The Creativist

AREA 241 Journal 未来を手づくりする人たち
Chapter 5 Vol.Two
CRAFTSMAN, BUILDER, PLASTERER
Taiki Minakuchi

水口泰基

TEXT & PHOTOGRAPHS by NUMA
二〇代前半の頃から左官職人としての道を歩み始め、独立後も社会の荒波に揉まれながらも嘘のない生き方を模索してきた水口泰基。
あらゆる興味の対象に掛け値なしの情熱を注ぎ続けることで見えてきたのは、自分が楽しめることを貫くことが人を喜ばせる仕事につながるという、独自の働き方の哲学だった。
水口さんは前回と変わらず鷹のように鋭い目つきでぼくを迎えてくれた。
年代物の二台のハーレーダビッドソンも以前と同じように強いオーラを放ちながら佇んでいる。
三年前に会ったときと同じように先客がいて、「ちょっとだけ待っていてください」と同じセリフを言い残して商談に戻っていった。
改めて挨拶を交わし、社内を案内してもらうことになった。
崖に突き出すようにして建つこの社屋は、そのむかし有田焼を扱っていた商社が陶器を流通させる倉庫として使用していた建物を、四年ほど前に買い取って改装したものだ。

一階部分は木材置き場、溶接と縫製のためのスペース、仕分けたゴミを一時的に保管する場所など雑多に分かれ、どのような目的のために使うのか、素人の目にはさっぱり見当のつかない機器が、あちこちに置いてある。階段を降りた地下には家具をつくる工房がある。
二階は主にプロダクトの仕上げを行う場所で、納品のタイミングを待つ家具がまとめて保管されている。
その一角に、ものづくり系クリエーターが入居する〈レインボー倉庫〉があった。水口さんが二〇一一年に立ち上げたシェアスペースだ。
シェアスペースとは、異なる業種の人たちが同じ作業場を共有するスペースのこと。起業時に単独でオフィスを構えるよりもコストを大幅に削減でき、また多様な業種の人と接触して新たなビジネスが生まれることが期待され、スタートアップの場としても機能している。

水口さんがこのシェアスペース運営を始めたきっかけは、左官職人として独立したときの自らの苦い経験があるからだという。
フリーランスでビジネスを始めた人ならば身を持って体験しているかも知れないが、独立したばかりで実績も収入も無い者に対して社会の風当たりは予想以上に強い。物件が借りられない、掛売取引に応じてもらえない、クレジットカードが作れない等、不利な条件でビジネスをスタートしなければならないケースが多いのだ。

そんな社会の状況に不条理を感じた彼は、弱い立場の人が自由に活動できる場所が必要だと思い立ち、「虹の七色のように多彩な使い方が可能です!」という意味を込めて、シェアスペース・ビジネスを開始した。

シェアスペースのニーズは予想を超えて多く、東京の池尻と赤羽にブランチを、広島県広島市にもフランチャイズが置かれているという。
現在このスペースには、エアブラシで絵を描く画家、世界のマイナーな弦楽器を修理する職人さん、IT系ビジネスマン、倉庫として利用する人などが入居している。

ぼくは頭の中を整理する必要があった。

左官工事、リノベーション、内装設計・施工、家具・建材・建具の製作販売、さらにシェアスペースの運営。あまりにも業務内容が多岐にわたるため、「T-PLASTERは、いったい何をする会社なの?」というクエスチョンが浮かんだ。

その問いに、水口さんは明快に答えた。

「空間開発を総合的に手がける工務店と思ってもらえれば。つくれるものは自分たちでつくろう! という意識でやるうちに業務内容が増えたんです」。

つまり、水口さんは、自らものづくりの現場で先頭に立ちながら総勢二十人の職人集団を束ねる若き社長なのだ。

「ぼくのことを左官職人だと思っている人は多いと思います。確かに左官はキャリアの出発点だし過去にモールテックスの講習会も実施していたけれど、自分の中で左官は引き出しのひとつとして捉えています。だから『肩書は?』と聞かれたときは『職人です』と即答します。『ものづくりのために存在する人』『自分の体と手と頭を使ってものを作る人』という意味を込めて」。
「コーヒーでも飲みながら話しましょう!」
水口さんは本社ビルと隣り合わせたショールームに案内してくれた。

