The Creativist

AREA 241 Journal 未来を手づくりする人たち
Chapter 7 Vol.Three
LANDSCAPE ARCHITECT DESIGNER
Kei Amano

天野 慶

TEXT by SABU ISAYAMA
PHOTOGRAPHS by RYOYA NAGIRA
設計した図面を実際の形に仕上げる上で絶対に欠かせないのが、信頼できる職人たちの存在である。心が通じ合った職人同士は、もはや多くの言葉を必要としない。「阿吽の呼吸」で見事なランドスケープができあがる様子を目の当たりにした。
僕の中ではもう絶対的な存在です

「うっす!」

「こんちわー、おつかれさまでーす」

午前10時。高級住宅エリアに建つ、屋上バルコニー付き3階建てのお洒落な新築一軒家の前に到着。

既に5名の職人たちが手際よく作業を進めていて、現場は活気に溢れていた。彼らも山梨在住で、この日は朝6時半に出発してつい30分前に現場入りしたばかりだという。

今回の植栽作業は合計2回に分けて行われる。
前半となる今日は植栽前の下準備。花壇や枠などの「土台」を設置する。そして後半、別の日に植物の植え込みを行う。

到着してすぐ天野さんが「特に」と言葉を発すると、間髪入れず隣にいた金髪の女性が「特にいまのところ大丈夫です!」と即答した。何を聞かれるのか、もう先にわかっていたようだった。

現場監督を担当する保坂実奈さん。

ハキハキ、サバサバした女性で、現場の段取りは彼女が仕切っている。今日は朝イチで警察署に行って「道路使用許可証」も取得してきたそうだ。天野さんは「道路使用許可証なんて普通取らないんだけどね。でもこれがあると、万が一、何かあっても、ちゃんと使用許可取ってますよって言えるわけ。優秀でしょ、ミナちゃん」と言う。ミナさんは全員が万全な状態で仕事に取り組めるように環境を整える。

とりわけ今回は住宅街の道路が狭く、余計な動きが多くなりがちなため、作業当日の段取りは重要だ。

車に資材を積む順番や降ろすタイミングは予め決めておく。周辺の様子はGoogleマップのストリートビュー上でくまなく歩いてチェックしておく。駐車場の数は限られているので、事前に場所、駐車台数、料金をチェックしておく。そして工事現場の多い住宅街では駐車場がすぐに埋まってしまうので、空きがあれば迷わず停めておく。ここで料金をケチると後で困ることになる。これまでの現場経験からこうした細かい手順や注意点のノウハウが〈ヤードワークス〉には蓄積されている。
3年前に〈ヤードワークス〉の社員になったミナさんは、右も左もわからない状態から、職人たちの背中を見ながら仕事を覚えていった。今ではどの現場もミナさんが監督や段取りを行っている。

「見て覚えました。私は見て覚えるタイプ。とにかく現場に通って、ずーっと見てやり方を見て、わかんなかったら聞いていくっていう感じです」

続いて、親方・小佐野裕司さんが登場する。小佐野さんは土木に関わる(コンクリート、レンガ、石など庭の土台となる)作業のプロフェッショナルだ。〈ヤードワークス〉の外注先の業者として、もうかれこれ10年以上、数え切れないほどの現場を一緒にこなしてきた。

先日、〈98BEERs〉で見たメタルフォームの花壇がここでも登場。「天野慶を映えさせるための下ごしらえですよ」と言いながら、ベランダで小佐野さんが花壇を手際よく組み立てていた。
親方を外注にするのには理由がある、と天野さんは話す。

「通常、造園屋さんって社内に親方がいるんだけど、そうは言っても"従業員"なわけ。そうすると責任の所在が曖昧になりがちなのね。その点、小佐野さんは自分の会社の社長で、プロ意識も高いし、気持ちが全然違うわけ。早い話、俺がいなくても完成形までイメージして施工ができちゃう。なんでもできちゃう強い人なの。これを社員でやろうとすると、やっぱりスキルやハートの問題でなかなかできない。だからお金はかかるかもしれないけれど、外注にしちゃったほうが間違いないんです。しかも任せたなりに、うちらじゃできないクオリティでモノをつくってくれるから。小佐野さんは僕の中ではもう絶対的な存在で、他の人には任せられないんです」

