「自由ってどういうこと?」 子どもたちの哲学対話 with 焚火 前編

制限がないことが自由? 楽しいことが自由? ランニング仲間の小中学生が紡ぐ「生の言葉」

  • FEATURE
  • 2021.11.10 WED

「ZUSHI SKY RUNNERS(逗子スカイランナーズ)」

神奈川県逗子市の山々を、毎週自主的に走りまわっている小・中学生がいる。「ZUSHI SKY RUNNERS(逗子スカイランナーズ)」の子どもたちだ。

4年前、当時小学6年生だったふたりの男の子が「一緒にその辺走ろうぜ」と始めた小さな活動の火種は周囲に広まり、現在、小学4年生〜中学2年生まで計15人が所属するトレランチームになった。自分たちで地元の飲食店とスポンサー契約を結び、おそろいのTシャツをつくり、県内外のさまざまなレースへと参加するまでに成長している。

真面目だが遊んでいるようで、自由に見えるがどこか凛とした規範も感じ取れる。その柔らかなチームスタイルがとても魅力的だ。そこで、他人である私たちが直接インタビューするよりも、「哲学対話」という場を設けることで、メンバーの子どもたち同士でどんな考え方を持ち寄り、関わり合っているのか、その一端を垣間見れたら……。それが今回の企画の出発点だ。

対話の会場には、彼らが子どもの頃から遊び場にしてきた浜辺を選んだ。焚火ができる場所にしたかったということもある。人と人との間で生まれる対話ではなく、そこに第三者としての焚火があることで対話の中継地点がつくれないかと考えた。ある意味で、少し集中力を妨げるものがあった方が良い対話ができると思ったのだ(これが最終的にどんな意味を持ったかは、後編の記事末にまとめた)。

とにかく、こうした私たちの少し変わった誘いに、彼らは快く応じてくれた。

「哲学対話」とは
日々の忙しい生活のなかでは通り過ぎてしまうような問いについてあえて立ち止まり、みんなで、ゆっくりじっくりと考えてみること。

ファシリテーターは、本記事の共同企画者であるNPO法人こども哲学おとな哲学アーダコーダの鳥羽瀬有里さんが担当。子どもたち同士の対話を尊重するため、他の大人は少し離れたところで波音まじりの対話に耳を傾けた。

待ち合わせは古墳の上で

指定された待ち合わせ場所である、逗子市内で人気のトレイルコースの一つ、​​長柄桜山古墳に向う。険しい道を登ると、頂上ではすでに、メンバーが集合していた。午後の15時半、日の入りまであと1時間ほどだった。

準備運動がわりに走ってこの山を登ってきた彼らは、準備万端だ。これから隣町の葉山町にある森戸海岸まで走っていく。そこが、哲学対話の会場だ。

「下りは速いよ」と、メンバーの誰かが言った。

メンバー
(ZUSHI SKY RUNNERS)

タイシ:中学2年生。 立ち上げ人 / 初代部長。
コア:小学6年生。現部長
アン:小学6年生。
コウゾウ:中学1年生。2代目部長
ユウナ:小学6年生。

葉山町の森戸海岸。夕方の散歩で地元の人々が訪れる。

自由ってなに?

自由ってなんだろう。なんだと思う?

古墳の頂上で別れた逗子スカイランナーズのメンバーたちは、浜で焚火の準備をしていた大人と合流し、マシュマロを焼いて待っていた。

帰ったら夕飯あるのにそんなに食べて大丈夫?と聞いたが、すぐに愚問だと気づく。

日の入りまであと30分、呼吸が整ってきたところで、緩やかに対話がはじまる。

テーマは、「自由」について。

誰に強制されるでもなく続いている彼らの活動は力強い。コロナ禍で多くの人が水平移動の制限をされるなか、スカイランニングのように垂直に移動する活動は、許されうる限りでもっとも自由な移動だったかもしれない。そして先に述べた通り、地域のスポーツクラブのようにストイックな面を見せたかと思えば、友だちが集まって遊んでいるだけに見えることもある、なんとも不思議なチームなのだ。「自由」をテーマに対話することで、そんなチームのスタイルと、メンバー一人ひとりの “いま” が浮かび上がってくる、そんな時間にしたいと思った。

ここからは、本企画の共同企画者である鳥羽瀬有里さんのファシリテーションに委ねた。

ー(鳥羽瀬) 今日みんなと哲学対話をすることになって、こんなテーマで話をしてみたいなと思ったのが「自由ってなに?」ということでした。「自由ってなに」を、そもそも言えるよと言う人がいれば教えてほしいし、そうじゃなければ自由って言葉を聞いてイメージすることとか、あるかな。

コア:言葉で表現できないけど、身体でなら表現できる。

(椅子から立ち上がり、両手を横に広げてぐるっと走り回る)

コア:こうやって、パーって走る感じ。

現部長の小学6年生のコアは、ムードメーカー。哲学対話といういつもと違う場でも、開口一番に話し始めてくれた。

ー コアの自由はそれかあ。手を広げてるのはどんなイメージなんだろう。

タイシ:囚われない、みたいな?

