The Creativist

AREA 241 Journal 未来を手づくりする人たち
Chapter 7 Vol.One
LANDSCAPE ARCHITECT DESIGNER
Kei Amano

天野 慶

TEXT by SABU ISAYAMA
PHOTOGRAPHS by RYOYA NAGIRA
植物に囲まれた気持ちのいい空間をつくり出す庭師、天野慶(あまの けい)さん。「空間」や「景色」といった、形がハッキリしているようでしていないような作品は、いったいどのようにしてつくり出されるのか? 「ランドスケープ・アーキテクト」と呼ばれる仕事の実態に迫るべく、天野さんの設計した庭を訪れた。
枯らすことを恐れないで

「あー…。あなた、ベランダで植物枯らしてるでしょ~」

ドキッとした。
図星だったからだ。

数年前、ある初対面の女性が、見透かしたように僕に言ってきた。
うちにベランダがあり、そこに植物が置いてあって、しかもそれを枯らしてしまっているということが、なぜ一瞬で見抜かれてしまったのだろう?
理由はわからない。直感とインスピレーションがおそろしく鋭いシャーマンのような人で、自分にしか知り得ないことを他にも、怖いくらいズバズバ言い当てられてしまった。
それにしても言われてみればたしかにそうだ。
いつも花や草木をうまく育てられず、枯らしてしまう。

肥料をあげ過ぎたり、ちょっと日光に当てようと外に出したら、うっかり忘れて翌朝まで放置してしまい、寒過ぎたのか花がしぼんでしまったり。良かれと思ってやってみたことが、逆にトドメの一撃になってしまうこともある。

枯れる原因がハッキリしていることもあれば、全くわからないこともある。これのせいだと勘違いしていることもあるかもしれない。

人間であれば「暑くて喉が渇いた!」「寒くて辛い!」といったように、自分の気持ちや状況を言葉にして伝えることができる。でも植物は何にも言ってくれない。ただ黙ったまま枯れていくだけだ。

やっぱり植物の世話なんて向いていないから、手を出すのはもうやめたほうがいいのかな。と、植物を枯らす度にちょっぴり引け目を感じるようになっていた。

ところがある日、そんな考えが一言でサッと吹き飛ばされる。

「僕なんか人が枯らしている以上に枯らして、今がありますよ」
ベテランの庭師の言葉だった。
ゆったりと落ち着いた口調で、彼はこう続ける。

「僕はね、いろんな人に『枯らすことを恐れないで』って言ってるの。だって、枯らさないと覚えないでしょう。その時はかわいそうだと思うけど、なんで枯れちゃったのかなって考えてみるの。"枯らす=悪"じゃないから。別に枯らしてもさ、なんで枯れたのかを考えれば、あぁアレをやんなかったからかなぁとか思い当たることはあるでしょう。そういうことを自分はこれまでに相当繰り返しているんです。プロの造園家さんだってみんな言わないだけで、めっちゃ枯らしてると思いますよ(笑)。でなきゃ無理無理~、そんなん」

思わず目が点になった。

長年、庭仕事の経験を積んできた庭師がこうもサラッと「人が枯らしている以上に枯らしている」と本音で話してくれるとは予想もしていなかった。「まあまあ、みんなそんなもんだから、そう力みなさんな」となだめられたような気持ちだった。

なんだろう、この独特の抜け感と緊張感。

2022年11月8日。これが、今回御縁があって取材をさせていただくことになった〈Yard Works〉(ヤードワークス)の天野慶さんという人物と初めて会った日(取材前に軽く顔合わせをした時)に交わしたやりとりの一部始終である。
「枯らすことを恐れないで」

彼がただ植物の話をしているだけのように聞こえなかったのは気のせいだろうか? いったいどんな人生経験が彼にそう言わせたのか。

その言葉の真意を確かめるべく、僕は彼のつくる「庭」という奇妙な世界へと足を踏み入れた――。


庭が物語ってくれるから

天野慶さん(現在45歳)が山梨県笛吹市春日居町に〈ヤードワークス〉という造園屋を設立したのは2007年。彼が30歳の時である。

〈ヤードワークス〉とは、書いて字の通り「庭仕事」という意味。

事業は「植物を主体とした空間設計」。クライアントは個人住宅や店舗の他、ホテル、キャンプ場、ウェディング場、大学など多岐に渡る。

昨年は宮崎県宮崎市青島にある5500坪の南国リゾート施設〈AOSHIMA BEACH VILLAGE〉と、そこに隣接するホテル〈NOT A HOTEL〉、香川県直島にある高級志向の旅館〈直島旅館ろ霞〉の植栽設計なども手掛けており、その活躍ぶりは近年、国内外を問わず多方面から注目を集めている。

