親と子とアスリート vol.02 ウェザフォード美輝

バレエと人前に立ち、伝えるということ

  • 親と子とアスリート
  • 2021.9.1 WED

 6歳よりバレエを始め、イギリスの名門「イングリッシュナショナルバレエスクール」に留学し、イギリスのバレエ団で活躍後帰国。現在はCMや雑誌、イベントで活躍しています。小さな子どもたちへの指導を行うウェザフォード美輝さんは、自身2歳の子どもの母親でもあります。バレエをやってきた子ども時代のことから、コロナ禍で子どもたちを指導する難しさまで。育ち、育てられ、育てる、それぞれの側面から話しを伺いました。

子どもたちとの会話を通じて
バレエへの熱量を確かめていく。

—- バレエ歴30年。美輝 さんにとってバレエはライフスタイルそのものと窺えますが、始めたきっかけについて教えてください。

 6歳のとき、幼なじみの友達が「今日からバレエを習いに行く」というのでついて行ったのです。普段自分のお教室を持っている先生が週に一度公民館でレッスンを行なっていて、ちょうど生徒を募集している時期でした。興味本位で見学に行ったその日、友達の後ろで勝手に踊っていたのを今でも覚えています。

 その頃はバレエの他にもリトミック、水泳、ピアノ、絵画といろいろな習い事をさせてもらっていたのですが、なかでも長く続いたのが絵とバレエ。6年生の時に先生からお誘いを受けてバレエに通う回数を増やしたので、最終的にはほかの習い事をすべてやめましたが、そのくらいバレエには惹かれるものがあったのだと思います。友達の発表会で目の当たりにした、踊り、衣装、音、光。バレエの持つ一つ一つの要素の虜になりました。

 公立ではなく私立の中学校を選んだのも、部活動に入らず教室に通うため。当時は学校が終わって毎日6時間はスタジオで過ごしていました。

—- 中学生といえば、色々なことに興味関心が向く時期かと思います。そのなかで、バレエと向き合い続けられた理由はどこにあるのでしょうか。

 自分がやったことに対して、評価されるチャンスが小さい時からあったからだと思います。最初の頃は、踊りが上手な子を見てはなんの迷いもなく「私もああなるんだろうな」と未来の自分と重ね合わせていて、とにかく踊ることが楽しかった。そこから、一人で踊らせてもらえる、男性と踊れる、舞台に立てると、手の届きそうな目標が次から次へと出てくるんです。練習すればするほど結果もついてきた。バレエを通して体の使い方を理解した途端、走り方を意識したわけではないのに足が速くなったり、持久走の順位が上がったりといったこともありました。

 技術面だけではなく、舞台を見にきてくださった方から「華がある」と言っていただけたことも嬉しかったですね。当時はそこまで深く考えていなかったけど、今思えばその頃から私にしかないものがそこにはあるんじゃないかと、どこかで自信に繋がっていたのかもしれません。

 今自分が親になって思うことは、両親にああしろこうしろと口出しをされなかったことも長く続いた理由の一つかなと。口は出さないけど、学校とバレエ教室の毎日の送り迎えなど全面的に協力してくれました。私もそんなふうに、子どもに対してやりたいことをやらせてあげられる環境は整えておきたいなと強く思います。

—- 教室では、技術面以外にも厳しい指導がたくさんあったそうですね。バレエ以外の要素が大人になった今の自分にどのように影響していると感じますか?

 踊っている間だけは自分を解放できたものの、教室自体は規則が厳しく、制限された環境ではありました。“先輩が掃除していたら代わりに行く”、“すれ違った先輩や先生には何度でも挨拶しなければならない”といった細かいルールもたくさんあったし、理不尽なことで怒られたこともありました。いい悪いはさておき、理不尽に耐える力はこの頃身につきましたね。もちろん、礼儀や挨拶といった基本的なことも。

 ただ、自分の中で大きく考え方が変わったのは17歳でイギリスへ渡ってから。日本にいるときは決められたルールの中で、これをしておけば大丈夫という正解があったのです。でも海外では“絶対”がない。こうなるはず、という予想は尽く覆される。たとえば「この役はあなたが踊ってね」と前日までは言われていたのに、翌日突然他の子に変わっていたりするのが当たり前。理由はわからず結果だけ伝えられるということが日常茶飯事でした。

 その世界で生き残れるのは自分をアピールできる子や、運のある子。理不尽を止むを得ないと受け入れてしまうとチャンスは巡ってきません。しかも私はハーフなので、ヨーロッパではアジア人のカテゴリーになり、日本では日本人に見えないからという理由で仕事がもらえないこともあった。そうしたナショナリティ問題も超えなければいけない壁ではありました。

 当時の私は受け入れることしかできなかったけど、この時の経験があるからこそ、今では自分を出そうと心がけることができています。そしてそれは指導者としても意識している部分でもあります。

—- 具体的にはどのようなことを意識して、子どもたちに指導を行っていますか?

 一つは、子どもたちに楽しんでもらうこと。シンプルですがこれがとても大事で、自分が楽しい=周りを楽しませることに繋がるためです。とくに小さいうちは技術よりもそういった意識の持ち方を指導することで、きちんと列に並べなかった子が自主的に動けるようになったり、みんなの輪に入れなかった子に協調性が出てきたりもします。

 もう一つは、これは子育てにも共通していますが、子どもたちときちんと会話をすること。最近は簡単にメールなどで気持ちを伝えられてしまう上に、顔がマスクで覆われているために表情で自分の気持ちを伝えることができない子が多いんです。バレエが好きかどうかも、聞き出してあげないとわからない。私の求めているコップの大きさと、その子の持っているコップの大きさにズレがあるとバレエを嫌いになってしまう可能性があります。会話を通してその子のコップがどの程度の大きさであるかを確かめながら、水を注ぐよう意識しています。

 マスク問題は他にもあって、本来バレエの動きは鼻を基準に体を動かしていくのが基本ですが、鼻が隠れていることで体の動きに顔を付けられない子が増えています。人と離れていいから鏡で自分の顔を見てごらんと言っても、中にはマスクを外せない子もいて。バレエは人前に立つことで自分を表現する能力が養われます。常に人から見られている意識が宿り、姿勢や立ち振る舞いも美しくなります。せっかくバレエを習っているのに、こうした付加価値を得られないのはもったいない。今はマスク問題をいかに乗り越え、子どもたちの表情を取り戻すかが大きな課題だと感じています。