コア:うん。あとは、気持ちいい。

タイシ:俺は、制限されないことだと思う。たとえば、遊びたいという時にすぐ遊べたり、許可をもらえたりとか。

逗子スカイランナーズを立ち上げたタイシにとって、トレランは生きることの真ん中にある。先日、尾瀬で開催された2021全日本選手権バーティカルキロメータ大会15歳以下の部で1位の成績もおさめた。

アン:自由っていうと一番に出てくるのは、海で遊んでいるとか山を思いっきり走っているとかだけど、自分は「遊んできていいよ」「〇〇していいよ」と言われているのに、周りがそうじゃない時は「あ、自分って自由なんだな」って実感するかも。

天真爛漫な小学6年生のアン。彼女がいるだけで場が和み、明るくなる。この日も真っ直ぐな言葉をいくつも聞かせてくれた。

ー なるほど、誰か他の人との対比で自由を感じるってことだね。どうだろう、アンちゃんの話を聞いて思うことある人いる?

ユウナ:私が思う自由は、誰かに指定されることなく、やりたいことは自分で決めてやること。

小学6年生のユウナは、いつも周りをよく観察している。哲学対話中も話している人を見つめ、じっくりと話を聞いているのが印象的だった。

コウゾウ:好きなように生活というか、全部自分で決めて行動したり、生活することかなって思う。

ー 自分で選択して自分で決める。今の生活はどう?

コウゾウ:んー、あんまり自由ではないかな。決まった時間に何かをしないといけないことが結構ある。学校だから起きなくちゃいけないとか、ごはんを食べなくちゃいけないとか。

穏やかな語り口調の中にも芯の強さを感じる、中学1年生のコウゾウ。走りも粘り強く、上達も目覚ましいものがある。大会で優秀な成績をおさめられるようになってきた。

ー 日頃からそれが自由じゃないなって思ってる?それとも、いま私が聞いたから思ったのかな。

コウゾウ:いま思った。振り返ったらそうかなって。平日とか好きなようにできない時とか、自由じゃない感じがする。

ー やることが決まっていたり、時間を決められていたりすることに不自由さを感じるんだね。コアとかはどう、いまの生活は自由?

コア:自分で好きなことができるから自由かな。

アンやユウナが逗子から江ノ島までカヌーで行ったとき、コアは自分の判断で江ノ島まで11km程の距離を走って合流したことがあった。

ー さっきの、手を広げて走っている感じなのかな。

コア:そういうこと。

タイシ:あと、選択肢が増えるのも自由かも。逆もあって、自由が増えると選択肢も増える。

全部自由だったら、自由が自由って感じなくなるんじゃない?

楽しいことと、自由なこと

アン:うちさっき、他の人と比べた時に自由を感じるって言ったけど、パッと思い返してみるとやっぱり自由って一番楽しい時に思うかも。別に「行きなさい」「やりなさい」って他の人に言われても、それが楽しかったら自由って感じる時もあるし。

ー 楽しい時に自由だって感じることがある。楽しいと自由って関連性がある?

コア:あるんじゃない。遊べているから楽しいとか。

アン:自分から進んでやることはだいたい楽しいことだから、自由と楽しいは関係している気がする。

コア:自由ってたぶん自分が思っていることができている時だから、いろんな人に言われちゃうってことは自分が思っていないことだし、事前にやりたいと思っていたことでもないから楽しいと思えないんじゃないかな。

ー でも、楽しいと思えないことでもやらないといけないことってない?

タイシ:それを乗り越えてこそ楽しいのかなって。たとえば勉強だったら、勉強して、いい大学行って、いい就職先に就ければお金もいっぱいもらえて楽しいこともできるとか。

アン:全部自由だったら、自由が自由って感じなくなるんじゃない?

ー そっか、不自由があるから自由が楽しいんだ。

コロナ禍の不自由から生まれたもの

ー コロナが広まったのってみんながいつくらいの時だっけ。

タイシ:俺が中学に入学する前くらい。

アン:卒業遠足行けなかったんでしょ、タイシたち。コウゾウは?

コウゾウ:行ったよ。(タイシの1年後、2021年の春に小学校を卒業した)

タイシ:え、なに、この差。

ー 結構さ、コロナになって中止になったこととかできないことってあったよね。

アン:5年生の遠足は行けなかった。

コア:自粛している時とかは「自粛しなさい」って言われてたし、それは不自由なんじゃない。

ー そう、だからコロナの前といまの生活で、みんながどっちが自由だって思っているかを聞いてみたいなと思ったんだけど。実際どんな変化があったんだろう。

タイシ:地球の環境が変わったなと思っていて。たとえば、自粛期間があったから海岸がコロナ前に比べてすごいキレイになったというのを感じる。

ユウナ:家が海の前だからわたしも気づいてた。

ー そっか、観光客の人とか減ったもんね。

アン:いつも普通にできてたこと、たとえば普通に学校行って、普通に旅行行ってっていうのができなくなって、それができただけで自由だなって。マスクとっただけで、あぁ自由だって思ったり。自由が増えたかなあとは思う。

ー 不自由で制限されることが増えたから、より自由を感じることが増えたって感じかな。ユウナは思うことある?

ユウナ:マスクって息しづらかったりするから、マスク外した時の開放感がある。

コウゾウ:自分は、コロナの前はあんまり動いたりするのが得意とか好きじゃなかったから、ぼーっとして家でダラダラしてって感じだったんだけど……

タイシ:俺が誘ってあげたんだろ!

コウゾウ:そう、タイシ先輩が誘ってくれたり、コロナで暇になったりしたから、その不自由な中で何しようかなってなって走りはじめて、いまは走るのが好きになって。走ることが自由になったというか。不自由だったことで、自由なことをつくれた。

後編へ

火を囲み、じっくりと対話をする。この日、「自由」をテーマに1時間以上語り合った彼らの哲学対話はさらに深まり、話題は逗子スカイランナーズと自由の関係へと発展していきます。後編もどうぞ!

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