごく良かったですよ。ザックを背負ったままで空気を入れたり抜いたりすることもできるし、クライミング向きだと思いますね。

僕は右ポケットの空気孔に口を付けて、直接呼気で膨らましてます。ポンプは時間かかるし、

スタッフバッグで入れるのも、寒いときはたいへんじゃないですか。その点、着たままで右ポケットを少し寄せれば、余裕で口から空気を入れられます。一気に入れられますし。

ただし、呼気を入れてしまうと、内部に湿気が入ってカビの原因になったりすることもあるようなので、THE NORTH FACEとしてはNGな方法のようです。まあ、僕の場合は今のところ問題ないですが、そこは使う人が自身で判断したらいいと思います。

遠征に持って行くという選択肢もあると思います。もしもパンクしたとしてもベスト1枚くらいですし、そもそも、ほかに寒さ対策としては、ほかに厚手のビレイジャケットを持って行くと思うので。中間着として考えたら、持っていく価値はあると思いますね。

LAYERING ITEMS IN THIS ARTICLE この記事のレイヤリングアイテム

WRITER : CHIKARA TERAKURA

STOP PLAY