やっていることはたしかに「庭造り」なのだが、それをわざわざ「植物を主体とした空間設計」と表現するのには理由がある。

〈ヤードワークス〉が手掛けるのは、いわゆる「ランドスケープ・アーキテクト」(景観設計)と呼ばれるものだ。それは、そこで過ごす人々の生活の目的や動線だけでなく、その土地の土壌や植生、地域の文化や風習まで総合的に考慮した上で、植物で美しい景観を構築するデザイン手法を指す。

そこで誰が、何と、どんなふうな出会い方をするのかという「場面をつくる仕事」と言ってもいいかもしれない。

説明はともかく、まずは実際に現場を見てもらった方が話が早いということで、天野さんの提案で山梨県にある〈98BEERs〉(キュウハチビアーズ)という、〈ヤードワークス〉が空間設計を手掛けたブルワリー(ビール醸造所)に連れて行ってもらうことになった。

2022年11月27日、昼過ぎ。
山梨県塩山市福生里(ふくおり)という、標高700メートルの山の中腹にある地区に辿り着いた。

「いや~、〈キュウハチ〉に来るの久々だから嬉しいな。おおすげぇ、看板できてんじゃん!」

オープン以来、忙しくて全く来れていなかったという天野さんは、到着するなり嬉しそうに周囲の状況を確認して回った。
それにしても絶景スポットだ。

眼下にはのどかな甲府盆地が広がっており、ブドウやモモの果樹園がそこら中にある。その周りをぐるっと囲むように西には南アルプス連山、北には八ヶ岳や茅ヶ岳、東には秩父山地が聳え、天気のいい今日は富士山もバッチリと見える。

そんな恵まれた立地に〈98BEERs〉が誕生したのはつい最近、2022年9月のことだ。

〈98BEERs〉から少し山を下ったところに〈98WINEs〉(キュウハチワインズ)というワイナリーが建っている。そこのオーナーが「ビールもやりたい」と言って、廃墟になった保養所を買い取ってリノベーションする計画を5年前から進めてきたのだった。そこは誰も人がやって来ない、うら寂しい場所だった。
PHOTO by 98BEERs
「最初はポツンと建物があるだけで、その他には何もなかったわけ。入り口はここだよ(地上から2.5メートルとやや高い位置)って言われて。で、入り口に行くまでに階段一本付けるだけじゃ、つまんないわけね。ただ階段を登るだけじゃなくて、その途中で、ここでビールが飲めるね、ここに座れるね、ここで焚き火ができるねっていうふうに、目に入る情報プラスわくわく感を楽しみながら入ってきてほしいなって思ったの。店も席数がそんなに多くないから、外に座れるエリアを設けて。このあたりがランドスケープ・アーキテクトの腕の見せ所ですね」

実際に登ってみると、森のアスレチックに来たような気分で、足取りが軽い。神社の段差のように「さあ登るぞ、よっこいせ」という感じは全くない。

くねくねと階段を直角に曲がりながら登っていく途中には、人が集える空間が適度な距離を保ちながら配置されている。その合間にアガベ、ススキ、パニカム、パンパスグラスなどの植物が植えてある。
グラス類の植物は風が吹くと、さらさらと揺れる。その揺れが風を「見せ」てくれる。ひらひらと舞い落ちる木の葉は絨毯のように地面に積もり、それが秋の季節感を演出する。オーナーが管理しやすいように、その土地の環境に合った植物を選んでいるので植物の世話には手がかからないという。

花壇はメタルフォームという鉄でつくられている。通常はコンクリートの型枠として使われる土木資材だが、天野さんは不要になったメタルフォームを中古で買い取り、花壇に転用した。これまでに誰もやってこなかった意外な発想だが、お洒落で、違和感なく景色に溶け込んでいる。