かつては米軍ハウスだったという家を改装した物件で、無垢材の板を張りめぐらせた壁にはROLEXの大きなアンティーク・クロックがかけられ、存在感のある巨大なビンテージ・スピーカーと美しい艶を出す無垢材のソファが違和感なく並んでいる。
ありきたりなものは何ひとつ存在せず、映画のセットのように作り込まれた空間だ。窓から差し込む光を浴びながら、いつまでも長居したくなるような居心地のよさ。まるでアメリカ中西部のダイナーで注文したコーヒーを待つときのような、長く記憶にとどまる旅のひとコマのようだ。
大小様々なこだわりが重なり合って醸し出される空気感に、ぼくは圧倒されてしまった。

水口さんは、お湯を沸かすため、南部鉄の鉄瓶を年代物の薪ストーブの上に置き、燃焼室の中に薪を一本放り込んだ。
「浅煎り、中煎り、深煎りがありますけど、どれにします?」と、彼は聞いてきた。
エチオピア原種のアラビカ豆だそうだ。ぼくは迷わず浅煎りをチョイスした。

ドリップポットではなく、重たくて取り回しの悪そうな鉄瓶を使うのも水口さんのこだわりのひとつに違いない。
気になったので理由を尋ねると「浄水を沸かしたものとは味がぜんぜん違うから」との答え。試しにポットと鉄瓶、両方で沸かしたお湯を飲み比べさせてもらった。たしかに鉄瓶で沸騰させた湯のほうは角が取れて、びっくりするほどまろやかな味わいに変化している。

水口さんが自ら焙煎したというコーヒーは、浅煎り特有の華やかさと水のまろやかさが重なり合いつつ、どこかに力強さがあった。

マグカップを片手に日の差し込む窓際へ移動する。
そこには木質化したサボテンやゴツゴツとした塊根植物がずらりと並んでいた。どれも奇妙でワイルドな樹形をしたものばかり。
しかし、以前ここに来たときには、これほど多くの植物は無かったはず。
「植物は、この一年くらいでグワーッとハマりましたね。特にサボテン。たまらんですよ(笑)」。

仕事が忙しくて娯楽のための時間が少なくなると、その反動かヤフオクなどでポチッと落札してしまったり、休みの日に家族で立ち寄ったホームセンターで「パパ、植物好きでしょ!」と小さな息子たちが探してきてくれたりしていくうちに増えたコレクションだそうだ。

朝出社してコーヒーをすすりながら植物を眺めるのが、多忙な彼にとっては至福の瞬間なのだとか。

趣味で始めてわずか一年とは思えないこなれた手つきで土の乾き具合を確かめて、少量の水を与える。鉢を回転させて植物が太陽に当たる角度を変え、盆栽を愛でる老人のように満足そうに微笑む。植物のことで頭がいっぱいになる彼の様子が、この上なくチャーミングだ。

土も自ら配合するこだわりよう。赤玉土、鹿沼土、軽石にバーミキュライト、くん炭。さらに、サボテン栽培の専門書を読みつつ、園芸家のアドバイスも聞き、一般用に販売されている園芸用土の配合なども観察しながら、栽培するサボテンに合う土の研究を重ねているという。

「気がつくと、どんどん深堀りしてしまう性分なんですよ。今まで本当にいろんなものにハマってきた。バイク、オーディオ、カメラ、旅、キャンプ、コーヒー、植物、木とか。木は木材のことです。家具を自社で製作するようになってから、一気にのめり込みました。形、模様、匂い。どれをとっても人知を超えた造形美に惚れてしまって。木に時間を費やすことは仕事につながる投資なので構わないけれど、ほかの趣味は仕事と関係ないから、どこかで歯止めをかけないと…」。
未知なる世界を知りたい。見たことのないものをこの目で確かめたい。
世界中を放浪して見聞を広めるバックパッカーのように、人間の持つ根源的な欲求に対して正直な水口さん。
これだ! と思う物事に対しては、ありったけの情熱を注ぐ。寝ても覚めてもそのことばかりを考えながら、彼は多様な趣味をそれぞれ深く掘り下げてきた。

