影の図鑑をつくってみる

- 影絵師 川村亘平斎さんと街で影探し

  • FEATURE
  • 2021.11.17 WED

光(火)あるところに影あり。朝、日が昇ってから日が沈むまで、太陽の動きに合わせて影は形を変えて、私たちの暮らしの中に静かに現れては消えていきます。太陽が沈むと今度は人工の光である照明が影をつくりだします。形を変えつづける影は、気をつけていないと見落としてしまいます。なくなってしまう影を写真にとどめ、どんな種類の影があるのか、集めて分けて、図鑑を作ってみようと思います。

インドネシア、バリ島で伝統影絵人形芝居「ワヤン・クリット」を学んだ川村亘平斎さんは、日本に帰国後、様々な土地の民話や伝説などの物語を、影絵芝居として上演し、新たな生命を吹き込んできました。バリ島の伝統的な影絵は、もともと火を光源として影絵を作り出してきました。自在に影をつくり物語を生み出してきた川村さんと、街を歩きながら、街の中にどんな影があるのか探してみました。川村さんは、どんな影を見つけ、どんな分け方をするのでしょうか。影探しのはじまりです。

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—この記事で登場する言葉の定義—

【光(光源)】 :発光して「影」を生み出す。太陽、街灯、懐中電灯、スマホライト等。
【モノ(物体)】:「光」を受けて、「影」を作る素。建物、人間、植物等。
【スクリーン】:「影」が投影されるもの。地面、壁、布等。
【影】:「光」が存在する場所において、「光」当たらない部分。全く「光」のない真っ暗な場所は「闇」。
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昼(太陽光)

川村さんと歩いたのは、川村さんが土地勘をある西荻窪の街。駅前の飲み屋街から高架下の商店街、住宅街に公園、川、交差点や壁まで至るところに現れる影をキョロキョロしながら探していきました。

まずは、昼間の光。どんな影が見つかったでしょうか。

「透過する影(人工物)」

川村亘平斎:「透過する影」は、「スクリーン」になる布や板の前側と後側、両方から「影」を視ることができます。「スクリーン」を挟んだ前と後ろでは、「影」は左右反転して視えます。街で「影」探しをすると、たくさんの「影」を発見にする事ができますが、そのほとんどは地面や壁に投影されているもので、「透過する影」は意外と少ないです。工事現場の防炎シート、プラスチックの屋根や塀、ごみ収集所のネットなど。家だとカーテンとかに「透過する影」を見つけられます。

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<影コラム01>
 僕が修行したインドネシアの影絵芝居「wayang kulit(ワヤン・クリット)」では、観客は影絵を投影する布製のスクリーンの前後どちら側からでも影絵を視ることができます。特にジャワ島などでは、私たちが「後ろ側」(影絵師が人形を操っている側)と思っている側から視るのが一般的。現地の影絵師曰く「ワヤン・クリットは、現実と非現実の間を表す」そうです。ワヤン・クリットは「現実=影絵師が操る人形側」から、「非現実=影(祖霊や神々)」に捧げられるもの、と信じられています。

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「透過する影(天然物)」

 段何気なく眺めている植物。葉の「影」が互いに折り重なって美しいグラデーションを生み出していますが、ふとその裏側を観察すると、ここにも「透過する影」。よくよく考えてみると、僕たちの身の回りで「影を透過するもの」って布やビニールなどの人工物以外では植物の葉っぱしかないんです。葉の大きさや厚さによって、「影」の出方も違うはず。色々探してみるのもいいですね。

「自分で視えない影(移動する影/車)」

 「影」は僕たちの生活のいたる所にありますが、あまりにも当たり前の存在なので、あること自体ほとんど気付かれません。車の下にある「影」もその一つ。僕たちは、この「影」に乗っかって、いろんな場所に連れて行ってもらいますが、乗っている間はその「影」を視ることがきません。そういう「影」って他にもたくさんありそうです。あっ、そういえば、私たちの足の裏にも「影」がついていましたね。