時間と共にその鉄は全面が茶色のサビに覆われることになるが、その色や質感もまた非常に趣があってカッコいいということで「サビ」もまたデザインの一部として経年により完成していくよう予め計算されている。

このメタルフォームは焚き火場の枠にも使われている。他の場所に置いてある丸テーブルがちょうどこの枠に上からピッタリとハマる「蓋」の役割も担っており、焚き火をしないときは重ねて仕舞っているらしい。

「空間設計」という言い方をする理由がなんとなくわかってきた。

こうした緻密な設計の意図については、天野さんに聞けばいろいろ教えてくれるが、基本的には「作品(庭)が物語ってくれるから、別に自分があれこれ喋る必要はないかな」という。

辺りを見回してみると、客はみな富士山を眺めながら外でゆったりビールを飲んだり、焚き火したりしている。子どもたちも公園に来たように遊び回っている。

〈98BEERs〉と〈98WINEs〉には県内外からいろいろなお客さんたちが訪れていた。ぽけーっと昼寝したり、空を眺めたり、連れてきた犬とのんびりしたり、体をゆったりくねらせてストレッチしたりと、伸び伸び過ごしていた。
PHOTO by SABU ISAYAMA
「なんか気持ちいい」

説明するまでもなく、来れば自然とそんな感覚になるような空間だった。

東京からやって来たという若いカップルに話を聞いた。Googleマップで、「山梨 ワイナリー」と検索してみたところ、この場所の画像が出てきて「なんか良さそうだと思って来てみた」という。つい数時間前まで東京にいたのに、ここのランドスケープの画像を見て、急に行こうと思い立ち、車で弾丸旅行でやって来たのだと話してくれた。

天野さんのランドスケープには、感覚的に人を惹きつける「何か」があるようだ。


経年劣化ではなく経年美化

「オーナーさん、今日はおサボりですか?」

訪れた客のひとりが近くにいた男性に声をかける。

「社長って呼ばないと返事しないよ?(笑)」

ビールグラスを片手にほろ酔い顔で現れたのは醸造家・平山繁之さん。〈98WINEs〉と〈98BEERs〉の社長だ。昼間から自家製ビールを飲んで、かなりご機嫌な様子。

「今日はこれ何杯目ですか?」と尋ねてみると「まだ一杯目だよ、さっき来たばっかだもん」と平山さん。後ろから「絶対三杯目ですよ」と女性のツッコミが入る。平山さんと一緒に事業を運営する吉留明子さんだ。

「じゃ三杯目だね、あんたがそう言うなら、そうだね(笑)」

2人のテンポの良い掛け合いに、周囲にいた人たちがドッと笑った。

天野さん曰く、「平山さんは業界では権威というか、凄く有名な醸造家なんですよ。でも中身はほんと少年みたいな人で、子どもがいるとみんな平山さんのまわりに集まってくる。それでいて上場企業の社長たちをアテンドしたりもするんです。今回の仕事は、『いいじゃん、失敗しても』みたいな感じで任せてくれたので、いろいろ好きにやらせてもらいました」とのこと。
平山さんは30歳のときに将来ワインを自分でつくってみたくて、フランスの大学に留学して勉強し、その後、大手ワインメーカーに就職。60歳でリタイアした後、2018年にこの地で念願のワイナリーを立ち上げた。「98」という名前は、たくさんの人との"+α"により98が100にも200にもなる場になるように、という思いから付けられたそうだ。

ワインは国産の「甲州」と「マスカットベーリーA」という品種のブドウを使ってつくられている。ビールは「ケルシュ」「セゾン」「ベルジャンビター」「レッドエール」の4種。フードは季節によって変わるが、取材時は「地元福生里産のチーズサラダ」「鶏の手羽元スパイシーチキン」「北海道産鱈のフィッシュ&チップス」といったメニューだった。ブルワリーには全3室の宿〈STAY366〉が併設されていて、宿泊客は景色を肴にお酒を楽しむことができる。夜は周囲がライトアップされ、昼間とはまた異なるムードになる。