小佐野さんは「慶ちゃんだったらどうするんだろう?」と考えてくれるだけでなく、ダメなところはダメと注意もしてくれる。「ピリっとさせてくれる仲間」なのだという。

交通費にせよ、駐車料金にせよ、外注費にせよ、天野さんは「お金をかけるべきところにはかける」というスタンスを一貫させている。

みんなでよくなろうよ

「今日は東京に泊まりですか?」

小佐野さんに聞いてみると「寝袋あるから! 今日は代々木公園に泊まります。いや~、ほんと〈ヤード〉はしんどいっすよ~」という答えが返ってきた。

ビックリして言葉を詰まらせていたら「いやホテルっすよ、ホテル。徒歩15分くらいのところに良いホテルを取ってくれています」と言って、その場にいたみんながこっちを見てニヤッと笑った。一本取られた!
現場は楽しそうで冗談がよく飛び交う。一方、手はしっかりと動いていて、あれよあれよという間にスピーディに土台が出来上がっていく。

天野さんはというと、「現場に顔を出す」のが仕事で、やることはあまりないという。

「僕は特にやることないんだけど、ちょっと把握だけしておきたいなっていう感じです。やることと言っても、『新築だから壁に気をつけてね~』とか、『ミナちゃん、じゃあ次回ここ土入れ替えしとこうか~』とか、ほんとちょっとしたケアくらいのもので」

天野さんは自分の描いた設計を期待以上のクオリティで確実に仕上げてくれる職人たちの腕を信頼して任せている。

「〈ヤードワークス〉は僕だけじゃないから。チームがいての、今があるわけ。みんなで良くなろうよっていう。チームワークですよ、全て。自分だけの力じゃなにもできない」

取材中、天野さんは「チーム山梨」という言葉を何回か使っていた。「山梨が」という主語を使うことで、「自分が」という個人を越えて、全員で仕事に取り組めるようになる。自分たちの活動をそのように広く捉えているようだった。

ちなみに〈ヤードワークス〉は、山梨県笛吹市一宮町を拠点に活動するヒップホップグループ「stillichimiya」(メンバーは田我流、MMM、Mr.麿、Big Ben、Young-Gの5名から成る)の『困ッタヒトタチ』という地元〈YBSラジオ〉の番組の協賛・応援もしている。
ヒップホップの世界には、自分たちが地元の名前を背負って自己表現を行うことを意味する「レペゼン」(Representation)という用語が存在するが、そういう意味でいうと、〈ヤードワークス〉もまた山梨を「レペゼン」する集団だと言えるだろう。

天野さんが「みんなで良くなろうよ」という時、その言葉の範囲は〈ヤードワークス〉だけでなく、こうした地元で頑張る仲間たちの活動までをも含んでいる。〈98BEERs〉を訪れた日、天野さんが地元の店やカフェにも連れて行ってくれて、友人たちを紹介してくれたことを思い出した。

現場には山梨弁が飛び交っていて、この日、僕は「~やれし!(~しろ)」と、「~やっちょし!(~するな)」の2つを教わって帰った。

俺が俺が、じゃないから

それから2週間が経った。

2022年12月12日。
今日はいよいよ後半の仕上げ。植物の植え込みを行っていく。

〈ヤードワークス〉のチームは午前6時前に山梨を出て、ユニック車(クレーンを装備したトラックの通称)、3トンダンプ、軽ワンボックス、ハイエースの4台の車で9時には現場に入り、既に作業を始めていた。

今回は小佐野さんに代わり、市村康得さん(市村ガーデン・代表)が5名のスタッフを連れて現場に駆けつけていた。市村さんもまた〈ヤードワークス〉の外注先の植木屋の代表で、小佐野さんとは高校時代の同級生だ。

