The Creativist

AREA 241 Journal 未来を手づくりする人たち
Chapter 5 Vol.One
CRAFTSMAN, BUILDER, PLASTERER
Taiki Minakuchi

水口泰基

TEXT & PHOTOGRAPHS by NUMA
たくさんのモノや無駄で溢れかえる現代社会。
これ以上あらたなモノを生み出す意味があるのだろうか? 
誰もが抱える課題と向き合うために、横浜を拠点にサステナブルな空間開発と家具づくりを手がける水口泰基をフォトジャーナリストNUMAが訪ねた。
かつては高級品と思われていたオーガニックやナチュラルな製品が普及して、誰もが当たり前のように買い求めることが可能な時代になった。
素材本来の特性を生かしたプロダクトの価値が評価され、リユースやアップサイクルという新たな価値も広がりつつある。
そうした流れを受けてか、日本各地の風土と生活の中で芽生えた大衆的な工芸品である民藝にも注目が集まるようになった。
生産性を高めて利益を最大化する産業革命以降の資本主義と、大衆の所得水準向上によってもたらされた大量消費社会によって、ぼくたちは物質的な豊かさを享受することになり、さらなるイノベーションが生活様式を劇的に変化させた。

おかげで暮らしはますます便利になる一方、新しいライフスタイルが様々な問題を生み出しているのも事実だ。大量生産・大量消費によって生じる大量破棄、資源の枯渇、環境汚染、廃棄物の問題、気候変動…。

歴史を振り返ればこうした資本主義の負の側面に対する異論は産業革命期のイギリスにもあったし、一九七〇年代頃の先進国でも唱えられていた。
それが再び声高に叫ばれるようになったのは、二〇一〇年に入った頃からと記憶している。

大量生産を下支えする開発途上国の環境汚染や人権侵害の深刻さが明るみに出て、SDGsという新たな概念が登場する。人類が抱える問題を世界全体で解決して次世代につなげていくことが約束され、そのための具体的な持続可能な開発目標が掲げられた。

さらに、ティーンネイジャーの環境活動家グレタ・トゥーンベリを筆頭とする文明の未来を懸念した若い世代によるプロテストがクローズアップされ、「地球が悲鳴を上げている」「どうやら残された時間は少ないようだ」という認識が広がった。

しかし、どれだけ既存の経済システムに懐疑的な態度を示したところで、簡単にものを手に入れるための選択肢は無数に存在する。

ファストファッションやファストファーニチャーに代表される、トレンドと廉価を両立させたようなプロダクトは相変わらず世界中を席巻している。

多分にもれず、ぼくも積極的にそれらを消費してきた。
商品を購入しようとする時、まず最初に覗くのがアマゾンであり楽天といったオンラインショップであり、同時にIKEA、ニトリ、ユニクロなどの実店舗にも足を運ぶ。100円ショップをはしごして生活雑貨を買い求めることも、もはや日課のひとつとなった。

思い起こせば、ぼくが結婚した二〇〇〇年代後半は、IKEAが日本に上陸してまだ間もない頃。当時の新居はデンマーク製のダイニングテーブルとチェアを除けば、ファストファニチャーの家具に囲まれていた。 それから一五年近くが経った現在、家庭内で活躍しているものはステンレスの鍋のみ。ブックシェルフやベッドはガタついて破損してしまい、チェストやチェアは気に入らなくなって使わなくなって、「申し訳ないな、もったいないな」と思いつつも大半はゴミに出してしまった。
そんなぼくが「ものづくり」に強い興味を持つようになったのは、自宅のリノベーションを経験したことがきっかけだった。
建具の造作から塗装、水回りや電気工事までをマルチにこなす田中さんという知り合いの内装屋さんが「ヌマさん一緒にやろうよ」と誘ってくれたのだ。
田中さんがぼくに作業を手伝わせようとしたのには理由がある。
当初こちらが想定していた予算は田中さんの見積額の二分の一ほど。つまり田中さんがぼくを巻き込んだ理由のひとつは、職人さんに頼む工事費用を捻出できなかったから。予算内で完成させるには人件費を抑える以外に方法はないという、いわば苦肉の策だったわけだが、「ものづくりは、それほどハードルの高いものじゃない。やろうと思えば誰にでもできる」ということを伝えたかったのかもしれなかった。

事実、自宅リフォームが完了してからというもの、ぼくは田中さんに誘われ、内装工事の現場でアルバイトをするようになった。
それまでのぼくはといえば、インパクトドライバーすら持ったことのない、絵に描いたようなDIY初心者だった。それが田中さんの手ほどきによって、スライド丸鋸で木材を切断したり、造作した建具を磨いたり、ローラーを片手に壁を塗ったりできるようになった。作業はどれも初めて取り組むことばかりで苦労も多かったが、おかげで人生の中で自分でやれることは意外と多いと思えるようになった。

田中さんとの共同作業のなかで最も時間がかかったのは壁の塗装だった。塗装は部屋の雰囲気を一変させる作業なので、塗り終わった瞬間は最高の気分になるのだけれど、塗りはじめるまでの準備の煩雑さは想像以上だった。
家具を一ヶ所にまとめてビニールを被せ、さらに窓枠や建具など塗りたくないものをテープできっちりと覆うのに全工程の八割ほどの時間と手間を要する。
いざ始めてみたものの、養生の甘い部分に塗料がはみ出てしまったり、想定外の箇所に塗料が飛び散っていたりと、思うようにいかないことばかり。脱衣所の壁に珪藻土という左官材を塗ろうとするも、コテを使いこなせず途方に暮れたこともあった。