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<影コラム02>
オーストリアの哲学者、イヴァン・イリイチの造語で「shadow work シャドウ ワーク」という言葉があります。専業主婦の家事労働など基本的に報酬を受けない仕事で、誰かが賃労働をすることのできる生活の基盤を維持するために不可欠な労働を指しますが、一般的に労働とはみなされないためこのように「影の仕事」と言われます。「影」の意味をよく表しています。
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「ずっと影」

 昼夜問わず煌々と電灯の灯る21世紀の東京にも、全く光の届かない「永遠の影」が存在します。どの角度からも「光」が当たらない場所、隙間、街の余白。かつて、「彼は誰時(日が暮れて薄暗くなり相手の顔の見分けがつきにくくなる時間帯)」に「妖怪」が現れたと伝え聞きますが、現代においてはこのような場所に「妖怪」がいるのかもしれません。

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<影コラム03>
 「光」のあるところには必ず「影」がある、と言われますが、「光」のない真っ暗な場所では、僕たちは何も視えないので「影」も存在しません。つまり、僕たちが「影」に気づく為には、どこかに必ず「光」があり、その「光」の恩恵に預かっていない場所に「影」が現れる、ということなのです。
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「影のお陰(よく見えるのは)」

 「光」と「影」は常に背中合わせなので、「影」があることによって「光」が当たっていることに気付かされることもあります。鏡などで反射した「光」が、意外な場所に模様を出現させますが、「影」がなければ、この「光」に気付くことはなかったでしょう。

「歪む模様(日の向き)」

 「影」は「光」の角度によって様々なカタチを生み出します。世界最大の光源であるところの太陽は、独自の意思を持って毎日地球という「スクリーン」に様々な「影」を投影しています。3Dの「モノ」が2Dの「影」に変換されると、「モノ」自体が持っていた固有のカタチが失われ、「影」としての新たなカタチが現れます。ずっと変わらずにあるような手すりや屋根も、その「影」を観察すると、時間と共に刻々と変化しているのがわかります。

「歪む模様(スクリーンの歪み)」

 複数の「スクリーン」が凸凹と並んでいたり、離れた場所にあったりすると、「影」が「スクリーン」の間をジャンプして、途切れたり、サイズが変わったり、波を打ったように視えたりします。電車の「影」が、建物との距離によってゆらゆら揺れているように視えたりもします。

「付かず離れず」

 一見してプリントされた模様のようにみえますが、これもれっきとした影。「スクリーン」自体が「影」を生み出しているので、このような現象が起こります。
 写真にある格子模様の塀の「影」などは、「陰影」とか「濃淡」といった言葉で表される美術表現の原点。格子模様は平面でデザインした時点では単なる幾何学ですが、実際に塀になると、太陽光を浴びてよりカラフルで奥行きのあるデザインに生まれ変わります。

夕方(西日)

だんだん日が傾いてきて、西日になってきました。日が落ちてきて、太陽が低くなればなるだけ影は伸びていきます。昼間はなかった影たくさん現れます。上から下というよりも、横に影が出ていきます。

「透過する影(人工物)」

川村亘平斎:夕方になると、太陽光の照射角度が下がってくるので、「透過する影」の見え方も変化します。日中よりも「影」が濃く視えてくるのは、道路や建物に反射していた「光」が少なくなって、大気全体が薄暗くなるからだと思われます。

「凸凹」

 どんなに小さくても、凸凹があれば、そこには必ず「影」が存在します。コンクリートや石の凹凸、ささくれだった壁の塗装、ネジや皮膚。街の中はもちろんのこと、家の中にも小さな「影」がいっぱいあるはずです。畳の目、ソファの布、お父さんの髭。

「雲の裏側」

 密度のある雲は太陽光を遮切ります。空を見上げてみると、太陽光が当たっていない部分が「影」になっているのがわかります。日中は太陽光が上から当たってるので、雲の下部に「影」。一方、夕方になると地平線付近にある太陽光に煽られて、雲の上部に「影」。雲は移動もしているので、それによっても「影」の出方が変わります。