面白いのは、天野さんも小佐野さんも市村さんも互いのことを「親方」と呼び合っていることだ。てっきり「現場に親方は一人しかいないものだ」と思っていたので、最初はよくわからなくて混乱していたのだが、どうやら小佐野さんは「土木の親方」、市村さんは「庭の親方」、天野さんは「デザインの親方」で、現場には複数の「親方」が存在するということ。たしかに3人ともそれぞれ組織の頭なので間違いはない。
「親方」には「一人前の職人を敬って呼ぶ語」という意味もある。〈ヤードワークス〉の現場は、誰かがトップダウンで取り仕切るのではなく、それぞれ得意分野のトップ同士が協力してフラットな関係で作業を行っているのだ。

天野さんは「尊敬してるから。俺が俺が、じゃないから」と言っていた。

とはいえ、特に誰も指示を出さないのだとしたら、いったいどのようにして現場は進行していくのだろうか。ここでさらに驚きの事実が判明する。

市村さんに「今回の植栽作業はどのあたりがポイントになるんですか」と聞いてみた時だった。突然ブッと吹き出して「……図面も見てないし」という予想外の答えが返ってきた。

「え、じゃあどんな感じで仕事が始まるんですか?」

「だいたいのニュアンスで」

「どういうことですか?」

「とりあえず来てって言われて、今日はこんな感じ~って」

「事前資料とか仕事の指示とか打ち合わせは?」

「な~んにもない! 何するのかもわかんない。なんなのかもわかんない。ほんとそんなんばっかりですよ。とにかく現場に来て、としか。でも来れば、あーはいはい、と全部わかる。今朝なんかね、天野さんからLINEが来て、『おはようございます、今日はよろしくお願いします』とかっつって。そんだけですよ、へっへっへ。そうなんすよ、ほんともう」
「それでうまくいくんですか?」

「全然、全然。小佐野さんもそうだけどフィーリングが合うから。あぁこうかぁってニュアンスでわかる。それに〈ヤードワークス〉は段取りが完璧で抜け目ないから、行けばなんとかなる。なんなんすかねぇ、みんな心が通じているというか」

そのやりとりを隣で聞いていた天野さんが「ノリっすよ」と答えた。
まさに阿吽の呼吸。

しばらく作業を眺めてみた。
特段、変わったことは何も起きない。大声を出す人もいなければ、せかせかと走り回る人もいない。ただ普通に、淡々と作業しているだけである。

長年、数え切れないほどの現場を一緒に乗り越えてきた「親方たち」は、現場を見れば、いま誰が何を気にしていて、次にどんなことをしようとしているのか、「なんとなく」で流れが読めて、自分が何をすべきかがわかる。〈ヤードワークス〉側で下準備はしっかりやっておくが、実際の職人たちの作業は、その場の即興で進んでいくのだ。

市村さんに「それで仕上がりは思った通りにいくんですか?」と聞いてみた。

「行く。それ以上になる。面白いのは天野さん、自分で3Dパース書くじゃないですか。で、実際に庭が完成すると『かっこいいのできたな~』って言うんですよ。まるで他人事のように。『いやいやあなたがデザインした人だよ』って俺、毎回ツッコミするんだけどね」

自画自賛ならず「他画他賛」とでも言えばいいのだろうか。天野さんが作品に向ける目線には、仕事に携わった多くの職人たちへの敬意が込められているように感じられた。
作業が終わった後で見て回ると、ナンジャコリャ! と度肝を抜くくらいアーティスティックでカッコいい空間が、いつの間にやらキッチリと仕上がっていた。建物が「顔」なら、植栽は「表情」のようなものかもしれない。建物には色気が乗っていた。

それにしても今回の取材、何度拍子抜けしたことだろう。

ある部分では「逆算」や「見直し」と言って神経質なまでに仕事をキッチリと管理しているかと思いきや、ある部分では「ノリ」や「ニュアンス」と言って、ふわふわ雲のように流れに身を任せていく。特急列車での移動と、植栽現場の作業と両方を見てみて、〈ヤードワークス〉の「A面」と「B面」を垣間見た気がした。