それでもなんとか家中の壁を塗り終え、素人仕事の痕跡を眺めていると、「大変なこともあったけれど、やってよかったな」という実感が湧き、我が家に一層の愛着を持てるようになった。

以来、「今度はどこに手を付けてみようかな」と家の中を見渡し、レンジフードをアイアン塗料で塗ってみたり、大量のCDを保管する収納棚を廊下に作ったり、自分でも驚くほど色々なものをつくるようになった。実は現在も、小学校に通いはじめた息子のためにシンプルな学習机を作ってみようとアイデアを練っているところだ。

脱衣所の改築にあたっては、田中さんの提案にしたがって、洗面台を左官で仕上げることになった。
田中さんは、左官のための素材を提案してくれた。
「モールテックスが良いんじゃない?」。
それは、一度も耳にしたことがない素材だった。
モールテックスは天然の石灰を主成分とする鉱物性の左官材料。砂とセメントと水を練り混ぜて作る無機質でクールなモルタルに対して、より繊細な意匠と美しい仕上がりが期待できる、ベルギーのBEAL社が四半世紀前に開発した新素材だ。
水に強く、耐久性も高く、床、壁、屋内、野外など多様な場所に使用可能なことから、キッチンやバスルームなど、これまで左官材では塗り込むことができなかった領域を仕上げられる。
ただし、田中さんいわく、高い技術力が必要なため、職人さんに頼んだほうが良いとのことだった。

ちなみに「左官」と「塗装」は似ているようでまったくの別物だ。

昨今のDIYムーブメントで誰もが一度はローラーや刷毛を手に挑戦するであろう「塗装」は、技術的な難易度はそれほど高くなく、色のチョイスも無限。短時間で一気に仕上げられるメリットがある。
一方の「左官」は、泥や漆喰、石膏などの壁材を、主にコテを使って塗り上げる伝統的な技法。素材は自然由来のものが多く、吸湿性や放湿性に優れ、仮に燃えてしまっても有毒物質を発生させないなどの利点がある。
コテの使い方次第で自由に質感や立体感を出すことができ、職人の技術とセンスが仕上がりにはっきりと現れる。

話をモールテックスに戻そう。
そのときに田中さんが紹介してくれたのが〈T-PLASTER〉という業者さんだった。モールテックスにいち早く注目し、技術力も高いということだったので、早速お願いすることにしたのだった。

カラーサンプルを見ながら打ち合わせをするタイミングで、横浜にあるT-PLASTER社を訪れることになった。
なんでも、そこは、大人の秘密基地のような場所らしい。
「とにかく面白い場所でね。ヌマさんも絶対に気にいると思うよ」と田中さん。
「左官屋さんのオフィスが面白いって、どういうこと?」と、あまりピンとこなかったが、勧められるがままにその会社を訪問することにした。
横浜市のほぼ中心に位置する南区は、同区をたすきのように横切る大岡川を七つの丘が囲うユニークな地形のエリアだ。
その最東に位置する丘を登ると在日アメリカ軍の旧根岸住宅地区が広がっており、ひと目で米軍施設とわかるフェンスとゲートの向こうには古き良きアメリカを思い起こさせるカントリースタイルの木造住宅が点在していた。この地域は日本への返還が日米間で合意されているが、具体的な返還時期は決まっておらず、東京ディズニーランドをひと回り小さくしたくらいの広大な空き地と化している。

フェンスに沿って曲がりくねる道路を少し進むと、きれいなクリーム色に塗装されたトタン壁の建物が見えてきた。
あまり見かけないタイプの六角形の建築物。「以前は在日米軍向けの遊技場だったのかも」などと想像が膨らむ。
看板が無い代わりに壁には大きなアルファベットで社名らしき文字がいくつか書かれ、T-PLASTERの名も、その中にあった。
高さ三メートル、幅四メートルはありそうな搬入口の先で何人かの職人が作業に没頭していた。
木材が積み上げられた屋内にはフォークリフトがあり、その隣には年代物のハーレーダビッドソンが二台並んでいる。

薄暗いガレージの奥で、背が高く細身な男性が別のお客さんと話をしていた。
田中さんとぼくを見つけて挨拶にやってきた彼は、「もう少しで終わるから、ちょっとだけ待っていてください」と言い残し、ふたたび打ち合わせに戻っていった。

「あのハーレーダビッドソンの所有者に違いない」。
そう直感させる、男気あふれる出で立ち。
眼光鋭いその人物がT-PLASTER社代表の水口泰基さんだった。
それから三年ほどが過ぎ、ぼくは再び水口さんに会いに行った。
今回の目的は、この取材のためと、前回の自宅のリフォームで手を付けていなかった浴室をモールテックスで塗る相談をするためだった。

とても天気のよい午後。傾斜のキツい稲荷坂を徒歩で登り、ふと振り向くと富士山と丹沢山系がくっきりと見渡せた。交通の便は良くないけれど、その分ゆったりとした時間が流れている。おかげで気分は休まり、都会にいることを一瞬忘れてしまいそうになった。

水口泰基/〈T-PLASTER〉代表。レインボー倉庫オーナー。

1982年、静岡県生まれ。自動車整備士、左官職人の見習いを経て、「made with soul.」をコンセプトに自然と人の魂が息づく空間づくりを目指す工務店〈有限会社ティープラスター〉を設立。横浜を拠点に、天然素材を使った建築設計・施工・リノベーション・無垢材を使用した家具の製作販売・シェアスペースの運営など、幅広く事業を展開。
T-PLASTER ホームページ:https://t-plaster.com/
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