平山さんと吉留さんに、それぞれ〈ヤードワークス〉について話を伺った。

「〈ヤードワークス〉さんにはワイナリー立ち上げのときから依頼しているんだけど、ランドスケープっていう発想は、当初僕の中にはなかったんですよ。どんないい建物を建てるかってことしか考えがなくて。でも実際にできあがったものを見て、その価値を再認識しましたね。ランドスケープっていうのは建物以上に、もしかしたらこのへんの空間を表現するものかもしれない。僕たちの場所っていうのは、もう自然があるからいいやってつい思いがちなんだけど、ランドスケープがあるとその自然がさらに生きてくるんです。僕たちの庭を見に来たら、全く違う世界に入るんです」

「私は結構直情的な人間だからストレートに人とぶつかってしまうことが多くて。実はこのブルワリーをやるときにも建築士と大喧嘩して『もうあなたとは仕事できない!』みたいな感じになったんですけど、慶さんが間に入ってくれてうまくいったんです。彼も強いこだわりはもっているけれど、なんかバランス感覚がいいですね、本当に。彼がいることでスムーズにプロジェクトが進む。あと面白いのが、彼に言わせればこのランドスケープは『50年後が完成形のイメージ』なんですって。もう私たち死んでるじゃんって(笑)」

「ランドスケープってそんなもんですよ」

いつの間にやら焚き火用の薪割りを始めていた天野さんがせっせと手を動かしながら答える。

天野さんのランドスケープの設計は常に5年後、10年後、あるいは50年後といった長期的視点に立ってデザインされている。天野さんは「ここもまだ全然完成形じゃないですよ」という。
「植物ってどんどん成長していくから。僕は最初から100点満点をつくってないんですよ、どの現場も。結局、僕の手を離れたところで、持ち主さんがこれからどんどんその人の色に変えていくから。だから人がやって来て賑わっているところを見ると、やってよかったなって思います。そういえば、オープンの時にスーツを着たサラリーマンのおじさんがここに座ってたの。あれは凄いよかったよ(笑)」

ワインが熟成していくように植物も成長し、人も変化していく。
深みを演出する重要な要素は「時間」だ。

「"経年劣化"っていう言葉があるけど、なんでそんなネガティブなんだろうと思って。自分が植えたときが完成じゃなくて30年、40年っていう、そういう時間の過程までを楽しみにしているから、僕はむしろ"経年美化"って呼んでます。いろんな現場はあるけど、僕は年に4回は来てほしいって言ってます。日本には四季があるから」

「今はまだスカスカ」というこの場所も、数年後には植物がモリモリ生えて凄いことになっているらしい。
「さぶさんも、いい感じに酔っ払ってるんじゃない? ほろ酔いで気持ち良さそうね」

ちゃっかりと僕も〈98BEERs〉で美味しいスパイシーチキンと4種のビール飲み比べセットを、さらに〈98WINEs〉ではワインもいただいて、このランドスケープを楽しんでいた。

ワイナリーで平山さんに「ワイン、美味しいですね」と伝えてみた。すると「つくった人の前でマズイとは言えないもんなぁ(笑)。マズイですって言ったら、『この人いいなぁ』って思うんだけど!」と言われ、天野さんも隣で「言ってほしいなぁ」と笑っていた。

しばらくのんびり過ごした後、山間に沈みゆく夕陽を眺めながら、僕と天野さんはその場を後にした。

あの居心地のいい空間はいったいなんだったのか。

〈98BEERs〉と〈98WINEs〉を訪れ、〈ヤードワークス〉のアイデアがいったいどこから来るのか気になった。

天野 慶/ランドスケープ・アーキテクト・デザイナー。〈ヤードワークス〉代表。

1977年、山梨県生まれ。千葉工業大学を卒業後、半導体メーカーに3年、リフォーム会社に3年勤める。その後、イングリッシュガーデンを専門とする師匠との出会いを機に、植物を主体とした空間設計(ランドスケープ・アーキテクト)のデザイナーとなる。2007年に〈ヤードワークス〉を立ち上げ、2019年に〈株式会社ヤードワークス〉として法人化。全国の個人住宅、商業施設、公共施設など、さまざまな空間の植栽設計を手掛ける。
〈ヤードワークス〉ホームページ:www.yardworks-web.com
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