こうして植栽作業は、たったの1日でほぼ完了。

天野さんは余韻に浸る間もなく、「次はオンラインミーティングがあるから」と言って、また違う現場へと向かっていった。

ところで天野さんに仕事を依頼してくるのはどんな人なのだろうか。
クライアントのことや、仕事を受ける時の条件が気になった。

愛がないと受けたくない

天野さんは、いつもクライアントには根掘り葉掘りヒアリングを行い、下調べをしっかり行ってから設計に取り掛かるという。

たとえば、どんな車に乗っているのか、どんな雑誌を読むのか、どんなカフェに行くのか、また、近所はどうなっているのか、Googleマップのストリートビューでくまなく歩いて入念にチェックする。そうやっていろいろ調べたり聞いたりしていくうちに、だんだんその人のライフスタイルや生活の動線がわかってくる。そこから「じゃあこうしよう」と、イメージを膨らませて、それを図面に落としていくのだ。

ちなみに今回の新築物件のクライアントは、とある実業家で、先輩の紹介でこの仕事を引き受けたという。

「やっぱり紹介してくれる人の顔を立てたいっていうのがでかいかな。それこそミスが許されない。先輩の顔を潰せないとか、やっぱあの人を紹介してもらって良かったよねって思わせないと、っていうのがある。今回のクライアントさんは、いろんなモノを見てきている人だからこそ、あんまり細かいことを言わないわけ。それをこっちはキャッチしなきゃいけない」

そう言って、天野さんは今回の設計のポイントをいろいろ細かく解説してくれた。
PHOTO by 241
〈ヤードワークス〉を立ち上げて15年。

天野さんはこれまで自分から売り込みを一切したことがなく、仕事は知人の紹介を通じて来るという。これまでずっと天野さんが意識してきたのは「〈ヤードワークス〉だからこそ依頼したいと思ってもらう」ということだった。天野さんの表現を借りるなら「愛がないと受けたくない」という一言に尽きる。

「時々、植物がない空間をつくってくれって話もくるわけ。庭でここにカーポートつくってアプローチつくってっていう仕事をやってくださいって言われたりするけど、え、おたく、〈ヤードワークス〉知ってます? って話になるわけ。うちじゃなくてもいいような仕事が来るわけ。うちは植物ありきの空間づくりだからごめんなさい、っていうのはある」

言われたことをその通りにこなすのではなく、〈ヤードワークス〉としてオリジナルの「提案」をし、そこに価値を見出してくれる人のために全力を尽くす。だからこそ、〈ヤードワークス〉でなくともできる仕事に関しては、はっきりと断る姿勢を天野さんは貫いている。言うのは簡単だが、現実で実践するには、それ相応の度胸と実力が要る。
DOCUMENT by YARD WRORKS
「向こうから依頼されるようにならないとだめだっていうのは常に意識してきました。でもそれには理由があって。自分は相手と対等に話がしたかったからなんです。自分から仕事させてくださいって言うと、やっぱり対等じゃなくなっちゃうわけ。仕事を引き受けた以上は全部自分に責任があるからね。だから相手の期待以上のことをしなきゃいけない。だから常にストイックに考えなきゃだめだし。それを15年ずっと続けてる感じです」

いったい何がそこまで天野さんを突き動かすのか? なぜそこまでクライアントと「対等」であることが重要なのか? そのプロ意識や仕事に対するストイックさ、そして「愛のある仕事」へのこだわりはどこからやって来たのか?

そのナゾの先には、天野さんの庭の師匠・小坂節子さんの存在があった。

天野 慶/ランドスケープ・アーキテクト・デザイナー。〈ヤードワークス〉代表。

1977年、山梨県生まれ。千葉工業大学を卒業後、半導体メーカーに3年、リフォーム会社に3年勤める。その後、イングリッシュガーデンを専門とする師匠との出会いを機に、植物を主体とした空間設計(ランドスケープ・アーキテクト)のデザイナーとなる。2007年に〈ヤードワークス〉を立ち上げ、2019年に〈株式会社ヤードワークス〉として法人化。全国の個人住宅、商業施設、公共施設など、さまざまな空間の植栽設計を手掛ける。
〈ヤードワークス〉ホームページ:www.yardworks-web.com
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