「逆転」

 日中「光」が当たらず薄暗くなっている場所も、明かりが灯ると「光」と「影」の場所が「逆転」します。昼間に薄暗いところを見つけたら、夜そこがどんな感じに変化しているか、違いを観察するのも面白そうですね。

「伸びる影 歪むと曲がる」

 夕方に観察できる最も特徴的な「影」。太陽光の照射角度が鋭くなると、「影」は実際のカタチよりも大幅に伸びます。道路に「影」がビヨーン、建物の角にあたってビヨーン、階段登ろうとしたらビヨーン。町中で「影」がビヨーンと伸びます。

「逆光」

 夕方は「スクリーン」を使わない「影」が生まれます。真横から飛んでくる夕日を背負って立つと、あら不思議。コントラストが強くなって、「影」が浮かび上がってきます。

照明/人工光

マジックアワーも終わり、太陽が沈み切りました。僅かな時間、うっすらと明るい影のない時間を経て、街には徐々に闇が訪れます。同時に街灯や店や家の照明が明るく輝きだし、街のコントラストは強くなります。照明は、太陽の光とはまったく違う影をつくります。昼間の光源は太陽ひとつだけですが、照明は街にも家にもたくさんあります。動く車や自転車のライトもおもしろい光源です。歩き回った最後には、巨人もいました。

「重なるの影(静止)」

川村亘平斎:「光」の数だけ「影」はあります。1つの「光」には1つの「影」。2つの「光」には2つの「影」。「光」が100個あったら、100個の「影」が生まれます。いくつもの街灯が並ぶ夜の街では、そこかしこにたくさんの「影」。街灯の「光」が重なって干渉しあっている場所は「影」が薄くなり、「光」が当たらない場所は、「影」がより濃くなります。

「分割された影」

 あれ? これってどうしてこんなカタチの「影」になってるんだっけ? スパッと切り分けたような不思議な「影」の線。建物の照明の位置によって、それぞれエリアの仕切られた「影」が登場します。どの「光」がどの「影」を作っているのか?街を歩きながら考えてみると、パズルのようでなかなか面白いです。

「影分身」

 街灯が集中する場所に立つと、自分の影が四方八方に伸びて「影分身」の術が使えます。右手を挙げればみんなも挙げる、左足挙げればみんなも挙げる。あなたと私は一心同体。ひとりぼっちで寂しいあなた!大丈夫、ここにくればたくさんの仲間に会えますよ。


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<コラム>
敬愛する影絵界の巨匠「藤城清治」さんのエッセイにこんなのもあります。
『影絵はひとりぼっち(1985)』
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「追いかける影」

 「影」は私たちの体から切っても切り離せない大切な仲間。「影分身」で踊り疲れて、さぁ帰ろうと思っても、ひとりぼっちにはなりません。わたしゃあなたの行くとこに ついていきます どこまでも。

「追いかける光」「流れる/走る影」

 走っている車や自転車の前照灯など、動く「光」がやって来ると、急に「影」が現れたり消えたりします。曲がり角やカーブした道では、「影」がスーッと横に滑っていくように視えたり、大通りなどでは、ひっきりなしに「影」が浮かんでは消えていきます。夜の「影絵」のハイライトです。

「影遊び 模様」

 懐中電灯やスマホのライトなどで、簡単に「影遊び」ができます。夜の街で、金網や植物を見つけたらさっそく光を当ててみましょう。地面や壁に大きな影が現れます。建物を「影」の模様で埋め尽くすことだってできます。
※住民や歩行者、運転者に光を向けないように注意しましょう。

「影遊び 拡大」

 なんといっても「影」遊びの醍醐味は巨大化。「光」に近づけば、どんどん「影」は大きくなります。街で大きな「スクリーン」を見つけたら、友達同士で「影」遊びをしてみましょう。お互いに「影」の大きさを変えて、巨人と小人に大変身。

影を集め、分類し、名付けていくのは続けていけばもっと新しい発見も分類もありそうです。みなさんもぜひ散歩しながら、影を集めてみてください。