それは仕事の領域でもまったく同じだった。五感をフルに使って、興味の対象にすべてを捧げて没頭しながら、成功と失敗を繰り返して今日まで歩んできた。

「デザインも施工もトータルで手がけた空間を」と常日頃から考えてきた水口さんは、左官の道を追求するだけにとどまらず、家具、インテリア、木材、樹脂など異なる分野に次々と飛び込んできた。
そうして、それぞれの分野でゼロから学び、新しい知識や視点を獲得して再び原点に戻ると、いつのまにか新しい方法論が身についている。
どっぷりとハマった世界を自由に行き来しながら独自に身につけた方法で、水口さんは自分自身の能力を高めてきたのだ。
左官は古代から伝わる建築技術だけに新たなイノベーションが生まれにくい分野である。
しかしその反面、東京都内の店舗内装など常に目新しい場づくりの現場では常に従来とは異なるスタイルが求められる。
モルタル下地で空間を演出する新しい手法をいち早く取り入れたのも、そうした期待に応えるためだった。
モルタルは、倉庫の内壁のような見栄えを気にしない壁に使われていた完成前の下地だが、「なんでこんなにカッコ良い素材を仕上げに使わないんだろう」と修行時代から疑問に思っていた口さんは、独立すると積極的にモルタル仕上げを取り入れた。
水口さんがつくった思い入れのある空間のひとつに、彼の地元の静岡県三島市の〈KEWL & LEGIT〉というセレクトショップ&カフェがある。
もともとは婦人服の店だったという店舗を解体すると荒々しい支柱が出てきた。木の型枠にコンクリートを流し込んで建物の基礎工事をしていた時代のもので、柱の表面には型枠に使用した木材の木目が刻まれ、構造物の表面に砂利が結集する「ジャンカ」と呼ばれる欠陥部分があった。
彼はその無骨さを逆に気に入り、あえて手を加えずに柱を露出させ、周囲の壁をコンクリートブロックを積み重ねるだけにした。
さらに、内装をモルタルで仕上げ「つくられる途中に現れる美しさ」を表現した。
おかげで店舗は、施工から八年たった現在でも「三島にすげえカッコ良い店がある」と評判が良い。ディティールにこだわった洋服や雑貨を探しに来る人や、丁寧に抽出されたコーヒーを楽しむお客さんで賑うカルチャースポットとして愛されている。
新しいものを取り入れる貪欲さと、古いものや過ぎし時代への憧景を同時に持ち合わせる水口さんが単なる左官屋さんではないことは、年代物のハーレーダビッドソンを見た時にピンときた。

会社創業時から彼を支えるスタッフも彼の持つ熱量に舌を巻いてこう言った。
「常に新たな材料を探しまわり、誰もトライしない手法を試みる。探究心も行動力もケタ外れ」。
どうやら水口さんの背後には確固たる信念があるようだ。
何を考えて、どんなものづくりをしているのか。
ぼくは彼のことを、もっと知りたくなった。

水口泰基/〈T-PLASTER〉代表。レインボー倉庫オーナー。

1982年、静岡県生まれ。自動車整備士、左官職人の見習いを経て、「made with soul.」をコンセプトに自然と人の魂が息づく空間づくりを目指す工務店〈有限会社ティープラスター〉を設立。横浜を拠点に、天然素材を使った建築設計・施工・リノベーション・無垢材を使用した家具の製作販売・シェアスペースの運営など、幅広く事業を展開。
T-PLASTER ホームページ:https://t-plaster.com/
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