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RUNNING

FAMILY TRAIL RUNNING #02

ひとりで楽しむ、子どもと楽しむ。ビギナーのためのトレイルランニング入門|後編

親子で自然に親しむ。ファミリートレイルランニングの意義 コロナ禍があって久々の開催となった「FAMILY TRAIL RUNNING」は、講師として参加した鏑木毅さんにとっても意義深いイベントだとか。

「コロナ禍以前前は不定期で開催していましたが、毎回、イベント後にさまざまな反響をいただけました。これをきっかけに子どもがトレイルランニングを始めたとか、親も夢中になったとか。僕自身、子どもたちにトレイルランニングの魅力を伝えることにやりがいを感じているので、コロナ禍が落ち着いたらいち早く復活してほしいと願っていたんです」

子どもが参加するファミリー向けイベントで鏑木さんが意識しているのが、「子どもが楽しめる」という視点だ。子どもの「楽しい」と大人のそれはポイントが異なることから、子どもの視点でコンテンツを作成するようにしている。

「子どもを含めたファミリーで楽しむ場合、いくつか秘訣があるんです。ひとつはコース選定。経験値も走力も大人より少ない子どもの視点でコースを選びます。具体的には、ハイカーが少なく、岩場やガレ場のような危険箇所のないフィールド。手軽にアクセスでき、エスケープルートが多いコースがいい」

「次に、安全性を担保しながらも子どもが楽しめる『おまけ』も念頭に入れること。たとえば眺望がいいとか、途中にある山小屋でおいしいものを食べられるとか、フィールドでちょっとしたご褒美を味わえるといいですね。

3つ目は、予定変更に際しての柔軟性。子どもを連れてフィールドに出かけると、往々にして予定が変更になます。たとえば天候の急変、子どもの体調不良など、不測の事態はいつだって起こりうるからです。保護者はそうした予定変更に対して柔軟に対応してほしい。山頂や目的にしていた山小屋にたどりつけなくても、『よくがんばった』と声をかけてあげてください。親にとっては物足りない距離、強度になるかもしれませんが、大人のエゴは捨て、子どもに寄り添った環境を整えてほしいと思います」

トレイルランニングを通じて伝えたいこと このイベントを、子どもたちをトレイルランニングや自然に触れるきっかけにしたいという鏑木さん。トレイルランニングというアクティビティを通じで子どもたちに伝えたいのは、結果にかかわらず、努力はなにかしらの糧になるということだ。

「『UTMBで日本人最高位』という肩書きからは、運動が得意で順風満帆な人生を想像されるかもしれません。けれど幼少期の僕は運動も勉強も人とのコミュニケーションも苦手な、目立たない子どもでした。『ツヨシ』をもじった『ヨワシ』というあだ名で呼ばれていたほどです。そんな僕がクラスメイトに受け入れられたのは、全校生徒が参加する学校行事のなわとび大会がきっかけでした」

鏑木少年が唯一、得意だったのがなわとび。運動神経や反射神経のよしあしに関わらず、ゆっくり、集中しさえすれば跳び続けることができるからだ。

「心臓が飛び出そうなほど苦しいけれど、我慢して飛び続け、残るは数人のライバルが残るだけ。跳び続ける僕に対してクラスメイトが『ヨワシのくせに生意気だ』ってヤジをとばすものだから、こちらもやけになりました。やがて身体の限界を超え、失神してしまったのです。気絶するまであきらめなかったがんばりが認められたのか、あるいは『ヤバいやつ』認定されたのか、これをきっかけに徐々にいじめはなくなりました。

僕が言いたいのは、なにもかもうまくいかないとき、一つだけなにかをがんばってみることは意味があるいうことです。乗り越えられるかどうかは別として、乗り越えようと努力することはその後の人生で必ず糧になるからです。

そして、自分の時間や熱意を傾けて努力する対象は、自分が好きで仕方のないものであってほしいとも思います。100マイルレースに何度もチャレンジしたり、そのために月間1500kmも走り込んだり、そんな辛いことをなぜ何十年も続けられるのか。それはトレイルランニングが楽しくて、好きで好きで仕方がないからです。人生とは、楽しいことや自分をわくわくさせるものを探すこと。誰よりも努力できるほど夢中になれるものに出会えた僕は幸運でした。これからを担う子どもたちにも、ぜひ、そういうものに出会ってほしい。『FAMILY TRAIL RUNNING』を通じてそういう機会を創出できることを願っています」

娘を帯同して臨んだ2019年のUTMB 鏑木さん自身、「決してあきらめない」という気持ちを持ち続け、そのメッセージを発信するため、2019年、50歳を迎えて再び「UTMB」に挑むという「NEVER プロジェクト」を立ち上げた。このプロジェクトでは、レース本番に小学生の娘を帯同している。超一流アスリートたちが死力を尽くす世界屈指のウルトラレースのこと、時には子どもが圧倒されるような場面もあった。なぜ、帯同させたのか。

「僕がUTMBで3位になったのは40歳のとき。当時に比べると身体は衰えているかもしれませんが、その年なりの全力があります。全盛期の結果に劣ったとしても、自分が全力を尽くしたプロセスにはなにかしらの意味があります。それを娘にも感じて欲しいと思いました。

僕の仕事は特殊ですから、娘からすると『自分の父親は一体、何をやっているんだ』と不審に感じていたはずです。父親が属する世界を、その世界で全力を尽くしている姿を、一度でいいから見せたかった。

娘の反応もおもしろかったですね。当時、彼女は小学校1年生ですから、レースの途中に何度か寝てしまうわけです。寝て起きてを繰り返している間、父親はずっと走り続けているということに衝撃を受けたようです。また、間近にレースを体験したことでUTMBの凄さを知り、かつてその世界で父親が3位になった事実に驚いていました。レース後は海外の選手の話をしたり、『またレースに出ないの?』と聞いてきたり、トレイルランニングの世界に興味をもってくれたようです。

この経験は僕が予想した以上に娘に影響を与えたようで、興味のあることに対して前向きになったように感じます。深夜にも関わらず、知り合いや昔のライバルが大声援を送ってもらっている、そんな父の姿に触発されたのではないでしょうか」

印象に残ったシーンとして、子どもと一緒にゴールした瞬間をあげてくれた鏑木さん。人生を賭けたレースの、最も感慨深い時間を家族と共有できたことは、最上の経験だったとか。
「振り返ってみると、人生で大切なことを教える、またとない機会だったと感じています。UTMBでなくてもいいんです、熱中していることに対して親が死ぬほど努力する姿を見せるのは、最高の教育なのではないでしょうか。どこかに連れて行ったり、丸1日を過ごすことはできなくても、何かに一緒に取り組んだり、真剣に向き合ったり、そんな時間を過ごすだけで親子の距離はぐっと縮まるように思います。山を走ったり、歩いたり、飛び跳ねたり、そんな経験をともにすることは最高の思い出になるはず。この『FAMILY TRAIL RUNNING』が、参加する親子にとって距離を縮めるきっかけになればいいと思っています」

WRITER PROFILE

鏑木 毅
Tsuyoshi Kaburaki

2009年世界最高峰のウルトラトレイルレース「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(通称UTMB、3カ国周回、走距離166km)」にて世界3位。また、同年、全米最高峰のトレイルレース「ウエスタンステイツ100マイルズ」で準優勝、48歳で南米パタゴニアでの「ウルトラ・フィヨルド」にて準優勝。現在も世界レベルのトレイルランニングレースでの挑戦を続けている。 2011年11月に観光庁スポーツ観光マイスターに任命される。2022年、関西大学客員教授に就任。 現在は競技者の傍ら、講演会、講習会、レースディレクターなど国内でのトレイルランニングの普及にも力を注いでいる。

Photograph: Eriko Nemoto
Text: Ryoko Kuraishi
Edit: Ryo Muramatsu